プロローグ
30歳の時に働き過ぎで『脳卒中』を起こし、半身マヒが残り働けなくなった。
10年が経ち、生活保護を受けながら細々と暮らしてきた。
そして、『その日』がやってきた。
歩いての買い物帰り、女性をしつこくナンパする男をイライラの末、止めさせようと仲裁に入ったのが間違いだった。
ナンパをする男を嫌ってではない。
なんでもできる健康体の男が嫌がる女性にしつこくしていたのがイラッときたのだ。
『お前、普通の健康体なんだからわざわざ一人の女性に・・しかも嫌がってる女性を口説く必要ないだろう』的な理由である。
『こっちは、すでにいろんな意味でハンデあんだからな。もっと他の女にどんどん声掛けりゃあ良いじゃねぇか』的に・・。
「止めろよ。嫌がってるだろう」
と言うことになったのだ。
しかし、セリフだけ聞いたら立派にナンパを止める良い男風に聞こえたのかもしれない。
全然、そんな気はなかったのだが・・・。
「うるせえなぁ。引っ込んでろ」
「うおっ」
相手の男はちょっとばかりイラついただけだったのだと思う、
軽く押したつもりだったのだろう。
しかし・・。
――ゴン。
身体を支えられなかった俺はそのまま背中から倒れ『後頭部』を地面にぶつけた。
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「イツツ・・・あれ?ここはどこだ?」
周りを見回すと、真っ暗で何も見えない。
後頭部の痛みはジワジワと感じるので意識があるのは確かだ。
「真っ暗なのに自分の存在はわかる・・?妙な感覚だな」
確かに周りは真っ暗闇なのに手足に胴体の確認ができるというのはある意味不気味なことである。
「まったく、困った人ね~」
「うわっ!?眩しい!!」
暗闇の中にいきなり光が生まれる。
あまりの眩しさに何も見えなくなる。
「声・・女性の声・・?」
「えーと、野間大輔、40歳・独身・・」
「あ、あの・・何も見えないんですが・・?」
「視界はそのうち元に戻るわよ。ははぁ・・なるほど・・半身マヒのせいで踏ん張りがきかなくて・・・」
「ここは、どこなんでしょうか?病院ですか?」
「ここは、『生と死の狭間』よ。普通なら絶対に入れないところね」
「・・『生と死』ってことはまだ死んでない?」
「あー・・期待させちゃって悪いけど、君は死んでるわ」
「死んだんですか・・」
「まあ、よく聞く『当たり所が悪くて』ってヤツだけど、君の場合はいくつもの不幸が重なって起きたまさしく『事故』ってヤツなのよ」
「えーと・・それはどういう・・?」
なんか、女性の声のトーンに『怒り』にも似た感じがあると思うのは俺だけか?
「本来、君は死亡リストには載っていないの。つまり、イレギュラーで死んでしまったわけ」
「死亡時期って決まっているんですか?」
「そうね。君たちにはショックかもしれないけど、人の死は決まっているの」
人の死期が決まってるのか・・。
でも、どうしてなんだろう?
「本来、神といえど人の生死には干渉しないの。でも、人が長年続けている『戦争』によって生死のバランスが崩れたの。そして、今から70年前の大きな戦争で死ななくてよいはずの人たちが大勢死んだわ」
「どうして、死ななくてよいって分かるんですか?」
「その人たちもみんなこの『生と死の狭間』にいたのよ。通常、死ぬと魂は天界に行き、そこで『その後』のことを担当女神と話して決めるの。まあ、悪いことをすると地獄で強制労働になるんだけどね」
「シビアですね」
「汚れた魂を浄化するにはこれしかないのよ。まあ、話を戻すけど・・つまり、戦争によって死のバランスが崩れてしまい私たち女神が死を管理することになったのよ」
「でも、今でも小規模だが戦争をしている国もあるよね?」
「70年前の大きな戦争を経験に戦争での死亡に関しては直接天界に続くルートを作ったの。これで事実上は生と死の狭間に魂が入り込むことが無くなったはずだったのよ」
「なのに、俺が入り込んでしまった・・と」
「まあ、不可抗力だからしょうがないわけだけど・・ただ、1つ困ったことがあってね」
「なんですか?」
「さっきも言ったけど、私たちは今死を管理してるの。だから、そこに死ぬはずのない人が入ると調整が難しいのよ」
そう言う意味で困っていたのか・・。
でも、俺にはどうすることもできないしなぁ・・。
「とりあえず、ここを離れるから私の手に摑まって」
「は、はい・・」
何とか見え始めた視界を頼りに女神の手を取る。
暖かい温もりを感じ、安心感で目を閉じる。
「着いたわよ」
「えっ?」
彼女の声で目を開けると、視界に入ったのはソファに机が1つ置いてある部屋だった。
「ここに座って待っててね。私、どうなったか聞いてくるから・・」
「あ、はい・・」
俺を一人残し、女神が部屋を出ていく。
俺はソファに座り、待つことにする。
よくよく見まわすと向かい合ったソファとその間にある机の他は何もなく、クリーム色っぽい壁にポツンとドアが1つあるだけだ。
時計もないのでどこくらい経ったか分からなかったが、30分くらい待ったんじゃないだろうか?
