Dragon king 2
「悪かったな、話しの腰を折っちまって。お前さん、茶木に聞いてた途中だったろ?」
墓場のことを。そびえ立つ魔城を眺めがら、九頭は言う。
「茶木も言ってたが、あそこにゃ負け犬やその家族が住んでる」
「抗争に敗れた人たちのことですか?」
「そうだ。いわば西区の掟みてぇなモノだな」
勝者は敗者に従わざるを得ない。たとえそれが理不尽な要求だったとしても。
「負けた奴は勝った奴に吸収されるが、誰でもってわけじゃねぇ……分かるか?どんな奴が選ばれるか」
「優秀な人……でしょうか?」
「だと思うだろ?けど違う」
自分も含め基本的にはクズの集まり。そのクズの中でも、下っ端で尚且つ目立たない者を選んで傘下に加える。
「どうしてですか?」
「選ばれるなんて思ってない奴が選ばれたら、たとえクズでも恩義に感じるだろ?」
そういう人間は扱いやすいのだと話す。
「弾除けくれぇにはなるだろうからな」
それが、彼らが組の為に成すべきこと。端から重要な仕事など任せるつもりはない。大事な戦力である組員を守る兵隊が欲しいだけ。
「逆に幹部連中や中途半端に向上心のある奴は、俺の組にはいらねぇ」
必ず上を狙ってくるから。嘘や裏切りが横行する世界、身内は信頼できても、敵の組を信用するほど馬鹿ではない。
「そうやって選ばれなかった奴らが、身ぐるみ剥がされ見せしめの為に、墓場へと住まわされるんだよ」
誰が建てたのか……最初は3棟ほどだったアパートも、抗争の歴史と共に増え続け、いつしか巨大な魔城へと化していった。
「まぁ、そいつらも墓場へ行くと、半年もしない内に自ら命を断つんだけどな」
プライドが許さないのか、単に絶望からなのかは知らないが。そのためアパートに住む者の大半が、残された女や子どもだった。
「たまに本国から逃げてきた犯罪者も潜んでるんだぜ」
「狙われたりしないんですか?」
命を。いわば九頭は、夫や親を亡くした者らにとっては憎き敵。
「俺が今日まで元気で生きてるってことは、そんな骨のある奴はいねぇってこった」
けど──と、続ける。
「もし骨のある奴が出てきたら、喜んで相手になるけどな。──ただし、女だろうが子どもだろうが容赦はしない。誰であろうと必ず殺す」
一人残らず。二度と歯向かう気なんて起こさないように。
──あとは皆殺しにするだけだもん!
(やっぱり似てる……そっくりだ)
いつか見た虎之助のようだと思った。
「墓場ついでに、もう1つ」
目線を犬飼から狼子に変える。
「……面白い話しを聞いたんだが、知ってるかい?」
「どんな話しです?」
「最近、この辺りに蛇が出たらしい」
『蛇』。その言葉を九頭が口にした時、狼子と茶木の顔色が明らかに変わった。
「直接見たわけじゃねぇから、信憑性は定かじゃねぇが……墓場の住人の一人が、ソイツの仕事を手伝ってるってのを小耳にしてな」
「どこの誰が吹聴してんのか知らねーけど、笑えねー冗談っすね」
「おいおい、俺に怒るなよ? あくまで聞いた話しなんだからよ」
その話題が相当気にくわないのか、食ってかかる勢いの茶木に、おどけた様子で流す九頭。
「クソ野郎は死んだんだ」
12年前に狼子が殺した。犬飼は、驚きのあまり目を大きく見開いて彼女を見た。
「ホントに死んだのか?」
「間違いない。茶木が致命傷を与えて、あたしが止めを刺したから」
「死体を確認したか?」
「いいや、その前に奴が海に落ちたんだ」
しかし……と、続ける。
「あの状態で、極寒の海の中を生き残れるはずがない」
──あぁ! 私の愛しい子狼! ……本当に強くなられた!!
これから死んでいく人間とは思えないほど、恍惚とした表情で狼子を見つめていた男。彼女の大切な宝物を最期まで離さず、冥土の土産として、暗く冷たい海の底へと消えていった。
「俺はお嬢を信じるぜ。だから、九頭さんが聞いた蛇の話は、別の誰かだ」
「そうか、」
さして興味はないのか軽く答える九頭、この話題に対しての関心はすぐに薄れていく。
(蛇って、誰のことだろう? あんなにピリピリした狼子さんや茶木さんを見るのは、初めてだ……)
穏やかだった空気を一瞬で凍りつかせたのを見て、二人にとって相当な因縁の持ち主には違いない。
「三代目! こちらにいらしたんですか!」
組員だろうか、若い男が駆け寄りながら九頭に声をかける。
「なんだ?」
「四代目が呼んでます。書類に三代目のサインが必要みたいで」
どうやらアリたちとの契約は纏まったみたいだ。
「わかった。すぐに行くと伝えろ」
「はい!」
「……というわけで、お義父さんは行くけど、今度は仕事じゃなくて虎も連れてゆっくり遊びに来いよ?」
別れを告げ、九頭が屋敷へと帰って行く。犬飼は、その後ろ姿を眺めながら、まるで嵐のような男だと思った。
──はじめまして、蛇ノ目と申します
──じゃのめ? 変わった名前だな、ちゃき?
──そうっすね、お嬢。……それ本名か?
──えぇ、もちろん
モスグリーンの瞳。うっすらと開いた目に青白い顔で微笑む姿。はじめて会った時に抱いた印象は、人形のようだった。
「お嬢、」
「……何だ」
「久々に胸くそ悪くなりましたよ」
落ちた煙草を踏みつける。何度も何度も、擦りきれ散り散りになるまで。それは彼の心情を表していた。
「……あたしもさ」
自然と髪に茶木は左頬へと手を当て、それぞれに遠い昔を思い出していた。