322話 自由なう
前回までのあらすじ!
京助「アイネを助けて、村でお祭りが開かれたよ」
冬子「随分と久々だな……」
リャン「それにしても、料理はおいしいですね」
シュリー「ヨホホ、この平和が続くといいんデスがねぇ」
マリル「きっと続きますよー」
美沙「それにしても、アイネちゃんはなんか思いつめてたね」
キアラ「それでは本編をどうぞなのぢゃ」
朝。
ぽたっ、と俺の顎から汗が落ちる。ひんやりした空気が、火照った俺の身体を覚ましてくれる。
「ふぅ……」
異世界に来てから、必ずやっている朝のルーティン。
それを半分ほど終えた辺りで――背後に気配が。
「……キョースケ」
「おはよう、アイネ」
暴走して一晩経ち――彼女は、随分と落ち着いた様子に見えた。
「よく眠れた?」
俺の問いに、アイネはこくんと頷く。
「なら良かった。体調はどう?」
ぐるっと肩を回すアイネ。スタッと着地し、心なしか得意げな顔を俺に見せる。
「良い」
「それは重畳。……で、どうしたの?」
彼女の真意がつかめず、俺は直接尋ねる。
長いまつげのパッチリとした目を数度しばたたかせたアイネは、首を捻った。
「どうしたって……命を救われた。だから、お礼をしに来た」
「……ああ」
凄く当たり前な理由だった。
命を救った相手が、恩人の仇であるという点を除けば。
「救けてくれて、ありがとう」
深々と頭を下げるアイネ。俺は彼女の方へ近づくと、首を振った。
「お礼を言われるようなことじゃない。依頼だったからね。それを達成出来なくて、何がSランクAGだって話だし」
そう言って彼女に顔を上げるように促す。
アイネは顔を上げると、ジッと俺の目を見た。澄んだ目だ――昨夜の、地獄の窯で煮詰めた泥水のような漆黒な色はしていない。
「……さっき、お前の奥さん達に聞いた。彼女らも、命を救われたと」
俺が起きてから朝のルーティンをこなしている間にそんなことをしていたのか。冬子は自重トレーニングまでは付き合ってくれていたし、彼女以外だろう。
命を……ね。
「結果としてはそうなる……かな」
リャンは、妹の情報と引き換えに前領主の命令を聞くように強いられていた。
シュリーは、奴隷にされた弟を救い出すために命を懸けようとしていた。
マリルは、ダメ男に騙されて作った借金のせいで、売り飛ばされそうになっていた。
美沙は、魔族に操られて暴走していた。
その全部、俺は助けたんだけど。
「でも、ちょっと違う。俺は彼女らの自由を奪い返しただけ。彼女らを、人として生きられるようにしただけ」
自由で無ければ人じゃない。
選択肢を奪われ、ただ誰かの言いなりになることを強いられる。それで生きてると言えるだろうか。
俺は、言えないと思う。
俺の答えがイマイチ納得できなかったのか、アイネは首を傾げる。
「その自由、それがよく分からない」
真っ直ぐ俺を見る彼女の目は、まるでビー玉のよう。
「なんで、死ぬことは自由になるって言えないの?」
死と、自由。
確かに広義で言えば、誰からも縛られなくなる『死』とは……自由に近いかもしれない。
でも、近いだけだ。俺はそれを自由だとは思わない。
「……俺が思う自由って色々あるんだけどさ。一つには……『選択肢を自分で選ぶ』ことが自由だと思ってるんだよね」
生きていれば、必ずたくさんの選択をせねばならない。簡単なことで言うなら、今日の晩ご飯をどうするか。重たいものなら、就職とか。
死っていうのは、その選択肢を全て失う。
「だから、そんな状態が自由だなんて錯覚させるような行為をする奴に腹が立ったんだ」
「……なるほど。じゃあ、なんであんなに怒ったの?」
「え?」
あんなに、というのは昨日彼女に対して怒鳴りつけてしまったことだろうか。
さぁっ、と風が足元を抜けていく。前髪を揺らされたアイネは、少しだけくすぐったそうにすると、上目遣いを向けて来た。
「信じられない剣幕だった。あたしに同情したから、可哀そうだから助けようって感じじゃなかった。もう、ただただ許せないって感じだった。さっきまで敵だったあたしに、同情したんじゃなかった。ただただ、怒ってた」
「――――」
同情から来る怒りじゃない……なんて。アイネは大分、人のことをよく見ているらしい。虐待を受けた子どもは人の顔色をうかがうようになると言うから、もしかするとそういう物の延長なのかな。
……なんて、俺が感心しているとアイネは一歩こちらに踏み込んできた。
「なんで?」
詰め寄られる。
俺は少しだけ、目を逸らしてから……ちょっと考える。
あまり、愉快な話じゃない。
でも同時に――そんなに珍しい話じゃない。
どこにでもあって、たぶん解決しないことの方が多くて。
そんな話。
冬子にも言ってない。聞かれてもなんとなくはぐらかしていた、話。
こんな子供に話しても良い物だろうか?
