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リバース─犯罪者隔離更正施設─  作者: 修多羅 なおみ
第1章 犬と狼
15/40

尾行開始

──ピピピッ、


 電子音が部屋に響く。時刻は六時、障子にはうっすらと朝の光が……。早くしろと急かす機械に手を伸ばし、まだ意識がはっきりしない体に鞭打って布団から出る。


(あれから三日、まだハイエナくんからは……)


 連絡はない。待つしかないと狼子に言われたが、やはり気持ちは焦る。まだ外は肌寒く廊下の床は素足で立つには冷たい。短く吐き出された白いため息は、朝焼けの向こうに消えていった。


「あら、犬飼様。おはようございます」


「あ、鶴見さん……おはようございます」


 犬飼に挨拶をくれたのは、雅家に唯一住み込みで働いている家政婦の鶴見(つるみ) 昌子(まさこ)


「テオの散歩ですか?」


──バウッ!


 尋ねた飼い主より先に返事をする。大きく尻尾を揺らし傍らに寄り添うジャーマンシェパードは、鶴見の愛犬で番犬のテオ。


「ここの屋敷は広いから散歩にはもってこいですね」


「えぇ。犬飼様もお暇な時があれば、ぜひ散策されてみては?」


「あはは……そうですね」


 実はもう散策済み。丸二日間とにかく暇で暇で仕方なかったので。狼子や茶木は別件で忙しくしていたし、虎之助には、あれ以来会っていない。


 本国にいた頃は当たり前だった仕事も、ここには何もない。


(……帰りたい)


 正直何度もそう思った。マリアの一件が片付けば、本国へもう一度直訴してみようと考えているのも事実。


──偉くなるのよ、誰よりも偉く……そして一人でも多くの人を救うのよ


 一日中何もすることがないと、亡くなった母の言葉が呪文のように頭の中を繰り返す。


「……さま?」


──父さんのようになってはダメ、あなたは必ず──!


 息を引き取るその瞬間まで、壊れたレコードのようにそう言い聞かされてきた。


「犬飼さま!!」


 鶴見の大きな声に引き戻される。


「どうかされましたか? お顔の色が……」


「いえ、なんでもありません! ちょっと考え事をしてただけで!」


 様子を伺う素振りの彼女に心配ないと告げた。


「そうですか? ……それじゃあ私は行きますね。朝食は七時には出来ますから食堂にお越し下さい。それから洗濯物があったら持ってきて下さいね」


「分かりました」


 彼女たちを見送り部屋へと戻る。今日もまた何もない一日が始まるのだろうか。


(とりあえず着替えるか)


 パジャマのボタンを一つずつ外していく。そういえば……と、雅家(ここ)には十二名の住人がいることを思い出した。虎之助たちや鶴見を除けばあと七名、まだ顔を拝見していない。


(屋敷が広すぎるのは分かるけど……)


 どの部屋に誰が住んでいるのさえ分からない。食事の時にでさえ顔を見せない。ただ単に時間が合わないだけなのかもしれないが。


(狼子さんのご兄弟も住んでるって鶴見さんが言ってたっけ……)


 三人兄妹の末っ子で上二人はいずれも兄らしい。どんな人なのか是非とも会ってみたいものだ。ズボンも脱ぎ下着一枚で服を探す。本国から送った荷物は届いているが、封を切ることなく隅っこに積まれているため、何枚かの服をローテーションで着回していた。


──ガラガラッ、


「おい、入るぞ?」


「えっ! あ、ちょっと──」


 待って下さい、その言葉を最後まで言うことは叶わなかった。返事を聞くよりも先に障子は開き、狼子が部屋へと入ってくる。


「あ、悪い……着替え中だったか?」


 パンツ一枚で固まる犬飼。異性のほとんど裸に近い姿を見ても頬一つ赤らめることはない。


「実は昨夜遅くにハイエナから連絡があってな、例のブローチを金に代えたいって客が現れたそうだ」


「………………」


「八時の約束だから、着替えたらいつでも出れるように準備しといてくれ」


──ピシャッ、


「…………ハイ」


 そして返事をする間もなく、言いたいことだけ伝えて去っていった。























(……男としての魅力がないのかな?)


 狼子たちが待つであろう玄関へと歩いていく。ハイエナの所までは車を飛ばして一時間はかかるので、せっかくの朝食を食べる時間はない。


(……ひょっとして人として興味を持たれてないんじゃ──?)


 まるで無関心。仕事のことで話しかけられることはあるが、それ以外でまともに会話したことがない。


(……そもそも狼子さんに名前を呼ばれたことが一度もない!!)


 思い返せば()()とか()()()とか、頑なに名を呼ぶことを拒絶されているような。


(……仲良くなりたいな)


 はじめて逢ったあの夜から、何故か彼女のことが気になって仕方ない。美しい容姿はもちろんだが、あの瞳に見つめられるだけで時が止まったみたいに動けなくなるのだ。


(こ、い……なのかな?)


──そりゃ恋でしょ


 強烈に引かれている。心が、魂が。


(どうすれば……)


 あの銀髪(かみ)に触れさせてもらえるだろうか?


──デートに誘っちゃいなよ!


(でもいきなり誘ったりしたら気持ち悪がられるんじゃ?)


──なんとかなるでしょ?無理なら、こう……ガバッと覆い被さるとか


(……えっ?)


──あの子は恋とか愛とかに関心ないからね~。それにボクに似てるし、手込めにすれば案外いけ

「うわぁぁぁあ!!なにを考え……て、い……?」


明らかに自分の考えではない声。もしやと犬飼は背後から感じる邪な気配に振り返る。


「やぁ! おはよう」


そこにいたのは、三日振りに会うこの家の当主。


「ごごご、ご当主!!」


「春だね~犬飼くん」


 にやけ顔を隠しもせず挨拶をよこす。人の心を読むことが出来る虎之助に、すべて知られたと察した。


「……ハヤオキデスネ」


「違うよ~! 今帰ってきたの」


 朝帰りだと笑いとばす。確かに彼からは甘い移り香が風とともに漂ってくる。


「嫁入り前の娘が、男の部屋から出てきたからビックリしちゃったな~」


「何にもありませんからね!? 変なこととかしてませんならね!!」


 誤解のないように念を押す。必死な犬飼の姿に、分かっていると虎之助が頷く。


「パンツ一枚の姿に無反応だったしね」


(え? この人最初から見てたの!? と言うかどこから見てたの!?)


 恐るべし。もしかしたら他心通の他に天眼通も使えるのだろうか。


「犬飼くんは、狼子(むすめ)が好きなんだね!」


「あ、あのご当主。このことはくれぐれも……」


 ()()()()内緒にして欲しい。そう頼み込んだ。


「言わないよ~! ボクこうみえても口が固いから安心してよ!」


 任せろといわんばかりに胸を叩いてみせるが、不安しかない。


「恋のアドバイスが欲しがったらいつでも言ってね! 相談に乗るから!!」


 妙に憎たらしい爽やかな笑顔で颯爽と去っていく。


(一番知られてはいけない人に知られてしまった……)


 膝を突きがっくりとその場に項垂れた。犬飼の予想に反して約束を守った虎之助。狼子に想いがばれることはなかったが、その他周辺にはしっかり伝わり広がっていることに彼が気付くのは、もう少し先の話。

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