ハイエナの巣
雅家を後にした車は、犬飼たちを乗せ東区へと向かっていた。
「なにか宛はあるんですか……? 聞き込みをするならまず彼女に親しみのある場所に行くべきでは……?」
例えば教会とか。てっきり北区に行くばかりだと思っていたのに。
「自発的に逃げてる場合、マリアに関係する場所に出向いて『彼女を知りませんか? 探しています』なんて尋ねても教えてくれないし、万が一そこに匿っていたなら、本人に筒抜けになるだろ」
一理ある。争いを好まない彼らが、災いの種でしかない我々に協力してくれるとは思わない。しかし、それならマリアもまた、彼らの平和を脅かす存在に成りうるということ。
「だから他を当たるんだ。確実に彼女の元へとたどり着けそうな奴らをな」
狼子はマリアの写真を取り出した。
「これを見ろ。そこにブローチが写ってるだろ?」
そう言われ写真を確認する。確かに彼女の胸元には、赤い石を縁取った金のブローチが写っていた。
「これ、ルビーですかね?」
この大きさで石が本物なら結構な代物である。
「もしも彼女が生きているなら、このブローチを逃走資金に使用したってことですか」
この島には銀行というシステムがない。彼女が最初から消える計画なら、現金はそれほど持ち合わせていないはず。必要もない大金を手に島へ入るとなると、父親や周りの人間に怪しまれるからだ。
「もしくは……」
「彼女から奪った者が金に変えたか……でしょ?」
それだけは避けたいが、それが今一番考えうる現実。
「ちゃんと分かってます」
希望は最後まで捨てないが。
「そうか、なら行こうか――ハイエナの巣に」
◇
あれから小一時間ほど走らせた車は、東区の外れに到着した。
「ここがハイエナの巣……」
何ともボロい……、それが第一印象。商業ビルやホテルが並ぶ大通りとは景観が全く違い、古いビルが無数に存在しているこの場所は人の賑わいなど皆無だった。
「あたしと犬飼で話しを聞きに行くから、お前はその間に電話でカナリアに面会のアポを取ってくれ」
「分かりました」
茶木を残して犬飼と狼子が車を降りる。
「この店にブローチはあるんでしょうか?」
「あれば手間は省けるんだがな」
「あの、ハイエナってどういう意味ですか?」
「ここの店主がそう呼ばれてる」
店へと向かう彼女の後ろについて歩いていく。ひび割れたコンクリートの階段を上がると、店の入口らしきものが見えた。
(どんな人なんだろう……)
ゴクリと唾を飲み込む。ここの住人たちが規格外だということは、茶木や右近を見て知っている。きっとこの中にいる店主も彼らのような相当な手練れに違いない。
「……ハイエナいるか?」
ドアノブを回し扉を開け中に入る。こじんまりした部屋には宝石や貴金属、数々の武器を中心とした無数の流れ品で溢れている。驚きの様子で店内を見回す犬飼を横目に、狼子は店主の名前を呼んだ。
「……ちょっと待ってろ! 今行くから!」
(声が若いな……それに何だか聞き覚えのあるような…?)
屈強な男だと勝手にイメージしていたので、緊張で肩に入っていた力は少しだけ弱まった。
「いらっしゃい、何をおさ、がし……で――?」
奥から顔を覗かせた人物が二人を見て目を見開く。
「あ、あれ? 君はあの時の――!?」
犬飼もまた見知った少年の顔に驚いていた。