(いや……)
こんな子供だからこそ、か。
「ドラマチックなお話じゃないけど、聞きたい?」
こくんと頷くアイネ。
それなら、と思って俺は口を開く。
「これは小さい頃――俺がアイネと同い年くらいの頃の話。まだ俺は清田京助ではなく、北内京助と名乗ってたんだ」
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「北内麻代さん、って人がいたんだ。俺のお父さんを産んだ人」
俺にとっての続柄は、祖母になる。絶対にそんなこと思いたくないけどね。
一人っ子だった俺は、ちょっと頼りない父さんと、しっかりものの母さんと家族三人で暮らしていた。
自分で言うのも仲が良い家族だったと思うよ。まぁ、俺も父さんもよく母さんに怒られてたけどね。
「俺が十一歳になって少ししたある日、お爺ちゃんが亡くなった」
死因はよく分からない。病気だったと思うけど……今思えば、アレも麻代さんが何かしたのかもね。
何にせよ、麻代さんは独り暮らしになっちゃったからって言って、うちで暮らすって言いだしたんだ。
俺も母さんも最初は反対しなかったよ。麻代さんは少し強引で、人の話を聞かないところは玉に瑕だったけど……子ども想いではあったからね。
父さんも麻代さんのことは苦手だったけど、老人ホームが見つかるまでの間ならって最後は折れたんだ。
父さんは三人兄弟の長男だったし、我が家は一軒家で広かったからね。
――これが始まりだったんだ。
麻代さんはうちで暮らし始めて、まず変なルールを決めて来た。食事の前にお祈りをするとか、朝は何時までに起きて家事をしなくちゃいけないとか。
俺が少しでも渋い顔をすると、決まってこう言ったんだ。
『あなたのためなの』
父さんも『昔から過干渉で他人の話は聞かない人だったが、流石にここまで酷くは無かったような……?』って困惑してたし、俺は内心少し嫌だった。
それでも、無理矢理納得しようとしていたんだけど……だんだん変だなって思うようになっていったんだ。あまりにもルールが多すぎて。
そして最初に潰れたのは、母さんだった。
俺や父さんが仕事に行ってる間も、母さんは麻代さんの相手をしなくちゃいけない。無理なルールを強要しては、守れなかったって言って罰を与える。それを毎日、毎日やり続けて……俺も父さんも気づけないうちにボロボロにされてた。
『母さんの面倒を見るのは大変だろう?』
だんだん息苦しくなって行ったある日、杯叔父さんがそう言っていきなり俺の家に来たんだ。奥さんの弥生さんと、子どもの夕春と百子を連れてね。
俺達が困惑していると、更にもう一人……士叔父さんがやってきた。独身だったけど、代わりに犬を連れてきてたよ。
ビックリしたよ、なんでいきなり? って感じだった。
その日からだった。本当の地獄は。
ルールが一気に増えた。罰も一層酷くなった。達成できなければ、今度は叔父さん二人に直接殴られる。従兄妹は俺の通ってた学校に転校して、学校でも俺を虐げた。いつの間にか俺の悪評を周囲に吹き込んで、学校全体で俺は無視されたりいじめられたりするようになった。
父さんは毎日殴られて、通帳とカードと印鑑をとられて……財産の全てを抑えられた。
