333話 オズと氷の魔女なう
前回までのあらすじ!
ドッグファイト! 空中戦だぁああ!
333話
空の上で熱い殺し合いが繰り広げられている一方、吹雪く山中。
冬子たちは、二人の男女と向かい合っていた。
「ソーワソワソワ。早かったナァ」
一人は頭髪をオールバックにし、ナマズ髭を弄る白衣を着た初老の男性。右目にモノクルを付けており……その中に眼球が三つあるのが見える。本能的に忌避感を覚える外見に、ゾクッと背筋に怖気が走った。
「な、なんだあの目……」
「生理的な嫌悪感を覚えますね」
「ヨホホ……ちょっと、不気味デスね」
「きっしょい……」
「ソーワソワソワ! それが初対面の人間に対する態度カ?」
冬子たちの反応に、変な笑いを返す異形の男。
ただ……そのふざけた笑い方や不気味な見た目とは対照的に、冬子でも分かるほど巨大な魔力を発していて、ただものではないことが伝わってくる。
「ふむ、少しは楽しめそうだ」
もう一人は、二メートル近い身長がある女性。魔族にしてはガタイが良いナマズ髭が、かなり小さく見えてしまう。
腰まである長い髪に、猛吹雪の中でも分かるほど真っ赤なルージュ。鼻筋の通った美人だが、氷のように冷たい雰囲気を醸し出している。
(二人とも、相当強いな)
ごくっ、と冬子は生唾を飲みこむ。素の実力で自分たちと同格か、やや上。そこに魔物の能力や……下手したら『新造神器』の力が乗る。楽に勝てそうには無い。
(いや……だが、少し嬉しいな)
いつ頃からか、京助は一人で強敵と戦い……冬子たちはその露払い、という役割で戦ってきていた。効率的で、チームを組む意義ともいえるから……その分担に否は無い。
しかし今回は京助たちの戦いというよりも、二正面作戦と言える。無論あっちの方が強いが、この二人だって京助たちが片手間に倒せるような相手でも無いだろう。
「特に女の子の方は、結構強そうだねぇ。あのー、お名前聞いてもいいですかー?」
ニコニコした美沙が、手を振って二人に話しかける。なんでこの空気の中、そんなにのんびりと話しかけられるのか。
ナマズ髭の方は警戒したような目でにやけるだけだが、一方で背の高い女性の方は堂々と胸を張って答える。
「オレはオズ。こっちはカイシィ」
「……オイオイ、オズ。なんで言っちマウ? コミュニケーションなんて取らずに、奇襲した方が効率が良いだロウ!」
「オレはそういうのは好かん。スッキリしない勝ち方になんの意味がある」
そう言ったオズは、肉食獣のように笑うと――氷のロッドを取り出した。透明で妖しく光るロッドだが、『新造神器』のような底知れい魔力量は感じない。だが、不気味だ。
「要するに勝てれば良いんだろう? 貴様は下がっていろ、オレが全員とやる」
面倒くさそうに……しかし、ほんの少しだけワクワクしたような雰囲気を醸し出すオズ。『どうせこいつらも期待外れだ。でも、もしかすると……』みたいな感覚だろうか。
仮に本当に一人で戦ってくれるなら好都合だが、相手は魔族。そんな約束をしたところで守るとは限らないし、そもそも戦力がここにいる二人だけとも限らない。
警戒を深めながら戦わねば――そう冬子が決意したところで、いきなり美沙がスッと手を挙げた。
「あのー、すいません。この吹雪を出してるのってどちらですか?」
「……オレだが?」
律儀に応えてくれるオズ。美沙は満足そうにうなずくと、冬子の前に一歩出る。するとそれだけでオズは何かを悟ったように、笑みを浮かべた。
「なるほど、そっちの氷魔法師は貴様か」
「え? あ、はい。『氷結者』のミサ・キヨタです」
ペコっと頭を下げる美沙。いや、いつの間にか京助と入籍するんじゃない。
「いい名前だな。オレは氷魔法が好きなんだが……貴様はどうだ?」
