317話 解けたなう
前回までのあらすじ!
京助「強敵を倒した後、ちょっと冬子と話してたよ」
冬子「まったく、あんなに重傷を負うなんて思ってなかったぞ」
リャン「我々が仕事をしている時にイチャイチャしていたようですね」
シュリー「羨ましいデスねぇ」
マリル「まぁ今夜はトーコちゃんの順番は最後ですねー」
美沙「冬子ちゃんめ……!」
キアラ「それでは本編をどうぞなのぢゃ」
「ちょっと趣味が悪いんじゃない? ブリーダ。女の子をゴーレムとして蘇らせて、侍らせるなんて。お人形遊びなんて、何歳だよ」
俺が言うと――横にいるホップリィが、ちょっとイラっときた雰囲気で口を開いた。
「テキトーなこと言うんじゃ無いわよ、三叉。解体すわよ」
ぎょろっと殺気を込めて睨んで来るホップリィ。彼女は大きくため息をつくと、尊大な雰囲気で腕を組んだ。
「でもまぁ、そう見えるでしょうね、三叉には。でも残念、このあたしは――あたしが生前作っておいた、コピーなの」
「コピー?」
問い返すと、ホップリィがこくりと頷く。
「ええ、コピー。あたしの記憶を全て魔魂石に込めて作った、記憶石。それを埋め込んだゴーレムなの。戦闘力はコピーできない代わりに、あたしが死んだ瞬間から起動して、リアルタイムで記憶と意識、そして意思をコピーした状態で、疑似的に生き返ることが出来る。といっても同一人物じゃないから、差異はあるし……記憶は地続きだけど、オリジナルは死んでるからね。本人というよりも二代目って感じがしっくりくるかしら」
…………。
疑似的に生き返る、と言われても――細かい理屈は置いておいて、ホップリィは魔道具で生き返った、ただし戦闘力は低下してる、ってところか。
ゴーレムを使って残機を増やす魔法って感じかな。
「ただまぁ、区別するためにあたしのことはホップリィ・Ⅱと呼んでちょうだい」
「……はぁ」
起きていることのスケールがすさまじすぎて、話にいまいちついていけない。
ついていけないが、取り合えず……あの時、ホップリィは殺した。しかし、彼女は自分の作り出したゴーレムによって生き返った。
そんなところだろう、うん。
「ギッギッギ、キョースケ。まぁ、あんまり気にするな。厳密にはちょっと違うから、口調もオレの知ってるホップリィとはちょっと違うからなァ」
「だからホップリィ・Ⅱなんだ」
頷く二人。
「ふーん……なんていうか、魔族ってのもたいがいチートだねぇ」
「ギッギッギ、こんなこと出来んのは……魔族でも有数の魔術の研究者だったこいつしか出来ねェよ。ギッギッギ」
自慢するように言うブリーダ。俺は彼の顔をじっと見てから、槍を抜いた。
途端に、空間に緊張が走る――ということも無く、ブリーダもホップリィ・Ⅱも一切の殺気を出さず、ただ両手を挙げた。
「殺すんなら、オレにしてくれ。ギッギッギ、まァ本当は二人とも生きるのが一番いいんだが――首を持ってかねェと、テメェのメンツも立たねぇだろ」
「ちょっ、ブリーダ! 殺されるのはあたしって約束したはずよ! そもそも、戦闘力が残ってる貴方が残った方がいいに決まってるじゃない! 何勝手なことを――」
「おいおい、ホップリィ。約束はしたが、守るとは言ってねェぜ。ギッギッギ――戦闘出来る奴が生きてた方が、キョースケたちにとっちゃ嫌だろォ?」
「そうじゃないでしょ!? あたしは、あなたに生きてて欲しいの! 既に死んだ身であるあたしよりも、あなたに!」
何故か庇いあう二人。
俺はその光景を見て――なんというか、生理的嫌悪感を覚える。
(あんなに人を殺しておいて……っていうのは置いといても)
嘗て、俺はヨダーンという魔族と戦った。
彼は非常に狡猾で戦闘力も高かったが――魔王の血で魔物と合体はしていなかった。だから、普通に勝利した。
しかし、彼は自爆した。そしてその時に『パンドラ・ディヴァー』で封印して防いだのだが……その際、彼の記憶が流れ込んできたのだ。
それは断片的で、重要な情報は少なかったのだが……気になる情報はいくつかあった。
そのうちの一つが、魔族の持つ価値観。他人との接し方についてだ。
(魔族には上下関係はあれど、横のつながりは殆どないって)
ブリーダも似たようなことを言っていた覚えがある。魔族には家族という概念すら希薄で、自立出来るようになったら母親は子どもを放置するのが当たり前だとか。
まして、交際関係や――夫婦関係というのは、ほぼあり得ないと。
魔族同士を結び付けるのは、利害の一致か明確な実力差による上下関係。
それだけだと。
(なのに……)
今、目の前にいる二人は明らかに情を持って、互いを思いやっている。
そこまで考えて、ふっと思い出す。
今俺は、ブリーダがこの村を助けるために動いたから、一応話は聞いてやるというスタンスなわけだけど。
魔族が、人族をなんで助けたんだ――?