俺は従兄妹に殴られながら学校に行って、帰りにお遣いをさせられてね。毎日毎日、とにかく罵倒と暴力の嵐だった。
ルールを強いる、達成できなければ暴力。このループのせいで、『俺が悪いから』って意識を持つように洗脳されていったんだ。
『テメェは今日から俺の嫁だ』
士が、母さんを殴って無理矢理ベッドに連れて行った。でもそれは麻代さんが止めてね。『こんな程度の低い女を抱くんじゃない。抱くならもっと若い信者の女を抱け』ってね。
でも、母さんが士を誘惑するのが悪い……とかなんとか言って、俺達は家の外、庭に置いてあった倉庫で生活するように言われたんだ。
意味が分からなかったよ、訳が分からなかったよ。
徹底的に自由を奪われていった。
父さんが一度、隙をついて電話で母さんの実家にかけようとしたんだけど。ボコボコに殴られて、結局それもかなわなかった。
もう、どうしようもなかった。誰にも助けを求めることも出来ず……ただただ自由を奪われ、縛られた。徐々に思考の自由も失っていって、全部流れに身を任せた方が楽なんじゃ無いかと思ってたよ。
……あの日までは。
『京助、来なさい。祐人、京助を借りるわよ』
真夏のある日……俺は麻代さんと従兄妹に連れられて、とある大きなホールに行ったんだ。済世心理教って言う、まぁヤバい宗教団体の集会所さ。
とにかく、人がいた。
当時十一歳の俺は、圧倒されたよ――その異様な目に。
全く色の無い、目に。
自由意思を手放した人間の群れ、ってやつにね。
……ああ、勿論当時の俺はそんなこと思ってない。ただただ、怖かった。
だって皆生きてるのに、何にも考えて無いんだもの。あるのはたった一つ。
『カミサマを信じれば、全ては救われる』
――ってね。
ただ中を歩くと、違和感があるんだ。なんか皆が、麻代さんを敬う……っていうか崇めてる。それにくっついてる、俺と従兄妹も同じように。
後で知ったんだけど、父さんから搾取した大量のお金を献金して会員としてランクアップしてたらしい。
そうこうしていると、同年代だけ集められた部屋に連れて行かれた。目に色の無い子どもたちに囲まれて、俺は不気味を通り越して恐怖してたよ。
そして始まったのは、自己否定と他者否定。とにかく自分を『ダメな奴』と思い込ませるためのプログラム。
自分を責めて、他者を責める。自己否定が出来ないと、それ自体を責める。とにかく、やることなすこと全てダメだと思わせる。
ひたすら互いに罵倒した後、指導者を名乗る奴がこう言うんだ。
『そんな最低な貴方達も、カミサマの言うことを聞けば救われます』
感動して泣きだす奴もいたよ。俺は何にも感じなかったけどね、今思えばもう壊れかけてたのかもな。
その日はそれだけで帰ったんだけどさ、最後にカミサマが良いこと言ってたんだよ。
『この日々が良くならないのは何故でしょうか。そう、支配者が悪いのです。この世界を支配する者が悪いのです。我々は支配者による洗脳から抜け出し、この世の真実にたどり着いた選ばれし者なのです。私たちは支配者を打倒し、真に平和な世界を生み出すのです!』
俺は、妙に納得したんだ。
なんで俺が今、キツイのか。
家で自由が無いからだ。
学校で自由が無いからだ。
世界を支配されてるからだ。
じゃあ、その支配者は誰だろう?