「最初に使える魔法がこれだったから磨いているだけで、そんなに好きってわけでも無いですね~。最近はだいぶ愛着もわいてきましたけど、プリンの方が好きです」
「プリンが? 気が合うな! オレもプリンに目が無くてな……。地元に小さいプリン屋があるんだが、これがまた美味しいんだ」
「えー! 魔族に地元ってあるんですか!? というか、プリン屋さんってあるんですか!?」
本気で驚いた様子の美沙。相変わらずナチュラルに失礼なことを言う女だ。
「……失礼だな貴様は。魔族も貴様ら人族と同じ、文化がありそれを繋ぐことで道徳などを継承していくんだ」
強めの口調で訂正するオズ。このくらいで済ませてくれるとか、彼女はだいぶ理性的なんじゃなかろうか。
美沙はペロッと舌を出すと、軽く頭を下げてから笑顔を見せた。
「いいですねぇ。私も行ってみたいです」
何故か凄く意気投合する二人。オズはうむうむと頷くと、ポンと手を打った。
「そうそう、実は姿を隠して人族のプリン屋に行くのが趣味なんだが、フォーマルハウトという街は知っているか? あそこにある『石鷲の申出』という店のプリンが大層美味でな」
「へー、今度行ってみたいですね。京助君に連れて行ってもらおうかな? あ、プリンと言えば王都のミラにある『緑黄のせせらぎ亭』って所で出る豆乳プリンが凄く美味しいんですよ」
「ほう、良いことを聞いたな。王都は……潜入が難しいが、一度行ってみるとしよう」
はっはっは、とお互い笑い合う美沙とオズ。最後のセリフもお互い特に嫌味というわけでもなく、ただ相手に感心しているということが伝わってくる。
まるで友人同士かとでも言わんばかりの温かい空気を醸し出す二人。同じプリン好き同士、通じ合うものでもあるのだろうか――
「じゃあ、殺し合いますか」
「そうだな」
――いきなり、二人の魔力が膨れ上がった。咄嗟に冬子は臨戦態勢に入り、美沙の前に出ようとするが、それを阻むようにカイシィが殺気を放ってくる。
反射的に冬子がそちらに剣を向けると、その隙をつくようにオズが巨大な雪玉を発射してきた。
「『氷壁』!」
トラック並みに巨大な雪玉だが、美沙が即座に氷の壁でそれを防ぐ。雪玉は粉々になったが――その破片から、ムキムキの雪だるまが何体も生えてきた。
美沙の氷壁を殴り壊して進んで来る雪だるま達。ハッキリ言ってキモい造形に一瞬だけ怯んだものの、すぐに気を取り直し、一刀で雪だるま達の首を刎ねた。
「お返し――『凍える風よ、大海をも飲み込む凍てつく牙よ。我が命に従い、此の世に永遠の氷結を顕現させよ! エターナルフォースブリザード』」
空間ごと凍らせる、美沙の必殺魔法。オズとカイシィがいる場所を丸ごと凍らせたが――内部で『何か』が紫色に光り、氷を溶かしてオズとカイシィが中から出てきた。
美沙が少し不機嫌そうに眉を寄せる。冬子とピアは彼女の前に出ると、同時に身を低くした。
「相手は魔法師だ、懐に潜り込むぞ! 『サムライモード』!」
「もちろん。行きますよ!」
冬子の体が蒼く光り、浅葱色の羽織をはおった『サムライモード』に変貌する。そしてピアは退魔忍スーツに身を包んだ。
金色のオーラを纏い、一直線に距離を詰める。するとオズが前に出てきて、自身の体に氷の鎧を纏った。
「オレが普通の魔法師だなんて、誰が言った?」
並みの前衛AGよりも素早く――逆に冬子の懐に入ってくるオズ。繰り出されたパンチを剣で受け止めると、オズは即座に口を開けて……雪で出来た氷柱をミサイルのように飛ばしてきた。
「くっ!」
咄嗟に大きい動きで躱してしまい、体勢を崩す。そこをオズに吹っ飛ばされ、地面に叩きつけられた。ジンジンと痛む背中をさする暇も無い。冬子は転がって即座に立ち上がり、『侍ノ波動』で首を狙う!
