表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
375/396

天川編 前編① 旅立ちと紫丁香花と剣

というわけで番外編、天川編です。

前、中、後編の三編で全6話です。


それでは番外編をどうぞ!

 天川明綺羅はスポーツマンである。

 いや……今や「スポーツマンであった」と言わねばならないのだが。


(試合前はいつもこうしていたな)


 まずは三十分程度のランニング。王城の外周――三十キロほどだろうか――をゆっくり流して走るとちょうどいい。

 軽く汗ばむくらいの陽気。タオルで汗を拭い、王城の庭でアイテムボックスからバットを取り出す。

 バット……と言っても、ヒノキっぽい木で形を整えただけの物だが。


「フッ、一! フッ、二!」


 足を上げて、鋭くスイング。振り切ると同時に、風がぶわっと周囲の木々を撫でる。その舞い上がる葉を見て、天川は一息ついた。


「いい空だな。……旅立ちには、ちょうどいい」


 今日から――天川明綺羅は、勇者としてだけではなく第零騎士団としても戦うこととなる。


(騎士、か)


 清田達AGを矛とするならば、騎士とは盾。魔物や脅威を倒しに行く存在ではなく、人々を守るための存在。

 それが天川の認識だ。

 最初は、第一騎士団のことを少し舐めていた。ラノールさんとまだ会っていなかったし、天川達はステータス任せとはいえ模擬戦で勝利していたからだ。

 勿論今になって思えば、手加減されていたのは分かる。『職スキル』を存分に振るった天川達異世界人に対し、彼らは純粋な身体能力のみで戦ってくれたからだ。

 とはいえ、その認識はデススターゴーレモンとの戦いで払拭された。純粋に個人の技量もさることながら、訓練された連携は見事だった。

 個の強さではなく、集団としての強さ。

 その姿を見て――オーモーネル大臣の言っていた『イレギュラーな強者ではなく、組織による守りがあってこそ初めて人族を守れる』という理想の正しさを実感した。

 だから騎士団に拘るのだと、思い知った。


(先を見据えた時に、どんな力が欲しいか……だろうな)


 それでも団長にラノールさん、副団長にマナバさんを据えている様子からして……突出した『個』を軽視しているわけでは無いのも理解している。

 だからこそ、天川達には個別で敵を撃破して欲しいと言っているのだから。


「九十五、九十六、九十七、九十八、九十九、百! っと」


 ルーチンであった素振りを終え、筋トレに入る。スクワット、プッシュアップ、クランチ……と筋肉に疲労が残らない程度に。


(どうするべきかな)


 天川明綺羅は、天川明綺羅としてしたいことを全うするつもりだ。それに照らし合わせると、騎士としてふるまうのは……少し違う。

 あくまで、勇者として。人々の笑顔を守る者として。

 そして――あの日、見せて貰えた『果て』を追う者として。


(美しかった)


 鮮烈だった。眩しかった。

 騎士団長、ラノール・エッジウッドの本気は。新造神器を持つSランク魔物を、歯牙にもかけない強さ。

 でも、本当に凄いのはそこじゃないと思った。

 彼女は――最後まで余裕があった。

 楽に倒すのとはまた違う、余裕のある戦い。余裕、つまりゆとり。目の前の敵に全力を尽くしながらも、周囲への配慮も出来る状態。

 確かに彼女は山を消し飛ばしたが――あそこに人がいれば、もっと違う戦い方をしただろう。優先順位をつけ、それに沿って最短で結果を出す。Sランク魔物相手にだ。

 果たして彼女と同じ年齢になった時、自分にそれが出来るだろうか?

 二十六歳の彼女と、十八歳の天川。八年後の天川は、彼女のような動きが出来ているだろうか。


(……敵は待ってくれない)


