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天川編 前編② 旅立ちと紫丁香花と剣

「少しいいか」


 王都を出発して、一晩明けて。

 朝ご飯を『ブレイククラウド』の中で終えた辺りで、ラノールさんがそう声をかけてきた。


「どうしました、ラノールさん」


 天川はそう言ってトランプを置いて立ち上がる。空の旅は案外暇だったのでやろうとしていたのだが、大富豪のローカルルールで揉めていたのでまだ一ゲームも始まってなかったのだ。

 ……ちなみに天川は『大貧民』派だったので、名称でそもそも驚くことになったのだが。


「アキラ……それとココロ。ちょっと来てくれ」


 そう言って操縦席の方へ歩いていくラノールさん。珍しい組み合わせに、天川と呼心は目を見合わせる。


「俺はまだしも……呼心が呼ばれるなんて珍しいな」


「そうだねえ」


 呼心とそんな話をしながら操縦席の方へ向かうと……ラノールさんが、結構真剣なまなざしでこちらを見て来た。


「座れ」


 ラノールさんに言われ、天川と呼心はそっと彼女の隣に腰を下ろす。今は自動操縦モードになっているらしく、ラノールさんは飛竜を出していない。

 操縦席といえど外に面しているため、風が強いだろう――と思ったのに、あまり風を感じない。せいぜい、オープンカーで下道を走ってる時くらいだ。


「流石志村だな……」


「志村君が敵にならないだけでも、だいぶ大きいよねぇ」


「それは私も同感だ。あの男は、底が知れん。まだキョースケ・キヨタの強さの方が理解出来る」


 ラノールさんは、どうも志村と清田に対して一目置いているらしい。二人とも異世界人の中ではトップクラスの戦闘力を誇るから当然といえば当然か。


「最近は第一騎士団どころか第三騎士団ですら彼の使い魔を補足出来なくなっているらしい。魔族の炙り出しと城の警護に役立っているが、騎士団の面目がな」


 苦笑するラノールさん。志村の使い魔というのは、彼が定期的に飛ばしているドローンのことだろう。

 彼にも詳細を聞いたことは無いが、王都の殆どをカバーしているらしい。動かすためのエネルギー源はどこから手に入れているのか。

 城にいる異世界人たちも警護してくれているから、天川達からすれば特に文句は無いのだが。


「警護といえば、今度から異世界人の警備の人数増えるんでしたよね。第一騎士団から人が出るって話でしたけど、どんな人なんですか?」


 異世界人のフロアは、今までは彼らの見張りも兼ねた人員が日に数度パトロールするくらいだった。

 しかし今度から、第一騎士団が警備に当たるらしい。専用の部隊を作って。


「どんな、か。実力もさることながら、人柄も信頼出来る者たちだ。特に、隊長を勤める男は……アキラ、お前も知り合いだぞ」


 知り合い?