『――目の前にいる、この女だ』
自分でもどうかしてたんだろうね、それだけ限界だったんだろう。
だけど俺の脳内は一つのことでいっぱいだった。
『――この女が支配している』
『――この女が自由を奪っている』
『――倒さなきゃ』
『――この女を倒さなきゃ!』
家に帰るまで、ずっとそう考えてたよ。
いつ実行しようか、って思ってたんだけどね。すぐに機会が訪れた。その日の夜、雨が降り出したんだよ。
家に着いてすぐ、俺は従兄妹にこう言ったんだ。
『今日、お前ら二人……サボって無かった?』
麻代さんの前で、信者としての行為をサボってたと言われたく無かった従兄妹はすぐに俺を殴って来た。でもその日は、黙って殴られなかったんだ。珍しく反撃した。
反撃されてムキになった従兄妹は、大雨の中俺をとにかくボコボコにしたんだけど……俺もだいぶ殴り返してね。たぶん、お互い血塗れだったよ。
気づいた時には、俺は家の布団の中だった。
死なれると厄介だからだろうけど、前に怪我した時も家に入れて貰ってたからね。作戦成功した瞬間だった。
後はもう、衝動のままに動いたよ。同じく布団で寝てる二人の従兄妹に気づかれないように台所に行って、包丁を取った。
寝静まってる家の中で、俺はゆっくりと麻代さんの所に行ったよ。誰にも気づかれないように、慎重に。
そっと部屋に入ったらさ、そこは前まで母さんの部屋だったところなんだ。それを見て、余計に腸が煮えくり返ったよ。
……それで、俺はそのまま麻代さんの頭に包丁を刺したんだ。ただ残念なことに、刺す寸前に――ふっと、まだ優しかったころの麻代さんを思い出しちゃった。
そのせいで切っ先がブレてね、耳を切り落とすだけになったんだ。
……ここから先の記憶は曖昧でね、たぶん殴ったり蹴られたりしたんだと思う。
でも、一つだけ覚えてるんだ。『……もう、父さんと母さんが苦しむ姿が見たく無かった』って言った俺に対して、父さんがかけてくれた言葉。
『目が覚めた。ありがとう、京助』
――って。
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「それで、その後はどうなったの? なんで、キョースケの名前が変わったの?」
名前が変わったことがだいぶ気になるらしい。
俺は苦笑してから、彼女の頭に手を置いた。
「その後はね、だいぶ悲惨だよ」
俺が冬子たちに話せていないのは、ここから先のせいでもある。
まだ小さかった俺には、ここから先の話は詳しく聞かされてない。さわりだけ教えられて、後は自分で調べて補った。
「まず俺が麻代さんを殺そうとした後、父さんは鉄男さんっていう親友に頼ったんだ」
すぐに父さんは家から飛び出し、裸足で公衆電話まで行って鉄男さんに連絡。警察じゃなかった理由は今でも分からないけど、ともかく連絡を受けた鉄男さんによって俺達は救出された。
まずその場で一度乱闘騒ぎになり、何とか鉄男さんの車で離脱した後も……彼の家まで 済世心理教の信者が大勢やってきてね。
大声で騒ぐし、家を壊そうとするしでもう滅茶苦茶。たぶん麻代さんから俺達を追うように命令が出てたんだろうけど、彼女はその場にいなかったから統制は取れないし。
「え、なんでいなかったの?」
そこまでネットニュースには書かれていなかったが、俺の家には車が無かったからね。追いかけたくても追いかけられなかったのだろう。
「それで一晩近く戦っているうちに警察が来てね。やっと暴走した信者たちがしょっぴかれていったんだ。これで俺達は助かったわけだけど――元俺達の家では別の問題が起きててね」
「別の?」
「うん。俺達が逃げて数日後、従兄妹が二人とも死んじゃってたんだ」
「死んで……え、いきなり?」
困惑するアイネ。まぁ、こんないきなり死なれたら困惑するだろう。
でも、事実だ。
「詳しいことは教えて貰えてないけど――なんかたちの悪い風邪と破傷風を併発したって。しかも済世心理教の教義のせいで病院にも連れて行けなくてね。コロッと逝ったらしい」
あの二人には恨みしか無いけど……まぁ、大人の諸々に巻き込まれて死んだようなものだ。少しだけ同情する。
「――自由を奪われたまま死んじゃったからね。俺なら耐えられないし、もしもそれが俺の身内だったら。絶対に仇を討っただろうな」
だって、生きてないまま死ぬなんて。
