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リバース─犯罪者隔離更正施設─  作者: 修多羅 なおみ
第1章 犬と狼
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No choice

 少女は駆け寄った。自分のために命を投げ出そうとしてくれた神父の元へ。


「マリア……すまないッ!」


 不甲斐ない自分を許してくれと言わんばかりに、悔しさが見てとれる拳。涙を流し謝る神父の手を、包み込むように握りしめる。


「いいんです、神父様」


 マリアは言った。逃げ切れないと。いつかこんな日が来ることは最初から予見していた。


「マリアさん、よければ事情を聞かせてもらえますか?」


 犬飼は彼女に尋ねた。なぜrebirth(ここ)へ逃げたのか。


「ただ逃げたかっただけなら、本国の方が見つかる可能性は低かったはずです。それなのにrebirthを選んだということは、なにか特別な理由があるということですね?」


 それとも特別な誰かか、マリアの肩越しには見覚えのある少年の姿。ハイエナの巣から追ってきた彼が心配そうに事の成り行きを見守っている。


「はい、それも含めてお話しします。この先に私が身を寄せている家で」


 マリアはまっすぐ狼子を見据える。


「狼子さん、僕からもお願いします!」


 このまま有無を言わさず連れ帰るのは、あまりにも無慈悲。どちらが正しいかを判断するには、まず彼女の話しを聞いてみなければ。


「……話しを聞くだけだぞ」


 必死に頼み込む犬飼に狼子が折れた。


「ありがとうございます! マリアさん、よかったですね!!」


「はい! 本当にありがとうございます!」


「礼はいい。さっさと家に行くぞ」


 残された時間はない。そんな狼子の呟きが彼らの耳に届くことはなかった。犬飼は座り込んでいる神父に肩を貸すと、マリアと共に家へと歩いて行く。


「……いいんですか、お嬢」


 今まで傍観者だった茶木が、あきれた様子で遠退いていく背中を見つめる。


「心配ない。あたしの考えが変わることはないよ」


「ならいいですけど」


 それに……、そう言いかけ言葉を止める。


「何です?」


「……いいや、なんでもない」


 彼らに向かって不敵な笑みを浮かべる上司に、首を傾げるのだった。




















 北区の町外れ、岬の上に立つ一軒の小ぢんまりとした家。案内された場所は少年の実家だった。


「どうぞ、何もありませんが」


「お邪魔します」


 とりあえずは負傷の神父を……と、空いていたイスへ彼を座らせた。


「あれ? 妹さんですか?」


部屋の奥から顔を覗かせる女の子を見つけた。


「こんにちは」


 だが返事はない。ジッと、その大きな瞳がこちらに向けられているだけ。


「すみません、グレースは喋れなくて」


「ヘンジーたちのご両親は行商をなさっていたそうなんですが、西区へと出向いていた際に、ギャング同士の抗争に巻き込まれて……」


「そうなんですか……」


 そのまま帰らぬ人になった。突然最愛の家族を失った妹は、以後精神的ショックから口が利けなくなったそうだ。兄が14才、妹が9歳の時だった。


「お二人ともお掛けください」


 そう促され犬飼は腰を下ろすが、


「……狼子さん?」


「あたしはいい。立ってる」


壁に背中を預けたまま。あくまで馴れ合いはしない、そんなスタンス。


 マリアは一つ間を置くと、意を決し話しはじめた。


「私は一年ほど前から神父様の協会でボランティアをしています。そこで……」


 微笑みながらヘンジーの顔を見る。彼もまた優しい眼差しでマリアを見ていた。


「ヘンジーに出逢いました」


「僕たちはお互い惹かれあって、それで……」


「恋人になったんですね」


 ふたりは頷く。


「逢える時間は僅かでしたが、それでも幸せでした。」


 一ヶ月前、父親から見合い話しを聞かされる前までは。


「相手は異国の王族の方で、父はその国の油田の利権に少しでも肖ろうと、私を差し出したのです」


「そんな酷い……」


 いわいる政略結婚。いつの時代になっても変わらない古き悪しき習慣。


「私は心に決めた人としか結婚したくありません」


 見合いの日取りが近くなるにつれ、ヘンジーへの想いは増していく。それならばいっそのこと金も名誉も家族さえも捨てて、愛だけのために生きよう……そう決心するのだった。


「彼は快く私を受け入れてくれました。神父様も私たちのために、父の手の者から匿って下さりました」


「もういい加減に本国だの島だの、そんな因縁は忘れるべきだ!この子たちのような何の罪もない若者が、手と手を取り合える環境を作らねば!」


 それを人は夢物語と笑うだろう。だが神父の気持ちは犬飼には充分に理解できた。


「あなた方にお願いがあります!」


 そう言うと封筒を取り出し机の上に置いた。


「この中には10万ギーク入っています。このお金で私たちを見逃してはいただけないでしょうか?」


「お願いします! 僕もマリアも真剣に愛し合っているんです!!」


「私からも頼む! この子らを引き離さないでやってくれ!」


 金などいらない。必死で頭を下げる彼女たちを見て、何とか手助けをしてやりたい。犬飼は狼子を見た。何とか出来ないだろうか……そんな期待を込めて。マリアや神父もまた犬飼につられて視線を向けた。