 天川は顎に手を当てて考える。第一騎士団に知り合いがいただろうか――と。


「あ、もしかして……最初に俺達の面倒を見てくれた」


 数秒思案して思い浮かんだのは、異世界に来て二か月間天川達に戦闘訓練を付けてくれた男。

 騎士団最強であると嘘を付いていた、ギルダーさんだ。


「そう。アキラたちが最初に王城を出る前に、世話になっていた彼だ」


「ギルダーさん……? ああ、ギルダー・リーフさん。確かにあの人なら安心ですね」


 呼心も思い出したらしい。


「お前たちが王城を出た後は、任務で王都にいなかったからな。今回の件で配属替えになって戻って来た形だ。よろしく頼むと言っていたよ」


「はぁ……そう、ですね。一度ご挨拶に行こうと思います」


 王城を出る前、天川は皆……というか主に阿部と難波に乗せられる形で彼と決闘をした。勝つには勝ったが、今思い返せばあの頃の天川では逆立ちしたって勝てなかったはず。

 だというのに、あの時は手を抜いて勝たせてもらった。


「なんでそんなことをしてくれたんだろうか」


「確かに。今思い返すと謎だねー」


「謎なものか」


 天川と呼心の言葉を、笑って否定するラノールさん。


「彼は命令を受けていたんだ。『勇者たちに自信を付けさせ、送り出して欲しい』と」


「え」


「なんで……そんなことを?」


 確かに、あの時王城から出たのは……ティアー王女に後押しされたこともあったが、最大の理由は彼に勝てたという自信があったからだ。

 もっとも、その自信は二度目の塔で清田に粉砕されたわけだが……。


「当時、上の方はアキラたちに戦力的な期待を抱いているわけではなかったからな。どちらかというと、『救世主』と銘打ってプロパガンダに使うつもりだったんだ」


 プロパガンダ。

 いまいちピンと来ていない呼心と天川。そんな二人にラノールさんは……少しだけ暗い顔になって話始める。


「本題からは逸れるが、言っておくか。『救世主』には戦闘力でなく、反王家派などの貴族や国のためという意識が希薄なAGたちも一つに纏めるための旗印としての役割を期待されていたんだ」


「……ああ、そっか。私たちって『神様が遣わした救世主』でしたもんね」


 呼心がポンと手を打つ。言われてみれば、最初はそうだった。一応、今もそうなのだが。


「神様が味方してくれているっていう分かりやすい証ですもんね。塔を巡るように言われたのも、神器があればより説得力が増すから」


「その通り。『神器を持った救世主』――なんて、旗印にはピッタリだ」


「本来は国中を回って俺達の存在を知らしめて、神がついてると民衆にも思わせ、覇王や魔王に対抗する機運を煽るつもりだった……と?」


 国中に知らしめることで民衆から徐々に貴族まで纏めて行こうとしていたのに、天川達は当初の予定よりも遥かに早く帰って来てしまった。

 そのせいで、根回しや民衆からの支持を得ることも出来ずに中途半端。纏めるどころか『あの旗印を手に入れて、利用してやろう』と争奪戦になってしまった。


「そういうことだ」


 そうだったのか……と驚きつつも、どこか納得する天川。確かに、あの頃の天川では戦力にはならない。

 しかしこうして強くなってからも、結局は『どの勢力にも属していない強力な武力』ということで取り合いになってしまった。

 そう考えると、良かったのか悪かったのか。


「いや、私はこっちで良かったと思っているぞ。……それは情や愛ではなく、純粋に『一つの戦力として』な」


 そう言って部屋の中を見るラノールさん。彼女の目はいつになく優しい。


「たった一年で……よくここまで伸びた。異世界人の力は、私たちが地道に鍛えて手に入れるそれとはまた別種の力だ」


 確かに、天川達の『職』は……前の世界の概念が使われている物が多い。戦闘系の『職』もそうでないものも、全てこの世界に無かった物をもたらしている。


「アキラたちがあの時帰って来てくれて良かった。まだ変な癖もついていない、素直な若者だったからこそここまで強くなったんだ。そういう意味では、旗印としての役目を全う出来なかったことに感謝しているよ」


 そう笑うラノールさんに、つい苦笑を返す。

 あの時、清田とゴーレムドラゴンに自信をへし折られていなかったら……きっと、プロパガンダの役目すら果たせずに死んでいただろう。

 それくらい、あの時の天川達は危うかった。『強い力を与えられた』ことで上滑りした責任感と、剣と魔法のもたらす非現実感が合わさって、まるで物語の主人公になったかのように錯覚していた。

