303話 止めに来たなう
前回までのあらすじ!
京助「いきなり獣人族の収容所が襲撃されたよ」
冬子「一体何なんだ全く」
リャン「やれやれ、大事にならないと良いんですが」
シュリー「ヨホホ……今の時点で既に大事デスよ」
マリル「ああ……また書類仕事が増える……」
美沙「やー、なんか久々だなぁこの感じ」
キアラ「それでは本編をどうぞなのぢゃ」
――時間は少し前に遡る――
「もうバカンスもおしまいかー」
修行にバカンス。割と充実した旅行だったなぁ――という感想が浮かぶ朝。今日はやっと帰る日だ。
「楽しかったけどねー。うちのインテリアに和風の要素を取り入れてみる?」
「畳は買おうと思えば買えるしな」
「でも畳とかは我が家をリフォームしないといけなくないですかー?」
「自室に敷く分にはいいんじゃない?」
「そしてお布団で寝るとかね! いやぁ、夢が膨らむなぁ」
美沙がほくほくとした顔で荷物をまとめている。彼女は今回の旅行で、そこそこ小物を買ったようだ。俺の金で。
「キョウ君、あんまり甘やかしたらダメですよー」
「美沙も働いてるからね。キアラには厳しいでしょ俺」
「そうぢゃな、妾にはもっと優しくしても良いと思うんぢゃが」
働かざる者食うべからず。……でも、キアラも最近はうちのパーティーにしっかり貢献してくれてるからなぁ。もう少し優しくすべきなのかもしれない。
「いや、京助。あの人は家事をやってないから優しくしなくていい」
「それを言えばキョースケもしとらんぢゃろうが」
「一家の大黒柱ですからー」
いや、俺は手伝うって言ってるのにマリルがとるから……。
「そんな話は家でも出来ますしね。そろそろチェックアウトをしましょう」
リャンのセリフで、皆も荷物を持って立ち上がる。お布団で寝るのも久々だったけど、たまにはいいものだね。
「アンタレスに帰ったら取り合えずギルドに行って、その後はまた届いてる手紙の処理かなぁ」
「ああ、手紙の処理とかあったな。有名税だな、有名税」
「なんか獣人族まで俺のこと知ってるんだよね。そんなに獣人族相手に暴れたことないのに」
「相手のリーダーである覇王と戦っておいて、それは無いのでは――」
――全員が、同時に同じ方向を見る。次の瞬間、爆音が聞こえてきた。
「ふぇっ?」
俺達が一気に空気を変えたからか、マリルがビクッと体を震わせる。
「……事件ですかー?」
「わかんない。……嫌な予感がするね。神器解放。喰らい尽くせ――『パンドラ・ディヴァー』!」
神器を解き放ち、『ストームエンチャント』を発動する。風を使って、爆発音の位置を探った。
「音の出どころは、獣人族の牢獄? いや――それどころじゃ無い。囚人が逃げてる!」
「「「「「!?」」」」」
舌打ちを一つ。既に街に大量の囚人が解き放たれている。死刑囚のいない、通常の収容所の獣人たちだ。
「…………うむ。暴れておるようぢゃの、AGと騎士団も動いておるが後手ぢゃな」
活力煙を咥え、火をつける。さて、どうしたものか。
「助けに行くのか?」
「リミトートにはお世話になったし……何より、一応契約しているグレイプが領主を務めている街だ。守らないわけにはいかないでしょ」
煙を吐き出し、俺は窓の方へ。
「そもそも、囚人が逃げられるってことは――相応の実力者が来てるとみていい」
「そうなると、第二騎士団やこの街のAGだけでは手に余るでしょうね」
リャンの言う通りだが、俺が言いたいのはそこじゃない。
「強ってことは、中枢に近い奴が来るでしょ。つまり、覇王の情報を得られるかもしれない」
魔王よりはマシだが――現状、殆ど情報を得られない獣人族最強の男。
少しでもチャンスがあるなら行くべきだ。
「それにー……まぁ、ここでのんびりしてたとしても、第二騎士団から支援要請は来るでしょうしー。私はギルドに一応向かいますねー」
「ん、ありがと。ついでにクエスト申請しといて」
「脱獄囚の連れ戻しでいいですかー?」
「取り合えずそれで」
こうやって大事の時は、事前にクエストを申請しておけば後から騎士団などが依頼を出して、それをクリアにしたことにしてくれる。王都動乱の時に学んだ、AGのテクニックだ。
「冬子、リャン、シュリー、美沙、キアラ。戦闘準備、急いで!」
「「「「了解!」」」」
「急がねば被害が広がるのう」
「魔族と違って一般人にまで牙を剥かないとは思うが」
