第4話輪の中
「!?」
さっきまで人の居る気配はしなかったはず、一体誰だ、と本をさらっていった人影を見る。
そこにいたのは、小さくて、耳がとんがっていて、口は大きく、緑の服を着た、これは、
「…ピクシー」
小さい頃、絵本で見たピクシーの姿だった。なんてことだ。
現代ではいないとされている妖精が、こちらでは存在しているのだろうか。それにしても、姿形が絵本で見たピクシーにあまりにも似ていないか。これではまるでVRゲームをプレイしているようだ。それとも、本物のピクシーもこのようなものなのか。
俺が衝撃を受けて固まっている間、ピクシーは此方を見て、跳ね回りながら、それはそれは楽しそうに笑っていた。
「ーーー!」
その笑い声は人間のものではなく、鈴やガラスの風鈴を鳴らしたような、可愛らしい音だった。しかしながら、その音にはどこか此方を馬鹿にしているような、意地の悪い感じが交ざっていた。
俺は、今、この妖精に悪戯されているのか。
そう気づいた時、すでにピクシーは本を抱えたまま、図書室の奥へと逃げようとしていた。
「ま、待て!待て!」
あの本がこの変なところから出る鍵になるかも知れないのだ。そんな大事なものを持っていかれたらとても困る。困るどころじゃない。
慌ててピクシーの後を追い掛ける。この図書室はそれほど大きくはない。妖精を見失うという心配はないだろう。そのはずだ。そのはずだったが、
「…なんだこれ…なんで、こんなに、広いんだ…」
本棚を曲がった先、図書室の奥には、緑が広がっていた。
一面に生えた木々と草。近くには川も流れている。そこらじゅうに生えた花からは、とても良い香りが漂ってくる。果てが見えないくらいに広い。こんなところ、図書室ではない。図書室には、こんな大きなスペースはない。
しかし、今はそんな衝撃を受けている場合ではないのだ。俺の少し前には、あの憎たらしくはしゃぐピクシー、それと本。一刻も早く追い付かなくては、この広さでは、見失ってしまう。
目の前のピクシーに向かって全力で走る。勿論ピクシーも走って逃げる。その速いこと、なかなか追い付くことが出来ない。ピクシーってこんなに足が速かったか?それとも俺が遅いだけか?いや、やめておこう。体育の話はやめておこう。
だんだんと息も切れてくる。けれど、徐々に距離も縮まってきた。もうすぐ、もうすぐ捕まえられる。そう思って大きく踏み出した瞬間、
「!」
足元から、大きく痺れるような感覚が全身を駆け巡る。静電気が起こった衝撃を、何十倍にも大きくしたような痺れ、これはもう電撃と言って良いのでは、あまりのことに全身の動きが止まる。
何だ、と思う間もなく、再び意識が暗転しはじめる。体から力が抜け、地面に倒れる寸前、視界に入ったものは、茸でできた輪っかと、笑い転げるあのピクシー。
そうか、これはお前の罠だな、そんなに引っ掛かったのが嬉しいか、そうか。
騒がしい笑い声をバックに、また意識を失った。
またか。勘弁して。