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リバース─犯罪者隔離更正施設─  作者: 修多羅 なおみ
第1章 犬と狼
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尾行開始 2

 ハイエナの巣についたのが約束の15分前。茶木は少し離れた場所で待機、犬飼たちは向かいの空きビルに隠れて客の来店を待っている。


「……来ますかね」


「ハイエナの口ぶりじゃ電話の相手は相当焦っていたようだ。一刻も早く品物を売りたいと言っていたらしい」


「もしかして、探ってることに気づかれたとか?」


「遊女が話してた男がいたろ? ソイツの存在をマリアが知ったのかもな」


 自分たちとは違い土地勘のない男なら、手当たり次第に聞き込みをしていてもおかしくない。ひょっとしたらマリアが足を運んでいた教会へも話しを聞きに出向いたかもしれない。


「あそこの偏屈神父が、金欲しさに誰かを売るなんてことはないだろうから、漏れたとしたらそこからだろうな」


 あれこれと詮索しても始まらない。とにかく男を待つしかない。


「あと十分、例のブローチだったらハイエナがワンコール掛けてくる。そしたら尾行開始だ」


 気を抜くな、狼子の言葉に頷き返した。


「………………」


「………………」


 双方沈黙。この時間を無駄にしてはいけないと、


「……狼子さんて早起きなんですね」


「なんだよ? 唐突に」


男が来るまでの僅かな時間を利用して、彼女との距離を縮めようと話題を振る。


「今朝帰ってきただけだ」


「えっ?」


 まさかの朝帰り宣言にショックを受ける。自分とそっくりの娘なら貞操観念も低いかもしれない、虎之助(ほんにん)は冗談のつもりで口にしたのだろうが、まさか──。


──ボカッ!


「あいた!」


「お前……ムカつくこと想像したろ?」


 狼子の目が冷たく細くなる。無遠慮に天骨を殴られた。


「なんか勘違いしてるみたいだから言っとくけど、明け方まで仕事してただけだからな?」


「お、忙しい……んです、ね」


「どこかのおまわりさんと違って、暇をもて余しちゃいないんでね」


 殴られた頭と耳が痛い。心にグサりと刺さる。


(ううっ……いいんだ、どうせ僕なんて──!)


 涙目で落ち込む。いじけるように『の』の字を地面に書き出す始末。その様子が妙にかわいらしくて狼子の口角が少しだけ上がったのを、彼は知らない。


「……おい、」


 さっきまでとは明らかに違う声色に顔を上げる。完璧に仕事モードに戻った狼子が、窓の外を見下ろしていた。


「来たぞ」


 誰とは聞かない。犬飼もまた待ち人の到来を確認した。


「あの男……ですか?」


 男と呼ぶにはあまりに若い。まだ少年の域だ。


「間違いない」


 怯えきった表情に、キョロキョロと何度も周りに目をやり歩いている。胸元には大事そうに紙袋を抱えて。


(狙われてるのはマリアじゃなくて彼の方か……)


 見られていることに気づいた様子はなく、そのまま少年はビルへと入っていった。


──ピリリッ


 報せの合図にふたりは準備をする。それから数十秒……入ってから2分ほどで出てきた少年は、小走りで来た道を戻っていく。


「あたしはヤツを追う。お前は茶木と合流して5分後に出発してくれ。居場所は随時メールするから!」


「分かりました、気をつけて!」


 窓枠に足を乗せ勢いよく飛び降りる。ヒラリと銀色の髪が青い空に舞った。3階の高さだというのに何事もなく着地すると、そのまま少年が歩いて行った方角へと消えていった。犬飼はそれを見届けると自身も素早く階段を駆け降り、茶木が待つ場所へと走って行く。


「……茶木さん!!」


 運転席の窓を開け、一服中の茶木が顔を覗かせた。すぐさま彼に狼子の指示を伝える。


「分かった、とりあえず車に乗れ」


「はい!」


「あ、おまわり……前に乗れ!」


 隣を指差す茶木。犬飼は後部座席のドアから手を離し助手席へと回り込んだ。


「……ん? あれって」


 後ろに刀が置いてある。はじめて逢った日に狼子が持っていた刀だ。


「ちょいと仕事で使ってな。乗せたまんまにしてんだ」


 刀を使った仕事が何を意味するか、馬鹿でも分かる。


黒朝(あいつ)には触んなよ。あれはお嬢にしか扱えないからな」


「すごく重い刀ですもんね」


 実際受け止めてみたから知っている。その言葉は的外れだったのか、茶木は首を軽く横に振りながら言った。


「確かにクソ重いけどそうじゃねぇよ。黒朝はなただの刀じゃない。アイツは人の心を喰らう妖刀なんだよ」


 持ち主の心を操り精神を崩壊させる。


「命尽きるまで、刀を振り回し人を殺し続ける」


「止める方法はないんですか?」


「刀を鞘に納めるか、持ち主の息の根を止めるか」


 厄介なことに殺せば殺すほど軽くなる刀。その分スピードがあがれば、前者で止めるのは難しい。


「お嬢は小さい頃から刀に心を喰われないよう鍛練してきたが、それでも黒朝を使える時間は限られてる」


 何とも恐ろしい刀だ。その言葉を知らしめるように異様な空気を纏った刀は、まるで生き物のように犬飼を見ていた。





















「こっちだ」


 狼子からのメールを頼りに行き着いた先は、北区の外れにある漁港だった。


「ここは壁がないんですね?」


 やけに見晴らしがいい。何か違和感があると思ったら島を囲う壁が見当たらない。


「壁はあるぜ」


「え? どこに?」


「下だ、下」


 そう言われ地面を見たら、分厚い鉄の塊が約1Kmに渡り埋まっていた。


「船が漁に出るときだけ壁が下がる仕組みになってんだよ」


 もともとは農業で生計を立ててきたが、現当主の虎之助と本国との密約で、島の周辺30海里までの漁が許されることになった。だが、ここ北区では東区のような島と外とを結ぶ出入り口がない。そこで考え生まれたのが壁を上下させ港を作るという機械(からくり)


