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リバース─犯罪者隔離更正施設─  作者: 修多羅 なおみ
第2章 呪われし者
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もう一人の虎

「ごちそうさまでした」


「お粗末さまでした」


 空になった食器を手渡す。雅家の住み込み家政婦である鶴見が作る料理が、犬飼の毎日の楽しみである。


「今日もこれからビラ配りですか?」


 まずは自分のことと、なんでも屋の仕事を知ってもらおうと作成した広告。かれこれ一週間かけて、あらゆる場所へ配布したが効果はゼロ。いまだに仕事の依頼はない。


「いいえ、今日は狼子さんの仕事の手伝いに行きます」


──明日、暇なら警護の仕事を手伝ってくれ


 狼子から直々に頼まれた。なんでも隣国から王子がお忍びで遊びに来るらしい。今、そこの国は王が病に伏せていて、次期国王の座を狙って継承権のある息子たちが、醜い争いをしている最中。今回、rebirth(ここ)へ来る王子もまた、順位は低いながらも継承権を持っていて、他の者に命を狙われないとも限らないので警護して欲しいと、そう依頼があった。


「お嬢様と犬飼様の仲が良くなって、とても嬉しいですわ」


 はじめて名前を呼んでくれた日から、少しずつだが、狼子との距離が縮んでいっている気がする。以前は仕事以外で話しかけられることはなかったが、彼女が暇になると自分の事務所(ところ)へ遊びに来てくれるようにまでなった。


「僕もです……」


 自分のことのように喜んでくれる鶴見を見て微笑む。犬飼もまた、狼子との関係が徐々に進展していくことに、ひとしおの喜びを感じていた。


「それじゃ、僕は──」


 出かけてきます。そう彼女に言う。


「あら? 定期船が来るのは夜でしょうに?」


 約束の時間にはずいぶんと早いのではないかと尋ねられた。


「仕事の前に、ちょっと行きたい場所があって……そこにいる人に渡したい物があるんです。だから──」


 それまでとは違って固い表情の犬飼。迷いと決意の狭間で、揺れ動いているかのように見えた。


「……そうですか。気をつけていってらっしゃいませ」


 聡明な人だから心内を察したのだろう。誰にとも、何処へとも、余計なことは一切聞かない。ただ笑って、自分を送り出してくれることに感謝した。


「はい! いってきます!!」


「昌子さん、おはよう」


 別れを告げ出かけようとした時、一人の男が食堂へと入ってきた。


(……誰、だろう?)


「おはようございます──」


 虎幸(とらゆき)様。鶴見が男の名を呼んだ。


(虎幸……まさか!)


 ふと男と目が合う。左右色の違う瞳に、犬飼の疑問は確信に変わる。


「ん? キミは……」


「虎幸様、こちらが例の犬飼様です」


 鶴見が男に紹介する。


「そうか……キミが! やっと会えたね」


「あの、もしかして……貴方は」


「そう。狼子の兄の虎幸です」


 ふわりと笑う彼の顔立ちは、狼子とはまた違った美しさ。うすい水色の着流しが物腰の柔らかさを表しているようだ。よろしくと差し出された手を掴もうとしたが、光の速さで横から伸びてきた手に叩き落とされ、それは叶わなかった。


「──痛っ!?」


「気安く俺のに触ってんじゃねーよ」


 低音ボイスが腰にくるとはこの事か。どこからともなく現れた男前、切れ長の目がジロリと犬飼を睨みつける。


佐助(さすけ)! なんてことを!」


 謝りなさいと叱られるのを無視して、甘えるように虎幸に抱きつく。


「なんで俺を置いてったんだ?」


「いつまでたっても起きないキミが悪いんです」


 さながら飼い主とペットのようだ。十数センチもある身長差に、虎幸はすっぽりと覆われている。


「俺の傍から離れるな……心配するだろ」


「はいはい、ごめんなさい」


 咎めるようにぐりぐりと顔を動かす佐助の背中を、あやすように優しく撫でる。犬飼そっちのけで甘い雰囲気が立ち込めていた。


「あ、あの……」


 声をかけた。


「なぁ、飯食ったらもう一度寝直そうぜ?」


 だが無視された。


「久しぶりの休みなんだから虎幸(おまえ)と離れたくない」


「なに言ってるの? いつも一緒にいるでしょ?」


「ばか、そうじゃねーよ」


 ニヤリと笑った佐助の手が虎幸の尻に。


「あ、あの!?」


 このままおっ始めそうな佐助に、思わず叫んだ。


「なんだよ、うっせーな。てか……お前誰だ?」


「あ、忘れてた。犬飼くん、こちら猿磨 佐助(えんまさすけ。私の」

「恋人だ」

「……右腕って紹介しようと思ったんだけどね」


 剥き出しの敵意。牽制の意味を込めて無理やり交わされた握手は、骨が軋むほどの力強さ。


「……っ、」


「離しなさい佐助! 犬飼くんの手が折れちゃうでしょ! ……ごめんね。佐助は少々過保護なんだ。近づくものは全て、私を狙ってるって思い込んでしまってるから」


(少々どころじゃないですよ……)


