285話 面会? なう
前回までのあらすじ!
京助「再びベガまで戻ってきたよ」
美沙「そしたらなんか、冬子ちゃんが変なAGさんと喋ったりしてたね」
冬子「変なって……まぁ、変か」
キアラ「まぁ、部下の方ぢゃったら変を越えて変態ぢゃったからのぅ。それより良かったのではないかのぅ?」
マリル「なんていうか、トーコちゃんも結構、変な人を引き寄せるんですねー」
シュリー「ヨホホ、でもAGってそんなもんデスからね」
リャン「それでは本編をどうぞ」
「ベガ、ギルドマスターのバーレス・シグルです」
応接間に入ってきたのは、白髪に銀縁眼鏡の初老……いや、四十代後半くらいの年齢の男だった。
体はしっかりと引き締まっており、若い頃は相応の実力者だったのだろうということが感じられる。
バーレスは俺たちの前のテーブルに座り、メモ帳……というか手帳を取り出した。このギルドは珍しく、ギルドマスターが聞き取りを行うらしい。
暗めの金色があしらわれている、趣味の良い手帳だ。
「キョースケ・キヨタさんと……『頂点超克のリベレイターズ』の皆さんですね?」
「そうだよ」
俺たちを一瞥するバーレス。俺を真ん中に、冬子と美沙が左側に、マリルとシュリーが右側に座っている。
リャンとキアラは俺たちの後ろに追加の事務椅子を持ってきてもらって、そこに座っている。
怪しい獣人族が一人に、怪しい神様が一人。だいぶ怪しいメンツだからか、バーレスは少しいぶかし気にこちらを見ている。
「表ではかなりの騒ぎになっていますね」
数秒、俺たちを確認するような視線を向けてから……バーレスはため息交じりにそう言った。
「分からなくもないですがね。あのダンジョンのクリア者だ。この街に住むAGは皆、あのダンジョンをクリアできるなんて思っていなかったですから」
少し嬉しそうな表情になるバーレス。
「これもまた、人族の進歩なのでしょう。……では、さっそくですがダンジョンについて聞かせていただけますか?」
「うん」
今日はそのために来たからね。
というわけで、そこから先はマニュアル通りって感じの質問が飛んできた。
ダンジョンの系統、階層、ギミック、罠、ダンジョンモンスターの種類と特徴、ボス部屋、ボスの強さ、内部の広さ、その他諸々エトセトラ。
思っていたより、というかいつもマリルに書いてもらっている報告書以上のことがかなり細かく聞かれてしまった。事前にマリルにある程度纏めて貰っておいて助かった。
ダンジョンが二つに分かれていたため、もう一つのダンジョンの細かいことは冬子たちに聞くしかない。
バーレスの手帳が真っ黒になるころには、もうお昼を回っていた。
「……ありがとうございます」
万年筆を置き、ふぅー……と長く息を吐くバーレス。目元を指で揉み、苦笑とも呆れともつかない表情を浮かべた。
「信じられませんね。分断に特化したダンジョンですか……それもボスは通常の打撃、斬撃が一切効かないと来る。キョースケさんは『複数人で挑めば問題無くクリア出来る程度のギミック』と言っていましたがとんでもない」
トントン、と手帳を叩くバーレス。
「確かにダンジョンにおけるギミックはシンプルなものですね。しかし……転移床に落とし穴、敵を大量に倒すと出てくる透明なAランク並みのダンジョンモンスター。こんなもの、誰がどうすればクリア出来るのか」
バーレスは腕を組み、長く息を吐く。
「最低でもAランク以上の戦闘力を持ち……透明なダンジョンモンスターの群れの中で、冷静さを失わない精神力。罠を見破り、ただしい道を選択する状況判断力。そして仲間と合流出来る幸運。それらすべてが揃って初めて『攻略』に臨める。なるほど、こんなダンジョンなら誰も帰ってこないのも納得です」
そうやって並べられると……確かに、無茶苦茶なダンジョンだ。
