Dragon king
王子たち一行を乗せた車は、予定通りに西区へと到着していた。
「しばらくは待機だ」
「はい!」
「……ようやく煙草が吸えるぜ」
3時間の道のりは長かった。茶木は、その味を噛み締めるように肺一杯に煙を吸った。車内に犬飼だけなら気にせず吸えるが、狼子が乗っている時だけは、絶対に煙草に火はつけなかった。
「いつ終わるんでしょうね?」
「さぁな、でも長くはかからないだろう」
恐らく両者の間では、ビジネスに関してある程度の合意は済んでいるはず。今日は代表者の顔合わせみたいなものだろう。それでも部外者である犬飼たちは、会合への参加は認められないので、雑談が終わり王子たちが出てくるのを、外で待つしかなかった。
(それにしても──)
西区の街並に驚きを隠せなかった。今いる区間は、それなりに立派な住居や建物が並んでいる。だが右側に目をやれば、少し離れた場所に、無数のアパートのような建築物が隙間なくズラリと続いている。全てが5階ほどの高さだが一定さはなく、それから更に上へと部屋らしきコンクリートの塊が、子どもが積んだ積み木のように置かれていた。
(同じ区間でこんなに違うなんて……)
まるで魔城。長年の劣化か、ひび割れたり黒く汚れたコンクリートの数々は、異様な雰囲気を放っていた。
「あそこは、負け犬の墓場だよ」
茶木が煙を吐きながら言う。それは何かと尋ねた。
「ここは長年、マフィア達が抗争を繰り返してきた」
西区。そこは、はみ出し者が集まる場所。群雄割拠で誰もが西区の頂点を狙っていた時代、街には少数で構成された組が数多く存在した。毎日、明けても暮れても抗争をし負かした相手を勢力に吸収、組を拡大していく。そうして残ったのが、10のチームだった。
「50年に渡って互いにしのぎを削り、命のやり取りをしてきた」
「そういえば……虎之助さんがそんなこと言ってましたね」
──西区の連中は、飽きもせず毎日抗争に勤しんでるよ……西区には近寄らないほうがいいね
「おいおい……虎のやつ、そんなひでーこと言いやがったのか?」
突如として聞こえた声。その主を犬飼は探すが見つからない。
「傷ついちゃった~、慰めて……狼子ちゃん!」
風の早さで狼子の後ろに現れたと思ったら、屈強な身体をした男が、背中をギュウ~っと力強く抱きしめ、彼女に甘えていた。
「な、なにをしてるんですか──ッ!!」
辺り一帯に響き渡った犬飼の声。その大きさに驚いた茶木は口から煙草を落とした。
「は、離れなさいっ!! せ、セクハラですよっ!!」
あくまで犬飼目線だが、スルスルとイヤらしい手つきで狼子の身体を撫でまわしている。
「は? なんだお前……てか誰だ?」
綺麗に生え揃えた顎髭、年配のようだが雄臭い色香を纏っている男は、わぁわぁと喚き散らす犬飼に視線を寄こした。
「彼が犬飼ですよ。九頭さん」
犬飼より先に狼子が答える。
「あぁ~……お前が巷で有名な、元おまわりか」
よろしくなんて挨拶されるが、九頭と呼ばれた男は、未だに狼子に引っ付いたまま。
「狼子ちゃん……いつ見ても綺麗だな。やっぱり虎に」
「九頭さんも相変わらず……よかったですよ、元気みたいで」
「──痛たたたッ!! 狼子ちゃん! 柄が顔にめり込んでるよ!!」
グググッと、力を込めて黒朝を頬に押し付ける。あまりの強さに耐えきれなくなった九頭は、彼女から身体を離した。
「犬飼、こちらは九頭 龍大さんで、ドラゴーネファミリーの頭だ」
今や3つにまで減ったマフィアの中でも、筆頭であるドラゴーネファミリー。この九頭という男は大変優秀で、彼の手腕により西区制覇まであと少しの所に来ている。
「おいおい狼子ちゃん、何か一つ紹介し忘れてるだろう?」
チッチッチッ……と、人差し指を軽く振るジェスチャーを見せ、こう言った。
「近い将来、彼女のお義父さんになる男だ」
「えっ!?」
犬飼は混乱した。すでに狼子には父親がいるのに。
「……もしかして、鷹臣さんの?」
名字は違うが。婚約者の父という意味だろうか。
「違うぞ」
即座に狼子が否定した。
「……で、ですよね~! 顔も全然似てないし!!」
確かに男前の部類だが、この強面からあんな王子様フェイスが生まれるはずない。
「九頭さんは、そういう意味で言ってるんじゃない」
虎之助の伴侶。そちらの意味でのお義父さんが正解だった。
「………………へ?」
言葉を理解するのに少しの間が必要だった。
「夫だよ! 夫! 虎のhusband!!」
「えぇ~!! 虎之助さん、再婚されるんですか──!?」
これまで狼子の母親に会ったことがなかったので、いないのだろうということは、薄々感じていたが……。
「しないぞ」
またも即座に否定された。
「えっ? いや、だって……」
ますます混乱する。そんな犬飼に狼子は言う。
「あたしは、物心ついた時から同じ話しを聞いてる」
もう風物詩と言っても過言ではない。幼き頃は純粋に話を信じていたが、3年も経てば九頭の悲しい片想いだということに、嫌でも気づいてしまう。
「……あ、なるほど」
察しのいい犬飼も同じだった。
「いい加減、諦めりゃいいのに」
「馬鹿野郎、茶木! ……俺は、一途な男だからよ。虎しかいらねーんだよ」
(か、かっこいい……!!)
惚れた相手以外に心はやらない。自分と同じ価値観を持つ人間に出会えて、感動を覚える。
「それより九頭さん、いいんですか? 会合に貴方が出席しなくても?」
「あぁ~! いいってことよ。俺は堅苦しいのは好きじゃねーし……息子が話し聞いてるから気にすんな!」
「……息子!? えっ? 息子さんいるんですか!!」
今しがた虎之助以外に興味はないと聞いたばかりなのに。
「……跡取りがな、どうしても必要で。親父に泣く泣く──」
世襲制の辛いところだなんて話す。
「テメーの親に泣かれて頭下げられたら、断るわけにもいかねーよ……」
寂しそうに笑う九頭を見て、犬飼の心も悲しくなった。
「そうだったんですか……」
だが、それも直ぐに消え去る。
「騙されるなよ。あの人、5人の子持ちだからな」
「茶木! てめっ、余計なこと言うな!!」
「………………」
心はやらないが、体はそういう訳にはいかない。適度に発散させなければ、爆発して死んでしまう。
「息子や娘たちのことは愛してるし、あいつらの母親たちにも苦労はさせてねーから!」
万事オーケーだと豪快に笑い飛ばした。
(……似てる。この感じ、)
虎之助に。狼子の言葉を借りれば、馬鹿親父具合がそっくりである。
(しかも相手は一人じゃないのかよ! 複数人かよ!!)
そんなところもそっくりだ。
さっきの感動を返して欲しい。素直にそう思う犬飼だった。