330話 猪口才なう
削り合いになれば、回復できない冬子が不利。しかしモトローは、後方から魔術で攻撃する手段を選んだ様子だ。安全圏からの射撃は、紀元前からある人類共通の必勝戦法。
しかしそれはあくまで、並の世界の話。冬子達が立つ戦場は、常識では測れない。
「うっぐあああああ! なにするるっ! なぁにするるっ!!!」
「死合だというのに気が散る語尾だ! いい加減真剣にやれ!」
「そっちこそ、もっと不真面目にやってこっちを勝たするっ!」
冬子の剣が閃く度、モトローの体が削られていく。魚の鱗のように、モトローの肉片が宙を舞う。
モトローは確かに、冬子と距離を取った。今も下がりながら、水の槍を打ち続けている。
しかし冬子の『侍ノ波動』の射程距離は、モトローのそれよりも遥かに長い。剣を振らねば刃を伸ばせないが、冬子の攻撃手段はどうせ剣のみ。関係ない。
(勝利条件は、助けが来るまで生き延びること。そして……オルバクの形見を奪い返すこと!)
彼はベガのギルドでは、AランクAGとしてかなり慕われていた。
遺体はもう無い。であればせめて、形見だけでも。
「んっぐぐぐ! 死ねるっ!」
「気の抜ける語尾だ」
本当に緊張感がない。冬子は苛立ちを含みつつ、モトローの触手を斬り飛ばす。
「貴様に真剣みが無かろうと、友の仇だ! 存分に討たせてもらうぞ!」
冬子が叫ぶと――モトローは大きな口を開けた。そして斬られた触手をいきなり飛ばし、冬子の腕に絡みつけて来た。
「あはっははは! お前ら人族はいつもそう言うるっ! 友だ仲間だ、ぐちゃぐちゃ言って! この剣を持ってた奴もそう! 友との約束とか、戦えない奴のためにオレたちがいるんだとか言って! 無駄死にしていった!」
「なっ、ぐっ!」
腕から伸びた触手が冬子の首を締め上げる。さらにモトローは触手を伸ばし、続けて足を搦めとって来た。
大雑把でテキトーそうな戦法とは裏腹に、じわじわと厭らしい攻め方をしてくる。
(ぐっ……だが!)
オルバクがどう死んだのか、どうして負けたのかは分からない。
だが、ハッキリと言える。
この程度の奴に、負けたということは――
「あいつは何かを為して負けた、誰かを庇って負けた! 貴様程度に、オルバクを正面から倒せるとは思えん!」
――ぶちぶちぶちぃっ!
冬子が全身の筋肉に力と魂を込め、触手を引きちぎる。そしてその勢いで剣を振るい、湖から出ている上半身を斬り飛ばした。
「うぎゃあああああああ!!!」
叫び声をあげ、蠢くモトロー。しかしすぐに体勢を整え……鋭く薄い、刃状の水を打ち出してきた。
かなりの速度だが、牽制にしかならない。冬子がステップでそれを躱すと――着弾した水が跳ね、冬子の服の一部が溶けた。
「なッ!?」
「まだまだるっ!」
再生を終え、楽しそうに笑うモトロー。冬子は舌打ちして一旦距離を取る。
しかしそれは悪手だった。半魚人のような体をゆすり、周囲の湖の水を緑に染め上げる。
そして巨大化させた手を持ち上げ、湖面を叩いた。瞬間、舞い上がる毒水たち――それが高速の矢となり、降り注いできた。
「――ッ!!」
巨大な水塊ならまとめて切れよう。膨大な触手ならばもとを断てよう。しかし空を覆い尽くす、雨の如き密度で降り注ぐ毒矢など、いかにすれば良いのか。
ピアならば、転移を繰り返し範囲外に逃げるだろう。
リューならば、炎の結界で防ぐだろう。
美沙ならば、毒水の矢を凍らせて防ぐだろう。
京助ならばきっと、猪口才な工夫などせず全て消し飛ばす。
(では、私は?)