「だから! あたしが!」
「いいから黙ってろホップリィ! オレは――」
――パァン!
俺は手元で空気を爆発させる。その音に驚いた二人が、こちらを向いた。
「……火魔術の応用、爆破魔術ねぇ。さすが、三叉」
「魔族は魔法の分類も俺達とはちょっと違うんだね。今のはただの火魔法だよ。……まぁ、それは置いておいて」
俺は彼らの会話をぶった切り、改めて槍を突き付ける。
「喧嘩するなら、二人とも斬る。……レーンを助けてくれたから、話だけ聞いてやろうと思ってきただけだからね。話が終わったら、キッチリ二人とも殺すよ」
「おーおー、嫌われたモンだなァ。ギッギッギ、まァいい。じゃあホップリィ、オレが話していいな?」
睨みつける俺に対して、いつも通りへらへらとした表情を見せるブリーダ。彼はホップリィに一言断りを入れると、俺の目をしっかりと見てきた。
「単刀直入に言うが、キョースケ。オレたちァ奴隷になろうが殺されようが構わねェ。だが、どうしてもやって欲しいことが二つある。一つは、とある人の救出。そしてもう一つが、魔王キィターニの討伐だ」
……………………。
………………。
…………。
……。
「――――は?」
たっぷり三十秒ほど沈黙した後、俺の口からは素っ頓狂な声が出てしまった。
(よ、ヨハネス!)
(カカカッ、オレ様はイルゼェ? マズ間違い無く、オメーは洗脳サレテネェ。ンデ、コイツァオメーを動揺サセルタメに言ってるンジャネェ。本心から、ソウ思ってルゼェ?)
太鼓判を押してくれるヨハネス。以前洗脳された時は、彼の声すら聞こえなかった。それを考えると、今は闇魔術の影響を受けていないと見ていいだろう。
俺はジッとブリーダの目を見返すが……強い意志と力を感じる。覚悟を決めた武人のように。
「…………魔王のために戦ってるって、言ってなかった?」
ゆっくりと口を開く。ブリーダは頷くと、とんとんと自分の頭を叩いた。
「ギッギッギ、嗤えよ。オレたちゃ、操られてたんだ。キィターニが、最初からオレたちの指導者だって思うようになァ! 魔族が洗脳されてちゃ世話ねェぜ! ギッギッギッギ!」
大笑いするブリーダとホップリィ・Ⅱ。心底愉快そうに、まるで他人事のように。その光景が異様で、不気味で――俺は一歩、後ずさってしまう。
しかし、気になる発言ではある。俺はゴクッと生唾を飲んでから、首を振った。
「あ……操られてたって?」
「あァ? 言葉通りの意味だ。今、魔国にいる魔族は全員――キィターニがオレたちのトップだって思わせられてたンだ。恐らく、アイツの固有魔術によってなァ」
また知らないワードが出て来た。
俺は混乱する中――遠くまで風で言葉を飛ばす魔法、『言飛』でキアラと会話する。
「(こいつら、本当のこと言ってる?)」
『(うむ。外から中の話は聞いておるが、何も嘘は言っておらん。嘘があれば妾が伝える、今は情報を引き出せ)』
脳内にキアラの声が響く。とりあえず、ブリーダは嘘をついてないと判断しよう。
その上で――
(ずっと正体が不明だった、魔王について語ってくれるのはありがたい)
交換条件でもなんでもなく、ただスラスラ話してくれるのは不気味だが――一先ず、ありがたく聞くことにしよう。
その前に、知らない単語は潰さないとね。
「ごめん、ブリーダ。固有魔術って何?」
「今回の話にゃ関係ねェ。後で話すから、続けるぞ」
ちょっと肩透かしを食らう。
しかし続けると言うなら、聞くしか無いか。
「王国制の人国、軍部が政権を握ってる亜人国と違い、魔国は有能な奴が上に立って政治をする仕組みになってんだ」
獣人族の国って軍事政権なんだ。
……なんでそんなに他国の政治に詳しいのかも気になるね。
「例えば、村があるとするだろ。んで、そん中で一番有能な奴ってのは見りゃ分かる。そいつが、村を治める。でも、村が三つか四つ近くにあったら――その村を治めてる奴らが話し合って、やっぱ一番有能な奴がその複数の村を治めるんだ。そうやって選んでいって、一番偉い奴が国を治める」
「有能って、どうやって決めるの?」
「あン? 見りゃ分かんだろ、そんなの。テメェらの中で一番スゲーからお前がリーダーやってんだろ? それと同じだよ」