 過保護というより独占欲、痛む左手を擦りながらそう思った。


「……あれ? 猿磨って」


 どこか聞き覚えのある名字だ。


「そうだよ。佐助は右近さんの息子なんだ」


 言われてみれば……。虎之助の側近の面影がちらほらと見てとれた。


「佐助もそんなに警戒心を出さなくても大丈夫だよ。前にも話したでしょ? 犬飼くんが好きなのは狼子だって」


「なっ!?」


 そうだよね……なんて、虎幸に同意を求められて思考が固まる。


「そうだったか? お前以外の奴の話なんてどうでもいいから、覚えてねーわ」


 心底どうでもいいなんて佐助は言うが、こちらとしては、どうでもよくない。


「ちょっと待って下さい!! なんで、虎幸さんが──」


 その秘密を知っているのか。


「私だけじゃないよ? ね、鶴見さん!」


「はい。私も存じております」


「鶴見さんも!?」


 カウンターの向こうから、犬飼たちのやり取りを見守っていた鶴見が返事をする。


「というか……狼子以外の者は知ってると思うよ。父さんが楽しそうに話していたから」


 全員に。なんて絶望的な展開。


──くれぐれも()()()()()()内緒にして下さいね! 絶対ですよ!!


──言わないよ~! ボクこうみえても口が固いから安心してよ!


 確かに約束したのに。嫌な予感は当たったと頭を抱える。


(ひどいですよ! 虎之助さん!!)


「それじゃダメだよ? 虎之助(あのひと)にお願いする時は、ちゃんと()()()って文言いれなきゃ」


(そんな揚げ足とり…………あ、)


 前にも覚えがあるやり取りにはっとし顔をあげると、虎幸が意味深な笑みを浮かべている。


「そうだよ。私も父と同じ能力があるんだ」


 まだ完全体ではないけど。犬飼の気持ちを代弁するように、そう答えた。


(能力は遺伝するのか……)


「次期当主だけに与えられる能力。意地悪な神様からの贈り物(ギフト)さ」


「それじゃあ……狼子さんも」


 何かしらの能力を与えられているのか。あの異常ともいえる力、あれはもしかしたら──。虎幸に尋ねようとしたら、またもや横やりが。


「何ふたりの世界に浸ってんだよ」


「……うおっ!?」


 大きな手で顔を掴まれ後ろに押され、佐助の顔が面前に迫る。


「耳の穴かっぽっじてよく聞けよ? 虎幸(こいつ)を見るな、触るな、話しかけるな……分かったか?」


(そんな……無茶苦茶な!?)


──ボコッ!


「こら、犬飼くんを困らせないの!」


 佐助の頭へと容赦なく振り下ろされる。虫も殺さなそうな顔をしている割には、その拳は重い。


「痛ってーな! 虎幸、何しやがる!」


「それはこっちの台詞……一度ならず二度までもごめんね」


「あ、いえ!」


犬飼(そいつ)の味方す、る──!?」


 抗議の声をあげる佐助。虎幸は、彼の頭と首に手を回し引き寄せると、触れるだけのキスをした。


「──佐助、続きが欲しければ黙りなさい」


 シーっと、人差し指を唇にあてる。その仕草が妙に色っぽい。


(すごい! 黙った!)


 ピタリと止まり一言も話さない佐助。その姿に、やはりふたりは飼い主とペットのようだと思った。


「そういえば、雪兎(ゆきと)には会ったかい?」


「雪兎……さんというのは、もう一人の?」


「そう。私の弟、狼子の兄だよ。その様子を見るに、まだ会ってないみたいだね」


 名前だけはチラリと聞いたことがある。虎之助と狼子の会話に出てきたはず。


「まぁ、雪兎(あれ)は人前には滅多に出ないからね」


 気長に待てば、そのうち──。


「はぁ……?」


「なんなら雅家(うち)地下(した)に探しに行けば会えるよ。いつも潜ってるから」


「地下なんてあるんですか!?」


 ただでさえ敷地内に数多くの部屋が存在するのに。そのうえ地下室まで……。住む人数に合わない広さに、ますます謎が深まる。


「色々と用心しなきゃいけないってことさ」


 備えあれば憂いなし。犬飼はハイエナの言葉を思い出した。


──もともと雅家(あいつら)の為に造られたんだよ。rebirth(ここ)はな


 あの台詞(ことば)と何か関係があるのだろうか。確か茶木も変なことを言っていた気がする。


(部屋のいずれかはダミーだって……)


 まるで何かから身を隠すような。更正施設の管理人と聞かされていたが、もしかして雅家(かれら)は──。


「いいのかい?」


「えっ?」


「時間。引き留めた私が言うのもなんだけど、どこかに出掛けるんでしょ?」


「あ! そうだった!」


 腕時計を確認する。こうしちゃいられないと虎幸たちに頭を下げると、食堂を飛び出した。



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