表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
リバース─犯罪者隔離更正施設─  作者: 修多羅 なおみ
第2章 呪われし者
27/40

変化

(…………遅い!)


 腹心の帰りが。かれこれ15分ほどロビーで待たされている。1時間ほどで食事を切り上げようと思っていたのに、気がつけば3時間も経っていた。


(だから言ったんだ……)


 食べ過ぎたら気持ち悪くなると。甘いモノに目がない腹心は、パフェやケーキで飽きたらず、周りが止めるなか巨大な器に入ったプリンをペロリと平らげた。それも2つ。しかもそれだけではない。やっぱり甘いモノ以外も食べたいと、他の料理も色々と注文していた。


──茶木……まだ食べるのか?


──大丈夫っすよ、これくらい!


 なんて笑っていたが、30分後にはトイレへと駆け込んで行く。真っ青な顔をして。


「……先に行くか」


 馬鹿らしくて待ってられない。狼子は上の階へと戻ろうと決めた。


「──狼子!」


 エレベーター待ちをしていると遠くの方から声をかけられた。その方向に視線をやると、見知った人物がこちらに歩いてくる。


「鷹臣? こんなとこで会うなんて奇遇だな」


 (きさき) 鷹臣(たかおみ)、彼は雅家お抱えの医者であり、普段は東区の診療所にて副院長として働いている。


「ホテルの客が急患でね。診療所には来られないって我が儘言うから、仕方なくこっちから出向いたんだ」


「そっか、大変だな。で? もう大丈夫なのか?」


 そう聞くと、鷹臣の表情がうんざりしたものに変わる。


「それが、いざ部屋に行ってみたら『もう治った。このまま帰すのは失礼だから一杯酒を奢る』なんざ言いやがって」


 あの女……と、もともと低い声がさらに低く唸る。とどのつまり彼に好意を寄せている女性客は、病気を口実に部屋へと誘いだし、そのままデートへ発展させようとしたのだ。


「相変わらずモテモテだな。医者(せんせい)は」


「やめろ。気色悪い」


 からかう狼子に対し本気で嫌がる鷹臣。雅家の分家に当たる妃家次期当主とは、いわゆる幼なじみの関係だった。


「お前は、仕事か?」


「うん。隣国の王子がお忍びで来るから、その警護」


「そういや昨日、虎幸がそんなこと言ってたな……」


 眼鏡を外して眉間に手をあてる。疲れているのだろう、声は若干掠れて目にはうっすら隈が。せっかくの男前が台無しである。


「寝不足か?」


 ここ一ヶ月ほど雅家(いえ)には戻っていないはず。疲労困憊、それが全面に見てとれる。狼子は鷹臣の頬を優しく撫でた。


「無理するなよ? お前に倒れられたら、雅家(うち)が困る」


 rebirthには医者(せんせい)と呼ばれる者がいくらか存在するが、鷹臣を含め皆、医師免許は持っていない。そもそも免許を取得するには本国への大学入学が前提であるため、どんなに賢かろうが島から出られない人間には無意味である。妃家は雅家と共にrebirthへ移される前から、医学に精通していた家系だったので、代々その技術を親から子へと伝承してきた。だがそれ以外の者が医者になるには、妃家に指導を仰ぐか、独学で医学書を読み漁るかのどちらかしかなかった。


「昌子さんの手料理(めし)が恋しい」


 遠い目をして彼女が作る様々な料理に思いを馳せている。これは重症だと狼子は悟った。


「今日も帰れないのか?」


「どうだろうな、親父次第だ。ムカつくぐらいに手術が立て込んでるから」


 あの守銭奴め。本国からのお偉方から治療費を目一杯ふんだくるを精神に、日々仕事に精を出す父親。医者としての腕はピカ一で、世界各地から彼を求めて病人がやって来るほど。金が全てだと豪語する本人は、日に何件もの手術をこなし荒稼ぎしているが、しばしば手が足りず、その皺寄せが息子へといっている。