 そこにあるのは現実の闘争だというのに。


「……と、昔を懐かしむのもいいんだがな。本題に入っても良いか?」


 本題。わざわざ天川と呼心を呼んだのだから、恐らく勇者派に関わることなのだろうが……。そう思って天川が身構えると、ラノールさんはそっと手を握って来た。

 そしてグイっと胸元に引き寄せられ、頭を抱えて抱きしめられる。

 ふにゅうん、と形の良い胸が押し付けられた。これほど鍛えているのに――否、鍛えているからこそこのようにハリと弾力のある胸になっているのだろうか。

 ……なんて考えている場合じゃない。まず間違いなく、呼心の目が痛い。


「……つまり、二人のイチャイチャを私に見せつけるために呼んだ、と」


「待て、呼心。俺の意思じゃない!」


「意思じゃないとしても全然離れようとしないじゃん!」


 万力のような力で締め上げられている以上、離れようにも離れられない。

 腕の中でモガモガと藻掻いていると、ラノールさんはジッと呼心の方を見つめた。


「……やはり、ココロ。お前はアキラが好き……と言うことで良いな?」


 ラノールさんに問われ……一瞬、言葉に詰まる呼心。しかしすぐにいつも通り――芯の一本通った目になると、天川の手を握った。


「それを答えることに、何の意味がありますか?」


「相変わらず、明言は避けるのだな。まぁ良い。ともあれ、これはココロにしか出来んことだから選択肢は無いんだが」


 そう言って、やっと天川を離すラノールさん。そして呼心と天川の手を握ると、繋がせた。


「今から、知っているだけで……貴族から睨まれる話をする。そのため、他言無用だ」


 いきなりそんなことを言われ、キョトンとする。


「知るだけで……そんな厄ネタ、良いですね」


 一転して、ニコッと笑う呼心。情報と聞くとこうして嬉しそうにするのは……裏方というか政務などに向いている由縁なのだろうか。


「アキラは?」


「どうしてそれを俺達に伝えてくれるんですか?」


「お前がもっと強くなるためだ」


「では、教えてください」


 こくんと頷くラノールさん。スッと息を吸い込むと――彼女はバッと胸元をはだけさせた。形の良い胸と――そこに赤い薔薇のような痣が見えた。


「ちょっ……な、なにしてるんですかラノールさん!?」


 天川の目をバッと塞ぐ呼心。しかし彼女の目はしっかりラノールさんの胸元に吸い込まれている。


「なにをしているも何も、これを――『遺痕イコン』を見せているだけだ」


「「……『遺痕イコン』?」」


 そう言いながら、胸元の痣を指すラノールさん。


「それともなんだ? ここで始めるとでも思ったか? 相変わらずう、初心だな……二人とも」


「……自分で言って照れないでください。明綺羅君、絶対変な気を起こしちゃダメだよ!」


 目隠しされたまま威嚇されても何も分からない。

 渋々、天川の目から手をどける呼心。そして改めて彼女の胸元を見ようとして……自分の頬がカッと赤くなるのを自覚する。

 するとすかさず、呼心がラノールさんの谷間に手を置く。これで見えまいとばかりに得意げな表情だが、逆に卑猥さが増したような……。


(余計なことは考えまい)


 ブンブンと頭を振って、痣――『遺痕イコン』だけに視線を集中する。最初に受けた印象と同じく、赤い薔薇。しかしよくよく見ると……なんだか、ぼんやりと『魔力』が立ち上っているように見える。


「アキラは、魔力が見えないんだったな」


「は、はい……練習はしているんですが」


 天川は少ししょげる。『光魔法』が『職魔法』にあるにも関わらず、天川は未だに魔力を『視』る目――つまり『魔視』が出来ない。

 どうにも不器用なのか、イマイチ感覚がつかめないのだ。


「ココロは魔法師だし、出来るだろう?」


「まぁ、はい。視界内だけですけど」


 上級者だと壁などを貫通して『視』分けることも可能なんだとか。ちなみに清田に聞いてみたら『王城内くらいなら全域カバー出来るよ』と言われた。やっぱりアイツはおかしい。


「私も視界内しか出来ん、普通はそんなものだ。……そして『視』れば分かるだろうが、これは魔力の痣だ。貴族の血筋に稀に現れるもので、血に特別な魔力が流れていることを表している」