「どうでしょうか、それは」
冬子のセリフに、やや被せるように言葉を放つリャン。
「どうって?」
「獣人族と人族の根は深いですよ。……無差別に人族を恨んでいる者も多いでしょう」
「「「「…………」」」」
リャンの言葉に、一瞬沈黙が広がる。
ほんの数日前に、彼女はそれを乗り越えたと言っていた。
でも――それは、あくまでリャンだからこそ。
「そうデスね。……無差別に恨みたくなる気持ちは分かるデスが――それは、誰かを傷つけることを正当化する理由にはならないデス」
そう言いながら、シュリーは、帽子を外して服を脱ぎ、下着姿に。
いつも通りの雰囲気を出しながら耳をピコピコ動かす彼女を見て、慌てて皆も着替えだした。思考を巡らせるのは良いが、固まっている場合じゃない。
「急ぐデス」
「そうだね」
今は一分一秒が惜しい――普段着でのんびりしてたのが悔やまれるところだ。
「……仕方ない、あれやるか」
言いながら、窓から飛び出す。そして屋根の上に乗ると――俺は、一気に魔力を高めた。
「おい、京助! もしかしてこの街を水浸しにするんじゃないだろうな!」
俺の魔力を感じた冬子の声が、部屋の方から聞こえてくる。
「そのまさか。別にいいでしょ、雨で困るのは宿無しのAGくらいのもんだし」
「いやぁ……結構困る人多そうデスけどねぇ」
シュリーの声も。いいから皆、早く着替えて。気を使って俺も外に出たんだし。
空を見上げる。雲一つない快晴、気温の上昇と相まって今日は汗ばむ陽気が続くだろう。本来ならば。
「さて……『紫色の力よ。はぐれの京助が命令する。この世の理に背き、この地を水で満たす狂乱の嵐を呼び出せ! ギガ・アップドラフト』!」
ドルン!
俺を中心に風が渦を巻く。そして豪風――東京ドーム一個分くらいはありそうな空気の塊が、目にもとまらぬ速さで天へ駆けていった。
空間がうねる、ゴロゴロと稲妻の音が聞こえてくる。周囲の建物……は、巻き込まないようにキアラが押さえてくれている。ありがたい。
「あー……やば、火が消える」
咥えたばっかりなのに。
灰色の雲から一滴、二滴。それが一気に滝のような雨に変わる。雨が地面を打ち、叩き、あのツンとした澄んだ匂いが鼻を通る。夕立の前と後って、どうしてああも清々しい雰囲気が漂うのか。
俺は肉体に風を纏い、その雲の中へ飛んでいく。
「……よ、し。『紫色の力よ。はぐれの京助が命令する。この世の理に背き、悪しき存在を全て駆逐するための命無き兵をこの世に顕現させよ! アンリミテッド・アンチハザード・ライオット』!」
長呪文の詠唱は久々だ――そんな場違いな感想を抱きながら、雲に『パンドラ・ディヴァー』を突き入れる。するとどうだろう、雲が妖しく光り……地面に落ちた雨から、蛇とも竜ともつかないフォルムの魔物が出現する。
対魔物殲滅用魔物――AmDmだ。
「こっちはこれでOK。皆の準備は終わったかな」
こみあげてくる吐き気を我慢して、俺は自分の服をアイテムボックスにしまう。そして、いつもの格好に空中で早着替えだ。
スタッと屋根に着地すると同時に、キアラが魔法をかけてくれた。
「無茶をするでない」
「これくらい無茶の範疇に入らないよ。準備出来た?」
俺がそう言うが速いか、全員屋根の上に飛び乗ってくる。
「じゃあ、行くよ。『頂点超克のリベレイターズ』、出動!」
俺は掛け声とともに、皆を風で包む。
速いところ遅れを取り戻さないと。
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「止める……? オレたちを? くっ、くっ、ははははは! 面白れぇジョークだ! まさか人族にそんなジョークを言える奴がいたとはなあ!」
バシュウウウウ!
肉体に金色の輝きを宿し、獣人族の男が身を低くする。
「確かに人族としては強いんだろうな、分かるぜ!? 調子にも乗るだろうよ! でもよぉ、その槍! テメェ、Sランカー唯一の魔法槍使い、キョースケ・キヨタだな! なるほど、確かに強え! でも運が悪かったなぁ。オレは今まで魔法を使う人族との戦いに負けたことが無ぇ! テメェでちょうど五十人目だなァ、人族の魔法師を屠るのは! さあ行くぞ! 覇族が一人、魔法師狩りのリツビシアルーン! 推して参る! うおおおおおお! 鋼拳覇流奥義! 鉄――」
「ごめん、ちょっと静かにしてて」
ドッポォン!
