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リバース─犯罪者隔離更正施設─  作者: 修多羅 なおみ
第2章 呪われし者
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誇り

 一日のはじまりと共に日が昇るころ、遊女たちには束の間の夜が訪れる。犬飼は、雅家を出ですぐ南区へと足を運んでいた。


「せっかく来てもらって悪いけど、ルリハには会わせられないんだよ」


 犬飼が、どうしても会いに来たかった人はハチドリがルリハと呼んだ少女、またの名をグレース。


「どうしてですか?」


 やはり兄を殺した原因を作った男の顔など見たくはないのか、そんな負の考えが犬飼の表情に影を落とす。


「そうじゃないよ、旦那。あの子は年齢的にまだ禿(かむろ)なんだ」


 禿とは、遊女見習いの少女のことを指す。


「楼主の言い付けでね、せめて新造に上がるまでは男とは一切会わせられないんだよ」


「……そうなんですか」


 ちゃんと会って謝りたかった。謝って彼女の兄が、家が、思い出が還ってくるとは思わないが。


「グレ……ルリハさんは元気ですか?」


「あぁ、元気だよ。今はあたしについて色々と遊廓(ここ)のことを勉強している最中さ」


「あの、その……」


 辛くはないでしょうか、なんて聞けない。辛くないわけがないのだから。無力な自分が情けない。その気持ちを圧し殺すように唇を噛んだ。そんな犬飼の肩に手を置き、ハチドリは言った。


「……旦那、あの娘は大丈夫さ。遊廓(ここ)にいる女たちはみんな強いけど、ルリハは遊廓たち(その)中でも一番強い心を持ってる」


 だから心配するな、ドンと一つ肩を叩いて笑う。


「それにルリノ様も気にかけてくれているんだよ?」


「ルリノさんが……?」


「一見キツい性格に見えるかもしれないが、あの人はとても優しい人なんだ」


 いくら綺麗でも声が出せないならと渋る兄に、頭を下げグレースを極楽鳥へと引き入れたのは、他でもないルリノだった。彼女なりに思うところがあったのだろうか、それとも早くに両親を亡くした自分と重なったのだろうか、何かと気にかけてくれているそうだ。


「『マメルリハ』という源氏名を与えたのも、ルリノ様なんだよ」


「そうだったんですか……」


 ここでの待遇が聞けて少し安堵する。


「それに狼子も、」


 そう言いかけてハチドリが口をつぐんだ。


「狼子さんがどうしたんですか?」


 彼女も遊廓(ここ)へ来ていたのか、ハチドリに言葉の続きを促した。


──全額は無理だが、借金の半分ならあたしが肩代わりしよう


 そうグレースに申し出たそうだ。


「あの子の兄が亡くなった責任の一端は、自分にあると言いはってね」


 あの時、無理やりにでもマリアを連れ帰せば、彼女には違う未来があったはずだと。狼子もまた悔やんでいたのか……己が知らぬ事実に、犬飼は手にしていた鞄を握りしめる。


「それで……ルリハさんは?」


「もちろん断ったよ」


 自分自身がルールであり、何をするにも自己責任。それがrebirthでの掟。


「『兄の死は兄自身が招き、自分が遊廓(ここ)に来たのは、人の死を願った代償』そう紙に書いて狼子に渡してたよ」


 だから……と、ハチドリは続ける。


「旦那が持ってる(それ)を、ルリハ(あのこ)はきっと受け取らない」


 プライド。遊廓で生き抜くと覚悟を決めた女の。そんな女を見るのは、人生で二度目。


「楼主は認めないかもしれないが、いずれルリハは、極楽鳥で一番の太夫になる。……あたしには分かるんだ」


 ハチドリは目を閉じた。彼女の脳裏には、伝説の太夫と謳われた女性の姿が──。長く美しい銀糸のような髪に、真っ白い肌。その顔立ちは人形のように美しい。だが、誰もが絶望し嘆くしかない鳥籠の中でも、彼女の持つ深紅の瞳には、けっして消えない希望という名の光がいつも宿っていた。


「誰よりも小さい背中なのに……あの人の歩く姿を後ろから見ていたら、誰よりも大きく見えたんだ」


(あの人……?)


 ふと狼子の髪を眺めていた時の事を思い出した。今の彼女の表情は、あの日と同じだ。


「旦那とルリハの間に何があったかは知らない。でも、あんたがあの娘を想ってくれるなら、その袋の中身(きもち)は胸の内に納めておいとくれ」


 そして、グレースに何か困ったことがおきたら、その時は()()()()として彼女の力になって欲しいと、ハチドリは頭を下げた。


「分かりました、その時は必ず──」


 彼女を助ける。そう固く約束を交わした。

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