 天川は今日から、Sランク魔物を倒しに行く。それも街中に潜伏している恐れのあるSランク魔物を――だ。

 ラノールさんのように、的確な状況判断をしながら戦う必要がある。

 必殺の『終焉』は、敵のみを抹殺する魔法だが、いつでも使えるとは限らない。


「ぶはぁ……はぁ、ふう……しゃ、シャワーでも浴びるか」


 ささっと片付け、部屋に戻る。そして志村の作ってくれたシャワー室に入った。


「もっと、強くならないと」


 さぁー……。

 アップを終えて、火照った体に冷たい水が心地よい。当然お湯は出るのだが、ここで水シャワーを浴びるまでが……天川にとってのルーチンだった。

 試合の日の朝は。


「ふぅ」


 きゅっ。

 シャワーの栓をひねり、水を止める。ユニットバスなので、便器の蓋の上に置いておいたタオルを持って全身を拭く。

 そのままパンツだけ履いて、持ち物の確認。と言っても彼の手荷物には、いつでも使えるように大金貨しか入れていないのだが。


「大金貨も、十二枚じゃ少ないか……? まぁ、足りなければアイテムボックスから出せばいいか」


 荷物の準備を終えたら、服を着替える。こういう気合いを入れねばならない日は、必ず制服を着るようにしていた。

 ワイシャツのボタンを留め、ベルトを締める。


「髪……伸びたな」


 前の世界にいた頃は、髪の毛は常にスポーツ刈りだった。野球をするのに邪魔だったのもあるが、純粋に髪型を気にして時間を取られるのが嫌だったから。

 でも――


「……おしゃれも、心の余裕かもな」


 ――彼女のように強くなりたい。

 天川はそう思った時に、何故か心に浮かんだのは清田の姿だった。

 彼が良く知る、二人のSランク相当の実力者。その二人に共通していることは、余裕があることだと思った。

 だから、余裕を持ちたい。

 それもまた、一つの強さだと思って。


(特に清田は、オシャレだからな)


 彼と協力関係にある、オルランド伯爵から流行の服を譲り受けているらしい。故に清田の私服は、いつもかなりオシャレだ。

 服はどうしようも無いが、せめて髪型くらいは。


「うーん……」


 鏡の前で頑張って前髪をいじる。どうすれば勇者に見えるだろうか、なんて考えながら。

 ――そのせいで集合時間ギリギリになってしまい、結果的に余裕なくバタバタしてしまったのだが 。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