 胸元をしまいながら、ラノールさんが説明してくれる。


「『遺痕イコン』が発現した者は、特殊な魔法が使えたり特異体質を持つようになる。そして私たち御三家はこの『遺痕イコン』が確定で発現する。私の場合は特殊な魔法を使えるパターンだ」


 特殊な魔法……と言われて、ふと思い出す。ラノールさんとデススターゴーレモンが戦った時に彼女が使った、全身からピンクのオーラが迸る魔法。


「よく覚えていたな、アキラ。御三家は勇者の欲求に根差した力を持つ――という話はしたな?」


「はい」


 勇者の持つ欲求……確か『支配欲』、『破壊欲』、そして『性欲』。


「我々はそれが『遺痕イコン』として現れるんだ。エッジウッド家に代々伝わる力は『性欲』をつかさどる力――『愛守アイス』と我々は呼んでいる。『愛に応じて身体能力が上がる』という魔法が使えるようになる『遺痕イコン』だ」


 愛に応じて――性欲ならばそのように出る、のか。


「御三家って、勇者の直系だっけ」


「ああ」


 呼心の質問にこくんと頷く。

 御三家というのは、王家である『アトモスフィア家』、代々騎士団長を輩出する、女性しか産まれない『エッジウッド家』、そして謎の多い『ベルビュート家』の三家のことだ。

 初代勇者、『アルタイル・ブレヴァー』の直系であり――この国を支える屋台骨だ。


(つまり、ティアー王女やマール姫の魔法も『遺痕イコン』による物ということか)


 彼女らの身体のどこかにも『遺痕イコン』があるわけだ。


「もしかすると、志村ならマール姫のそれを知ってるかもな」


「……それ、見ちゃったシチュエーションによっては警察案件じゃない?」


「っと、確かにな」


 志村は紳士だし、流石にそんなことは無いか。


「一方、それ以外の貴族には一切の法則性無しに突然この『遺痕イコン』が発現する。一人も『遺痕イコン』を持つ者がいない家系でも出る時は出るし、逆も然りだ」


「いったいどんな『遺痕イコン』があるんですか?」


「例えば『特異体質』としてよく聞くのは『異常筋力』。今代だと……有名なのはハイドロジェン伯爵だな。キョースケ・キヨタと友誼を結んでいる彼だ」


 オルランド・カーマ・ハイドロジェン伯爵だったか。昔から法律の分野に強い影響力を持つ家で、清田の住むアンタレスの領主。


「何もせずとも、Bランク魔物くらい屠れるほどの筋力になってしまうんだ。しかしいずれその筋力に肉体がついていけなくなり、早死にする。……多くは十代で死んでしまう、『最悪』な部類に入る『遺痕イコン』だ」


 ごくっ、と生唾を飲む。生まれつき筋力が強いだけで早死にしてしまうのか。


「他にも『超頭脳』。高IQになるが、副作用で毎日高熱が出てしまう。後は『異常魔力』。強大な魔力を得られるが、男性であれば……まぁ夜の楽しみが減り、女性は子を宿せなくなる体質などもあるな。一応図鑑も持ってきたが……絶対に貴族の前で『読んだ』と言うなよ?」


 そう言いながら、ラノールさんが辞書のようなものを取り出す。


「嘗てはこの『遺痕イコン』を悪用した者や、人為的に『遺痕イコン』を引き出せないかと研究した者や……果ては『遺痕イコン結婚』などもあってな。どこまでも争いや禍の種にしかならなかった。故にいつの間にか公然のタブーとなったんだ。今でもこれを悪用しようとする者はいるだろうから、部外者に知られているだけで貴族からすれば嫌なんだ。分かったな?」