「流石はSランカーと言ったところでしょうか。では最後に……これは私の個人的な興味になるのですが、ダンジョンボスから出たドロップ品は何だったのですか?」
「ボスドロップ? ……あ、まだ開けてない」
そういえば開けてない。今朝までは覚えてたのに。
俺の答えにひくっと、頬を引きつらせるバーレス。そりゃそうだよね、ボスドロップが目当てでダンジョンに挑んだのに、完全に忘れてるんだから。
何のために突っ込んだんだ、って話だ。
「その、何故開けてないので?」
「純粋に忙しくって。まぁ、今日あたりでも開けるよ」
「そ、そうですか。まあ……これに関しては私の興味ですので後からご報告いただく必要もありません。ただ……」
「ただ?」
言葉を切るバーレスに問い返すと、さっきまで仏頂面だったのはどこへやら。愉快そうに肩を震わせて笑い出した。
「くっ……くくっ……せっかく挑んだ、ボスドロップを忙しいから開けてない、とは……う、噂以上の変人っぷりだ」
「……あの、俺ほど常識的なAGなんていないと思うんだけど」
一体いつどこで俺が変人扱いされているんだ。
そう思って少し抗議したのだが、バーレスは少し面白そうに首を振るだけだ。
「そもそも、受付に対して丁寧に接するAGが珍しいですからね。Sランカーで有名なセブンさんも、たまに暴れますから」
あいつ何してんだ。
「何にせよ、面白いことが聞けました。……恐らく、今回のダンジョンはSランクダンジョンに認定されるでしょう」
Sランクダンジョン。
俺たちがチームで初踏破したダンジョンがSランクか。
感慨深いが――俺たちらしいと言えば、俺たちらしいか。
「つきまして、名前を付けていただきたいのですが……どうされますか?」
名前。
そうか、ダンジョンをクリアしたら名前をつけないといけないのか。
「……なんも考えて無かったね。皆で一緒に考えようか」
いつもなら――俺がテキトーに名付けたりしている。しかしせっかく皆でクリアしたダンジョンだ。
「ちゃんと皆でクリアしたという証が欲しい。……ボス部屋とか、クリアした部屋で写真も撮れなかったしね」
俺が言うと、皆は少しだけ嬉しそうに笑う。そして横に座るマリルがクイクイと袖を引っ張ってきた。
「キョウ君、私もそれに参加してもいいですかー?」
「もちろん」
マリルをハブる理由はどこにもない。
「ダンジョンの命名は、AGとしてのステータスに繋がります。そのため、基本的に一週間から二週間ほど申請に猶予を設けるようにしています。暫定としてSランクダンジョン、『頂点超克のリベレイターズのクリアしたダンジョン』にしておきます」
クソダサい。
「そういえば、ダンジョンコアとかどうすればいいの?」
「一旦はダンジョンのランク判定のために、鑑定に回させていただきます。……よろしいですか?」
「ん、どうぞ」
俺は懐から――と見せかけてアイテムボックスから――ダンジョンコアを取り出す。紫色に妖しく光り、『力』を当たりに振りまく玉。一見すると水晶玉のようだけど、よく見ると中で『ナニカ』が渦巻いている。
「これは……はは、私の目でも一目瞭然ですね。ふふ、ははは! いやぁ、この歳でこんなに興奮するとは思いませんでしたよ、ええ!」
銀縁眼鏡を光らせて、ダンジョンコアをじっくり観察するバーレス。俺はそんな彼を見ながら、声をかける。
「鑑定した後はどうするの?」
「売られるなら買い取りますよ。……くう、この次元ならば大金貨五百枚は固いか……現役の頃ならいざ知らず、今の私には手が出ませんね」
現役時代ならそれに手が出るってことは、やっぱりAランクくらいの実力があったんだろうね。
バーレスは暫く息を荒くしてダンジョンコアを観察していたけど、数分経ってから職員さんに回収させた。うーん、やっぱりAGって高ランクであればあるほど変な人が多いのかもね。
「そうだな、お前を筆頭に」
「だからなんで俺なんだ」