ソファの前で立ったり座ったりを繰り返していた俺が、立ち上がること5度目のときドアが開いた。
「待たせたなぁ。ワリィ、ワリィ」
「あ、いえ・・」
アーハッハッハッ!と高笑いしながら入ってきたのはゴッツイおっさんだった。
まあ、俺もおっさんだが・・・。
「俺様は、地球の神王の一人でよぉ。今回の件を協議したんだが・・」
「そ、それで・・」
「正直、アンタに死んでもらうのは困る・・と言う結論に達したわけだ」
「それって・・生き返れる・・ってことでしょうか?」
何となくだが、嬉しいようなそうでないような微妙な反応になる。
「だが、『野間大輔』としては無理だ。それに、正直なところ『地球人』として生き返ること自体が無理なんだよなぁ」
「えー・・と、それってどういう意味でしょうか?」
「セイリンに聞いたと思うが、我々は死の管理をしている」
「それは聞きました。――って、セイリンって?」
「お前さんを『生と死の狭間』に迎えに行った女神の名だよ」
あの女神様、セイリンって名前だったのか・・。
「でだ。死の管理をするってこたーよぉ、生の管理もしてるってことでもあるんだぜ」
「まあ・・普通に考えればそうなりますよね」
「そこで、1つの提案が出されてなぁ」
「はぁ・・」
何だろう?
神王様、言い難そうだな。
「まあ・・なんだ。ちょっと荒唐無稽な提案でなぁ」
「・・いったい、どんな提案だったんですか?」
「それには、俺たち『神王』について語る必要がある」
『神王』
それは、『創造主』としての『能力』を持った者のことを言うらしい。
『世界』を『創造』することが許された『存在』・・それが『神王』なのだ。
『地球』・・いや、地球を含む『宇宙』を作ったのも『複数の神王』によってだと言う。
地球で『神々の伝説』があるのもこれが元ネタらしい。
『神王』は世界を作るが、基本その後は『放置』するらしい。
あくまでも、作られた世界がどう進化していくかを見守るだけらしいのだ。
だからこそ、『死の管理』という『特例』を決める時も『全ての神王』が集まって決めたらしい。
そして、今回の俺の件でも『全ての神王』が集まって話し合ったらしいのだ。
「まあ、そんなわけでよぉ・・一人の若ぇ神王が提案したんだよ」
「それって・・?」
「そいつが作った世界の住人としてなら転生できるんじゃないかってことだ」
「どういう理屈ですか・・?」
「つまり、できてそれほど発展していない世界だから住人が増えるのはむしろ嬉しいらしい」
「なるほど・・」
「ただし、全く問題が無いわけじゃあねぇんだ」
「・・・・・」
聞くのが正直怖い・・。
嫌な予感しかしない。
「まあ、その話の前に説明しなくちゃならないことがある」
「なんでしょうか?」
「・・『魂の在り方』ってヤツだな」
「・・『魂の在り方』?」
「人が死んで生まれ変わるとしよう。何に生まれ変わると思う?」
「・・もしかして、動物・・とか?」
「どうしてそう思うんだ?」
「いやー・・人間から人間って都合が良すぎるかなって・・」
「まあ・・そう考えるのもあるのかもなぁ・・でもよぉ、普通に考えてよぉ『人の魂の大きさ』と『蟻の魂の大きさ』が同じだと思えるか?」
「あ、確かに・・」
言われてみればその通りだ。
と、言うことは・・。
「結局のところ、『人の魂』は『人』になるってわけだ。ただし、戦争によって多くの魂は傷つき『完全なる魂』ではなくなってしまった者たちが多く生まれてしまった・・」
「それってどういうことですか?」
「生と死の狭間に落ちた魂は何割か魂が欠けてしまうのだ」
「魂が欠けると何かマズイんですか?」
「魂が完全であるからこそ生物は『生』を全うできる。しかし・・魂が不完全と言うことは元来の寿命よりも短い期間しか生きられなかったり、病気にもかかりやすい体質になる可能性も高くなるんだよ」
「じゃあ、俺が脳卒中になったのも・・?」
「魂が欠けてるせいだな・・」
衝撃の言葉に俺は驚きを隠せなかった。
「それって治らないんですか?」
「治るさ。時間はかかるがな」
「時間ってどのくらいですか?」
「生と死を繰り返すことで魂は完全なる形に戻るわけだ」
治ると聞いて一安心する。
生と死の狭間が魂にまで影響を与えているという事実にはショックを受けたが・・。
「魂と言うのがどれだけ繊細か分かったところで、今回の『提案』に対するリスクを説明するぜ」
「リスクですか・・」
先ほど言っていた寿命のことだろうか?