 彼女の念押しに頷いてから、呼心と天川はそれを開く。

 そこには『遺痕イコン』の種類と、その痣の形が乗っていた。『異常筋力』は獅子口、『超頭脳』は椿の花、『異常魔力』はハシドイ。

 それ以外にも『遺痕イコン』について乗っており……。


「えっ、複数属性って『遺痕イコン』なんですか?」


「ああ。普通は単一属性だからな。二つ以上ある者はまず間違いなく『遺痕イコン』を持っている」


 痣は風車型……。今度、清田の身体にもあるか確認してみようか。


「……って、こんなのもあるんですね」


 呼心がページを捲る手を止める。そこに書いてあったのは……『死の香り』という『遺痕イコン』のページ。痣は……彼岸花。


「それか。……それは最も忌み嫌われている『遺痕イコン』だな。年齢を重ねるごとに強く香るようになり……やがて、周囲の人間を眠るように死なせていく」


 ラノールさんは淡々と言うが、呼心も天川もその痣をじっと眺めてしまう。何故か、目を離せぬ魔力のようなものがあって。


「産まれた瞬間に殺すことが義務付けられている『遺痕イコン』だ。一応、近年は研究が進んで肌の露出を極力減らすことでその香りを抑えることが出来るようになったんだがな……風習は変わらん。あまり見たい物でもないな」


 少し視線を遠くにやってそう言うラノールさん。呼心はパタッと図鑑を閉じると、空気を振り払うようにニコッと笑った。


「そ、それで……なんでこの話を?」


「二つ理由がある。一つは、今後貴族と会話することが増える。『遺痕イコン』を持つ者は……その特異性から派閥に入らない者が多い。貴族同士だと疎まれることもあるからな。しかし貴族を母体としない『勇者派』ならば、協力してくれるかもしれない」


 ラノールさんの言葉に、頷く呼心。天川達『勇者派』は、どうしても貴族との繋がりを持ちづらい。なんせ殆ど全員平民だ。

 言い方は悪いが――仮に相手の弱みに付け込んででも協力を得られるのなら得たい。


「ふふふ……そういうネタは嬉しいね。それで、もう一つの理由って何ですか?」


 悪い笑顔になる呼心。こういう話の時、彼女は頼もしい。


「それは拙者が話すで御座る」


「「「!?」」」


 唐突に聞こえた声に驚いて顔を上げると、そこには眼鏡をかけた小男が一人。


「志村……!? ど、どうやってここに!?」


「飛んで」


「そりゃそうだろうがそうじゃなくてだな!? 俺が訊きたいのはWayじゃなくてWhyだ! 来るなら一緒に乗っていればよかったじゃ無いか!」


「実はマールたちとクレープを焼く約束をしてたんで御座るよ。最優先事項で御座る」


 相変わらずロリコンな志村。ラノールさんはニヤッと口元を歪ませると、彼の目を睨みつけた。


「この『ブレイククラウド』の性能からして、簡単に追いつかれても驚きは無いが……参考までに、どんなものに乗って現れたのか聞かせてもらえないか?」


「普通に飛んできただけで御座るよ、普通に。……ま、拙者が追いついた理由はどうでも良いで御座ろう?」


 ラノールさんと数瞬視線を交錯させた後、すぐにいつも通り、飄々とした笑みを浮かべる。そしてラノールさんの隣に座ると、アイテムボックスから小瓶を取り出した。

 その中には大量の……真っ赤な、ラムネ? が入っている。


「なんだそれは」


「これは『遺痕イコン』を他人に合成させ、特異体質や特殊な魔法を使用出来るようにする錠剤。その名も『合遺痕アイコン』で御座る!」


 ててーん、とどこからか効果音が聞こえてくる。相変わらず芸の細かい男だ。

 しかし、その手に持つ錠剤は……身に纏うふざけた空気とは裏腹に、不気味で妖しい雰囲気を醸し出している。

 これを飲めば、誰でも『遺痕イコン』にまつわる力を使えるということだろうか……って。


「待て、今俺達は『遺痕イコン』がなんでセンシティブか聞いたばかりなんだが……それって完全にタブーなんじゃないのか!?」


「科学の発展は時にタブーを踏み越える物なんで御座るよ」


「超最先端技術過ぎて再現性も無ければ原理も分からないから、誰も咎めようが無いんだ」


 ため息をつくラノールさん。それでいいんだろうか本当に。


「ま、そんな小さいことは置いておいて。一つ問題があって……」


 そう言ってチラッと呼心の方を見る志村。本当に問題は一つか?


