暗殺者なう
前回までのあらすじ!
京助「今回は番外編だよ」
冬子「しかも私たち出ないな」
リャン「マリルさんと……ダーリン、キアラさんは出ているんですかね」
シュリー「ヨホホ、たまにはお休みデスね」
マリル「普段は私は出番少ないですからねー」
美沙「京助君が出るのに、私たちは出ないなんて」
キアラ「それでは番外編をどうぞなのぢゃ」
「次のターゲットはこいつだ」
オレの前に、メモ紙が置かれる。それを一目見て、情報をすべて理解した。
いつもなら、わざわざボスがターゲットについて知らせてくることは無い。エージェント経由で、さりげなく伝えられる。
だというのに、わざわざボスがオレのところに来た――その理由が、メモ紙に書かれている。なるほど、これはオレ以外じゃ無理なミッションだ。
「頼んだぞ、SランクAGの暗殺なんて……うちの組織でも初めてだ」
ボスの表情が硬い。それはそうだろう。おそらく、うちの組織にいる全員が向かって行ったって、十秒もかからず殺される。そういう存在なのだ、SランクAGというのは。
まともに戦ったら、の話だが。
「つーかボス、ビビってんなら何で受けたんすか?」
聞くまでも無いことをあえて聞く。ボスは硬い表情を少し崩して、不敵に笑った。
「金に決まってるだろ」
「で・す・よ・ね~。ってわけで、今回の報酬どれくらいッスか?」
ニヤニヤ笑いながら、揉み手をする。ボスはスッと、指を一本上げた。
大金貨十枚? まさかSランクAGをターゲットにしておいて、そんなケチなことを言うわけが無いだろう。
大金貨百枚? 悪くは無いが、相手がSランカーだと考えたら、全然足りない。
「大金貨、千枚だ。それも前金で」
「うっひゃああああ! いいッスねぇ、断然テンション上がってきましたわ! ……って、前金? んじゃ、成功報酬っていくらくらいなんすか?」
「成功報酬で大金貨、さらに三千枚だ」
三千枚!
そこから経費が抜かれて、後は組織と暗殺者で50:50がうちの通例。今回は相手がSランクということで、経費もかなりかかるだろうが――それでも、大金貨千枚は固いだろう。
十年は遊んで暮らせる。
「く~、こいつは運が回ってきましたねぇ!」
「だが、だからこそ失敗は許されん。そのためにうちで一番腕利きのお前を呼んだんだからな。スパルタンクス」
オレのコードネームではなく、わざわざ本人で呼ぶボス。覚悟が決まった表情をしている。
まぁ、失敗したら――組織ごと叩き潰されても仕方ないからな。
「安心してくれていいッスよ、ボス。オレが失敗するなんて、万に一つもありえねえ」
「分かってる。殺すのは成功するだろう、しかしその後だ。万が一にでもお前が殺したとバレれば、奴の仲間が報復に来るだろう。Sランクの奴ほどではないが、周りの連中もAランクくらいはあると聞く」
「分かってますって」
暗殺者に最も大切なことは、バレないこと。そしてオレは、『バレない』ことにかけてはこの世界の誰よりも素晴らしいと自負している。
だからこそ、ナンバーワンの座にいるのだから。
「それじゃ、ボス。オレはさっそくアンタレスに行きます」
「ああ、頼んだぞ。ターゲットに感づかれてはならんから、いつものように事前準備からお前に頼むことになるが……」
「それがオレの強みッスから、心配ご無用」
オレは立ち上がり、出口へ向かう。
次のターゲット……SランクAG、『流星』のキョースケをどう殺そうかと思案しながら。
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「ここがアンタレスか」
ボスからターゲットを聞いて数日後。オレはさっそくアンタレスに来ていた。
「のどかな街だ」
そこそこ発展しているが、都会という感じはしない。しかし暮らしやすそうな街だ。こんな仕事をしていなかったら、ここに住むのも良かったかもしれない。
なんてあり得ないことを想像しながら、オレは契約した家に向かう。
「ここか」
二階建ての長屋。あまり大きい部屋じゃないが、寝れるスペースがあれはオレには十分だ。むしろ、それ以外の物は必要ない。
大家から鍵を受け取り、さっそく中に入る。ベッドと物置、キッチンがあるだけの簡素な部屋だ。
「いいな、ここなら何日でも住めそうだ」
いろいろと準備したものを、組織から支給されたアイテムカードから取り出して整理する。
「SランクAG、なぁ」
カチャカチャと準備をしながら、オレは呟く。
「強いんだろうな、なんせドラゴンとかを一人でぶち殺せるんだろ?」
何回生まれ変わってもそんなことできる気がしない。そもそも、別の生き物なんじゃないかとすら思う。
実際にSランクAGを見たことがあるわけではないが、きっと屈強で見ただけで畏怖を抱くような奴なのだろう。
逆立ちしたって勝てないんだろう。だが――それと殺すことは別だ。
