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5年目(1184)

一月×日

 義仲は、院を脅して、自分を征夷大将軍に任命させたらしい。

 これまた古臭い役職をもちだしてきたことだ。

 蝦夷討伐のための役職を鎌倉の武士討伐の名目にすり替えるとは。

 しかしこれで一応、頼朝公を朝敵と見なし討伐する大義名分は得た形か。

 このまま義仲が頼朝公に勝利してしまえば、野盗が国を牛耳ることになりかねない。

 癪ではあるが、なんとか頼朝公に勝っていただかねば。



一月×日

 宇治川で大きな合戦があり、義仲は敗走したとのこと。

 ざまぁ!



二月×日

 先の戦で武勲一等の義経とかいう男が、京を出発し摂津へ入る予定らしい。

 このまま行けば、生田か須磨で合戦か?

 欲を言えば平氏と源氏でお互い潰しあってくれればよいのだが。

 せめてはやく戦乱を収束させてほしい。

 というかこのまま戦火が広がり続ければ、仕事が増えすぎて過労死してまう。

 これも一種の戦死だろうか?



二月×日

 合戦は、源氏方の勝利に終わったらしい。

 平氏方の有力武将はほとんど討ち取られたそうだから、これで大勢は決したか?

 まぁ実際の合戦はともかく、職場がやばい。

 役所には現在地獄が展開されている。

 書類の山で、死んでまう。

 歌を詠ずる余裕すらない。










十月×日

 だいぶ間が空いてしまった。

 人生で最も忙しい日々であった。

 しかも、状況はあまり好転してはいない。


 まずどういう経緯かは知らぬが、九条の兼実殿が出仕してこない。

 俺に言わせれば、あの方は朝廷の良心だ。

 あの方がいらっしゃらないせいで、院の横暴が目立つ。

 院の横暴ゆえに仕事がかさむ。

 仕事がかさむゆえに歌に興ずる暇がない。

 歌に興ずる暇すらないのだから、姫様の相手をする時間もない。

 相手にしないと不機嫌になる。

 不機嫌になると俺の負担が増える。

 もうやだこんな生活。


 閑話休題。

 院の横暴というか、自分勝手なところは昔からだが、最近は特にひどい。

 というより、幽閉から解放されて以来、院の様子がおかしいらしい。

 噂によれば、讃岐院の怨霊を恐れていらっしゃるとか。

 自分がこんなひどい目にあったのも、かの怨霊の仕業だ云々とおっしゃっているらしい。

 院だけではなく、関係各位もまた怯えているとか。

 教長殿なんかは、「讃岐院を神霊として遇するべきである」と公の場で発言したそうだ。

 まぁあんだけ酷い仕打ちをして、政争から排除したのだから、怯えて当然、とも言えるのか。

 因果応報とはよく言ったものである。

 まぁそんなこんなで讃岐院は先月をもって院号が改められ「崇徳院」となった。御霊として今後は祀られるであろう。


 ……そんな怨霊だのなんだのに時間を割いている暇があったら、もっと現実的な政策の話をしてくれと思う。

 じっさい、7月に平氏残党による大規模蜂起が起きたことは記憶に新しい。西国は未だ彼奴等の支配下だし、国難は去っていないのだ。

 それに神器はいまだ平氏の手中である。7月に帝の即位式が行われたが、結局神器のないままであった。このことは後々遺恨を生むだろう。あれを取り戻さねば国体の維持そのものが危ぶまれる。万が一神器を源氏に横取りされれば、それこそ東国に新たな朝廷を樹立するとも言いかねない。平氏討伐で朝廷と源氏は目的を共有しているとはいえ、相手はほとんど反乱分子のようなものだ。信頼して良い相手ではない。まさに絵に描いたような内憂外患。いつになったら平和と安息がやってくるのか。


 そういえば讃岐院、もとい崇徳院の件を受けてだろう。お姫様からの文にも、崇徳院の歌が添えられていた。


「瀬を早み岩にせかるる滝川の われても末にあはむとぞ思ふ」


 「長らく会ってないから、そろそろ会えやコラ!」という嫌味であろう。

 まぁでも思えば、お姫様とは一年以上もあっていない。

 仕事もだいぶ片付いてきたし、文を毎日送りつけられる生活にももううんざりしてきた。

 来月あたり、子守を再開しようか。



十一月×日

 姫様が我が家にやってきた。

 話題は和泉式部の歌にかんするものが多かった。

 姫様は和泉式部の


「黒髪のみだれもしらずうちふせば まづかきやりし人ぞ恋しき」


をたいそうお気に入りのご様子で、珍しく饒舌に、こちらが割って入る隙もないくらい熱く語っていた。

 しかも「これを本歌に、歌を詠じなさい」と無茶振りをなさる。

 仕方がないので


「かきやりしその黒髪のすぢごとに うち臥すほどは面影ぞたつ」


と詠じてやった。すると


「あらあら。少し艶が出てきたのではなくて? まぁそうよねぇ、奥方がいらっしゃるものね。その歌のように、奥方の黒髪を撫でてあげているのね。あれ? もしかして違うのかしら? そうではなくて、たんなる妄想? 奥方がありならが別の女性に懸想? 夜な夜なそういうことばかり考えながら眠りに落ちるのかしら? ふふ。取り乱しちゃって。本当に可愛い人」


などとほざく。いつまで経ってもこの人は下品な冗談ばかり言って嫌になる。



十一月×日

 朝から雨が降ったり止んだりしていた。神無月の寒風に息が白んで、気分が滅入る。

 その上、今日はお姫様の子守の日である。

しばらく会えなかったから、一ヶ月に二度子守せよとのご命令。

 雨時々曇り、ところにより姫。


 姫様は以前と変わらず、いや以前にもまして俺を小馬鹿にしてくる。

 さらにいつもは夕暮れ前には帰宅するのに、「寒いから雨が止んでから帰るわ」とわがままを言い出した。

 それで仕方がなく、ワガママ女の話し相手を仰せつかることとなった。苦行にもほどがある。



 ふと気がつけば辺り暗くなっていた。

 部屋の灯に火がついている。知らぬ間に下女がつけたのか?