「もー、遅いよ明綺羅君!」


「す、すまん呼心」


 急ぎ足で集合場所である会議室に向かうと、そこには既に全員そろってしまっていた。呼心がこちらに駆け寄り、指をびしっと突き付けてくる。


「普段、集合時間に遅れるなんて滅多に無いのに……なにかトラブル?」


 こてん、と首を傾ける呼心に苦笑を返すしかない。流石に頭髪をいじっていて遅れたとは言いづらいからだ。

 呼心はそんな天川の雰囲気から、特に何か問題が起きたわけではないと察したのか……はぁと軽くため息をついてから、天川の肩に手をやった。


「肩に整髪料、ついてるよ。前の世界と違って匂いがキツいんだから……もっと身だしなみに気を付けないと」


「うっ……す、すまない」


 身だしなみに気を遣った結果として遅れたはずなのに、その身だしなみで注意を受けてしまうとは。

 何ともやりきれない気持ちになりながら、軽く凹んでいると……胸元の襟を正してくれた呼心が、にこっと笑って天川の額をつついた。


「でも、今日はヘアセットはばっちりじゃん。やっぱ明綺羅君は元が良いから、映えるね」


「そ、そうか? なら、よかった。ありがとう、呼心」


「ふっ……ふふ、もう、喜びすぎだよ明綺羅君。さ、ほら早く合流しよ」


 呼心から笑われてしまう。そんなに顔に出ていただろうか。

 呼心に手を引かれて皆の所につくと、早速難波がガシッと肩を組んできた。


「へいへいへい、天川さーん。……なんですか、さっきの甘い会話は」


 聞かれていたのか。

 天川は咳払いすると、肩に組まれた腕を外して軽くボディに拳を当てる。


「お前ら夫婦の会話ほどじゃない。聞いたぞ? デートと称してラブホテルに連れ込んでばかりいるから、既にアンタレスのラブホでは有名人だとか」


「は、はぁぁぁぁ!? だ、誰がンなこと言って……! まさか清田!?」


「あいつがそんな下世話なことに興味あるわけ無いだろう。清田経由で聞いたのは間違いないが、新井が近所のおばさんから聞いたらしいぞ」


 大慌ての難波。奥さんと仲良しなのは良いが、さすがに常連になるほどラブホテルに通うのはどうだろうか。

 普通に家ですればいいだろうに。


「いや、童貞のお前にはわからんかもしれんがな。女の子とヤる時は何かとベッドが汚れるんだ」


「待て井川、俺を童貞いじりするのは止めろ。確かに俺は未経験だが、決して童貞と誹られるほどではない」


 こういうのは機先を制しておかねば、キャラとして定着してしまう。白鷺の童貞キャラや、清田のヘタレキャラのように。


「いや未経験なことを童貞って言うんだぜ? 天川」


「くっ……!」


 入籍組二人が相手では分が悪い。

 仕方がないので、天川は最近戻ってきてくれた助っ人を呼ぶことにする。


「まぁ待て、井川、難波。俺なんかよりももっとその称号が相応しい人物がいるだろう? 白鷺という」


「待てよ天川! なんでその流れで俺!?」


「そりゃ君が永世名誉童貞なんだからに決まってるでしょ」


「なんだその人間国宝みたいなやつ!」


 ――天川たちが第零騎士団として行動するにあたって。

 ハッキリ言って『戦力不足』という話になっていた。

 ラノール・エッジウッドという騎士団最強の戦力が加わるとはいえ、根本的な部分では戦いを始めて一年くらいしか経っていない少年少女の集団だ。

 既に『勇者』として実力を担保されている天川はまだしも、他のメンバーはあくまで勇者と共にいる異世界人。王都動乱で実績があるとはいえ、彼らだけ……というにはさしものブリリアント王子でも他の王家派などを納得させるのは難しかった。

 しかしそこで白羽の矢が立ったのが、白鷺常気だった。


「だいいちさぁ! 俺が来てなかったら危なかったんだろ!? もっと感謝してもいいと思うぜ俺は!」


 彼は王都動乱の時もいなかった、身分としてはただのDランクAGだ。

 しかし……『塔を踏破した』という実績がある。

 清田が神器を獲得したことは(公的には)表沙汰になっていないため、白鷺はなんと史上二人目の塔の踏破者として認知されている。史上二人目の、神器保持者だ。

 それが勇者派の一員として参加するということで、初めて全員を納得させることが出来たのだった。


「いや白鷺、俺はお前には感謝している」


「お、そ、そうか? まぁそうだよな!」


「でも白鷺よー、童貞なのは間違いねぇんだろ?」


「どどどど童貞じゃねーし! お前らと違って俺は毎晩女と寝てるしな!」


「確かに寝床はゴリガルさんと一緒だからね。寝てはいる、かな」


 そう言った加藤の視線の先にいるのは――ほっそりとした、黒髪の美女。白鷺が踏破した塔にいた枝神の女性だ。

 本気で戦闘するときの姿は……まぁ、アマゾネスのような姿になる方だが。


「だーもう! だいたいなぁ、俺は別に女と乳繰り合いたいんじゃねえんだよ。最強になりたいんだよ! ――あそこにめっちゃくちゃいい感じの人いんのにさぁ。なんで戦っちゃいけないわけ?」


 白鷺はそう言いながら――ラノールさんに闘気をぶつける。ニヤッと笑って、清田もよく見せる戦闘狂らしい貌になった。

 しかしそれを向けられたラノールさんはというと……。


「任務の合間で、一度くらいは手合わせ出来るかもな」


 スッと、その闘気を躱してしまった。

 白鷺は少々不満げだが、流石に今このタイミングで突っかかるほど分別が無いわけではないようだ。唇を尖らせるだけで、特に何も言わない。

 ラノールさんはザッと天川達を眺めると、シャンと背筋を伸ばした。


「全員、揃ったか?」


 凛と通る声。彼女が話すだけで、その場の空気が一気に引き締まる。

 これが――この国で最強の騎士が持つカリスマか。


「では点呼する! アキラ!」


「はい!」


「ココロ!」


「はい!」


 ラノールさんが全員の名前を読み上げていく。今まで活動していたメンバー(天川、呼心、桔梗、難波、井川)に加え、新メンバーとして白鷺、加藤が戻って来た。

 これで随分、最初のメンバーに戻って来たと言える。


「ツネキ!」


「うす!」


「うすではない、はいだ!」


「はい!」


「サトシ!」


「はい!」


「よし、揃ったな。これから、我々は勇者派として……そして第零騎士団としての任務に赴く。詳細は昨日のブリーフィングで話した通りだ」


 ゴクリと生唾を飲み込む。

 これから、天川達は……潜伏している魔族を撃破するために国中を飛び回ることとなる。そしてその第一弾が、カノープスに向かったというSランク魔物と合体した魔族だ。


「我々の任務は、人知れず魔族を殲滅していくこと。そのためには極力、隠密行動が求められる。そのため、人が多く『集まる』王都では無く――人が多く『通る』カノープスを拠点として活動する!」