「だいたい、『強い』だけの奴を皆ありがたがりすぎなんだよな」
独り言が多いのはオレの悪い癖だ。でも、仕事の前にはこうしないと落ち着かない。
「どれだけ強いって言っても――毒を飲んで生きてられるわけないだろ」
以前、AランクAGを殺すようにと依頼が出たことがある。アックスオークを素手で殺すような化け物だ。
男の中でもそれなりに背の高いオレが見上げなければならないほどの大男だった。
腕は女の腰より太く、脚なんて入るズボンがなかなか無いというほど逞しい。背負っている大剣は、とあるAランクダンジョンをクリアした時に手に入れた業物だと言っていた。
だが、死んだ。オレに殺された。
戦えば、絶対にオレが死ぬ。でも、そいつはオレにが酒に混ぜた毒によって殺された。
結局、強さなんてものはそんな程度だ。
「よし、準備は出来たな」
今回使う毒は、一滴で成人男性が五百人は死ぬと言われているもの。グッフという魚がいるのだが、そいつの肝から精製した毒だ。
飲んでも触れても死に至る、まさに至高の毒。これを使えば、どんな奴でもいちころだ。
オレは毒を眺めながら、ニヤニヤしてしまう。殺しの道具は、無駄がすべて排除されて機能のみが追及されている。だからこそ、美しい。
その毒をテーブルに置き、オレはベッドに横になる。
サボっているって? 違う違う。
これが、オレの能力。
「ふう……。『視界借用』」
視界が切り替わり、街の様子が見える。視界だけではなく、耳の感覚も借用する。
『安いよ安いよー』
『ねぇ、奥さん聞いた?』
『ええ。三丁目のザイルさん、浮気が奥さんにバレたって』
『おい、今日はクエスト受けるんじゃねえのかよ』
『それよりも行かなきゃいけねえところが』
『いや、あっちの方にさ』
『おーい、こっちに来てくれ』
どうもこの視界を貸してくれている人は、目の高さからして男性のようだ。
『視界借用』――他人の視界を勝手に見ることが出来る、『借用魔法師』のオレが使える数少ない『職魔法』の一つだ。
これがあれば、自分は拠点から一歩も出ずに街の様子を知ることができる。世の中には背中に目がついている化け物もいるが、これなら全知全能でも無ければオレの存在に勘づくことは出来ないだろう。
「取り合えずギルドだな」
いくらSランカーと言っても、ギルドに行かないことは無いだろう。
他人の視界を覗き見るだけで特に誰かを操ることが出来るわけじゃないから、狙った通りのところを見に行くのは難しい。別の視界に移動することは出来るので、上手く乗り継いでギルドへ行くことにする。
『あれ、フィアさん。今から出社ですか?』
『いいえ、今日はお休みだったんだけど……サリルがお弁当を持って行ってなくて。届けに行くの』
『ギルドまでですか? えー、ラブラブで羨ましいー!』
『ふふ、貴方も良い男と出会えればいいわね』
どうもこの女はギルドへ向かうらしい。オレはその女の視界を借りて、暫く様子を見る。
『あ、フィアさん。どうされたんですか?』
『サリルはいる?』
ガラス張りの二階建ての建物――アンタレスのギルドに着いたので、オレは別のAGらしい雰囲気の男の視界を借りる。
後はずっとここでいろんな奴の視界を借りながら情報収集だ。
『強い魔物が増えるようになってから、もう一年くらいか』
『どうも魔族が絡んでるらしいけどなぁ』
『そういやこの前、キョースケが魔族を見つけてぶっ殺してたな』
『相変わらずアイツ、他種族と戦闘する経験が豊富だよな……わざわざ出向いたりでもしない限り、一生に一回あるか無いかだろ』
今日のターゲットについて話している連中がいたので、そちらに視界を移す。
『実はあいつが引き込んでたりしてな』
『心にもないことはよせよ』
『悪い悪い。あいつのこと見てると、それだけは無いって分かるもんなー』
『俺、結構最近来たからあんま詳しくねえんだけど……キョースケってあれだろ? 炎と風と水の三属性が使えるキチガイ槍使い。一振りで湖を生み出し、空を縦横無尽に駆け巡る』
『しかも周囲のメンバーは目が覚めるような綺麗な女だけで固めてる女好き……だっけ?』
『そうそう、一回敵だと思ったら貴族だろうが商会だろうが無関係で破壊しつくす男だよ』
噂通りのヤバい奴のようだ。
『だからこそ、なんだけどさ。あいつ、マジで自分の知り合いにしか興味無いんだよ。自分の身内に手を出されたら、相手が誰だろうと全殺し』
『だけど、そうじゃないなら何でもどうでもいいって感じ。だからわざわざ名を上げるために魔族とか亜人族を引き入れるように見えないんだよな』
そう言って笑いあうAGたち。
『はー、っと。噂をすればッてやつか?』
視界がぐるっと変わる。その視線の先にいたのは――黒髪の、少し背の高い優男。一見するとただのその辺にいる青年にしか見えない。
