クールな美少女に告白したところ「女の子が好きだから」という理由で振られたので、美少女になってみることにした結果
「――私は可愛い女の子が好きなの」
長い黒髪を風になびかせて、凛とした顔立ちで二階堂鏡子はそう答えた。
紫藤友樹がその宣言を聞くのは二度目だった。
一度目は、鏡子に告白して振られた時。
そして二度目の今は、肌が触れ合うほどに近い距離だった。
「に、二階堂さん、あの……」
「鏡子でいいわ」
「えっと、鏡子さんは女の子が好きっていう話は分かってるよ」
「そうね。女の子同士って、とても尊いと思うわ」
鏡子はいわゆる百合というものが好きでたまらないらしく、男性をかっこいいと思うことはあっても恋愛対象だとは思っていないという。
そして、女の子を大切に思うあまり、相手を困らせないようにと自身から告白したこともない。
一線を敷いてきたという鏡子が、何故振ったはずの友樹と一緒にいるのか。
――それは、今の友樹の格好にも由来する。
「わ、分かっているとは思うけど、僕は男、だよ?」
「そうね、そうなの。それも分かっているのだけれど、分かっているのだけれど――私の心を揺さぶるほどにドストライクなのっ!」
クールビューティを体現したような女の子の印象を持っていた鏡子のイメージが壊れそうなくらい、興奮気味に話しかけてくる。
「元々友樹君の髪はさらさらだからウィッグで長くしても違和感ないし、整った顔立ちもしていたものね。化粧映えすると言えばいいのかしら……少し恥ずかしがっている感じもとても可愛らしいし、むしろもう女の子ということでいいと思うの。実は友樹君は女の子だったんでしょう?」
「ぜ、全然違うよ!?」
「全然違うというわけでもないと思うのだけれど。友樹君……私のために女装してきてくれたのでしょう?」
鏡子の言うことは間違っていない。
今の友樹の格好はウィッグで髪を長くして、化粧まで施している。
やったことはなかったが、元々色白で中性的だった友樹は女装をしても何ら違和感がなかった。
着ている服は姉が使っていた学校の制服であり、これもまた女の子が好きという鏡子のために用意したのは間違ってはいない。
そもそも男の子に興味のないという鏡子に振り向いてもらうために――可愛い女の子の姿を目指すという本末転倒な形ではあるが、友樹の作戦は成功していた。
ものの見事に鏡子のストライクゾーンに入ったのだ。
(でも……すごく複雑だ)
本当は男の格好で接していたい。
けれど、鏡子は男の格好をした友樹にはあまり興味がない。
あまりというか、まったくないのだ。
「友樹君も私の美少女センサーに反応するくらいの美少女だから、自信を持っていいのよ」
女装している友樹に対してこう言ってくる鏡子だが、
「あ、紫藤……君? 何か用かしら」
男の時だとこうだ。
苗字呼びの上に若干忘れかけているという始末である。
友樹が鏡子に憧れたのは、新入生代表として彼女が登壇した時からだった。
男の友樹から見てもとても格好良く見えて、憧れた。
それが人を好きになるということだと感じ、何人も告白しては玉砕しているという鏡子にアタックを仕掛けて見事玉砕仲間の一人になったはずだった。
女の子が好きだから――その答えを聞かされた者達は皆引き下がるしか道はない。
それでもなお食い下がった結果が、美少女になるという形になってしまっている。
「人はあなたの事を男の娘というそうね……男のだというのに女の子のよう! なるほど、言い得て妙だわ!」
「な、納得してるところ申し訳ないんだけど、その……返事を聞いてもいいかな」
返事――それは、友樹が女の子の姿になったことで改めて告白をするという荒技にあった。
ストライクゾーンを捉えた友樹ならば、鏡子に告白しても届くかもしれない。
「友樹君……あなたは確かに見事に美少女になってきたわ。その点については私も認める。けれど、残念ね」
「……っ」
残念――その言葉は、友樹の告白を断るという事を意味する。
せっかく女の子の姿にまでなったというのに、それでも鏡子には届かなかったということだ。
「そっか……そうだよね」
「ええ、友樹君も気付いたようね。あなたはまだ美少女の姿になったけれど、美少女にはなりきれていないわ!」
「……は?」
鏡子の言葉を聞いて、友樹も思わず聞き返してしまう。
一体何を言っているんだろう――そう思っていると、不意に鏡子が友樹のスカートを捲り上げた。
それは目にもとまらぬ速さで、まるで刀を抜く侍のよう。
「な、ちょ……!? 何するんだよ!?」
「あなた、下着は男物のままね」
「……!? そ、それは当然だよ……!」
「甘い、甘いわ! そこまで美少女になったのなら、下着も当然女物であるべきよ! それにスカートを捲り上げられた時は『きゃっ、い、いきなり何するんですか……!?』って、清楚風なお嬢様の反応をするのが友樹君の正解だと思うの」
「な、ななな……」
この人は本当に何を言っているんだろう。
さすがの友樹も引いてしまいそうになるが、ガシリと鏡子が友樹の手に強く握る。
「! き、鏡子さん!?」
「大丈夫! あなたなら一流の美少女になれるわ! 学校一の美少女目指して、私と頑張りましょう!」
「え、ええ……!? 僕は別に――」
「もし学校一の美少女と認められたら、私はあなたと付き合う事にするわ」
「!? な、何だって……!」
キリッとした表情で言う鏡子だが、言っていることは明らかにおかしい。
だが、惚れた弱みというものか――友樹はその提案に心が揺らいでしまう。
学校一の美少女になることができれば、念願かなって鏡子と付き合うことができる。
それはすなわち、友樹が男として大切な何かを失う事と同義でもあった。
どうあがいても引くのが正解であったが、
「び、美少女になりきれば付き合ってくれるんだね……?」
「女に二言はないわ」
(くっ、こんな風に言い切れる鏡子さんがかっこいい……)
美少女になりきったから付き合うという理不尽を求められているにも拘らず、友樹はそう思ってしまった。
「分かったよ――僕は、美少女を目指す……!」
「その意気よ! 友樹君! それじゃあ早速下着を付けてみましょうか」
「……!? ちょ、な、何してるの!?」
「何って……下着を付けてもらおうと――」
「いいから脱ごうとしないで!」
女性物の下着を着せるためにその場で脱ごうとする鏡子を慌てて制止する友樹。
とんでもない人を好きになってしまい、そしてとんでもない約束をしてしまったと改めて思う。
そんな女の子が好きな美少女と、美少女を目指すことになった青年の物語が――始まってもいいのだろうか。
ラブコメを考えて捻り出した短編です。