 王都はこの国で最も栄える街。様々な人がこの地に集まってくる。店も多いし、景気も良いからだ。

 一方、今から天川達の行くカノープスは周辺の森などにいる魔物のレベルが高く、人々が中々定住しない街として有名なのだ。

 人の往来が多く、定住者が少ない。そのため、天川達のようなよそ者が出入りしても目立たない街なのだ。


「当面はティアー王女の計らいで、領主であるライラック家に身を寄せることになる。粗相のないように」


「ライラック家の現当主は、わたくしの古くからの友人ですわ。今まではずっと無派閥でしたが、この度我々勇者派に参加することを表明してくださっています」


 ティアー王女の友人ともなれば、非常に心強い。

 彼女の説明を聞いた後、ラノールさんは天川と難波を見た。


「昨日も言ったが、勇者派の長はアキラだ。しかし、第零騎士団は団長として私が指揮を取る」


 そしてちょいちょいと手招きされる。天川と難波は彼女に呼ばれるまま、皆の前に出た。


「私が団長。そして副団長はアキラ、第三席はマサトにやってもらう」


「はい」


「は、はい!」


 緊張した様子の難波。事前に伝えられているとはいえ、やはり「ナンバースリー」というのはプレッシャーがかかるのだろう。

 ラノールさんが指揮をとれなくなった場合は天川が、どちらもダメであれば難波が。そのような命令系統になっている。


『アキラ、第三席……つまりナンバースリーに据えるのは誰が良い?』


 少し前、ラノールさんから呼び出された時にそう訊かれた。

 普通であれば、もっと考える内容なのだろうが――天川は、その問いを受けて殆ど反射的に答えていたのだ――


『難波が良いと思います』


 ――と。

 実はラノールさんから尋ねられる前までは、呼心の名を出すつもりだった。彼女が天川にとっては最も信頼出来る異世界人だからだ。

 情でも、理性でも動くことが出来る女性。決して派手なことはしないが、皆を下から支える才女。

 人間としても女性としても、天川は尊敬し信頼している。

 しかし第三席というのは、天川の補佐として付けるわけでは無い。この団全部を守る時に誰が適しているかという話だ。

 であれば、難波が適任だと思った。


『彼は、良い意味で分を弁えています』


 難波は、出来ることしか出来ない。しかし、自分に出来ることは何が何でも達成してくれる。本人のキャラクターはさておき、実績を見れば仕事人という言葉が相応しいだろう。

 戦闘力も高く、人への気遣いも出来る。何より、『逃げる』判断が出来る男だ。

 ナンバースリー、第三席にはふさわしい。


『――私も同じ見解だ。では、彼に打診しよう』


 ……まぁ、天川とラノールさんは『彼しかいない』みたいなテンションで伝えに行ったのだが、難波としてはそうでも無かったようで。だいぶ驚かれてしまった。


「残りは現地で話すが――忘れてはならないことを一つ、言っておく」


 出立までに必要なことを言い終えたラノールさんが、全員を見渡して一つ息を吸い込んだ。


「我々は秘密裏に魔族を倒さねばならない。しかし、その命令よりも優先すべきは民の命だ。『ここで戦ったら民にバレる』というシチュエーションでも、迷うこと無く戦って民を守れ。これは騎士団として、最優先事項だ」


 最優先事項。


「……極秘任務って言われてたから、どんな時でも顔を隠せって言われるかと思ってホッとしたぜ」


 難波がぼそっと呟く。そもそもお前の『職スキル』は地味だから、顔バレせずに戦えるだろうに。

 皆の顔に緊張感が走る。


「私たちはこの国を守るために戦うのだからな。その国を支える民草を傷つけては本末転倒だ。絶対にこれを、忘れるな」


「「「「「はい!」」」」


 天川達の返事に満足したように頷いたラノールさんは、最後にもう一度天川の方を向いた。


「この団の最高戦力は、私だ。絶対に倒されないとここで誓うが――万が一、私のみ身動きが取れない状況になる場合もあるだろう。その時は、迷わずキョースケ・キヨタに救援を依頼しろ」