「おっと、なかなかやるな!」
間一髪回避し、距離を取ったオズ。そこを見越していたかのように、ピアが彼女の背後に転移した。
「シッ!」
分身の術で三人になり、踵落としを敢行するピア。オズはかまくらのように雪でドームを作ってそれを受け止めると、氷の鎧で巨大化した拳でピアをぶん殴った。
「がはっ……!」
「ピア!」
ぽんっ。
小さい煙を上げて、殴られたピアが消滅する。そうか、今のは分身か。
流石のオズも目を真ん丸に開いて驚き、カイシィの方へ。ピアもこちらへ転移してきたので、一旦仕切り直しだ。
「大丈夫か、ピア」
「ええ。……思いのほか、やりますね」
先ほどは『相手は魔法師』と言ったが、魔族が相手なのだから普通の魔法師だなんて一切思っていない。むしろさっさと魔物の体になってもらうため、敢えてああいう言い方をしたのだ。
しかし結果は……。
「ヨホホ、まさか魔族の体のまま……前衛職のお二人を押し返すとは」
「しかも魔昇華すらせずに。……魔物と合一せずに、素であの身体能力なんでしょうか」
「それは無い……と、思う」
美沙がピアの言葉を否定しながら、前に出てきた。彼女の視線は……オズの方に向いている。正確には、彼女の纏う氷の鎧に向いている。
「アレ……何、かおかしい……から。うん、うん……じゃあ、私……暴れるから、フォロー……お願い」
美沙が息を吐きながら、魔力を高めていく。その様子を見たオズが、ニヤリと笑った。
「ほう、楽しそうじゃないか」
「だから、面倒なだけだって言ってるだロウ!? さっさと殺せよ、ミーは戦いなんて面倒なことしたく無いんだカラ!」
「まぁ、そう言うな。――あれは面白いぞ」
ギャーギャーと喚くカイシィを気にせず、目をらんらんと輝かせるオズ。特に連携して戦おうとはしていないようだ。
それならば、遠慮なくこちらは一丸となって各個撃破させてもらおう。
冬子は長く集中力を高めながら、リューとピアに指示を出す。
「美沙が暴れるから、私はそれをフォローする。ピアはつかず離れずの位置でカイシィを警戒しておいてくれ。リューは私たちのサポートを頼む」
「了解です」
「ヨホホ、了解!」
言うが早いか――いつも通り氷の鬼を率いた、美沙がオズに肉薄する。魔法師とは思えぬ距離感、しかし二人とも素早い動きで相手の喉に剣を突き出した。
己の魔力で作り上げた、氷と雪の剣を。
「フッ!」
「…………ッ!」
二人の剣が交叉し、頬を薄く斬る。同時に、コーン……と木と木が打ち合うような音が互いから聞こえてくる。
美沙は冷めた表情で、オズは嬉しそうな表情で口を開いた。
「「『魔昇華』」」
ドッ!!!!
二人の魔力が一気に高まり、そして収束していく。美沙はまるで氷のような冷たい蒼白い魔力に、オズは雪のような白銀の魔力に包まれた。
「美しいな」
「……そう? 貴方は……嘘っぽい色。あはっ」
コテン、と首を倒した美沙。そして悪魔のように口を開いて笑うと、地面から氷の槍を数百本生やした。
オズに直撃したものの――彼女は意に介さずそれを破壊し、反撃として口から圧縮された吹雪が発射してくる。
「ヨホホ、『炎壁』!」
ドッ!