いやそれは少人数だから良いわけで……。もしも話し合い、多数決で決めるんだとしたら、賄賂とか脅迫とかが相次ぎそう。
「あら、それの何が悪いの? 三叉。金の力でも、暴力でも――他人を従えられるなら、それはそいつの能力よ」
…………。
堂々と言い切られて、俺は少し面喰う。
普通は賄賂や脅迫といった犯罪行為は公平性が無くなるから……あまり使われるべきことでは無い気がするけども。
例えば、息子を要職に就かせたい父親とかがお金を出したら、本人の力に関係なく上へあがれるということじゃなかろうか。
「あァ? 別にそれならそれでいいじゃねェか。子どもを自分より上の立場に起きてェっつー物好きは魔族にはいねェが――親が金持ちってのも、立派な本人の力だぜ」
まるで価値観が違う。
「でも……絶対に従わない奴とかいるでしょ。そういう奴は殺すの?」
「物騒だなァ」
お前に言われたくない。
「従えないと思ったら、反逆するか出ていくかだ。リーダーっていうのは、自分の部下を全員従えてる奴のことだからな」
なるほど。
つまり手練手管を駆使して、自分の治めるべき人たちを全員従えた人がリーダーだと。そして、その集まりが大きくなっていって一つの国を形成しているわけか。
「ごめん、話の腰を折ったっぽいね。続きを聞かせて?」
「おう。んで、そういうリーダーを『指揮者』、評議会入りしてる『指揮者』を『高位指揮者』、んで――その『高位指揮者』を纏める者こそ王。古い言い方で『陛下』と呼ぶ奴もいたし、単に『最高指揮者』って呼んでる奴もいたな」
俺は活力煙を咥え、火を点ける。煙を吸い込んでから、吐き出した。
「吸う?」
「ありがたく貰うぜ」
「あたしはパス。この体、まだ味とか分からないの」
ブリーダに渡し、火をつけてやる。慣れた手つきで吸ったブリーダは、嬉しそうに煙を吐き出した。
「ギッギッギ、甘ったるいなァ! 気に入ったぜ」
「それは良かった。――で、そのキィターニ は『高位指揮者』だったの?」
それでクーデターが起きたとか。
そう思って問うと、ブリーダは首を振る。
「いや、『高位指揮者』であるオレたちの誰も見たことが無かった。ある日いきなり、そいつはアルシファーナ陛下の前に現れたンだ」
アルシファーナ、というのが……いわゆる国王ポジションだったわけか。
「『指揮者』はいろんな要素で選ばれる。賄賂を配りまくって『金』の力で成り上がった奴とか、商売上手とか、色々だ。そん中でも彼女、アルシファーナ様は腕っぷしで成り上がったタイプだった」
懐かしむように言うブリーダ。
彼らの言う『強さ』や『有能さ』は戦闘力に限らないのか。
そしてその上で、アルシファーナという女性は――他者を従えさせるほど強かったと。
「だが、あの日。アルシファーナ様はキィターニに敗北した。だが殺されるのを良しとしなかった彼女は――自らを封印することで命を繋いだ」
自らを封印することで。
なんというか、だいぶ覚悟の決まっている女傑だったようだ。俺が感心していると、ブリーダは言葉を続ける。
「別に強い奴が出てきて、トップが変わるなんざ日常茶飯事だった。だが、現トップであるアルシファーナ様が恭順を示さないなら、オレたちは従わねェ。ついて行く奴は自分で決めるのが魔族だ」
なるほど。
俺は深くうなずいて、ブリーダの話の続きを聞く。
「キィターニはそれを知ってたんだろうな。オレたちの飲み物に――あいつに心酔するようになる薬が混ぜられてた」
薬。
ブリーダは悔しそうに唇を噛む。
「薬って……『魔王の血』みたいな?」
美沙は『魔王の血』を取り込んだせいもあって、あの日俺に牙を剥いたんだろうとキアラが言っていた。
俺も同意見だ。つまり……『魔王の血』には、他人を洗脳する効果がある。
ブリーダは頷くと、肩をすくめた。
「プロトタイプ、みてェなモンだな。オレたちゃそれに気づかず飲んじまって、まんまとキィターニの策略に乗っちまった。そして――次の日には、国中にその薬をばら撒いたンだ」
…………。
少し、意外な流れで――俺は目を見開く。
「国中に? どうやって?」
「言い方は悪いが、『指揮者』に選ばれる奴ァ舎弟をたくさん抱え込んでるのも同義だ。そのトップを抱き込んだんだぜ? 物を飲ませるくらい、一か月もかかんなかった」