 こくんと頷く。これも、前々から言われていたことだ。

 天川達の任務は、ごく一部――騎士団内部ですら三団長及び副団長のマナバさんくらいまでしか知らない。

 貴族であれば王家派のごく一部と、これから世話になるライラック家のみ。すぐに救けは得られない。

 そこで白羽の矢が立ったのが、清田だった。


(ケータイを持っているからすぐに連絡が取れるし、転移が出来る魔法師も仲間にいるから距離は殆ど関係ない。何より――強い)


 SランクAGで、神器保持者。これ以上の増援は無いだろう。

 しかも、清田は報酬で動いてくれるし……言えば必要以上の詮索はしない。まぁ、これらはAGならば当たり前かもしれないが。


「では、さっそく向かうぞ!」


 ラノールさんを先頭に、天川達もぞろぞろとついていく。イマイチ緊張感は無いが、そのうちちゃんと動けるようになるだろう……たぶん。


「って、ラノールさん? なんで上っているんですか?」


 階段を上ろうとするラノールさんにそう声をかけると、彼女は少し悪戯っぽく笑った。


「ん? ああ、そう言えば移動手段は言ってなかったな。まぁ、ついてこい」


「はぁ……」


 馬車で向かうんじゃないのだろうか……いや、確かにそれを使うなら王城から出た所を集合場所にしても良かったはずだ。わざわざ、会議室に集合する意味はない。

 しかし、この世界における交通手段は(転移や、清田達のような超人を除けば)馬車が最速だ。飛行機なども無いはずだし……。

 そう思いながら彼女について歩いていくと、なんと屋上にたどり着いてしまった。


「……飛行船でもあるんですか?」


「ヒコーセン? なんだそれは」


 こっちの世界の科学力でも飛行船は作れるだろうと思って聞いてみたが、違うらしい。屋上の扉を開けて外に出ると、そこには……。


「遅かったで御座るな」


 学生服を着た、やや線の細い眼鏡。志村が立っていた。


「おー、志村じゃん。久しぶり」


「ん? おお、白鷺殿。それに加藤殿も」


「久しぶりだね、志村」


 再加入メンバーに軽く挨拶をする志村。彼はラノールさんの前に出ると、ひょいと手を出した。

 その手には……何故か注射器が握られている。


「約束通り、血を貰うで御座るよ」


「構わないが……何に使うんだ?」


「新兵器で御座る」


 不思議そうにするラノールさんと、ホクホク顔の志村。そこで物のやり取りが発生するということは……ラノールさんは何か志村に依頼したということだろう。


「では志村、約束の物を」


「了解で御座るー。ってことで、どん!」


 ラノールさんが促すと、志村がアイテムボックスから……巨大な、翼の生えたキャンピングカーのようなものを取り出した。


「ってわけで、ラノール・エッジウッド専用機。『ブレイククラウド』で御座る!」


「「「おおおー!」」」


 男性陣が歓声を上げ、女性陣はキョトンとした顔。

『ブレイククラウド』は戦闘機のような両翼がついており、白を基調として金を差し色とした全体的なSFチックな色合い。皆が乗る部分は普通のキャンピングカーよりも大きく、二倍程度。

 両翼にはプロペラが一機ずつついており、天井部分には巨大な二門のブースター。

 前に回ってみると馬車の御者が座る部分のようになっており、いくつか鎖がじゃらっとついていた。


「この『ブレイククラウド』は、基本的にそのままでも自立して飛べる飛行機で御座る。ただ魔力と電力のハイブリッドで動いているので、燃費はそんなに良くないで御座るが」


 魔力と……電力のハイブリッド?


「風魔法と火魔法を用いて空を飛ぶんで御座るが、ハイブリッドカーの一部は回生ブレーキを用いて充電する者があるで御座ろう? その応用で……」


「技術者特有の置いてけぼりの説明はいらん。必要な部分だけ話してくれ」


 志村の説明をぶった切るラノールさん。良いところで止められた志村はやれやれという風に肩をすくめると、別の説明に移る。


「まず、自立で飛ぶなら連続で十時間程度しか飛べぬで御座る。しかし――これはラノール殿の飛竜と合体することが出来るんで御座るよ。大雑把に言えば、空飛ぶ馬車で御座るな」


「ああ……なるほど」


 馬車ならぬ飛竜車か。

 天川が納得していると、さっそく呼心が乗車部分の扉を開けた。


「おー! 結構……ってか、かなり広い!」


「アイテムボックスの原理を応用して、内部の空間はちょっとだけ拡張されているで御座るよ。シャワールームとお手洗いもあるから、長旅も安心で御座る」


 しれっとなんかとんでもないことを言わなかったか……?