「野間大輔と言う魂は我々が作った世界で生まれた『魂』なわけだ。それを他の世界に移すというのは『異例中の異例』と言うことなんだよ。生まれ変わった時どんな影響が出るか・・って話さ」
「そういうことですか・・」
ただでさえ不完全な魂のところにきて、生まれ変わる世界そのものが違うのだから魂にかかる負担がどれほどか・・と言うところなのだろう。
「あの・・断った場合はどうなるんでしょうか?」
「そうだな。調整して、しばらくの間は天界にいてもらうことになるだろうなぁ」
「しばらく・・ですか?」
「そうだな・・1000年くらいってとこだろうよ」
「せ、1000年・・そんなにですか?」
「ん?俺たちにしてみたら瞬きくらいの時間だぞ?」
「瞬き・・ですか?」
1000年も待つのは正直、長いよなぁ・・。
安全を取るかそれともリスクを承知ですぐにでも生き返る道を選ぶか・・。
「あ、あの・・その世界ってどんなところでしょうか?」
「・・そうだな。んじゃあ、本人に聞きに行こうぜ。セイリン、頼んだぜ」
「ハーイ。了解しました」
扉を開けることなく部屋に突然現れる女神・セイリン。
ここまでくると、ビクッと一瞬驚く程度で済んだ。
「では、行きますよ」
「お願いします」
差し出した手を握る。
瞬間移動も2度目となると手慣れたものになってしまう。
あっという間に景色が変わり、目の前には『少年』と言えるだろう子供が立っていた。
「神王・アノン様。野間大輔をお連れしました」
「ご苦労様です。では、早速ですがお話と行きましょうか」
「お、お願いします」
見た目と違い『大人な態度』に思わず委縮する。
やっぱ、神様なんだな・・と感心してしまうほどに。
「だいたいの話は聞いていますね?」
「は、はい。あとはアノン様が作った世界について聞きに来ました」
「そうですか。では、お話ししましょう。私が創った世界は『アルディナガル』と言います」
「・・アルディナガル?」
あれ?どこかで聞いたような名前の世界だな。
神の作った世界に関して知識もないのに・・どういうことだ?
「聞き覚えがあるみたいですね」
「えっと・・どういうわけだか聞いたような感じがあるんですが・・どこで聞いたかは・・」
「厳密に言うなら『聞いた』のではなく『見た』からでしょうね」
「見た?」
その言葉で一気に混乱する。
どういうことなのだろうか?