空は飛べない、範囲攻撃も持っていない。確かに『侍ノ波動』をスライム状にすれば、引き込もれる。しかしそれで防いでもジリ貧。
冬子は斬るしか出来ない、だから斬るしか無い。
「トートロジーになってしまった。すぅ~……」
腰を落とし、息を大きく吸い込む。顔を上げ、刀を握る手に力を込めた。
(ウルティマさん曰く――)
『トーコちゃんは、基礎から離れる所ね。鍛錬に経験値が追いついて、爆発してくる頃よ。……なぁんで、爆発する前に覚醒しちゃってるのかしらね』
そう言って、彼女はいくつか技を教えてくれた。
そしてその上で――それら全てを忘れるようにも、言われた。
『もう、良いのよ。そろそろ、貴女には貴女の剣が出来始めている。自分のイマジネーションを剣に乗せて、自分だけの剣を振る時期よ』
彼女には、短い期間に様々なことを教わった。その中の一つ――
「――技には、名前を付ける」
冬子の身体が無意識に動く。この状況を打開する剣が、彼女の中から生まれてくる感覚。それに身を委ねた。
全てを斬り伏せるために。
「月冴一刀流・初時雨」
剣が――否、斬撃がブレた。たった一振りだが……如何な原理か、冬子すら知りえぬ力によって何十発もの斬撃が一振りで召喚された。
言うなれば、実体を持つ残像が現れたようなもの。たった一振りでは斬れぬ程大量の攻撃も、幾重もの斬撃があれば消滅させることが出来る。
事実、冬子に降り注いだ全ての雨は跡形もなく消え去り――そして、驚愕するモトローまで真っ直ぐな道が出来た。
後は、奴の首を落とすだけ。
「は? ……はぁぁぁああああああああああああ!?!?!?! ありえない、ありえないるっ! なんで、なんでたかが剣士がッ! 今の魔法を防げるるっ!?」
「剣士を――いや、侍を舐めるなよ?」
身を屈め、走り出す。今度は毒沼のような津波が出現するが――一塊ならば、なにも問題ない。
技も何も不要。ただ一文字に横に薙ぎ、津波を斬り裂いた。驚くモトローが距離を取ろうとするが、それよりも速く冬子は真正面で飛び上がった。
「――ッ! 剣士ごときがぁああああああああ!!!」
「月冴一刀流・天狼!!!!!」
斬ッッッッ!!!!!!
真上から振り下ろされた剣が、モトローを真っ二つに両断する。『侍ノ波動』の効果もあり、モトローは痛みにのたうち回るが……中々再生しようとしない。
「どうした? 諦めたか」
目の前のモトローを煽るように言うと――ヤツは、意味が分からないとばかりに発狂しながら、全身の触手を蠢かせる。
「……おか、おかしいるっ!? なん、なんでるっ!? 戻らない、治らない! なんでッ、なんでるっ!?」
どういうことだろうか――冬子が頭に疑問を浮かべた瞬間、脳内にシステム音声のような機械音声が流れた。
『職スキル』、『月冴一刀流』を習得しました。
『職スキル』、『初時雨』を習得しました。
『職スキル』、『天狼』を習得しました。
今、冬子が本能のまま放った剣技は……後から『職スキル』になったらしい。なるほど、これが名前を付けろと言っていた理由か。
冬子の持つ技に、超常的な能力が付加される――SランクAGのジャックも、似たような形で『職スキル』になっていたのだろうか。
「よく分からないが……モトロー、観念したなら降参するか?」
「誰がッ……! 誰がするかるっ!」
忌々し気な叫び声をあげたモトローは、半分の身体でオルバクの剣を取り出し――厭らしい笑みを浮かべる。そしてそれを堂々と、掲げるように持ち上げた。
「折るるっ! それが嫌なら、土下座を――」
斬ッ!
冬子の剣が閃き、触手を斬り飛ばす。同時に動いた冬子の腕が、オルバクの剣を取り返した。
「やはり、正面から戦えるわけが無かったか。……どこまでも無様、あり得ないほどに情けないヤツだ」
侮蔑の気持ちを隠さず、吐き捨てる。
「消え……!? なん、今の速さはなにるっ!」
慌てふためくモトロー。もはや最初のおどろおどろしさなど、見る影もない。ただただ無様な蠢く触手に、冬子は怒りのまま剣を振り上げた。
「おい、よく考えろよ? もう再生出来ず、頼みの綱である人質も奪い返されたんだぞ? ――末期の言葉は、それでいいのか?」
「う、う、うぐ……うがああああああ!!!!」
泣いているのか、怒っているのか分からないような叫び声をあげるモトロー。冬子は軽く息を吐いて、剣を振り下ろした。
死ねないのに再生出来ないというのは、どんな気持ちなんだろうか。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「それじゃあ行こうか」
俺自身が考案し、研ぎ澄ませ……そして顕現させた最強フォーム、それが『エクストリーム・エンチャント』。
トップスピードで駆けた俺は、ダーダンをまっすぐ真正面から突き刺した。
ギュガッッッッッッッッッッッ!!