雲から落とした巨大な水の拳骨で、リツビシアルーンをぶちのめす。リーダーは地上にはいないようだ――となると、収容所の中か。
「キアラ、怪我人をお願い」
「もう終わっておる」
俺が彼女に声をかけるよりも早く、既に至る所で体が光る騎士団が多数。全員、彼女の回復魔法がかかっているらしい。
その他に暴れていた獣人族も、俺たちが降り立った時に殲滅出来たようだ。一人ひとりがあまり強くない――妙だな。
(てっきり、全員ジンと同じくらい強いものだとばかり)
相手が弱いに越したことはない。俺は周辺のクリアリングが終わったことを確認して、リミトートに話しかける。
「状況は?」
「えっ……あ、あ! な、何故ここに……!?」
「何故って――言ったじゃん。あいつらを止めに来たって」
タローやウルティマがまだいれば、だいぶ楽だったんだけどね。いないものは仕方ない、俺たちだけでなんとかしなくちゃ。
「なるほど……」
ぐっと唇を噛んだリミトートは、地面に穴をあけんばかりの勢いで土下座をしてきた。
「ちょっ」
「我々が不甲斐ないばかりに、申し訳ない……!」
俺よりもっと年上のオッサンに土下座されるなんて、居心地のいいものじゃない。しかも、今はそんなことしている場合じゃないし。
俺は首を振って、彼に立つように促す。
「良いって。俺たちだって仕事だ。もうギルドにクエストは出してる。ちゃんと後でお金貰うから」
「もちろんです。……本当に、本当に情けない……。街を守る、そのためにある私たちがこの言葉を言わねばならないとは……」
リミトートは立ち上がり、そしてビシッと敬礼した。
「助けに来ていただき、ありがとうございます!」
「「「「ありがとうございます!」」」」
ザっ、と寸分違わず一斉に敬礼する第二騎士団の人たち。……よく見ると、何人かは倒れたままだ。
…………間に合わなかったのか俺は、また。
「本当に、良いよ。それより状況を」
どうしても倒れた人たちから目を離せないまま、俺はリミトートに問う。
「はい。現在、通常収容所の亜人族は脱獄に成功し、この死刑囚収容所でも数人が脱獄したところです。街には第二騎士団を向かわせてはいますが……」
「逃げたやつらは大丈夫。俺が捕らえてるから」
「…………は?」
きょとんとした顔になるリミトート。しかしそこに、第二騎士団の人が大慌てで駆け寄ってきた。
「隊長! そ、空から魔物が!」
「なんだと!?」
「し、しかし……その魔物は何故か、亜人族のみを襲うとのことです!」
「…………なんだと?」
「Amdmはキッチリ作用しているようだな、京助」
「そうじゃないと困る」
俺たちの会話を聞いたリミトートが、まさか……とでも言いたげな顔になってこちらを向く。
「あの……もしや、その魔物について知っているので?」
「俺が出したからね。強そうな奴等はAランクAGに当てたり、空中から狙撃したりして確保したから……それ以外の奴らは、AmDmが片付けてくれる。……当然、万能ってわけじゃないし、せいぜいD~Cくらいの強さしかないから、油断は禁物だけど」
話を聞いていた第二騎士団の人たちがポカーンと口を開ける。……なんだろう、久しぶりだなこの感覚。
「しかし首謀者であろう前にいた二人は倒していただいたので、後は中に突入して……」
「いや」
俺はリミトートのセリフを遮り、魔力を練った。
ビュウ! と一陣の風が吹き……収容所内部の情報を俺に教えてくれる。
「ん、まだいるね。……それも、さっき倒した雑魚とは違う。それなりの奴が」
少しだけ笑みを作る。そいつなら、覇王の情報を持っているかもしれない。
「なん、と……まだ、中に」
呆けたような顔になるリミトート。そしてその後ろから、ふらふらと一人の男性が歩いてきた。
「俺……Sランクって初めて見たんスよ」
「カイツ! もう立てるのか!」
「そっちのめっちゃ美人な人に治してもらったッス」
リミトートが彼に肩を貸して、ホッとした表情になる。
「いつかは……って思ってたんすけど、こんな年下に実力差見せつけられちゃ……諦めもつくってもんッスねぇ。努力とか、運で埋まる気がしねぇッスわ」
「今はそんなこと言っている場合じゃないだろう、カイツ。……すみません、キョースケさん」
リミトートは軽く俺に頭を下げると、すぐに顔を上げて収容所の方に目を向けた。
