321話 注ぎ込むなう
だいぶ間が空いてしまい、申し訳ありません。
私生活で色々とバタバタしており、執筆時間が安定しないからです。
ただもう少しで私生活が安定しそうなので、どうかお待ちいただけると幸いです。
それでは本編をどうぞ。
「あああああああああああああ!!!」
声帯そのものを引き裂かれたかのような悲鳴。 ビクンビクンと震え出し、抱きしめていたリャンを振りほどいた。
咄嗟にリャンは魂で肉体を覆ったからダメージは無いようだが……アイネは違う。
肉体がそのまま、焦げている。
「シュリー! コントロールを奪って!」
風や水など、属性が関わる魔法はより卓越した術者ならコントロールを奪える。彼女は『セントエルモ・ブレイズ』で雷魔術を使えるようになっているから、出来るはず。
しかしシュリーはギリッと歯ぎしりをして首を振った。
「奪えないデス……! これ、本当に魔法なんデスか!?」
「ふむ……まぁ、無理ぢゃろうな。どれ」
キアラがパチンと指を鳴らす。すると黒焦げになりかけていたアイネの皮膚が一瞬で再生する。回復魔法をかけたらしい。
そして電気の勢いが少し弱まり……すぐに元の勢いに戻る。
「対処療法ぢゃな。回復魔法と、魔力の封印がその角のせいか毎秒解除されるのぅ。否、そういったかけられた魔法の魔力すら……電撃に強制的に……?」
眉根に皺を寄せるキアラ。彼女すら分からないとなると……純粋な魔法関連じゃないのだろう。
雷撃に身を焼かれ、再生し――を繰り返すアイネ。どう見ても拷問としか思えない所業だが、肝心の雷撃を止められない。
「こ奴はさっきまで、殆ど魔力が無かった。ブリーダとの戦いで使い切ったんぢゃろう。なのに、この魔術ぢゃ。キョースケ、ミサ。お主らなら経験があるぢゃろう?」
言われてハッと気づく、これは『捨て身の魔力』だ。リミッターをぶっちぎって、文字通り死ぬまで魔力を絞り出す非常に危険な状態。だからシュリーでもコントロールを奪えなかったのか。
「なら――」
冬子が刀を抜き、振るう。すると身に纏う電撃だけがスパッと斬れた。『断魔斬』だろうが……しかしすぐに元に戻ってしまう。
「ああもう、ヨハネス! 何でもいいから知識を貸せ! 神器解放――喰らい尽くせ、『パンドラ・ディヴァー』!」
轟!
名状しがたき『力』が俺の手に集まり、一条の槍となる。美しいエメラルドグリーンの柄を掴み、俺はヨハネスに怒鳴りつけた。
「どうすればいい!」
『アン? 電撃止めてぇナラ角をぶっ壊シャイイ』
「よし!」
俺は槍を振り上げてぶち壊そうとして――ヨハネスに止められる。
『話は最後まで聞けボケェ! 頭にシッカリ埋め込まれテル角を壊したら死ぬゼェ!』
「それじゃ意味無い!」
俺は彼女の角に直接触れる。電撃が俺の肌を灼くが、それを無視してヨハネスに情報を読み取らせた。
「どんな薬か分かれば、温水先生に調合してもらうって手がある! 難波の奥さんでもいい!」
『ンナ時間ネェナ。モウチョイで死ぬゼ、コノガキは』
冷静に言うヨハネス。その態度に一瞬イラっとしかけたが――決してふざけた口調では無いので、グッと言葉を飲み込む。
そして数秒後、ヨハネスは舌打ちをした。
『詳しいコトは後回しダガ、コノ角に魂をチャージしてコイツの魔力と混ぜれば収まル』
「そっか! ……え、混ぜる?」
俺が困惑していると、ヨハネスが大きくため息をついた。
『基幹の技術には、オレ様でも知らネェモンが使われテル。タブン枝神関連ダローガ、トモカクコイツが飲まなキャナンネェ薬は体内で外部の魂と魔力を調合スル薬ッテトコか』
枝神関連?
