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リバース─犯罪者隔離更正施設─  作者: 修多羅 なおみ
第1章 犬と狼
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Bird cage 3

 右手をジッと眺めた。約束だと交わされた小指を。


──いつか食べさせてね


 カナリアは言った。自分には毒があると。


──誰よりも美味しいって


 それは裏を返せば誰よりも深い闇が存在するということ。


(そんなものがあるのかな。僕でさえ知らない(モノ)が)


「どうした? 何か書いてあるのか……その掌には?」


 館を後にし、来た道をゆっくりと戻って行く。


「えっ? あ、いえ……なんでもないです」


 カナリアとのことは言えなかった。


「狼子さんの方はどうでした? 怪しい男の手がかりは掴めましたか?」


「いや、ダメだった」


 これといって特徴のない黒ずくめの男だった。遊女はそう話したそうだ。


「ただ、その男からは微かに()()()()()がしたらしい」


「『焦げた臭い』? それって、もしかして──?」


 犬飼と狼子の考えは一致していた。恐らくその男はマリアの父親が雇った殺し屋。


マリア(かのじょ)は生きてる……そういうことですね」


 確信に変わった。殺し屋を差し向けられたのは彼女かあるいは──。


(となると……早く見つけないと──!)


 手遅れになる前に。



































(門までが遠い……)


 歩くこと半刻。いまだに正門に辿り着かない。区の半分以上を遊廓に割り当てている為、その敷地は広大だ。ここの移動手段には馬車や人力車など洒落たモノもあるが、女性である狼子が歩いているのに男の自分がそれらを使うわけにもいかないので我慢した。


「あ! 兄さん、またね!!」


「いい女捕まえんだよ!!」


 道行く遊女たちが犬飼に声をかける。すっかり有名人だ。


「旦那! また遊びにおいでよ!!」


 笑って見送ってくれる彼女たちに軽く手を振る。


「ここの遊女(ひと)たちは皆さん明るいですね」


 仕事は辛いだろうに。遊廓と聞いて犬飼が頭の中で想像したモノとは、極楽鳥(ここ)は少し違った。


「カナリアさんが優しいからですかね?」


 美しいモノが好きだと言っていた楼主のことだがら、きっとここにいる遊女(もの)たちを大切にしているのだろう。


「『優しい』? カナリアが?」


 眉間にシワを寄せた狼子の表情に犬飼は気づかない。


「はい。少し……変わってますけど、悪い人ではないと思うんです」


 そう言うと彼女は黙りこむ。何かを考えるように。それから少し間をあけて静かに口を開いた。


「……極楽鳥(ここ)を初めて見た時、お前はどう感じた?」


「そうですね……すごく豪華だな~って! 正面の門も、建物も人も!」


 きらびやかで眩しくて、ここだけ別世界のようだと感じた。


「ならアレをどう思う?」


 狼子が指差したのはどこまでも伸びる紅い壁。


「……ただの壁じゃないですよね」


 その壁は、遊女(かのじょ)たちを逃がさないようにと囲っている。犬飼とてそこまで馬鹿ではない。


「アレは高さがあまりない。乗り越えたければどうにか出来ないわけではない」


 確かに。島を覆う巨大な壁に比べれば、ここのは犬飼(じぶん)の背よりも15cmほど高いくらいだ。


「だからですかね、ここへ来た時にそれほど圧迫された感じがしなかったのは……」


 逃げても構わない、そう物語っているみたいだ。犬飼の思考を読み取るように狼子は言った。


「けれどもここの遊女(もの)たちは、けっしてあの壁をよじ登り逃げようとはしないんだ」


 その理由が分かるか、尋ねられ考えたが分からない。


「あの壁にはな、カナリアが調合した毒と鉛が仕込んであるんだよ」


──触れれば最後、命もろとも奪い尽くされる


 どこかで聞いた台詞だった。犬飼の目が大きく見開く。


「ヤツの家系は昔から毒を扱うのに長けた一族なんだ。その中でもカナリアは別格だ。毒の知識と扱いに関してヤツの右に出る者はいない」


 それを聞いてある場面が浮かんだ。口をつけられていなかった狼子のカップ。


「アレにもし毒が入っていたら、今頃お前はこの世には存在しない」


──ゾクッ、


 まただ。あの時と同じ背筋に這う感覚。前に進んでいるのに足が鉛のように重い。


「ここの遊女たちがなぜ笑うのか、それは自分たちを鼓舞するためでも、客を気持ちよく持て成す訳でもない」


 楼主のために笑う。美しい笑顔は、姿は、すべてカナリアの為。


「悲しくても笑う。楽しくなくても笑う。そうしなければ極楽鳥(ここ)では生きていけないから」


 必要ないとみなされたら最後、ゴミのように捨てられる。ふと狼子の足が止まった。


「もう一度聞く。犬飼(おまえ)にこの場所はどう見える?」


 彼女につられて振り返ってみれば、いつの間にか門の外だった。相変わらずキラキラと輝く建物や人たち。陽も暮れかかり、うっすらと遠くの方から夜が訪れようとしている。


「……籠のなかの鳥……」


 夜になるにつれその明るさは一層の輝きを増すというのに、どこかおどろおどろしい。遊女(かのじょ)たちの綺麗な羽が空を舞うことはない。その場所に留まり続け、最期には欠片もなく消えていく。あのクッキーのように。


「あっ……」


 門の向こう側でハチドリが手を振っている。見送りに来てくれたのか……その顔はやはり笑顔だ。犬飼は泣きそうになるのを必死で堪え、笑って大きく振り返した。


「……帰るぞ」


 踵を返し狼子が歩いていく。ハチドリもまた不夜城へと帰っていく。


 犬飼は彼女の背中が見えなくなるまで、その手を振り続けた。

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