地面から生えた火柱が吹雪を遮った。冬子は跳躍し、空中から『侍ノ波動』を纏わせて長距離の斬撃を繰り出す。
オズは軽く腕を振るって雪の壁を生み出すが、冬子の攻撃は魔力では防げない。彼女が驚く間も無く、片腕を斬り落とした。
「ぐっ……! ははっ、いいじゃないか!」
「おそ、い。『霜の力よ、氷結者の美沙が命令する。この世の理に背き、世界を止める氷結を。フリージングアットモーメント』」
いつの間にか懐に飛び込んでいた美沙が、オズの身体に触れ――彼女を瞬間的に氷結させた。体内から血液を凍らせる、文字通り『必殺』魔法。
「流石だな、美沙は」
「……ちょっと、危なかった」
「え? ――ッ!」
いつも通り、美沙が魔法を使っている時特有の……ふわふわと、トリップしたような声。しかしその腕が凍り付いており、真っ白になっていた。
一歩間違えれば全身氷漬けにされていたのは美沙かもしれない――彼女の額に伝う汗を見て、冬子もごくりと生唾を飲む。
「一応、トドメ……」
美沙がそう言って氷の槍をオズに撃とうとした瞬間――唐突に、まるで山が一つ落っこちて来たかのような音が轟いた。
ズンッッッッッッッッッッッッッッッッッ!!!
あまりにも激しい衝撃――恐らく、京助たちの戦いだろう。
そのせいで、巨大地震でも来たかのように地面が揺れる。そしてオズの氷像が倒れ、手足が割れてしまった。
「……手間が、省けた。じゃあ次、貴方」
砕け散ったオズを一瞥すると、冷たい殺気と刺すような冷気をカイシィに向けた。
しかしカイシィは薄っすらと皮肉げな笑みを浮かべると、目を伏せてから肩をすくめた。
「オイオイ! まさか、今のでオズがやれたって思うノカ?」
「……?」
美沙が怪訝な表情をした瞬間――割れた氷像の手足が元の位置に集まって固まる。
そしてバキィン! と氷像の中から、腕と足からまるで白熊のような体毛が生え、魔力が跳ね上ったオズが出て来た。
まるで空気が震えるかのような荒々しい殺気と、獰猛な冷気。オズは準備運動するかのように屈伸をしたのち、楽しそうに咆えた。
「ゴオオオオオオオオオ! ――はぁっ、まさかこの姿にならないといけないとはなぁ!」
「魔物化……しかも再生か。やっぱり、魔王の血は飲んでいたか」
先ほど戦ったモトローのように、やはりこいつはSランク魔物かそれに相当するような実力なのだろう。さっき美沙と魔法の打ち合いで、彼女の腕を凍らせただけのことはある。
そして同時に、山全体を覆う吹雪の質が変わった。分かっていたことだが、やはりオズがこの吹雪を展開しているらしい。
(あっちのカイシィは黒幕っぽいが、やはり最優先で倒すべきはオズか!)