更に分からないことが増えたが、今はそれを追求している場合じゃない。出来るか分からないが、ともかく魂と魔力を……。
「うぐっ……」
キアラがいきなり頭を押さえてうずくまった。
「ど、どうしたのキアラ」
「魂と魔力……なるほど、これは主神様によって制御されておる情報か」
『ソーダローナ、オレ様が主神でも伏せるゼェ。カカカッ』
口調だけは愉快そうに嗤うヨハネス。しかし俺には、彼の感情がハッキリと伝わってくる。どす黒い怒りが。
「どういうことぢゃ……!」
『今はンナコト気にしてる場合ジャネーダロ? キョースケ、オレ様に魂と魔力を寄越せ。混ぜてコイツに流し込んでヤル』
ヨハネスがかなりやる気だ。ありがたい。
俺は早速魂と魔力を練――
「――待たんか、キョースケ。お主、さっきの『エクストリームエンチャント』で魂を使い果たしておろうが! その状態で魂を練り上げるなど、自殺行為ぢゃぞ!」
――ろう、としたところでキアラに止められる。
そこで言われてやっと気づく。休息は取ったし、傷も癒えた。体力は大分戻っているが……肝心の魂は、殆ど回復していない。
ご飯食べてないからっていうのもあるだろうけど、それだけ酷使したってことか。
「大丈夫。ヨハネス、魔力みたいに他人の魂も取り込める?」
俺が問うと、ヨハネスから呆れたような声が帰って来た。
『……出来るケドヨォ。魔力の比ジャネェゾ、苦しミハ』
「良いよ別に、死にはしないんでしょ?」
彼が出来ると言った以上、恐らく死の危険性はない。それならたぶん、大丈夫。というか、もう迷ってる時間が無さそうだ。
俺はくるっと振り返り、冬子とリャンに微笑みかける。
「ってわけで、俺に向かって全力で魂の弾を撃って」
「いやいや、待て京助! 全力でってお前」
「分かりました」
言うが早いか、リャンは大きめのスイカくらいの魂弾を放ってくれた。それを『パンドラ・ディヴァー』で封印し――自分の魂に還元する。
すると次の瞬間。
「う、ぐ、が、あ、ぐが、がぁああああああああああああ!?!?!?!?!?!?」
ドサッ、と地面に倒れこむ。魔力を取り込んだ時は、頭痛だった。しかし魂は違う、全身の骨と筋肉が剥がれるような感覚だ。
ミシミシミシミシミシミシィッッッッ!! と、体内で『ナニカ』が暴れ出す。のたうち回りたい気分を抑え、ヨハネスに問う。
「足り、る……?」
『イヤ、マダダナ』
残念そうに言うヨハネス。俺は痛みをこらえながら、冬子の方に視線を向ける。
「とう、こ……たの、む……! がはっ……」
膝をついて、槍を杖のようにして倒れるのを堪えていると、アイネから悲鳴なんて生易しいものじゃない絶叫が響き渡る。
「ああああああああああああああああああ!?!?!?!?!? あっあああ!! うあうあ、いああああああああああ!!!!」
「ッ!」
「早く!!」
「わかった!」
冬子も刀に魂を纏わせ、俺に放ってきた。
それを再度『パンドラ・ディヴァー』で封印する。そして全身に走る激痛。それを意識から追い出して、俺はアイネの方に手を伸ばす。
「がぁあああああああああああああっ、ぐがっ……ヨハネス!」
『任せロ!』
彼から渡された『魂が混ざった魔力』を、アイネの角に注ぎ込む。すると徐々に彼女の電撃が弱まっていき……スーッと、何事も無かったように元の状態に戻った。キアラもいるし、もう大丈夫だろう。
「ふぅ……」
助けられた――気が抜けたからだろうか、ぐらっ、と平衡感覚を失う。そのままグワングワンと視界が歪み、地面が迫って来た。
(あー……これ)
本日、一時間ぶり二回目。
俺は苦笑しながら意識を手放した。
~
「はーい、京助君起きてー」