せめて、ちゃんと死なせてあげたい。
……っていうのは、生き残った側のエゴなんだろうけどね。
「この辺から、ニュースになった。だから俺はその記事の羅列しか出来ないけど――まず、士と杯とその奥さんで麻代さんをリンチした」
恐らく、子ども二人が死んでやっと目覚めたんだろう。自分たちが如何に愚かなことをしていたか。
怒りに任せて麻代さんの全身の骨がバキバキになるくらい殴ってから、俺達が生活していた物置にぶち込んだ。
そしてそのまま、トラックに二人同時に突っ込んで死亡。子を死なせた罪悪感による自殺だろうとのことだ。
士さんは姿を隠そうとしたようだけど、既に四人も死人が出ているからね。あっさり警察に捕まって牢屋にぶち込まれた。
そしてその取り調べの最中、異臭騒ぎが起きた。それで別の警官が確認しに行くと、麻代さんの遺体が物置から発見された。
「異臭騒ぎって……だいぶ、じゃない?」
「うん、確か一か月くらいかな?」
ネットニュースで見れるのはその辺が限度だったけど。まぁそれで暴行殺人に監禁の容疑も乗って再逮捕。
死刑判決が出て、今は獄中かな。
何にせよ、関わった殆どが死んでしまった。
「全国ニュース……まぁつまり、国中に事件が知られちゃったのと、あんなのと親戚でいたくないってことで父さんは婿養子になったんだ。俺はそれまでの北内姓から、母さんの清田姓になったってわけ」
だからたぶん、冬子も美沙も俺がその事件の関係者だとは知らないはずだ。まぁ、北内さんなんて全国に何人もいるから……同じ苗字でも気づかれなかっただろうけど。
「婿養子……?」
「え? あー……」
仕方なく、俺は人族の『家族』のシステムについて軽く解説する。
獣人族って結婚の概念はありそうだけど、姓のシステム無さそうだからね。
「――その時に思ったことは、まず自由じゃなければ生きてるって言えないってこと」
まず俺は、人差し指を立てる。
あの済世真理教の信者たちを見て、俺は心底思った。アレは生きてない。
自由を手放した人間は、死人と同じだ。
「次に、自由とは当たり前に無くてはならないものでありながら、当たり前に与えられるものでは無いということ」
今度は中指を立てる。
俺も父さんも母さんも、悪いことは何もしていなかった。
でも、奪われる。
因果応報ではない。自由が奪われる時は、いつだって理不尽なんだ。
「三つ目に、自由は戦わなければ勝ち取れないということ」
薬指を立てる。
父さんが立ち上がってくれていなかったら、俺は恐らくここにいない。
俺と母さんの人生を取り返してくれたのは、間違いなく父さんだ。
「だから俺は、自由を奪う奴が許せない」
人が生きるためには、幸せになるためには必要なもの。
それが自由。
自由でなければ人じゃない。
「自由ってね、一度奪われると……それが自然だって思うようになっていくんだ」
人間は慣れる。
他の何かと違って、自由だけは奪われても気づきづらい。そして、自由が無いことに人は次第に慣れていき、場合によってはそれが最良であると勘違いするようになる。
あの時の俺のように。
あの時見た、信者たちのように。
「だから許せなかった。人間として最も大切なはずの『命』を、失わなければ自由になれないなんて思わせているような連中が」
俺が思うに。
自由に拘るキャラっていうのは……自由に縛られているキャラが多い。
誰からも支配されない――っていうことに固執して、その思考に支配されている。
だから――
「奪われなければ、それでいい。自ら『考えた』上で手放すのはそれでいいからね。そう、だから――考えることが出来ることが一番だ」
「それがキョースケの言う、『自由』」
頷く。
「自由……自由……」
アイネはぼんやりと噛みしめるように何度か呟くと……ぽろっ、と涙をこぼした。
ギョッとして俺が首を傾げると、アイネは唇をかみしめながら俺を見た。
「キョースケ。あたし、復讐したい。仇を討ちたい。……アールの自由を奪った奴に」
強い目。
タールのような黒から、澄んだ水のような透明になり――そして、太陽のような赤。今の彼女にはしっかりとした芯が通ったように感じる。
その芯が果たして何なのかは分からないけど、これを否定するわけにはいかないかな。
「……いいよ、ただで殺されてあげるわけにはいかないから――せめて、全力で相手をしよう。『魔昇華』!」
ドッ!