「凄いですね! 誰がこんな設計を?」


「当主殿の弟君だよ」


「ご当主の?」


 兄弟がいたのか、ならば会ってみたい。


「いや……もう、いない」


 それは死んだという意味なのだろうか……どこか歯切れの悪い茶木に尋ねようとしたが、叶わなかった。


「無駄話しはそこまでだ。さっさと仕事を終わらせるぞ」


 ここに来た目的を忘れるなと、狼子は車から相棒を取り出す。


「あ!」


「なんだ?」


「いえ、大丈夫なんですか?」


 持ったりして。心配そうな表情の犬飼に何かを察した狼子は、咎めるように腹心を見た。


「茶木……お前」


「すいません、ついうっかり」


 喋ってしまったと謝る。何とも口の軽い腹心に、わざとらしいため息を吐いた。


「……あたしは大丈夫なんだ。持ってるだけでは喰れたりはしない」


 鞘にさえ納まっていれば。それを聞いて安堵した。


月の犬(マーナガルム)! 何しに来た!!」


 突然響き渡る大きな声に振り返ると、2メートルは遥かに越える大男がそこに──。


(月の犬? 狼子さんのことか?)


「ここは貴様のような死神が来る場所ではない! 立ち去れェ!!」


 威嚇するように吠える大男、茶木が向かおうとするのを狼子が制した。


「これはこれは神父様、相変わらず居もしない神様ってヤツに祈りを捧げてんのか?」


「なんだと!?」


 大男の怒りが一層強くなった。ビリビリと肌で感じるほどに。騒ぎを聞き付けた住人たちの和が、あちらこちらに出来はじめていた。


「マリアを奪い返しに来たのだろう! 本国の奴らに言われるがままに!!」


「だったら何だ? 神父様(おまえ)には関係ないだろ?」


「あの子を傷つけようとするなら容赦しない!!」


「あんまり興奮してると耳と尻尾が出てくるぞ?」


(耳……尻尾……?)


 神父と狼子、互いに戦闘の体勢に入る。何とかして止めなければと茶木に目をやったが、お手上げだと肩をすくめ煙草に火をつけていた。


「死ねぇぇェ!!」


「……お前がな」


 地面を蹴りあげた思ったら一瞬にして間合いを詰める。


──キーン!!


 金属の音が響く。それは振り上げた黒朝の鞘を神父の爪が弾いた音。


(な、んだ! あの爪──!?)


 まるで鉤爪。さっきまでは普通の手だったのに。力と力がぶつかったせいで突風が周辺を襲う。野次馬たちは一斉に逃げ出した。


「どうした! 全然攻撃してこないじゃないか!!」


(速い。あの神父、手の動きが尋常じゃない!!)


 繰り出されるパンチをひたすら避ける。あの爪を一回でも喰らうと致命傷を負いかねない。防戦一方かと思われた次の瞬間、狼子は持っていた黒朝を天高く放り投げた。


「なっ、」


 一瞬、ほんの一瞬だけ神父の目線が刀に。それを見逃さなかった。さらに一歩前へ出ると、神父の顎を目掛け下から掬い上げるようにパンチを放つ。狼子のスピードも増していた。


──ブンッ!!


 寸でのところで避けたと思っていたが、


「クソッ……!?」


拳先が顎を霞めており神父は膝から崩れ落ちた。


(霞めただけであれだけのダメージ……もし当たっていたら──)


 今更ながら目の前に立つ彼女の強さに、恐れを抱いた。


──パシッ!


 天から舞戻ってきた刀を片手で掴み取った。相変わらずその態度は飄々としている。


「……何も知らないくせに」


 ギリギリッ……と、白くなるまで握りしめた拳。


「知ってるさ、彼女が北区(ここ)へ来た理由は見当がついた」


「なら何故? このまま目を瞑ろうとはしない!!」


 淡々と話す狼子に非難の目を向ける。彼女がやろうとしていることは、いたいけな少女に一生消えない傷をつけるということだと。


「それは違うよ、神父様」


「なんだと!?」


「あんたが信じる神とやらが何をほざいたかは知らないが、マリアは本国へ返す。それが()()()の為だ。」


 狼子は鞘から刀を抜く。黒く鈍く光る刃を。


「狼子さん、何を!?」


「決まってんだろ? 殺すのさ」


「勝負はついてます! 無益な殺生はやめて下さい!!」


「勝負? なにを言ってる?」


 心底わからない、そんな表情だった。神父は狼子を本気で殺そうとした。ならば逆もまたしかり。


「あたしに喧嘩を売ったんだ、それ相応の対価は支払ってもらう」


「でも!」

「いいんだ!」


 ありがとう、神父が犬飼に優しく微笑んだ。躊躇うことなくまっすぐ光る切っ先が、一気に振り下ろされた。


「──待って!!」


 その叫びにピタリと刀が止まる。あと数ミリで神父の頭を切り裂いていただろう。


「お願いします! 神父様を殺さないで!!」


 もう逃げないから、両目に涙を溜め必死に懇願する。


「なぜ来たんだ!!」


 神父が名を呼んだ。マリアと。犬飼たちが探していた少女が、そこに立っていた。

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