「お嬢さん、雅家(うち)に依頼するには0が一つ足りないよ」


 無言を貫いていた彼女が話し出す。


「それなら……今は全額は無理ですが、必ず働いてお支払いします!」


「いや、足りない分は私が出す! それなら構わんだろう!!」


「神父様! そんないけませんわ!」


 そこまで甘えるわけにはいかない。首を振るマリアに神父が優しく微笑む。


「いや、これぐらいさせてくれ」


 二人には幸せになってほしいから。心からの神父の言葉にマリアたちが涙ぐんでいた。そんな彼らを見て狼子は鼻で笑う。


「……お涙頂戴のところ悪いが、最初に言ったろ? 話しを聞くだけだって」


 たとえ1千万ギーク積まれようと断る。依頼主はマリアの父親であり、依頼を引き受けた以上は、彼女を本国へと送り帰すのが自分に課せられた任務。


「さぁ、わがまま言ってないで帰りますよ」


「狼子さん! 待って下さい!!」


「貴様それでも人間か! 血も涙もない死神め!!」


「何とでも言え。このお嬢様が家へ帰ることが()()()()()、そう言ったろ」


「いやっ! やめて、離して!!」


 助けを求めるマリアの腕を掴んで無理やり立たせると、玄関へと歩き出す。必死で抵抗するが力の強さに敵わず、ズルズルと引きずられてしまう。


「……何の真似だ?」


「ここは通せません、彼女は本国には帰しません」


 両手を広げ、前に立ちはだかった。


「邪魔するなら」

「構いませんよ、」


 殺しても。犬飼の目は本気だった。


「なんでそこまでしてやる? 赤の他人の為に」


「僕は……ただ助けたいんです。目の前に困っている人がいたら手を差し出して、救ってあげたいんです」


「『信念』ってやつか」


「はい。狼子さん言ってくれたでしょう?」


──それがお前の『信念』だというのなら、貫けばいいんじゃないか


 それを実践するのは今、この時。


「どうかマリアさんたちを、僕に一任してもらえないでしょうか?」


「どうなっても知らないぞ」


「狼子さんやご当主にはご迷惑はおかけしません」


雅家(うち)からの手助けは、一切ないと思え」


「もちろん。責任はすべて追います」


 その言葉に偽りはない。緊迫したにらみ合いの中、狼子がマリアの腕を離した。


「……なら好きにしろ。父さんにはあたしから言っといてやる」


 お手並み拝見だ、そう言ってニッコリと笑った。はじめて見た彼女の笑顔だった。


「狼子さん! ありがとうございます!」


「ありがとうございます!!」


「礼なら犬飼(こいつ)に言え。救ってくれるらしいからな」


 邪魔者はさっさと退散するよと立ち去ろうとする狼子、そんな彼女の手を小さな手が引き留める。


「グレース!」


 ヘンジーの妹。今まで奥の部屋からこちらの様子を伺っていた彼女だったが、何かを訴えるような強い眼差しで、狼子をジッと見つめる。


「大丈夫だよ、グレースちゃん。このお姉ちゃんはマリアさんを連れて行ったりしないから」


「グレース手を離しなさい」


 犬飼や兄の言葉は耳に届いていないのか、彼女は、ただただ狼子を見つめた。青く暗い瞳の中に何を見たのだろうか、狼子もまたグレースを見つめ返すと、その柔らかい髪をぐしゃぐしゃっと二三度撫でた。言葉は交わさないがお互い何かを感じ取ったのだろう。やがて掴んでいた手を離すと、狼子はドアノブを掴み扉を開けた。


「一つだけ忠告しておく」


「何ですか?」


()()()はないぞ」


 逃げ切れないそういう意味だろうか、こちらからは彼女の表情が伺えない。


「……いいえ、ありますよ。みんなが幸せになれる方法は」


 きっとある。自信満々に話す犬飼にそれ以上は何も言わず、そのまま外へと消えていった。






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