「あなたって本当に愚かな人ね」


 何も言っていないのに、お姫様は相変わらず、こちらの心の内を読むようなことを言う。


「さきほどあなたの家の人がつけにきていたじゃない。まったく話に夢中になりすぎてそんなことにも気づかないだなんて、可愛い人」


 あんたのつまらない話を聞く苦行に耐えていたんだよ、と言いたいのを我慢する。すると図に乗った姫はさらに「あるかないかもわからない灯なら、消しちゃっても良いわよね」とわけのわからないことを言ったかと思うと、おもむろに立ち上がり、歩きまわって部屋の中の灯火をすべて消してしまった。

 部屋から明かりが消えた。

 はずなのに、それでも俺には姫様の顔が見えた。

 はてなぜだろうと思って光源を探すと、窓の外から光が差し込んでいる。


 いつしか雨があがって空は晴れ、望月が庭を照らしていた。

 それは幻想的な雰囲気で。

 まるで夢を見ているような心地になった。


 示し合わせたかのように、俺と姫様は窓の近くに座り、庭を眺める。

 どのくらいの時間が経っただろうか。

 姫様は前触れもなく、しかし自然な仕方で、滔々と、歌を詠じた。


「風さむみ木の葉晴れゆく夜な夜なに のこるくまなき庭の月かげ」


 きれいな歌だなと思った。

 風が寒いことと、この庭の月影、つまり月の光からの連想か。

 技巧的には二句、三句の 「木の葉晴れゆく」が秀逸と言える。

 「風さむみ」つまり「風が寒いので」「木の葉が散っていく」という意味。

 そして「木の葉が散って遮るものがないから、月の光が晴れ晴れと庭を照らす」という意味。

 風と月影が、「木の葉晴れゆく」という言葉によって、重なり合い繊り合わさっている。

 これだけでも一つの情景を絵画のように切り取った歌だが、さらに時間の経過も盛り込まれている。

 風の寒さに晒されて、「夜な夜な」木の葉は少しずつ散っていく。

 少しずつ、庭の地面が、月影に晒されていく。

 月の優しい光が庭に充ち満ちる喜びと、庭を彩る紅葉が全て落ち去ってしまう寂しさが、同時進行する。

 諸行無常に散りゆく木の葉と、永住不変のごとく留まり続ける月の光。

 さらにいえばこれは今現在の我々の……と考えていると、


「ふふふ、気に入ってくれたようね」


という姫様の声で現実に引き戻される。


 たしかに、ちょっとだけ、良い歌だと思った。が、別に俺の歌ほど良い歌でもない。

 だからちょっと毒を込めて


「まだ何も言っていませんが」


と言ってみた。すると


「あなたが沈思してしまうほどの歌、ってだけで、私には十分よ」


という。

 そう言われてムッときたので「お上手ですが結句が些か」と無理やりに難癖をつけてしまった。別に本気でそう思ったわけではない。というか、本気と思われたら、それはそれで、俺の審美観を疑われかねない。

 が、お姫様はいつもの意地悪い笑みを顔に浮かべて「そう、じゃあこれならどう」と結句を変える。


「風さむみ木の葉晴れゆく夜な夜なに のこるくまなきねやの月かげ」


 姫様は庭を眺めている。庭の月の光を見ている。

 俺は姫様を眺める。月の光に照る彼女の横顔を眺める。

 この人の横顔は、月の光によく似合うと思った。

 別に見とれていたわけではないが、別にだからどうしたという感じだが、とてもよく似合うと思った。


 しかしさて「閨の月影」か。

 歌としては、悪くない。

 が、いまこの現状を思い返すと、少々まずい。

 男女が暗闇の部屋にふたりっきり。

 ここは客間だし、ふたりとも衣服はつけているし、それに、俺も姫様も、そういう関係ではないけれども。でも、いまこの状況で詠ずるには、いささか煽情的な歌だ。

 これも姫様のいつものからかいの類だろう。


「ねぇねぇどうどう?」


と、姫様は庭の方を向いたままこちらに語りかけてくる。

 いつものように、意地の悪い口調で、こちらをからかう調子で、語りかけてくる。


「どうも何も、火を灯しましょう。暗闇で男女がふたりっきりというのは、よくありません」


と俺は正論を述べる。どこからどう見ても完膚なき正論を述べる。


「人は老いていくわ」


と、姫様は庭の方を向いたままこちらに語りかけてくる。

 いつもと違う、切ない口調で、気持ちを吐露するような調子で、語りかけてくる。


 姫様は庭を眺めている。庭に佇む枯れ木を眺めている。

 俺は姫様を眺める。会った時から変わらない彼女の横顔を眺める。

 この人の横顔は、月の光によく似合うと思った。

 別に見とれていたわけではないが、別にだからどうしたという感じだが、目が離せなかった。






十二月×日

 職場をクビになった。

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