 畑違いかもしれないが、空間に干渉しているという意味では同業であろう井川の方をチラッと見ると、『オレに聞かれても』みたいな顔をされてしまった。

 ゾロゾロと中に入っていく仲間たち。天川もそれに続くと……確かに、外から見た時よりもだいぶ広くなっていた。

 ワンルームマンションみたいな間取りになっており、部屋の半分はコの字型のソファが。その真ん中にはローテーブルが置かれており、逆側は台所スペースと個室が二つ。アレらがシャワールームとトイレだろう。


「寝床は二階で御座る」


「二階もあんの!?」


 素っ頓狂な声を上げる難波。天川が天井を見上げると、確かに端っこに梯子がついていた。

 こういう秘密基地的なのはたまらない――そう思いながら天川が梯子を上っていくと、中腰で無いと頭をぶつけそうなくらいのスペースが広がっていた。


「二階っていうか、ロフトだな」


「黄色い雑貨屋さん?」


「L〇FTは関係ない」


 雑なボケをかます呼心に軽くツッコミを入れる。


「寝床か……」


 しっかり布団も敷いてある。流石に雑魚寝するしかないが……今までも泊りがけの任務は何度もあった。問題無いだろう。


「リネンは床下収納で御座る」


「もうなんでもありだな……」


 それ以外にも様々な説明を受けて、いよいよ天川達は空の旅へテイクオフする段階になった。


「運転は……飛竜を使う以上、ラノールさんしか出来ませんね」


「まぁ、そこは問題無いだろう。飛竜に頼らずとも飛べるわけだし、休める」


 飛竜を使わない運転方法も習ったので、代わる代わる運転すればいいだろう。ちなみに、自立飛行だとそんなにスピードは出ないため、透明化しないと飛ぶ魔物に見つかるんだそうだ。

 至れり尽くせりが過ぎる。


「それじゃあ、快適な空の旅を堪能するで御座るよ」


 フライトアテンダントみたいなことを言って、外でひらひらと手を振る志村。これから天川達は任務のために王都を離れるというのに……緊張感の無い男だ。

 改めて、部屋の中を見渡す。現地人はラノールさんとティアー王女の二人、異世界人は天川、呼心、桔梗、難波、井川、白鷺、加藤の七人、そして枝神がヘリアラスさんとゴリガルさんの二人。計十一人の大所帯だ。


「まぁ、あたしらは勝手にやっとくからぁ」


「そうそう。気にしなくて良いよ!」


 そう言って酒瓶を出す二人。昼間から飲むのか……。

 天川がそんな二人を見て苦笑していると、ラノールさんは早速御者台へ。


「では行くぞ――『ドラゴン・アドベント』!」


 ラノールさんが呪文を唱えると、屋上に魔法陣が浮かび上がり……緑色のキレイな飛竜が召喚された。

 確か……アレは『音超え』。


『皆、離陸する時だけはシートベルト付けるで御座るよ』


 部屋の中に志村の声が。スピーカーとケータイが繋がっているのだろうか。

 もはやその程度のことじゃ驚かなくなった皆がシートベルトを締めたところで――グン! と『ブレイククラウド』が加速しだした。


「う、うおお……」


「こ、この加速は……」


 志村のバイクに乗せて貰ったり、自前でも空を駆ける天川と違い……久々に飛翔する面々は若干緊張している。

 強いGを受けつつ、そんな皆を微笑ましく見ていると――あの飛行機特有の『ふわっ』と浮く感覚が。

 離陸したようだ。


『出発!』


「「「「「「「「出発!」」」」」」」


 館内スピーカーからラノールさんの声が。それに応えて、全員で拳を振り上げる。


(――ああ)


 窓の外を見ると、グングンと王都が小さくなっていく。美しかった街――天川が守り切れなかった街。

 でも、こちらの世界に来てからずっと世話になっていた街が。


(……行ってきます)


 もう二度と、あんな悲劇は起こさせない。

 そのためにも、この任務は絶対に成功させよう。


(見守っていてくれ)


 よく見ると、他の面々も少ししんみりとした空気になっている。

 天川はそれを見て再度笑い――ぐっと拳を握った。



 ――こうして、勇者派は。

 過去を乗り越え、新たな地へ飛び立つのであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