だが、この業界で長いオレだから分かる。あいつはヤバい、出来ればかかわらない方がいい類の男だ。
(久しぶりに……骨のある相手って感じだな)
ごくっと生唾を飲み込み、少しだけ笑う。キョースケの近くにいる奴の視界に移ろうとしたところで――バチッ、と目があった。
キョースケ・キヨタと。
『アレがキョースケか……って、ん? なんかお前のこと見てね?』
『お、おう。……あれ、俺って面識あったっけ』
『ジロジロ見てたからじゃね? ま、でもキョースケは特にそういうのは気にしないから、大丈夫だと思うが――』
隣にいたAGが、そう言って飲み物を飲んだところで……キョースケがふっと目をそらした。驚いた、まさか気づかれたのかと思った。
(そんなのはあり得ないがな)
ここでいつもなら、ターゲットの視界を借用する。それで相手の行動パターンを把握して、自分だとバレないように食事などに毒を仕込むのだ。
だが――相手は、SランクAG。念には念を入れて、彼本人の視界を借用するのはやめよう。
ターゲットの横にいる女――異様に美人な上に、露出度が高い――の視界を借りて、キョースケのそばに近づく。
『あれ、キアラ。いいの?』
『よかろう、泳がせて後で始末すればよい』
『そっか。でもキアラは場所分かってるんでしょ?』
『いや、だいぶ巧妙ぢゃな。妾でももう少しかかるやもしれぬ』
『――へぇ、面白いね』
なんの話をしているのか分からないが、彼らもオレのように何か殺そうとしているターゲットがいるのかもしれない。
Sランクなのだから、さぞや血なまぐさい依頼が舞い込んでいるのだろう。
オレはそんなことを思いながら、彼らの情報収集に注力するのであった。
『見つけたのぅ』
『俺、もう少しかかる』
『ほっほ、まぁ今のところ害は無かろうが不愉快ぢゃな』
『なんなんだろうね』
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翌日、オレはギルドを経由してキョースケに手紙を出していた。中身はなんの変哲もないファンレターだ。重要なのは、郵便局員がキョースケの家に行くことにある。
昨日は、結局キョースケの家にたどり着くことが出来なかった。途中で何故か視界の借用が出来なくなってしまったのだ。
おそらくオレの魔力切れだろうが……普通、魔力が切れることは無い。少し不思議だが、計画に支障は出ない。
キョースケたちはオレが命を狙っていることに気づいていない。だから、まずは家を特定する。
そして彼らの行動パターンを把握し、必殺のタイミングで毒を仕込む。たったこれだけのことだが、『絶対にバレないで事前準備を行える』という一点のアドバンテージのみで、オレはあらゆる殺しを成立させてきた。
オレの『職』じゃ、真正面からSランカーを殺すことは出来ない。でも知られていなければ、初見で殺せれば。
オレは、この世の誰でも殺すことが出来る。
「念のため、毒を塗ったナイフも……と」
数少ない、オレが人に自慢できるのはナイフ術だ。これだけは、殺し屋の中でもトップに入ると思っている。
そこに毒を塗るだけで、簡単に必殺武器の完成だ。
「何故か殺し屋の中には、事前に相手を挑発する奴もいるようだが……」
オレは絶対にそんなことはしない。人によってスタイルがあるから、他人のスタイルを否定することはしないが……ハッキリ言って、馬鹿だと思っている。
暗殺者なんだ、バレないでなんぼだ。
『郵便ですー』
どうも郵便局員がキョースケの家についたらしい。外見は……Sランカーが住んでいるとは思えないほど普通だ。しいて言うなら、ちょっとデカいか。
『あ、どうもー』
中から出てきたのは、ショートカットで青い髪の女。昨日隣にいた女もやたら美人だったが、こいつもなかなかだ。メイド服を着ているところから見て、使用人か何かだろう。
傍に置く人間を顔だけで決めているという噂は本当らしい――その青髪の視界を借用して中の様子を確認すると、美女ばかりだ。
流石にこれは羨ましい。
『どうしたの、マリル』
『あ、キョウ君。なんかお手紙ですよー』
『……また商会からファンレターかな? って、マリル。動かないで』
『へ?』
階段の上から降りてきたのは、キョースケ・キヨタだ。相変わらずやさい男だが――その目が、いきなり鋭くなる。
青髪の肩を掴むと、ニヤッと笑って目を合わせてきた。
『別にただ周囲を嗅ぎまわるだけだったら許したけど――プライベート空間まで入ってこられると、いくらなんでもムカつくね』
笑みを消し、目をつぶるキョースケ。
『えっ……? きょ、キョウ君?』
『うん、見つけた』
パっ、と目を開けるキョースケ。その目が紅く、紅く染まっている。
まるで、伝説に聞く悪魔のような――
『そこを動かないでね、すぐ行くから』
『えっ?』
「えっ?」
思わず、オレも声を出す。
今……なんて言った?