俺はお腹の上に圧迫感を覚えてゆっくりと目を覚ます。するとそこには、にこにこしている美沙が馬乗りになっていた。
「おはよー、京助君。ねぇねぇ、さっそくで悪いんだけどさ。今からイイコトしない?」
可愛くおねだりしてくる美沙。俺は彼女の頬をつまみ、上体を起こした。
「いひゃいひょー、ひょーふへふん」
「痛くしてないよ。アイネは?」
俺が問うと、美沙が首を振った。
「まだ起きてないよー。たぶん、明日の朝まで起きないんじゃない?」
明日の朝か。まぁ、死にかけたしねぇ。
「それより京助君、晩御飯出来たから呼びに来たよ」
そう彼女に言われた途端、お腹がぐうと鳴る。ブリーダと話をする前にご飯にしようってしてたのに……なんかいつの間にか凄く時間経ってたね。
「どれくらい寝てた?」
「今回は短かったよ、三十分くらい」
三十分か。確かに案外気絶した時間は短かったな。……でもやっぱり、一日に二回は多すぎる気がするな。
俺が苦笑していると、美沙は俺にのしかかったままスリスリと頬ずりしてきた。
「独り占め~」
「……まぁいいけど。でも早く行かないと冷めちゃうんじゃない?」
美沙は顔を上げると、やれやれみたいに首を振る。
「まったく、彼女がこんなに甘えてるのに……クールだねぇ、京助君」
うりうりとお腹をつつかれる。ちょっとくすぐったくて……笑いながらその手を取ると、美沙は俺の額にキスしてきた。
「昨日までのんびりしてたのにねぇ、なんでこんなに大変なんだろ」
「そうだねぇ。もう少しのんびりしたかったね」
しかも突発的だったから、仕事らしい仕事って感じでも無いし。
俺は天井を見上げながら、活力煙を咥えた。
「寝たばこはダメだよー、京助君」
「タバコじゃなくて活力煙だからセーフ」
「アウトなんだよなぁ。まあいいや、私にも頂戴」
可愛らしく小首を傾げて手を出す美沙に、俺は活力煙を渡す。そして俺は自分のそれに火をつけて……煙をゆっくり吸い込んだ。
ぷかっ……と煙が天井へ。万が一にも引火しないように、火には気を付けないとね。
暫く無言でそうしてただろうか、美沙は俺のお腹の上から立ち上がってぺろっと舌を出した。
「早く行こ、京助君」
「んー……ごめん、これ吸い終えてから行く」
俺が言うと、美沙は数度瞬きをしてから……ニコッと笑った。
「……分かった。でもすぐに来てね? 先に行ってるから。献立は野菜スープと、肉じゃが風だよ」
肉じゃが風、ってことは冬子が作ったのか。
俺は自分の身体を見る。少し寝汗をかいていて気持ち悪いので、着替えるか。
美沙が出て行った方を見ながら、俺は立ち上がる。
(……ヨハネス、あの角ってどういうものだったの?)
(魂と魔力を中途半端に混ぜて、魔術を使う欠陥魔道具って感じダナァ)
(欠陥なんだ)
俺が言うと、脳内にイメージが流れてくる。彼がさっき解析した物を共有してくれているようだ。
(……疑似的に、『職スキル』を再現?)
魂と魔力を混ぜた物――は、『職スキル』に近しい性質を持っているらしい。正確には、その混ぜたものが『職スキル』を発動するときに使うエネルギーに近いとのこと。
(『職スキル』は、魔法や魂よりも出来ることが多い。カカカッ、ソレをドウ再現スルカ考えた結果ラシイナァ。ソコに魔術の要素も入れチマッテ。惜しいガ、ソレが功を奏したッテトコカ)
なるほど……?
俺はやや混乱しつつも、他に気になってることを聞く。
(今後、薬は要るの?)
(アァ。マァ、作るノハ難しいダロウガ不可能ジャネェカラ大丈夫ダロ)
それを聞いてホッとする。別に毎度俺がアレをやってもいいんだけどね、他人から魂を取り込まないならあれだけ苦しまないで言いわけだし……。
(阿呆! テメェ、ンナ分けネェダロ! 下手したら悪魔にナルンダゾ!)