冬子は抜刀の構えを取り、オズを睨む。モトローのように物理攻撃無効の魔物ではなさそうだし、首を刎ねれば一撃で殺せる。
美沙も冬子の雰囲気を感じ取ったか、冬子がカイシィの視線から外れるような位置に少し移動して、ベルゲルミルを巨大化させた。これで奴に隠れて剣を振るえる。
「あなた……つよい、ね」
「うちの地元のプリンをたくさん食べてるからな」
「えぇ……? なんか変な……お薬、使ってるの……?」
「どうしてそうなる」
オズがグッと前傾姿勢になり、美沙が二体目のベルゲルミルを今度は槍を持った状態で顕現させる。
そして二人による三度目の激突が起ころうとしたところで――その中間に、カイシィから紫色のレーザーが照射された。
「オズ、止マレ」
美沙はそのレーザーに構わずベルゲルミルをけしかけたが、オズが再度照射したレーザーで溶かされてしまう。
舌打ちした美沙は、バックステップで冬子たちの方へ戻ってきた。
「何故止める、カイシィ!」
憤慨した様子のオズ。カイシィは杖を構え、こちらへの警戒を滲ませながらオズに指示を出す。
「予定変更、さっさと撤退すルゾ」
「……はぁ!? おいカイシィ! テメェふざけんな、やっと面白くなってきたところだろうが!」
「だかラダ!」
牙を剥いて反対するオズを、カイシィは一喝する。
「……ユーが楽しめるレベルの相手が四人、しかも連携が取れテル。今はまだ特筆戦力じゃないンダ、リスクを取って殺し合いをすべきじゃあナイ」
数瞬までの飄々とした様子はなりを潜め、どこか狡猾で……それでいて神経質そうな雰囲気に変わるカイシィ。
今もオズの方に話しかけているが、冬子たちの隙を見逃さぬよう視線だけはガッチリとこちらを向いている。
「オレが負けるとでも?」
「勝てても撤退用の魔力が残らナイ。フレイルディノヴィスについでに殺されルカ、逃げれても他の人族にやられるのが関の山ダ。特筆戦力を釣り出すために何人も殺してるかラナ、ここにミーたちがいるのは向こうも理解してイル」
冷静に状況を分析するカイシィ。オズは尚も苛立たしいのか、舌打ちして冬子たちを睨んだ。
「殺せれば良いんだろ?」
「今回のミーたちの任務を忘れるんじゃナイ。特筆戦力でも無い人族と、わざわざリスクを負ってまで戦う理由も必要も無いだロウ」
あくまで戦いたいオズと、状況を説明するカイシィ。二人で話しているが、視線も意識もこちらを向いていて隙が無い。
数瞬の沈黙の後、オズが口を開く。
「お前の言う通り、コイツらはオレが楽しいと思うレベルだ。早晩特筆戦力に必ずなる。一番弱い時である今倒しておくべきだ。今は既に土地だって取っている!」
「ミーやユーが死ぬとしても?」
「お前が死ぬとしてもだ」
二人の間に走る緊張感。その隙を狙いたいが……冬子がほんの少しでも動く度に、カイシィから猛禽のような目で睨まれて攻撃に移れない。
一方、美沙は魔力をガンガンに練っている。隙があろうが無かろうが、そのまま叩き潰すつもりだ。
当然、オズたちがそれに気づかないはずが無い。ニヤリと笑うと……美沙に白熊の腕を向ける。
「向こうは殺る気満々だなぁ?」
「チッ……じゃあ次の『新造神器』の選定はお前を推ス。それで矛を収めろ、そして『三叉』の嫁ドモ! ここらで手打ちにしなイカ!?」
「……こっち、は……見逃す、理由……は、無い」
氷の槍を生み出す美沙。彼女の言う通り、ここで見逃す理由は無い。そもそもこちらの勝利条件は相手を撤退させることでは無く、吹雪を消すことなのだから。
冬子たちに退く気が無いことを知ったカイシィはがりがりと頭をかくと、懐から書類のような物を取り出した。
「吹雪は止メル。そして……ここに合成魔物の作り方についてまとめたレポートがアル。そっちでも当然調べてるだろウガ、実物があるのと無いのとじゃ違いは大きいだロウ? これを渡すカラ、ここで手打ちにしなイカ?」
「む……随分と大盤振る舞いじゃないか?」
冬子が言うと、カイシィは大きくため息をつく。
「手持ちで渡せる情報がこれくらいなンダ。この技術をお前らが活かせるかは知らんが……人族が知らない分野の先行研究が全部詰まっテル。喉から手が出る程欲しいだロウ?」