「これ、空美殿しか使えないんで御座るよ。今のところ」


「え、なんで私?」


 キョトンと首を傾げる呼心。志村は苦笑いしながら、肩をすくめた。


「まだ調整不足で、強い魔力耐性を持たないと自分の魔法が使えなくなるんで御座るよ。今のところ、それに耐えられるのが空美殿だけってわけで御座る」


「……私、魔力耐性なんてあるの?」


 頷く志村。


「もしかして前に言っていた異世界人の耐性か?」


「よく分かったで御座るな、天川殿。これは他人の魔力と自らを合体させるような物で御座る。耐性が無いと戻れなくなるんで御座るな」


 他人の魔力と自らを合体させる――その言い方で、フッと思い浮かんだものがあった。それは王都動乱で攻め込んできた魔族たち。


「……それって、『魔王の血』みたいな感じなのか?」


「お、勘がいいで御座るな天川殿。……ラノール殿、説明しても良いで御座るか?」


「ああ。聞いておいた方が良い話だ」


 断りを入れる志村と、頷くラノールさん。彼は瓶の中から錠剤を取り出すと、ピンと天川の口の方に弾いて来た。


「おわっ!」


 自分の魔法が使えなくなると言われ、咄嗟に避ける天川。その様子を見て、志村はケタケタと愉快そうに笑った。


「そんなにのけぞらなくてもいいで御座るよ。飲んだとしても、デメリット含めて五分程度しか効果はもたないで御座る」


 五分……案外短いが、戦闘中と考えたら長い。

 これを逆に相手に飲ませたら、魔法を封じられる……とも言えるのだろうか。


「そこまで上手くいかないで御座るよ。空美殿のような耐性を持っている可能性もあるで御座るからな。それは置いておいて、『魔王の血』に似てるって話で御座るな」


 そう言って……今度は真っ黒な液体の入った小瓶を取り出す志村。魔力を『視』る目が得意で無い天川でも理解わかるほどの濃さ。

 濃密な……魔力そのものの液体。


「『魔王の血』は魔物を魔力に変え、取り込んで体内に魔魂石を作り出し……その特殊な魔魂石の力で魔物になる物体。と、今のところ仮定しているで御座る。そして『合遺痕アイコン』は魔魂石でなく『遺痕イコン』を作る感じで御座るな。まぁ『魔王の血』を使いこなす前に、同じ人族の魔力で出来ないなら無理ってことで。温水先生と試行錯誤してる最中で御座るよ」


「……なるほど、そういうことか」


 道理で似ていると。

 天川が感心していると、呼心がひょいと手をあげた。


「それは分かったんだけど……えっと、私がラノールさんの魔法を使うってこと?」


「ああ。私の使う魔法……のうち、他人にかけるものを学んでもらう」


 説明を引き取ったラノールさんが、こくんと頷く。そしてそのまま、錠剤を志村から受け取った。


「魔法の詳細は実際に練習する段階になってから話すが、我々の強化には必須だと思って欲しい」


「はぁ……」


 イマイチ、ピンと来ていない様子の呼心。確かに彼女は前線に出るタイプではなく、どちらかというと後衛……より更に奥にいる人材だ。同じ回復魔法師でも、衛生兵タイプと救護兵タイプがいるが、彼女は後者だ。戦場で人の手当てをするのではなく、野戦病院で治療する人員。