「やり方はなんでもいいからねぇ。オリジナルも、しっかり魔術局の子たちに飲ませてたわ。そのせいで、あたし達は次の日から『魔王』という存在が自分たちのトップだと信じ込まされてたわ」
なるほど……。
しかし、ただの薬だけでそんな常識が一変するような洗脳が出来るのだろうか。
「抵抗したり、闇魔術が効き辛い体質だったり。後は……普通に回復魔法、解呪魔法もあるでしょ? それなのに、誰も気づかないうちにそうなったってこと?」
いや、それだけじゃない。
キィターニが現れて、もう二年近いはずだ。その間、誰も気づかなかったということなのだろうか。
それとも、キィターニ一派みたいなのがいて……そいつらに完全に乗っ取られていたりするんだろうか。
俺の疑問に対して……ブリーダは苦い顔になる。
「チッ、まァ……そうだな。普通はありえねェよ。普通は、な。恐らくは固有魔術に関わってるんだろうが……ここまで大規模で、しかも長期間続くなんざありえねェ。そう、あり得ねェんだよ」
強調するように言うブリーダ。
俺は顎に手を当てて、嘆息した。
彼らの言っていることに、嘘があるように感じない。ヨハネスも、キアラも何も言ってないし。
であれば――
「じゃあ、なんでお前らはそうやって洗脳が解けたの?」
「一回死んだから」
――あっさりと、そう答えるブリーダ。
一度、死んだ……?
「…………」
ホップリィⅡの顔を見る。彼女はまぁ、死んだと言って差し支えないのだろう。ボディが違うのだから、そうやって洗脳が解けたのも違和感はない。
しかし、ブリーダは。
「正確には、死ぬ寸前まで行ったから……だろうなァ。ほぼ死ぬ寸前。体の半分以上を魔物のそれにせざるを得なかった。そんな特異な状況だからこそのイレギュラー。だと、思うぜ」
さっきまではハキハキと喋っていたのに、途端に歯切れが悪くなるブリーダ。
「自分でもわかってないってことか」
「ああ、胸糞悪いことにな。……それで、最初の話に戻るってわけだ。キィターニの打倒は、テメェら人族にとって悪いこっちゃねェだろォ? んで、助けて欲しいってのは当然アルシファーナ様のことだ。彼女は魔族史上、最強クラスの実力者。味方につけて、これ以上頼もしい奴ァいねェはずだ」
ブリーダの主張は――彼の話が正しいとするなら、分からない物じゃない。
まぁ、だとしてもということだが。
「話は分かった。でも俺は、お前から情報を抜き出した上で――殺し、そして独自に魔王を倒せばいい話。お前を許す気にはなれないよ」
「おおっと! おいおい、今の情報だけでお前らが手を貸してくれると――オレたちが思ってると思ってるのか? そいつァ早計だぜキョースケ! ギッギッギ!」
一気に普段の調子を取り戻すブリーダ。この場で殺してもいいんじゃなかろうか。
俺は槍を構えると、ブリーダはぶんぶんと首を振る。
「待て待て! 殺すンなら、今からの話を聞いてからにしろよ!」
「……いいよ、お前は殺してホップリィⅡから聞く」
「待って、三叉。殺すならあたしの方が先よ」
前に出てくるホップリィⅡ。そしてブリーダが口を開こうとしたので、俺は手でそれを制した。
「あー、分かった。聞くからさっきの問答は無しにして」
「お? お、おう」
ピタッと止まるブリーダ。俺はため息をついて、二本目の活力煙を咥える。一本目は、当然燃やし尽くして灰にした。
肺いっぱいに煙を吸い込んだ後、薄くなった煙を吐き出す。
「で?」
「おう、『トラゴエディア・バレー』。オレはそこまで――安全に行かせることが出来る。そして、その秘密についても知っている」
「――――ッ!?」
驚きのあまり、固まってしまう。
タローの言っていた、異世界人の秘密があるかもしれない……彼の父親がこの世界から消える直前に向かっていた土地。
なんで、その場所の情報を……俺達が求めてることを知ってるんだ!?
ブリーダの笑みが、邪悪な物に変わる。
ああ、その表情の方が……お前らしいよ。ブリーダ。
天川「ブリーダがまさか生きていて、しかも取引を持ち掛けてくるとは……」
難波「なんつーか、生き汚ねぇなぁ」