ヒラヒラと書類を振るカイシィ。正直冬子たちではその情報でどうこう出来ないし、そもそも真偽を確かめることも出来ない。
……だが、それを志村や温水先生に見せればどうなるか。
分野は違えど人族きっての科学者である彼らの知識が増えることは、そのまま人族の戦力増加につながる。
しかも、ブリーダが見ればカイシィが思っている以上の情報を得られるかもしれない。
「それを流したら、後でお前が消されるんじゃないか?」
「それは無イナ。無論、『魔王の血』による魔族との合一は、今後も国内じゃ研究されてイク。だがダーダンのやっていた研究や、ブリーダのやっていた研究は……少なくとも単体では、主流派から外れるだロウ。だからこれが流れても、ミーたちに影響は無い」
自信満々のカイシィ。こいつは魔族だから、我々を煙に巻こうとしているのは間違いないが……。
冬子が逡巡した隙をつくようにして、カイシィは杖を光らせた。さっきから謎の攻撃を繰り出してくる――おそらくは『新造神器』。
咄嗟に防御姿勢を取ると、その杖が光って周囲をいきなりドロドロと溶かし始めた。
「なっ……」
足場がどんどんと溶け、沈んでいく。冬子たちが足を取られてバランスを崩したところで、カイシィとオズは真っ黒な風を吹き荒れさせた。その風に紛れるようにして、徐々にカイシィたちの姿が消えていく。
「勝負は預けた。ミサ、また戦ろう」
「……吹雪、止めて……行って」
「オレがいなくなれば勝手に消える」
「……そう」
あの風は転移魔法らしい。最後にひときわ大きい風が吹いて、二人の姿は完全に見えなくなってしまった。ドロドロに溶けた地面に、美沙が代わりに氷で足場を作ってくれる。
氷の上に立った四人はふぅと息を吐いた。
「……ヨホホ、周囲に魔力はありませんデス。完全に逃げられましたデスね」
「臭いも音も、私が理解出来る範囲にはありませんね」
リューとピアが、残念そうに首を振る。彼女らが感知出来ないのだから、本格的にあいつらは逃げたのだろう。
(せっかく、アイツと肩を並べて戦っているつもりだったんだが)
かなりガックリと気を落とす冬子。とはいえ、今はそんなことを考えている場合じゃない。
「自然に止まると言っていたが……どれくらいかかるんだろうか」
「……もう、止まってる」
美沙がそう言った瞬間、さっきまで吹き荒れていた風が徐々に弱まっていく。さらに絶え間なく降り注いでいた雪がパラパラとまばらになってきた。
そう冬子たちが気づいた後――ものの数秒で、あれほどまでに荒れ狂っていた風と雪がピタリとやんでしまった。
「晴天……今日、こんな……晴れてたんだね」
「そうだな。しかしまぁ、真偽はさておきあの情報は欲しかったな」
「ご心配なく」
冬子が思わず呟くと――ピアが書類を取り出し、いつも通り得意げな表情で冬子たちに見せてくる。
先ほどカイシィがこちらに見せていた物だ。
「ヨホホ、抜け目が無いデスね」
「転移の寸前にささっと盗りました」
しれっと言っているが、どうやったのだろうか。やはり忍法……?
「我々もケガは無いし、戦術的には勝利かな」
やっと一息ついて、冬子は空を眺める。
取り合えずこっちのミッションは終了。後は空の京助たちが勝利するのみ。
(もう少しすっきりした勝利報告をしたかったんだが)
手に残る、オルバクを斬った時の感触。カイシィを倒さねば、本当の意味で仇を討ったことにはならないだろう――そう思うと、堪えがたい怒りが残る。
拳をぐっと握り、そして放した。
「次こそ、だな。――さぁ、私たちは本来のクエストをこなしに行くぞ」
「そういえば、お花を取りに来たんでしたデスね」
手を叩き、皆で再度気合を入れ直す。
自分たちに出来る事を、精いっぱいやるのがチームというものだから。
「倒してきた京助たちを、『もう後は終わったよ』とドヤ顔で出迎えるぞ!」
「「「おー!」」」
空の上ではいまだに、『圧』が膨れ上がっている。
新年あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。




