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第一章☆羊羮騒動
「でさ、飛行機なりリニアなり船なり、一度乗ってみた方が良いと思うんだ」
進一が「百聞は一見にしかず」とばかりに一馬に話していた。
一馬は乗り物にさほど興味がわかなかったが、進一が言うのなら一度くらい試してもかまわないかな、と考えていた。
「お二人とも、お茶にしませんか?」
執事が四角い銀の盆に淹れたての煎茶とお茶うけの羊羮を運んできた。
「ありがとう」
一馬が声をかけると、執事は「ご用がありましたらお呼びください」と一礼して去った。
「進ちゃんはどれか乗ったことあるの?」
一馬は楊枝で羊羮を突き刺して口に運びながら尋ねた。
「川下りの舟に一回だけ」
「うーん」
まだ中学生だからいかんせん経験値が不足している。もっといろんなことを知りたいという欲求だらけだったが、この洋館のテレビは故障中。直す気になればいつでも直せるが、情報の垂れ流しの機械みたいであんまり気が向かなかった。
ゲームには興味がない。もっと、現実の方向に興味が向いていた。
「一馬、どうせ発明するんならもう出来上がってるサンプルを見て研究した方が手っ取り早いだろう?」
「そうだな」
「それから、これ見てくれ」
進一がタブレットでサイトを呼び出した。
「科学者連盟?」
「そーそー。個人で発明するには限界がある。これに所属しといた方が後々有利だと思う」
「ふうん」
悪くないと一馬は思った。
「それは決定事項、ってことで」
「うん」
「・・・俺としては、まずは新幹線辺りに乗ってみたいなぁ」
「なんでそのチョイス?」
「取り敢えず地べたを走るのからいきたい」
「そうだなそりゃそうか」
わいわい二人で騒いでいるのも楽しかった。
将来どうするのかの展望も、二人で話しているとより明確になっていく気がしていた。
一馬はとてもリラックスして、いつもの緊張感がどこかへいってしまっていた。
「あー‼」
いきなり、進一が大声をあげた。一馬はビックリ仰天して飲んでいたお茶を吹き出した。
「ひでぇ」
「何が?」
「羊羮全部食っただろう!俺のは?」
気がつくと、話に夢中になっていた間に、一馬はお茶うけの羊羮をひとつ残さずたいらげてしまっていた。
「食べたいのか?」
「もちろん!」
一馬はあわてて執事を呼んだ。
「申し訳ありません。あいにくさっきお出ししたので全部です」
「えー」
「買って参りましょうか?」
「いや、いいです!」
進一は立ち上がった。
「一馬、俺は怒った。もう帰る」
「なんで?」
「理由は自分でよく考えてみろ」
「?」
いままで喧嘩らしい喧嘩はしたことがなかった。一馬は帰っていく進一の背中を呆然と見送った。