俺の思考に割り込み、怒鳴るヨハネス。その剣幕、ただ事ではない雰囲気に――俺は身を竦ませてしまう。
というか……悪魔……?
「よ、ヨハネス? 悪魔って……」
ヨハネス・グリオン。『知りたがりの悪魔』。
冷静になってみれば……スルーしてたけど。
悪魔って、なんだ?
(……チッ、一回や二回じゃ大丈夫ダ。ツーカ……ソロソロ悪魔やキアラの話もシタ方がイイカモナァ……)
歯切れの悪いヨハネス。彼が知識に関することでここまで言いよどむことは無かった。
「神器開放――喰らい尽くせ、『パンドラ・ディヴァー』」
『……オイオイ、ワザワザ解放シナクテモ会話は出来るダロウガヨ』
「まぁね。でも、普段のヨハネスならもっと嬉々として話しそうだからさ」
ヨハネスとは、感情や考えていることが共有される。だからこそ、俺は彼を全面的に信用して頼ることが出来るのだ。
故に分かる。今の彼が抱えている気持ちが。
不安と、心配。
「そんなにマズイ、厄ネタなの?」
『知ってるダケナラ大丈夫ダト思うガ……オレ様は枝神を倒せるが、奴らの内情マデハ知りえないカラナァ』
枝神を……倒せる……!?
いくら何でもあり得ないでしょ、と言いたい。だってキアラを真正面から倒すなんて想像もつかないから。ちょっと見ただけだけど、ヘリアラスさんを倒す方法も想像がつかない。
でも、ヨハネスなら。
『……ヤッパリ、今はヤメトクカァ』
ため息をつくヨハネス。俺は活力煙を咥えて、火をつけた。
大きく煙を吸い込み、外へ向かう扉の方へ。
「信頼してるよ、ヨハネス」
今は、と言ってくれた。
ならいずれ話してくれるのだろう。
『カカカッ、ソウカヨ。……マァ、たぶん魔王と戦う前には言わざるをエネェンジャネェカナァ』
「そ」
ならだいぶ先かな。
活力煙をくゆらせて、揺れる煙を空に溶かす。
(何となく想像はつくしね)
魂と魔力を不完全に混ぜて『職スキル』を発動する時のエネルギーに変えた。
そう、不完全に混ぜて――だ。
(ってことは、完全に混ぜられたら?)
そこに、答えがあるのだろう。
でも彼が言わないと言っているなら、今は待とう。
先に……アイネの件を片付けないといけないしね。
~~~
さて、俺がとある野暮用を片付けてから村の中心部にやってくると……そこでは結構な人数の大人たちがお酒を飲んでいた。何とか生き残れたということで、ささやかながらお祝いをしているらしい。
その一角に、『頂点超克のリベレイターズ』の皆が集まっている。
「あれ、今晩は冬子が献立考えてたんじゃないの?」
「いや、作ったよ。ただ私たちが食べようとしていたところで――こうして宴を開くと言われてな。だから肉じゃが風は作ったが、それ以外のものは宴で食べようという風になったんだ」
なるほどね。
確かに彼女らがついているテーブルには、肉じゃが風以外にも様々な料理が並んでいる。この村で宴っていえば、前回は立食形式だったから以外だね。
テーブルクロスの引かれたそこに座り、俺は手を合わせる。
「いただきます、と。それにしても、ちゃんと椅子とテーブルを出すなんてね」
「いや、私が作ったんだよこのテーブル。ほら」
美沙がテーブルクロスを持ち上げると、そこには氷が現れた。よく見ると、座布団の置いてあるこの椅子も氷で作られている。
「村の皆で食べるように、と先ほど作ってくれたんですよー」
マリルがそう言って、美味しそうにソーセージを頬張っている。俺はそんな彼女らを見つつ、肉じゃがを口に入れた。
「美味しい。あー、明日はまた仕事か」
「珍しい愚痴だな、京助」
冬子が笑いながらそう言うが……。
「だって、ルグレが連れて来た軍隊の連中を引き渡さないといけないもの。あれだけの人数を移動させるの面倒じゃん?」
