表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
リバース─犯罪者隔離更正施設─  作者: 修多羅 なおみ
第1章 犬と狼
12/40

Bird cage

「わぁ~……すっごいですね!!」


 豪華絢爛とはこのことか。まるで王朝時代の宮廷がそのまま飛び出してきたようだ。犬飼は目の前に広がる鮮やかな光景にただただ驚嘆した。艶紅色に輝く正門と囲うように伸びる壁、敷地内には黄金と朱色で統一された木造建築が規則正しく並んでいる。


「ここは島で唯一無二の遊廓屋だからな」


「ここにいらっしゃる遊女(ひと)たちは綺麗な人ばかりですね」


 色鮮やかな着物に身を包み派手な化粧を施す彼女たちは、本国にも世界にも負けないほど美しい。虎之助の言葉に誇張はなかったと改めて思った。


「茶木さんも来たらよかったのに」


 車で待ってると頑なに拒んだのを思い出す。


「やっぱりまだ僕に怒ってるんでしょうか?」


 ハイエナのところへ向かう車中で、一応は和解したのだが。


「いや茶木が来なかったのは別の理由だ」


 だから気にするなと言われホッとした。


「あら? もしかして、狼子……」


 前へ歩く二人を後ろから呼ぶ声が。振り返ると一人の遊女が立ってこちらを見ていた。


「ハチ、久しぶりだな」


 深い緑の着物がよく似合う女性。この遊女屋の古株で名はハチドリ。珍しい客人に逢えたと駆け寄ってきた。


「……しばらく見ない間に一段と綺麗になって。虎の旦那にもますます似てきたね」


(その言葉は禁句じゃ──!?)


 犬飼は慌てて狼子を見た。案の定機嫌が急降下している。


「似てない! あんなちゃらんぽらん!!」


(ご当主が嫌いなのかな……?)


 地面に唾を吐きそうな勢いで、心底嫌そうな顔をする狼子を見てそう思った。


「あら、旦那よりいい男なんて他にいないわよ?」


「いっぱいいるだろ! あんなん下から数えた方が早いぞ!!」


 自分の父親をあんな者呼ばわりするのはどうかと思うが。怒っているはずなのにハチドリと話しをしている時の狼子は、どこか嬉しそうに見える。


「いくらハチでも、これ以上からかうと許さないからな?」


「あ~はいはい、もう言いません」


 すまなかったと銀髪を撫でる。その手つきは優しく、眼差しには懐かしさが浮かんでいた。


(彼女は狼子さんが心を許している人なのか……)


「で、この殿方は? あんたの好い人かい?」


 興味津々とばかりにこちらに視線を寄越す。


「えっ! 好い人!? いや、僕は」

「違う。本国から来た赤の他人だ」


 隣で照れ笑いを浮かべる犬飼に目もくれず、狼子は冷静に否定した。


「本、国から……?」


「何百年振りにおまわりがこの島に派遣されたんだよ」


「大丈夫なのかい?」


「心配ない。父さんのお墨付きだから」


 それなら……と不安げだった表情が安堵に変わる。狼子は隣で打ちひしがれている犬飼に挨拶しろと声をかけた。


「はじめまして……犬飼賢士です。本国から来ました」


「お兄さん階級は?」


 ハチドリは値踏みするように犬飼をてっぺんから爪先までじっくり眺める。


「警視です」


「へぇ……お兄さん偉い人なんだね! 顔だってよく見るといい男じゃないか!! よかったらうちで遊んでいかないかい?」


 チャリンと銭の音が聞こえてきそうだ。ハチドリの目が獲物を狙う狙撃主(ハンター)に変わった。


「えっ!? い、いえ僕は!!」


 腕を絡ませ豊満な胸を押し付けられる。おしろいの匂いにドギマギしながらも狼子に助けを求めたが、


「行きたいなら構わないぞ? 2~3時間したら呼びに来るから。その間にあたしは用件を済ませとくし」


遊んでこいと背中を押された。


「ほらこう言ってるし、犬の兄さんには極楽を見せてあ・げ・る!」


 フッと耳に吐息がかかりぶるりと震えた。並大抵の男ならきっと喜ぶだろうが、犬飼は違う。なんせ彼は生きた化石のような男だから。絡み付いた腕を優しく外すと真っ赤な顔で叫ぶ。


「だ、ダメです!! こういったことは生涯愛する女性(ひと)の為にと、そう僕は決めているんです!!」


 高らかに童貞宣言。道行く遊女やお客は皆、口をポカンと開けたまま突っ立っていた。


(はっ! 僕は何を大声で叫んでるんだ!?)