天高く衝き抜ける、エネルギー。その余波だけで周囲の木々が揺れ、足元の砂は消え去った。
腕の中では『パンドラ・ディヴァー』が顕現し、嵐がこの身に宿る。
ビリビリと空気が震え、鳥たちが一斉に飛び立った。
(――ルグレは、強かった)
彼の仇討ちを望むなら、俺も全霊で答えてあげねばらないだろう。
……勿論、一度命を救った相手だ。殺しはしない。
でも、彼女が納得するまで戦おう。
「SランクAG、『流星』のキョースケとしてね」
「っ!」
俺の闘気を感じ取ったか、アイネは背筋を伸ばし――
「あ、その……言い難いけど、キョースケじゃない」
――と、首を振った。
……………………。
「えっ?」
えっ?
「えっ、あ……その……」
恥ずかしそうにもじもじするアイネ。
戦闘態勢バリバリで、何ならバッチリ名乗った俺。
周囲をビリビリと震わせるほどの魔力を発しながら、ただただ沈黙が下りる。
「…………あ、あの……い、息しづらい……」
「あ、ごめん」
取り合えず『魔昇華』と『ストームエンチャント・エクステンド』を解除。『パンドラ・ディヴァー』も元に戻して、俺は戦闘態勢を解除した。
「………………仇討ちでしょ?」
「うん。でもキョースケは、アールの夢を叶えてくれた。あたしの命を救ってくれた。……そのせいで、あんまり恨めない」
「そ、そっか……」
だいぶ憎んでも憎み足りないレベルだと思うんだけど。
俺はポリポリと頬をかいて、取り合えず活力煙を咥える。火を点けて、煙を吐いた。
ぽわっ、と空に溶けていく煙。ほんのりピンク色の煙は青空に揺らめいていく。
「でも、アールの自由を奪ってたのが誰かは分かる。その仇討ち」
ルグレの、自由。
俺の中でスッと、感情が冷える。
まるで凍土のように。
「アールは……リリラ元範のせいで、ずっと困ってた。リリラ元範は、あたしのことだけじゃなくてアールを縛ってた。それで……アールだけじゃない、アイツに自由を奪われてるのは」
リリラ、か。
「どんな人?」
「覇王様に一番近いって言われてる、獣人族の国の事実上のナンバーツー。凄く卑怯で、悪辣で、怖くて――強い、人」
強い、か。
ぞくっ、と背筋に震えが奔る。恐怖ではないのは確かだけど、この震えはなんだろうね。
いくつも感情は浮かんでいるけど、少なくとも……怒っているのは確かだ。
「あたしは……リリラ元範が、許せない。アールの、自由を取り戻したい」
強い瞳、強い言葉。
昨日までのタールのような目をしていた彼女は、もういない。
「絶対、絶対リリラ元範はアール以外の自由も奪ってるに決まってる! だって、だってアールはずっと無理してた! アールは、アイツのせいでここまで来なくちゃいけなかった!」
実際に俺との戦闘を優先したのは彼の信条だったとしても、その発端となった命令はリリラって奴か。
アイネは歯を食いしばり、俺を見上げる。
「キョースケ、リリラを倒したい! あたし、アイツを倒して、アールを自由にしてあげたい!」
活力煙の煙を、深く吸い込む。
現段階では、情報が足りない。アイネの逆恨みの可能性だって無いわけじゃない。
でも――ルグレの自由を奪っていた。それが本当だとしたら。
俺も、そいつを倒さなくちゃならない。
「協力して、キョースケ。あたし、強くなってリリラを倒したい! じゃなきゃ……アールだけじゃなくて、あたしも! キョースケの言う自由を取り戻せた気がしない!」
「……良いよ」
覇王に近いってことは……どうせ、アイツを倒すまでに通らねばならない道だろう。戦わない選択肢は無い。
俺はスッと拳を出す。アイネはそれを見て一瞬首を傾げた後、手をグーにして俺と合わせた。
(いい目だね)
アイネは、『戦士』っていう物を最後まで分からなかったと言っていた。
でも今の彼女の目は、ルグレのそれと似ている。
「自由を一緒に取り戻そう」
勢いよく頷くアイネ。
拳を離し、彼女の頭を撫でる。
(――父さん)
あの時、助けてくれてありがとう。
俺も父さんみたいに……手の届く範囲の自由を奪い返そうと思う。
仲間と家族のために。
だから、見守っててくれ。