 勿論、今までの戦いでもちゃんとついてきているが……実際に戦闘に参加することは少ない。回復は最後の仕事って感じだからだ。


「私たちはこの国にいる敵をあぶり出し、殺していく。少数で広範囲に動くわけだから、全員が必ず同じ場所にいられるとは限らない。一人が出来ることを増やすことが必要だ」


「分かりました」


 頷く呼心。彼女は天川達のパーティーの中で唯一、成長が頭打ちになっていた。正確に言うと、回復魔法にはこれ以上成長する余地が無かった。

 なにせ欠損すら治してしまえるんだ。後は強化するといっても、死人を蘇らせるくらいしか思い浮かばない。

 故に回復魔法以外の技が欲しいと二人で話し合っていたところだ。回復と強化の二本柱になれば、より戦術の幅も広がるだろう。


「じゃあ、拙者は中に入るで御座る」


「いや、お前はなんで来たんだ志村」


 まさか説明をするためだけに来たのか?

 そう思いながら、ひょいと手を挙げて中に入ろうとする志村にそう声をかけると、彼はニヤッと笑った。


「ティアー王女のご提案で、お主らが今後拠点にする所にFAXを置きに来たんで御座るよ。AGギルドにも似たようなのが置いてあるで御座るが、こっちの方が圧倒的に性能良いで御座るよ」


 ドヤ顔になる志村。なるほど……その設置のために来ているわけか。


「じゃあ、拙者も中で皆と遊ぶで御座るかな」


「中ではトランプをしているぞ」


「テトリス作って来たで御座る。皆でテトリス大会で御座るよー」


 楽しそうに中へ入る志村を見送った後、ポツリと呼心が呟いた。


「見た目はの〇太君なのに殆どやってることがド〇えもんなんだよね……」


 言っちゃいけないこと言ったな、と思った。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 カノープスは、大きい街だ。交通の要所となっていることもあり、人々も世話しなく行き交っている。空から見るその光景は、まるで蟻の隊列。


「今ならム〇カの気持ちが分かるねぇ、明綺羅君」


「不本意だが、少し分かるな」


 街の主要部から少し離れた所に巨大な湖があり、大きい橋が架かっている。そしてその橋を渡った先に、湖のど真ん中に……天川達が身を寄せる、ライラック家の屋敷がある。

 屋敷……が、あるのだが。


「あれ……屋敷ってか」


「城だな、ほぼ。それも……」


「日本の……お城……?」


 窓から眺めていた難波と井川、桔梗がぽつりとつぶやく。そう、そこに建っていたのはまるで日本の城。それもどこかで見たことがあるような形の……。


「あっ……あれ、熊本城だ」


 ポン、と天川が手を叩く。

 そう、瓦の色が白になっていたり、周囲の庭園が和風でなく洋風になっているなどの差異はあるが、形状が非常によく似ているのだ。


「まるでタイムスリップしてきたみたいだな……」


 あくまで形だけである。であるが……何かがおかしい。

 上から見る限り、周囲の湖がいわゆる『お堀』の役割をしているのだろう。

 カノープスは魔物の平均ランクも高いようだから、普通の屋敷よりも警備の人間が多い。


(いや、それだけじゃないな)