五十人近い軍隊を移送しないといけない。面倒だから王都に直でキアラに転移させてもらってから、第一騎士団にでも渡そう。
「しかしダーリン、そのまま渡した場合……この村の存在を言わねばならないのではないですか?」
「ヨホホ、引き渡した連中が言っちゃいそうデスよね」
ま、それは懸念としてあるんだけど――。
「さっき、ちょっと様子見て来たんだけどさ。そもそも喋れそうになかったよ、全員」
「? どういうことですかー?」
マリルの問いに、俺は口を開けて歯を示す。
「全員、一斉に服毒してた。死んじゃないけど、廃人確定だね。大した忠誠心だよ」
普通に自決するよりも厄介だ。死んでいないから、受け答えの出来ない廃人でも、捕虜として扱わねばならない。つまり、ちゃんと治療して生かしておく必要がある。一応、毎年捕虜交換とか行われているらしいし。
しかし生きていても、情報を聞き出すことも出来ない……という、物凄く面倒な存在となり果てるわけだ。
キアラがいなければ、俺達すらなんの情報も得られず終わるところだった。
「奥歯に穴があけられていて、そこにカプセルみたいなものがあったよ。無かったのはアイネだけで……確認してないけど、ルグレにもあったんじゃないかな」
言いながら――少しだけ、胃が重たく感じる。
(『楽な戦いっていうのは、確固たる信念に基づく戦いだ。しかしそれは、思考を放棄した戦いと等しくなる恐れがある。……狂信者たちは迷わず、躊躇わず、神に仇なすものを殺すぞ。楽な戦いというのはそういうことだ。そういう奴らは命すら使い潰す』。志村が言ってたっけね)
アイツにしては珍しく、何のパロディでも無いセリフ。……まぁ、よくあるセリフ過ぎて元ネタもへったくれも無いだけかもしれないけど。
「ルグレは違った……と思う。狂信者とまでは言わないけど、連中がそのレベルで職務に忠実なら厄介だよ」
「まあ、敵国に情報を渡さんのは基本ぢゃしのぅ。そうおかしいコトでもあるまい」
「そうだね」
たぶん、街で暴れた連中も――今は廃人になってる頃だろう。
俺達がそんな話をしているところに、一人の老人が歩いて来た。この村の村長だ。手にはビールの入った木製ジョッキと……もう一つ、紙に包まれたボトルを持っている。
「キョースケ・キヨタ」
俺の名を呼ぶ村長。彼は座っている俺の前に来ると、深々と頭を下げた。
「礼を言う。この村を救ってもらった。そして……今夜泊まってもらったことも、重ね重ね感謝する」
以前、この村に来た時と違い……しっかりと村長らしいことを言う。
俺はそれに苦笑しつつ、シュリーとリャンを見た。
「……別にお礼は良いよ。身内がいるから、守っただけ」
シュリーの弟と、その彼女がいるからね。
村長は俺の答えを聞いて顔を上げると、こちらを顔をまっすぐと見据えた。
「人族は信用せん。奴らは最低な種族じゃ」
ガタッ、とリャンが立ち上がるので、俺は彼女に笑顔を見せてそれを制す。
村長はそんなやり取りを見て、首元に手を当てた。かきむしった後のある、首元に。
「人族は裏切るんじゃ。いつ裏切るか分からん……そう思っていたが、な。思い出したよ」
思い出した、何をだろうか。
「獣人族も、裏切る」
……………………。
真剣な顔で、真剣な目で言う村長。
彼はそのまま、首元を撫でながら口元に笑みを浮かべる。
「人族も裏切る、獣人族も裏切る。当たり前のことじゃ。誰もが、自分の利益のために裏切る。だからこそ――最も大切なのは、目の前にいる者を自分の目で判断することじゃと」
そう言って、手に持っているボトルの紙を外す村長。そこから出て来たのは……。
「そ、それは……! シャトー・シューベル・リィリンスルレールの七十年もの!」
横目で見ていたキアラが、目の色を変える。相当高いお酒なんだろう。っていうか、名前が非常に言いづらい。