空気が撓み、音速を超えたことで発生する衝撃波で、ダーダンの肉体が傷だらけになる。
「ごばぁ……」
三つの口から緑色の体液を吐き出すダーダン。さすが、Sランク魔物に変身しているだけのことはあるね。ただぶつかったくらいじゃ壊れない。
目にも止まらぬ速度で飛んで行くダーダン――俺はそれに追いつき、真上から槍で叩き落とす。
「ぶぶぅ……!?」
ダーダンは沼地に叩きつけられ、全身の毛が泥まみれになる。俺はその真上で浮かび、彼に声をかける。
「ねぇ、ダーダン。……ここまで一方的じゃないでしょ? 本気出したら?」
こんな軽く小突いただけで死ぬんじゃ、拍子抜け過ぎる。経験値にすらならない。
そう思った俺が優しく問いかけると――全身の泥を魔力で消し飛ばし、ダーダンが俺にむかって咆える。
「様子見、様子見。調子に乗るなありまーす!」
ダーダンは、風と炎を利用して高速で飛び上がってくる。そして口から、矢のように鋭く水を吐き出してきた。
速い――俺は槍に風を纏わせて迎撃すると、ダーダンはさらに距離を詰めてくる。
「もらったありまーす!」
四つの腕に、それぞれ炎、風、水、闇を纏わせてぶん殴ってくるダーダン。俺は軽く笑いながら、それらを紙一重で躱していく。
今度は俺の番――さらに距離を詰め、炎を纏った槍で腕を切り落とした。
肉の灼ける匂い。顔を顰めたダーダンは水で断面を消火し、同時に風の刃で反撃してきた。
「効かないね」
片腕で風の刃を消し飛ばし、返す刀(槍だけど)で左翼を切り裂く。
ダーダンは羽のあった部分から水を伸ばし、切り落とされたそれをキャッチしようとしたので……槍に炎を纏わせ、空に舞う左翼を消し炭にした。
「んぐっ……」
バランスを崩すダーダン。その隙に目を貫かんとするが、彼はグッと拳を握り、特に魔法とか使わず思いっきりぶん殴ってきた。
「がぁあああああ!!! 『三叉』ォオオオオオ!」
「『円捌き』」
何年かぶりに使った、槍で相手の攻撃を受け流す『職スキル』。パァン! と乾いた音が響き、ダーダンの攻撃は霧散した。
逃がす理由はない――追撃で腕を切り落とし、そのまま地面に叩きつけた。
トドメを刺そうと高速で接近したところで、緑色の血が噴水のように空へ噴き出した。
「ん?」
次の瞬間、まばゆい光が輝いて……無傷のダーダンが現れた。
なるほど、そういう感じね。
「驚いた、自決したんだ」
「これくらい、準備運動ありまーす」
両腕を広げ、三つの顔を笑みにするダーダン。俺は口笛を吹き……活力煙を咥え、火をつけた。
「準備運動? それは良かった。準備運動は大事だからね」
「……どういう意味ありまーす?」
「今から三途の川に落ちるんだ。足がつったら、渡れないでしょ?」
「――ッ!」
ケンタウロスのような足で、一気に近づいてくるダーダン。そして丸太のような腕を、押し潰すように振り下ろしてくる。
軽く息を止め、両腕を上げて槍で防ぐ。それだけで衝撃波が発生し、周囲の地面がめくれあがった。さらに追撃で膝蹴りが飛んでくる――俺は笑みを作り、額で受けた。
ガッッッッッツッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッ!!!!!!
ボーリング玉とボーリング玉がぶつかったような、硬質で重い音。無傷ではじき返した俺とは対照に、ダーダンは踏ん張れず膝をつく。
しかし目の死んでないダーダンはギラリと眼光を輝かせ、舌打ちと共に顔から黒い炎を噴き出してきた。
闇魔術と炎魔術の合わせ技か――俺は槍の石突きでダーダンの顎を打ち、炎の発射方向を真上にずらす。
「ごばぁっ!?」
頭が爆ぜるダーダン。俺はニコッと笑い、槍を振りかぶる。足を踏み込み、全身に力を込めて『職スキル』を発動する。
「『超・音速突き』!」
ドッパァァアァァァァァアアアアアアアアアアアアン!!!!