 三重の防壁には、巨大で堅牢な門が。湖のほとりから唯一繋がっている橋は、途中で切れており跳ね橋となっている。

 内部へ侵入するのを徹底的に防ぐ構造になっている一方、スクランブルがしやすいようにか船が相当数用意されている。


「しかも、空路で出入り出来るように気球まで用意しているそうで御座る。まったくもって、攻め落とすのは厄介な城で御座るよ」


「……なんで知ってるんだ、志村」


「いろいろ調べたんで御座るよ」


 はぐらかす志村。しかし彼が『厄介』と評するのだから……相当、堅牢であることが伺える。


「もしもあの城を落とすんなら、逆に正攻法しか無いで御座るなぁ」


 楽しそうな口調とは裏腹に、志村の目は真剣だ。これから天川たちが行く館だから――というよりも、堅牢な城を攻略すること自体を楽しんでいる節がある。


「正攻法って、どうするんだ?」


「バ火力で全部正面からぶっ壊すんで御座るよ。――Sランク魔物くらいの火力があれば余裕で御座る」


「……つまり、殆ど不可能ということか」


 そんなにポンポンとSランク魔物並みの火力を出せてたまるか。

 天川だって『終焉』を使わなければ、そんな威力は出せない。ラノールさんや志村のロボットなら出来るのかもしれないが。


「さ、着いたぞ。降りる準備をしろ!」


 ラノールさんの号令で、天川達はサッと身なりを整える。着陸し、扉を開けて外に出ると……大きな城門が目の前に。

 それも案の定、和風。天川達がただならぬ雰囲気に緊張していると……ギギギ! と扉が開き、中からビシッとタキシードを着た白髪の執事と数十人のメイドが出迎えてくれた。


「ようこそおいでなさいました。私は執事長のギャリソンと申します」


 執事――ギャリソンさんは深々とお辞儀すると、きびきびとした動作で頭を上げる。同時に鋭い眼光で、天川を射貫いた。


(……出来るな)


 恐らくC……いや、Bランク以上の実力がある。

 ギャリソンさんは立派な鼻髭を撫でると、優雅な動作で屋敷の奥を手で示した。


「主人は中でお待ちしております。どうぞこちらへ」


「ありがとうございます」


 天川は礼をして、彼の後を歩いてついていく。後ろで志村が「拙者、無敵鋼人は未履修なんで御座るよなぁ」とか言ってるが、何か彼の琴線に触れただろうか。

 廊下を歩くと、使用人の方々が左右に分かれて礼をしてくる。……そしてそのほとんどがそれなり(・・・・)に使える人たちだ。

 ギャリソンさんほどでは無いが、最低限戦闘力を持っている。メイドさんに至るまで。


「徹底しているな。……覚えておけ、アキラ。どの派閥にも属さないということは、独力でこれほどの力が要るということだ」


 ラノールさんのセリフに、ごくっと生唾を飲み込む。前の世界で、父が言っていた。『中立を保つということは、誰にも与さないということだけでは無い。誰の脅しにも屈さないということでもある。それは時に、誰かを従えるよりも難しい』と。

 一体、どんな人が出てくるのか。


「こちらでございます」


 ギャリソンさんが扉を開ける。そこは大きな応接室。応接室と言っても、何人座る用か分からないほど長いテーブルがある……百人いたら百人が思い浮かべるような『貴族の食卓』という感じの部屋だ。 正面には劇でも見られるようになっているのか、ステージがついている、

 外装は完全に日本の城なのに、内装は全てこちらの世界。 天井は低いがシャンデリアもあり、なんというか雰囲気がしっちゃかめっちゃかだ。


「ハ〇ポタ、映画で見たことあるねこういう光景」


 呼心の呟きに、苦笑いして頷く。

 全員座るよう促されたので、対面するように五人ずつに分かれて座ると……急に部屋の中の灯りが消えた。


「?」


 食卓にある燭台だけが炎を揺らめかせる。一体何が――と思っていると、ステージがライトアップされた。真ん中に一人、女性が立っている。


「ようこそ、諸君。ボクのパーフェクトな居城へ! 歓迎するよ」


 高らかでよく通るハスキーボイス。芝居がかった口調と仕草で、まるで劇役者のようなお辞儀をする女性。

 ズボンを履き、一切肌を出さないぴちっとした服装。そのせいで体のラインがハッキリと出てしまっている。


「ボクの名は、エシュタル・ライラック。よろしく、勇者とそのご一行」


 ニコリと微笑むその貌は、まるでどこかの歌劇団のようで――


(これはまた、濃いのが来たな……)


 ――そう、思わず苦笑いしてしまうのであった。

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