「実はあるモノをそのまま『世界』として創ったんですよ」
「―――・・それってまさか?」
「気づいたようですね」
『アルディナガル』・・どこかで聞いたと思った名前。
それは―――。
「・・『ドラゴン・ファンタジー』の世界の名前・・」
「ええ。その通りです」
「・・嬉しそうですね」
「こういう『ネタ』が分かる人と話すの初めてでしたので」
「でしょうねー・・」
遠い目になる俺。
さっきまでの神々しさはどこに行った・・。
「つまり、ゲームの世界をそのまま本当に作ったということですか?」
「平たく言えばそういうことです。ただし、『魔王』はいませんがね」
「じゃあ、平和なアルディナガルってことですね」
「んー・・殺伐と言うことはありませんが地球よりはスリリングかと思いますよ」
まあ、『モンスター』がいるのだからスリリングではあるだろう。
ただ、『魔王退治』が無い時点であの『ゲーム』では概ね普通に暮らせるはずなのだ。
「と言うことは、基盤がゲームのままってことと思っていいんでしょうか?」
「そうなりますね。ただし住人は『ゲーム』の要素を全部知っているわけじゃありませんから」
「そりゃ、そこに住む人にとっては『リアル』ですからね」
「そういうことです。で、どうなさいますか?」
「興味は正直あります。魂のリスクを考えても行きたいと思えるくらい」
ただ、神が渋るほどと言うことは他にもリスクがあるんじゃないのかと思えるのだ。
「そうですね。魂のリスクですが、厳密に言うと君がこちらの世界を選んだ場合ですが2度と地球人に戻ることはできないということを意味しています」
「つまり、完全にアルディナガルの住人になるってことですか?」
「そういうことですね」
そう言うことか。
でも、記憶が全くない状態でアルディナガルに行くんだから地球を恋しがる理由もなくなるわけで、それなら、覚悟を決めるだけで済むことだろう。
正直リスクは不完全な魂で起こるであろう『何か』でしかないわけだ。
しかし、これも『魂の在り方』知った今ではリスクとしても弱い。
結局は俺がどちらを選ぶかと言う『覚悟』だけなのだ。
「俺、アルディナガルに行きます」
脳卒中になり、ただ『息をている』と言うだけの人生にはもう飽きた。
それなら、死ぬ瞬間まで『俺は生きたぞ』と言う実感を持ち続けたい。
「強制はしません。転生してもすぐに死ぬこともありますよ?」
「そのリスクは承知しています。それでも、俺は・・・」
「分かりました。君の英断に感謝します」
俺が選択したことで、その後は細かな書類の確認や署名。
地球の常識の削除ととアルディナガルの常識のインストールによる『魂の浄化』で身も心もアルディナガル人となって転生と言う運びとなった。
「これで、転生したとき君は完全なアルディナガル人です」
「はい。色々とありがとうございました」
「いえ、それはこちらのセリフですよ」
「では、始めます」
その言葉で俺は急速に眠気に襲われる。
アルディナガルでこれから待つ運命に不安と期待を思いながら、意識は完全に閉じたのであった・・。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「おぎゃ~っ!おぎゃ~っ!」
なんでこんなにも『泣いている』のか・・?
悲しわけではない。
苦しいわけでもない。
辛いわけでもない。
視界がクリアーになり、景色が映り始める。
『天井』が見え、すぐに一人の女性の顔が俺を覗き込んだ。
「まあまあ、可愛い男の子ですよ奥様」
「どれ・・本当に愛らしい男の子・・」
女性に抱き抱えられ、別の女性の手元に移される。
ふくよかな女性はどうやら『産婆』さんらしく、今俺を抱き抱えているブロンドの若い女性が自分の母親だと理解する。
母親の心臓の音に安心したのか急激に眠気が襲う。
ウトウトしたその時、ドアが開き『バーン!』と激しく音を立てた。
「オギャーッ!オギャーッ!」
「生まれたか?!シエリー!!」
「ブレン。落ち着いて。息子が驚いて泣いちゃったわ」
「何!?す、すまん・・。嬉しくてなぁ」
でれでれの様子で俺の顔を覗くのは、無精ヒゲを生やしたオッサンだった。
あ、オヤジか・・。
ちったぁ落ち着け親父殿よ。
今にも母親から無理やり自分を抱こうとしようとする感じが見て取れる。
「この子はどこにも行きませんから・・」
「おー、よしよし・・」
母親が優しくオヤジの両手に俺を預ける。
親父殿はちょっと乱暴ではあったが、俺を安してくれた。
「ありがとう」と言う意味を込めて笑ってやる。
「キャキャキャッ」
「おーっ!笑ってくれたぞ」
その後はやはり眠気に勝てず俺は寝入ってしまった。
ここまで、俺は自分の異常性に気づいていなかった。
これが『普通』だと思っていたのだ。
でも、目が覚めてから徐々に自分が普通でないことに気づくことになった。
そして決定的な出来事でそれが何なのか理解することになる。
それは―――。
「「1歳の誕生日おめでとう、ルーク」」
1歳の誕生日を迎えたその日、俺は『全て』を理解した。