上半身にどてっぱらが開き、その衝撃波で消し飛ぶダーダン。すぐに輝き、再生するが……ダーダンは全身に業火、激流、暴風を身に纏って三つの面全てを『怒り面』に変えた。
「はぁー……はぁー……! どうなってるありまーす、『三叉』!!! 何故、魔術を使わないありまーす!」
「使ってるよ?」
俺は全身から噴出する赤青緑のエフェクトを見せる。魔法をギチギチに凝縮させた、俺の最強フォーム。
しかしダーダンは地団太を踏み、拳を握る。
「違うありまーす! データによれば、もっと極大の魔法を撃つはずではないありまーすか! 否、それだけでは無いありまーす。以前以上に、魔法と槍の融合度が上がっている……!?」
そう言いながら、炎を撃ちだしてきた。それを槍で弾き、俺はやれやれと首を振る。
「んー、まあさっきいろいろと教えてくれたからね。少しだけ教えておこうか」
俺は槍に風を纏わせ、振り下ろす。ダーダンはニヤッと笑って炎の火球で風を防いだ。
「このエンチャント使ってる時、放出系の魔法が使えなくなるんだよね」
それこそが……『エクストリームエンチャント』が最強フォームではあれど、三種の上位エンチャントの上位互換とならぬ所以。
放出系の魔法、および結界系の魔法が全て使えなくなる。魔力の放出量が多すぎて、今の俺では肉体から離してコントロールできないからだ。
いずれはそれも出来るようになるんだろうけど……直感的に動かせる自分の肉体と違って……魔法や魔術は意思と脳で動かす必要がある。たぶん、超高速で戦闘を行うわけだから……そのスピードに放出系の魔術はついてこれない。
でもその分、今までのエンチャントと比べたら魔法と肉体の連携はピカイチ。総合的な戦闘力では、まず間違いなく最強。
「だからまぁ……俺の魔術に対するカウンターのつもりでその魔物を選んだんだろうけど、残念ながら無駄だったね」
肩をすくめてそう言うと……ダーダンは体をぶるぶると震わせてから、三つの口を同時に開いた。
周囲の気温が一気に上がり、汗が噴き出る。真夏の嵐――まさに台風とも呼べるそれが、ダーダンの真上に顕現した。
「であれば――あなた自身の得意魔術で死ぬありまーす!!!!! なにありまーしたかね! そう、確か『超魔導爆砕撃』でありまーしたか! ダッサイネーミングありまーす!!!」
嵐のど真ん中に火球が撃ち込まれ、一瞬で蒸発――そのエネルギーが台風と共に、俺へと打ち出される。俺が得意とする魔法、『超魔導爆砕撃』と同じモノだ。
「ッ!」
一瞬にして視界が、眩い輝きで埋め尽くされる。周囲の沼地が蒸発し、圧倒的な『力』の奔流が俺を飲み込まんと襲い掛かって来た。
そんな世界が終わりそうな光景を見て――俺は、ニコッと笑みを浮かべる。
「やっと、経験値になりそうな攻撃が来たね。――それじゃあこっちは、『超魔導爆裂疾風槍』とかにしようかな」
『パンドラ・ディヴァー』から、天を摩するほどの火柱が立つ。同時にナイアガラの滝のような激流を纏わせ、対消滅させることでエネルギーを生み出した。
それを風で槍の周囲に押しとどめ――振りかぶり、一直線にダーダンに向かって突き出す。
「ハァッ!」
―――――――――――――――――――――――――――――――――――!!!!!!!!
音が消えた。あまりの衝撃が、一時的に俺の耳を使用不能にする。
地平線まで届く、俺の一撃。ダーダンは一瞬たりとも拮抗することは出来ず……粉微塵となって消し飛んでしまう。
音が消え、沼地が地平線まで消えた世界――俺がふと顔を上げると、空間に謎の穴がぽっかりと開いていた。
「……あれって」
『カカカッ! 解析完了ダァ。……モットモ、アノ穴カラ出りゃ外ダガナァ』
「ああ、やっぱアレ次元の穴的な物か」
天に穴が空いている――というのは、なんとも不可思議な光景だ。まるでSF、いやゲームの世界かな。なんにせよ、この空間が『作られた物』であることを決定づけられたかのような光景。
このまま世界が崩れていくのかと思いきや、パキパキと音を立てて徐々に再生していっている。
『ッテカ、キョースケ。今のは外で使うなヨォ?』
「分かってるよ。っていうか、無駄が大きすぎるから……もっと範囲を絞るよ」
『カカカッ、分かってンナライイ。――ット、もう再生シタナァ』
更地になった地面で、光が集まる。そこには、怯えた表情のダーダンが出現していた。魔昇華を解除し、三つの首が……トーテムポールのように並んだ状態で。
呆然と、俺の姿を眺めている。
「俺はもう行くけど、まだやる?」
「…………何者、ありまーす?」
「俺?」
久しぶりに聞かれたね。
俺は『エクストリームエンチャント』を解除し、風を纏ってから肩をすくめた。
「はぐれの救世主だよ。最近、家族が出来たけどね」
ダーダンは俺の答えを聞くと、腹立たし気な顔をして……倒れた。心が折れたのか、それとも不死身でも体力の限界はあったのか。
ともあれ、第一段階の問題は解決。外に出るか。
俺は周囲の風を操り、加速する。
――早く皆と、合流しなくちゃ。