俺がよく分かってない風だからか、キアラがガクガクと襟を掴んで揺さぶってくる。
「あ、阿呆! 美味いのは勿論、かなり貴重な物なんぢゃぞ! 何せ、一部地域でしか取れん上に! 二度と作られることは無いからのぅ! おお……! 買おうと思ったら、それこそ大金貨が三桁は必要ぢゃ……!」
目の色を変えて説明してくれるキアラ。相変わらず、酒のことに関しては詳しいね。
「芳醇な香りに、豊かな酸味。ワイン特有の苦みすら、嫌味なく深いコクへと昇華するという。 後にも先にも、これと同等以上のワインとなると……片手で足りるほどぢゃ。お主、何故これを持っておる! どこで手に入れた!?」
矢継ぎ早に質問するキアラに、村長は遠い目をしてから答える。
「ワシが作っとったからじゃ。親友たちと共に」
彼が作っていたということは、獣人族の国で作られているワインなんだろうか? だとしたら、確かに人族の国じゃ中々手に入らないのも頷ける。
同じことを疑問に思ったらしいマリルが、ひょいと手をあげる。
「なんで二度と作られないんですかー? 村長さんが作ってたってことは、獣人族の国で作られるお酒ってことですよねー?」
「なんでも何も。一部地域と言ったぢゃろう? 獣人族と人族の国境付近の気候でしかとれぬ果実から作られるものだからぢゃ」
獣人族と人族の国境付近。
魔族の国と違い、人族と獣人族は普通に国境が隣接している。だから互いの国に奴隷狩りに行けたりするわけだが……。
「とある戦争で、全て吹き飛んだんぢゃ。裏切者がいると、互いの国から一気に攻められてのぅ。人族も獣人族も、この酒を造っておった奴らはほぼ皆殺しにされたんぢゃ」
「お酒だけ残った、ってことですかー?」
「否。物も全て失われたはず……ぢゃったが、残っておるとはのぅ」
ニコニコで説明するキアラだが、今の言い方だと……このワインは、二つの国の人が手を取り合って作っていたということだろうか。
村長はキアラの言葉を否定も肯定もせず、フッと笑った。
「願わくば、お主らが、わしのようにならんことを。AGは、貴重な物を贈り合うのじゃろう? わしからはコレを」
渡される、ワインの瓶。ただ事でない重さに……俺は思わず、両手で抱えるように受け取ってしまう。
口の中が渇く感覚。俺は一つ息を吐いてから、名刺代わりに使う矢じりをアイテムボックスから取り出す。
「俺からはコレを。……ねぇ、キアラ。これ飲む? 俺、そんな高い酒なんて味分からないよ」
貰ったワインを、キアラに渡す。
「「「「「ちょっ!?」」」」」
「お主!?」
驚く冬子たちと、目を丸くする村長。渡されたキアラは、一瞬キョトンとした顔をした後……ぱっと顔を綻ばせた。
「良いのか!?」
「いやダメですよキアラさん!? 京助、お前何考えてるんだ!」
スパァン! と引っぱたかれるキアラ。ワインだけは死守したキアラは、噛みつくように冬子を睨む。
「こ奴が良いと言ってるんぢゃからいいぢゃろう!」
「うん。勿論今すぐ飲んで良いわけじゃないけど。……高くて貴重なお酒なんて、開けただけで血の気が引いて酔えやしないからさ。ほんと、勿体なくて仕方ない」
そう言って、俺はワインの瓶を撫でる。
「だから、貴重じゃなくなったこのワインを飲むよ」
人族と、獣人族の国境に――大きなブドウ畑でも作ろう。
この酒を飲みたいって奴ら、皆で。
「俺はそういう活動家じゃない。国同士が仲良くしろなんて思わないし、人種による差別をなくそうとも思わない。でも、そんな美味しいワインなら飲んでみたい」
酒飲みじゃないけど、お酒は好きだ。
「その時は、オリジナルを飲んだことがあるだろう村長に、最初に飲んでもらうよ」
村長は俺の言葉に――少し俯いて、鼻に指をやった。
「期待せずに待っとる」