「大変申し訳ありません、我々では手を出せない……。逃げた囚人を再び牢に戻す作業や、街の混乱などは我々がどうにかします。ですので、あの中にいるであろう首謀者をお願いしてもよろしいですか」
「もちろん」
俺が頷くと、リミトートも笑顔を作ってすぐに背後の部下たちに指示を出す。
「人海戦術だ! 第五部隊、第六部隊は街の南部に! あっちは住宅街になっているから、隠れる場所も多い! 責任は私がとる、怪しいと思ったら民家でも踏み込め!」
「「「「ハッ!」」」」
「第一部隊は通常収容所に向かって、再度捕まえた囚人をすぐに牢に戻すぞ。奴隷の首輪さえつけて、取り合えずぶち込んでおけ! 第二部隊、第三部隊は北部に……特に山の麓、森の中は奴らのホームだ! 第一騎士団が来ればすぐにそちらに向かわせる、深追いはするな! 行け!」
「「「「ハッ!」」」」
ザっ、と敬礼して即座に動き出す第二騎士団。
「キアラ、向こうのサポートお願いしていい?」
「神遣いが荒いのぅ。ほれ、お主ら。三倍くらいのスピードで走れ」
パチン、とキアラが指を鳴らした瞬間、動き出した騎士団の人たちが一気に加速して壁に激突した。おい、キアラ何やってるの。
……まぁ、向こうはどうにかするだろう。俺は頷いてから――カイツの方をみる。
「カイツ、だっけ?」
「へ? あ、はい」
動き出そうとしていた彼を呼び止め、俺はリミトートを見た。
「たぶん、俺がリミトートの立場なら……同じことは出来ない。カイツや、リミトートがSランク魔物を倒せないように、俺もこの街で第二騎士団を率いる隊長なんて出来ない」
きょとんとした表情のカイツ。
「だからまぁ、俺はSランクAGにしか出来ないことをやってくるから……第二騎士団にしか出来ないことをやって欲しいなってこと」
「…………俺、こんな若い時にこんなこと言えたッスかねぇ。っていうかこういう気遣い、リミトートさんにも見習って欲しいッスわ」
「そうか、では今日の反省を活かして来月の訓練は毎日私と一緒にやるか」
「いやそれ気遣いじゃないッス! しごきッス!」
おどけるように言うカイツと、それを少し茶化すリミトート。しかし、カイツの険しい表情が和らいだ。普段の彼はよく知らないけれど、気合いが漲ったようだ。
ただ、サリルとか、タローとかマルキムなら……もっとうまいこと言えたんだろうな。
(って、他人と比べる必要無いって言っておいて、自分が他人と比べてどうするんだか)
俺は苦笑しつつ、仲間の方に向く。
「さて、行こうか。美沙、悪いんだけど外で残ってもらっていい?」
「…………ん、分かった」
そういった美沙は、地面に杖を突く。すると地面が一斉に凍り付き……辺り一面が氷原となった。
「おいで――『ベルゲルミル・トルーパー』」
そして地面から生えてくる――腰ほどのサイズの、ケンタウロス。よく見るとその顔はベルゲルミルと同じ、鬼のようになっており……腕が剣と盾になっている。
普段彼女が出しているベルゲルミルよりはだいぶ弱いようだが、その分数が多い。二十……いや、三十体以上いる。
「AmDmの……真、似。氷が、あれば……私の意思も、魔力も……関係、無い。……人海戦術は……任せて?」
下は氷原、上は雨。地面から出てくるケンタウロスと、雨から生まれる蛇の魔物。
地獄みたいになっている。
「……いつの間に、こんな魔法を?」
「えへへ……練習、したんだぁ」
練習でこんなこと出来るのだろうか。さすがは異世界人。スペックは相変わらず化け物だ。
「よし、じゃあ外はミサに任せて……冬子、リャン、シュリー。俺と突入。……リミトート、余裕があるか分からないから生死問わずでいい?」
「あっ、その……」
一瞬、言い淀むリミトート。しかしすぐに首を振ってから、頷いた。
「お願いします」
「了解。じゃあ改めて――『頂点超克のリベレイターズ』、行くよ!」
「「「「了解!」」」」
死刑囚収容所に向かって走る。
覇王の情報だけじゃない。
他人様の領地で暴れた罪、償ってもらわないと。
京助「いやぁ、なんか戦闘自体が久々な気がする」
冬子「そうか? この前ダンジョンで戦ったりしたろ」
美沙「でもそれもう、一年弱前だよ」
冬子「えっ……あ、本当だ……十か月前くらいか……」
京助「ヤバい緊張してきたな、上手くやれるかなぁ」




