はじまりと始まり
遥か昔、ある小さな国で起こった出来事。その国の王は、暴君という言葉を絵に描いたような王だった。私腹を肥やし、守るべき民から全てを奪った。食料も、金も、女も。異議を唱えようものならば、命さえも奪い捨てるような王だった。
その国の最果ての地に、一つの村があった。この村に住まう人たちの先祖には不思議な力があり、かつては国の為にと政に力を貸していたそうだ。何事にも臆することない気高く美しい者たち、彼らを崇めんとする国民は少なからずおり、その数は日増しに増えていく。絶対君主の地位でありながら彼らのカリスマ性を恐れた先々代の王により、最果ての地へと追いやられ、政と国民の心からは久しく遠退いていく。
話は元に戻るが、その気高く美しい魂を受け継ぐ者が、まだこの村にいた。それも三人の勇敢なる兄弟。古の力を持つ父と巫女だった母は、現状に嘆き王を始末せんと王都へと向かい、撃ち破れた。
「明日、日の出と共に出発し、王の首を頂きに参ろう」
長兄がそう告げる。とても静かな夜だった。
「弟たちよ、この美しい景色とも別れだ。生きてこの村の地を踏むことはもうないだろう」
見上げた夜空には燦然と輝く星々が、何とも名残惜しい。
「あの星のどこかにいる父上と母上、そして祖先様たちが私たちの旅の道中をお守りしてくれるだろう」
次は自分たちの番だと、両親の遺志と無念を晴らさんとする兄弟たちは、それぞれ誓いを立てるかのように目前に広がる星々の輝きを心に焼き付けた。
◇
- 2XXX年.宵 -
本部より移動、rebirth島への転属を命じる。そう記された紙を掌の中で握りしめ、犬飼 賢士は目の前にそびえ立つ大きな鉄の扉を見上げた。
(ここが……rebirth。負の遺産と呼ばれる島か)
絶望という言葉が似合う黒い鉄の扉、それを囲うように島一周に同じく鉄の壁が張り巡らされていた。
(ざっと見て20メートルぐらいか、これじゃあ誰も逃げられないな……)
今でこそ国の指定観光地になっているこの島は、もとを返せば罪人の流刑地だった。
(この場所が今日から僕の――)
勝色の空と溶け込むかのように、こちらを見下ろす鉄壁は、犬飼の心にじわりじわりと恐怖心を植え付けた。
ここで少し歴史を語ろう。約350年ほど前、世界に蔓延した謎の疫病により人口の半数ほどが死滅した。200数十あった国の数は、大半が財源の維持に失敗し破綻、わずか80まで減ってしまう。小国で島国であるこの国も慢性的に人が足らず、他国同様国家財源を維持するにはどうすればいいのかと、皆が頭を抱える日々を過ごしていた。幸い資源はたくさんあったが、それを活用する人間がいない。悩みに悩む者たちが最終的に行き着いたのが、国が滅び取り残された難民たちを選りすぐり、自身の国に迎えるというものだった。
文化も信仰も中には種族さえも違うが、それらの壁を全て取っ払い、これまで単一民族だった歴史を改め、同じ人間同士手を取り合えばこの危機を乗りこえられる、そう彼らは信じてやまなかった。
こうして政府が掲げた政策は、順調に新国家の繁栄へと繋がっていった……かのように見えた。そう最初は。
最初はよかった。自国民も移民たちも双方手を取り合い、仲睦まじく過ごしていた。見知らぬ土地で右も左も分からない移民たちに、自国民が配慮という形で成り立っていた生活は、国が大きく豊かに成長した頃には、遠慮というものに変わっていた。
郷に入っては郷に従えとの言葉があるように、自国民たちは、段々と移民たちの文化や信仰を否定するようになっていく。
それもそのはず、彼らは最初から対等になど見ていなかったのだ。彼らが心の奥底で望んでいたのは同じ国の民ではなく、自分たちの国をより良いものにしてくれる働きアリ。いくら平等を掲げようとも、同じ人間を選りすぐっている時点で、こうなることは目に見えていた。
そして両者に生まれた小さな軋轢は、とても大きな溝となり、ついには内乱にまで発展するのだった。
「よしっ、……行くか!」
気持ちを落ち着かせようと目を閉じ深呼吸をした。そして、再び目を開けると手を伸ばした。黒い歴史に葬り去られた負の遺産へと。