「ん、まぁ何年後になるか分かんないけど……それまで死なないでね」
「誰に言っとる! わしはそうそう死なんぞ!」
堂々と胸を張る村長。その目には、確かなエネルギーが漲っている。
確かに……今のこの爺さんなら、殺しても死ななそうだ。
なんて俺が思っていると、後ろでマリルがキアラの持つワインを思いっきり引っ張っていた。
「キアラさんは最近、飲みすぎですー。休肝日にしましょー、休肝日。だからこのシャトー・シューベル・リィリンスルレールをちょっとくださいー」
「何を言っておるんぢゃ! これは妾が貰った物ぢゃぞ! 妾が全部飲むんぢゃ! 絶対に渡さん!」
「いやいやいやいやいやー。今の話聞いて独り占めしますー?」
「イヤぢゃイヤぢゃ!」
ギャーギャーと喧嘩するキアラとマリル。これは……神様と同じ目線で物が言えるマリルが凄いのか、大人げないこと言ってぶんむくれてる神様がしょうもないのか。
アホな二人をやれやれと思って見ていると――するっ、と二人の手が滑った。
「「あ」」
ひゅるん。
風が吹き、ワインが宙を舞う。それはゆらゆらと軽く揺れながら、俺の手にストっと落ちた。
「……喧嘩するなら、これはやっぱ無しね。たくさん作れた後に、皆で飲むことにします」
「なっ……! なんぢゃと!? さっきまで、妾に飲ませる空気ぢゃったぢゃろうが! 嫌ぢゃ嫌ぢゃ! 飲むぞ妾は!」
「そ、そうですよキョウ君! そんな貴重なお酒、絶対に我慢出来ません!」
俺はキアラに思いっきりデコピンを食らわせ、マリルのおでこを軽く突く。軽くと言っても、俺の身体能力で突けば一般人はかなり痛い。
案の定、二人は額を抑えてその場にうずくまった。
「ダメってば。独り占めしようとしたキアラも悪いし、強引に分けて貰おうとしたマリルも悪い」
俺はくつくつと笑い、涙目の二人の頭を撫でる。キアラはともかく、マリルはこういうところも可愛いんだけどね。
「喧嘩両成敗ってことで、俺が預かっておくから。その時が来たら一緒に飲もうね」
「……お主、最近童貞卒業したからと調子に乗っているようぢゃな……? ふん、であれば妾にも手がある! マリル、ミサ、ピア! お主らに妾の持つ、最強の性技を伝授してやる!」
「「「おお!」」」
目を光らせる三人。いや、伝授しなくていいから。
俺は楽しそうにきわどい話を始めた四人をしり目に、改めて村長に向き直る。取り敢えずグラスにビールを入れて、掲げた。
「乾杯」
「……乾杯」
こつん、と触れるジョッキ。
明日は忙しくなるだろう。だから、今夜くらいは酔ってもいいか。
そう思いながら、俺はジョッキを呷るのだった。
~
朝のルーティン。
まず、五キロのランニング。ハッキリ言って、息すら切れなくなってきたが続けている。シュンリンさん曰く、『体力をつけるのでなく、体を動かす感覚を養うためだ。一歩足を踏み出すごとに、どの筋肉を使っているかを意識するのだ』とのこと。
それが終わったら、自重トレーニング。腹筋三十回、指立て伏せ三十回、スクワット三十回、四股三十回、それを四セットずつ。こっちもやはり、体を動かす感覚を養うため。
そして本命の、型。こっちはとにかく、ゆっくり動くように言われる。
とにかく、肉体をどう動かすか。俺達の戦いは紙一重、僅か七十二分の一、刹那の判断を求められる。その時、脳内でイメージする動きと実際の動きにズレがあると致命的だ。だからそのズレを修正する。
正直、考えるよりも体が動く方が多いんだけど……そういう時でも、考えなくても技が出せるように体にしみこませる意味があるんだと。
というわけで、俺が起きてからのルーティンを半分こなした辺りで……背後に気配が。
「……キョースケ」
「おはよう、アイネ」
暴走した後の彼女は、随分と落ち着いた様子に見えた。