「時間があったら届けてやりたいけど、今日から三日は王子に付きっきりだから」


「サンキュ。親父殺してでも明日には帰るから心配するな」


「それはそれで心配だよ」


 本気で疲れているのだろう。滅多に言わない鷹臣の冗談がおかしくて笑った。


「……狼子」


「ん? 何だ?」


「……最近、」


 雰囲気が柔らかくなった。そう思ったが言葉には出さなかった。


「……鷹臣?」


「──いいや、なんでもない。疲れて何を言おうとしたのか忘れた」


「大丈夫か? 上の階で休むか?」


「是非とも……と言いたいが、戻らないと」


「そうか、無理するなよ」


「狼子もな」


 それから……と、鷹臣の視線が遠くへ向けられる。


「あそこにいるのは、俺が前に診た奴か?」


 そう言われ、彼と同じ方向へ顔を向けたら、犬飼と茶木が何やら騒がしくしていた。


「……アイツら何やってんだ?」


「当たり前だが怪我の具合はよさそうだな」


 あれから一ヶ月以上は経っているが、動いている彼を見るのは初めて。


「あぁ。あたしと同じで犬飼も傷の治りが早いんだ。三日目にはケロッとしてたよ」


「……へぇ、」


 その話しに興味深そうな顔をした鷹臣は、口に手を当て考える素振りを見せる。隣の狼子は、いつまでもそこから動かない二人に痺れを切らし、大声で名前を呼んでいた。












◇◇◇











 例えば君がそこにいて、知らない誰かと楽しそうに話しをしている。僕に気づくこともなく。


(あ、狼子さんだ!)


 約束の時間にピッタリとたどり着いた犬飼。3階へ続く階段を上がりきったところで、彼女の姿を見つけた。


「ろう……」


 声をかけようとして躊躇った。彼女の隣に知らない男が立っていたから。


(誰だろう? ……あの人。何だか──)


 すごく楽しそうに笑っている。端からみれば仲睦まじい恋人同士のように。胸の奥がツキンと痛む。


「あの人は妃 鷹臣さんと言って、雅家(うち)のお抱えの医者(せんせい)だ。……そんでもって、」


 狼子の婚約者、茶木の口からその言葉が出てきた時、犬飼の時が止まった。うまく息ができず、目の前が白くぼやける。そんなことは露知らず、彼女の手が鷹臣の頬を撫でる。優しい手つきで彼を労るように。


(触らないで)


 自分以外の誰かに。


(名前を呼ばないで)


 自分以外の誰かの。


(笑いかけないで。そうじゃないと、僕は──)


 鷹臣に優しくする狼子を目前で見ていると、腹の底からどろっとしたものが流れてくる。


「犬飼!!」


「──えっ?」


 その声を合図に、また時が動きはじめる。


(僕は、何を……)


 考えていたのか。まとわりつく負の感情を払うように頭を何度か振ると、自分を呼ぶ茶木の方に顔を向けた。


「すいません、ちょっと考えご、と……って、茶木さん!? どうしたんですか、その顔!!」


 顔は青白く目は虚ろ、『げっそり』という言葉を表すとするならば、隣の男のことを指すのだろう。


「いや、……ちょっとプリンにな」


 2つは無謀だったと語る。


「俺の顔うんぬん言うなら、犬飼(おまえ)だって凄い顔してたぜ」


「……僕がですか?」


 一体、どんな顔を……と、犬飼の考えが読めたのか茶木が言う。


「ソイツに触れたら殺す……そんな顔」


 『ソイツ』が、鷹臣を指すのか狼子を指すのかは分からないが。明確な殺意を持った凶悪な顔をしておいて、自覚がないとは驚きである。


「惚れた女を前にしちゃ、お前も男だったんだな」


 犬飼の人間臭いところを見れたことに安心した。


「けど、もし犬飼(おまえ)がお嬢を手にかけようなんざ考えたら、俺は全力で殺す」


「そ、んな……僕は、」


 狼子を殺すなんてあり得ない。


「……って、冗談だよ! お嬢が犬っころに殺られるわけねーだろ。返り討ちに合って死ぬのはお前の方だ」


 あり得ないはずなのに──。豪快に笑う茶木に上手く笑い返せなかった。


「それから、婚約者の話しも双方の父親(おやじ)が言ってるだけで、当人たちにその気はねーから安心しろよ」


 二人はあくまで幼なじみ。さっきのはからかっただけだと言われ、腹に溜まりかけていたどろどろが引いていく。


「茶木! 犬飼! そんなとこで何やってんだ!」


 こっちに来いと、狼子の呼ぶ声が。彼女の隣に立っている鷹臣も、犬飼を値踏みするように視線を向けていた。


「あちゃー……ありゃ怒ってんな」


 長らく待たせたから。行くぞと茶木に声を掛けられ、犬飼も彼の後に続いた。


 変化をもたらしているのは狼子だけではない。犬飼の心境もまた、rebirth(ここ)へ来てから少しずつ変わっていく。

 その事が吉と出るのか凶と出るのか、それはまだ誰も知らない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