こいつ、すぐ行くって言ったのか?
(――あ、あり得ない!)
ドックンと心臓が跳ねる。まるで直接鷲掴みにされたようだ。
一気に全身から冷汗が噴き出る。咄嗟に魔法を切り、オレは自室のベッドの上に立ち上がった。
「なっ……まさか、オレに……? い、いやそんなはずがない!」
そんなはずがない。
オレの魔法に気づける奴なんて、いるわけが無い。せいぜい『見られてるかも』くらいだ。
なのに、この胸騒ぎはなんだ?
なのに、この汗はなんだ?
なのに、この――
ドッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッ!!!!!
――窓の外、何かが落ちてきた。
ドクン、心臓が跳ねる。
まさか?
ドクン、心臓が跳ねる。
もう?
ドクン、心臓が跳ねる。
ありえない――ありえていい、はずがない!
(と、とにかく逃げる!)
オレは荷物を持つことなんて一切考慮せずに、ノブに手をかける。しかし扉があかない。まるで外から強い力で押さえつけられているようだ。
では、窓……も、開かない。
「くそっ、くそっ! どうなってやがるんだ!?」
ガチャガチャと何度もノブを回す。しかし一向に開く気配がない。鍵がかかったままだっただろうか? と何度確認しても、鍵は確実に開いている。
では、一体――
こんこん
――ノブを、ノックされる。
ガタッ! とその場から飛びずさる。しかしそれが良くなかった。きぃ……と音を立てて、さっきまでビクともしなかった扉が開く。
そこから現れたのは――黒い髪の、優男。
「やっはろー。初めましてかな、俺の名前はキョースケ・キヨタ。『流星』とか『魔石狩り』って呼ばれてる。これでもSランクAGなんだ。よろしくね」
オレのターゲット、キョースケ・キヨタ。
さらに心臓が早鐘を打つ。ターゲットにこんな距離に入られるなんて――しかも、自分の根城を見破られるなんて。
(どうする? どうする、どうする?)
バクバクと心臓が跳ねる、どうしようもなく動く。
オレの脳はフル回転し、どうにかこの場を打開する策を――
「……殺気が漏れてるんだよ」
――ゴッッッッッッ!
何が起きたか分からない。気づいたらオレは、その場に倒れ伏していた。
「がっ……かはっ……」
「顔見知り……じゃ、なさそうだね。ってことは、誰かから頼まれたのかな?」
まるで自分の体が何十倍も重くなったようだ。オレは立ち上がることも出来ず、プルプルと震えることしかできない。
「毒か。……これ、飲まされてたら死んでたかもね」
「なん……で……わかっ……た……んだ……」
オレは無理矢理口を動かして、そう問いかける。
「オレの魔法は……無敵だ……! 誰にも、気づかれない……最強の……!」
「誰かに魔法をかけてたら、魔力が二重に見えるんだ。そして、魔力を辿っていったら君がいたってわけ」
………………?
こいつは、一体何を言っているんだ。魔力が二重に? そんなのが分かるなんて、人間じゃ――
「まあいいや。君の脳に直接聞くよ」
「なっ……ちょっ、ま……」
「じゃあ、いい夢を」
ぐきっ、と背中を踏みつけられて――意識を失う。
このまま目覚めることがあるのだろうか――そう思いながら。
冬子「で、どうなったんだ?」
京助「三時間で潰してきたよ」