「あ、んた……女を知らないのかい……?」


 そもそも年は幾つだ。ハチドリもまた信じられないといった表情で犬飼を見る。


「は、はい……」


 ちなみに25歳だと小声で呟いた。


「そ、そうかい。まぁ……あれさ、そういうのは人それぞれ……だ、から──」


 必死で口を抑え笑いを堪えるハチドリ。だがしかし様子を見ていた見物客の一人が堪えきれず吹き出すと、あっという間に辺りに笑いの渦が広がっていく。


(恥ずかしい! 穴があったら入りたい!!)


 犬飼は堪らず狼子を見た。彼女まで笑っていたら立ち直れないと。


「……気にするな、あたしはいいと思うぞ。お前らしくて」


 肩にポンと手を置かれ慰められる。笑われはしなかったが、無表情の彼女により一層羞恥心が生まれた。



























「ごめんね、笑ったりして。ここじゃ兄さんみたいな人、珍しいから」


 目尻の涙を拭い謝るハチドリ。一通り笑い倒した見物客たちは散り散りに去っていく。


「イエ、キニシナイデ クダサイ」


 無の境地。犬飼の目は遠くを見つめていた。


「それで今日はどうしたんだい?」


「ちょっと野暮用でな。カナリアに会いに来た」


「楼主に? そうかい……それは悪かったね。引き止めちまって」


「いや、あたしも逢えて嬉しかった」


 口元に微かな笑みを浮かべる。やはりハチドリの存在は狼子にとって特別なのだと、犬飼は感じた。


「それじゃあ、またね」


 手を振り遊廓へと消えていくハチドリ。彼女の背中を見送ると再び歩きだす。


「狼子さん、『カナリア』っていう方はどちらにいらっしゃるんですか?」


 右も左も同じような造りの屋敷。看板から屋根の飾りまで左右対称に出来ている。


「あそこだ」


 狼子がまっすぐ指差す。その先には他の屋敷とは比べ物にならないほど大きく、きらびやかな建物があった。


「すごく派手ですね……」


 陽の光が反射して物凄く眩しい。『極楽鳥』でかでかと書かれた看板が嫌でも目に入る。


「おい、」


「はい?」


 振り返った狼子の目が真剣なモノに変わる。


「カナリアには気を付けろ」


 ただならぬ雰囲気に犬飼の背筋がピンと伸びる。


「それはどういう」

「いや~ん! 狼子ちゃんてば久しぶり~!!」


 意味だと尋ねようとしたら、地を這う低い声が遠くの方から聞こえてきた。


「もう全っ然、遊びに来ないんだから~!! 私寂しくて泣いちゃうとこだったのよ~!!」


 恐らくあれが『カナリア』だろう。金色に赤いラインが入った長髪を、キラキラと揺らしながら走ってくる物凄くデカい絶世の美女。


(えっ? 女性……だよね?)


 声は低いけど。カナリアの声には程遠いけど。困惑する犬飼、すると彼の姿が目に入ったのか、キラキラの美女はギアを一つあげ一直線にこちらに駆けてくる。


──グンッ!!


「狼子ちゃあぁぁぁん!! だぁれ、その素敵なご仁は──!!」


 勢いに思わず一歩下がってしまう。


(こ、こわい……)


 美女なのに。鼻息荒いし目が血走ってる。怯える犬飼の前に息を切らしたカナリアが到着した。


「……あぁ~疲れた。年甲斐もなく走るもんじゃないわね」


「運動不足か?」


「違う~! ヒール履いてたら思うように走れないのよ~」


 その割には速かったが。獲物を狙い駆ける猛獣ばりに。


 全身キラキラした美女ことカナリアは、極楽鳥や遊廓全体を支配する楼主だと自己紹介してくれた。


「中でお茶でもしながらゆっくり話しをしましょ? ……ね、そこのすてきな男性(ひと)!」


 キラリと目を光らせ犬飼を見る。右近よりも高い背が威圧してくるようだった。


「は、はい……」


 こっちだと鼻唄混じりに二人を案内するカナリア。犬飼は狼子に目配せをする。


「言っただろ。ヤツには気を付けろって」


 性的な意味で。頑張れと拳をグッとにぎられる。


「ちなみにヤツは男だからな。」


(やっぱりそうですか……)


「ちょっと二人とも~! 早く早く~!!」


 茶木が頑なに拒んだ理由が分かった気がした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