バーレスは観察した結果を纏めたいのか、手帳に何か書きなぐっている。ダンジョンの話を聞いていた時以上のスピードだ。
「そういえば――キョースケさんは、あの王都動乱で魔族と戦ったそうで」
「あ、うん」
いきなり話が飛ぶね。
「それがどうかした?」
「いえ、敵国の首都に攻撃を仕掛ける……なんて、普通は『落とす』自信があるからですからね」
「まあ、そうだね。それがどうかしたの?」
「それを跳ね返すには、異様なイレギュラーが無いとダメでしょう。どんな策を使ってそれをひっくり返したのですか?」
どうやっても何も……
「騎士団長とうちのチーム、あと黒のアトラを連れて殴り込みをかけた」
「これ以上無いくらい力業ですね」
そりゃ、突然襲われた街を救いにいったんだ。策なんてあるものか。
「しかしアトラさんですか……ベガにもよくお見えですが、あの王都動乱の際にもいたのですね」
「あれ、タローがあの場にいたことってそんなに有名じゃないの?」
でもよく考えたら、王都動乱の話で取り上げられるのは俺と天川だからね。タローの話は不自然なほど出てない。
……もしかして、タロー自身が隠してる?
(SランクAGは業績を示すのも仕事だって言ってたのに)
提携している商会がある街なのに、タローがあの場所にいたって知らないのは変な話だ。となると意図的に報せてない可能性の方が高い。
これはあまり深堀しない方がいいかもね。
「でも王都みたいに別の街が狙われたら、次はどこが狙われるかなぁ」
「それこそベガかもしれませんね。観光地ですから人はいますし、経済的にも要所です」
バーレスはそう言うが、魔族の傾向としてそういうものを狙ってるわけじゃない気がする。
人族の都市機能を麻痺させようとしたんじゃなくて、殺したい奴がいたのがたまたま王都だったから、王都ごとそいつらを殺そうとした。
「ああ、特筆戦力。幸か不幸か、この街には常駐しているAGの中に特筆戦力はいませんでしたね。たまに見える方なら、三人ほどいらっしゃるのですが」
三人も。
いや、この規模の街で三人は少ないんだろうか。アンタレスなんて俺たち異世界人を除いても常駐してるのが二人、よくいるのが一人の合計三人だし。
この街の一人はタローとして、もう二人は誰だろう。
「一人は元Sランクの方。もう一人は現役の方ですよ」
なるほど。
それが誰なのかを聞こうとしたところで、ガチャッとギルド職員が入ってきた。
「ギルドマスター。エイボガド男爵の使いの方が来られています。どうなさいますか?」
エイボガド男爵は、確かベガを共同統治している貴族の一人だったね。街の入口やこのギルドがあるところを統治してるんだったっけ。
「ああ、そういえばそうでした。すぐに向かうので別の応接室にお通ししてください」
「承知しました」
ギルド職員は俺達にも軽く頭を下げて、部屋から出ていく。ギルドマスターのところに貴族の使いか……アンタレスだとオルランドが呼びつけることが多いから、何となく珍しい光景だね。
「すみません、長々とお話してしまいまして」
「いや、大丈夫だよ。えーと、ダンジョンについてはこのくらいで大丈夫?」
「ええ。結果は追ってお知らせいたします。ただ、名前に関してはなるべく早くお願いいたします」
「了解」
「では失礼します」
ペコッと頭を下げてから部屋を出ていくバーレス。取りあえず、俺たちも帰って良さそうだね。
そう思って俺が立ち上がると――バーレスと入れ違いで、女性が一人入ってきた。ギルドの受付嬢なんだろうけど、なんでこのタイミングで。
「あの、すみません。キョースケ・キヨタさんですか?」
「ん? そうだけど」
「よかった。実はキョースケさんとお会いしたいという方がいらっしゃいまして……」
俺に会いたい人?
一切心当たりのない展開に、俺たちは顔を見合わせるのであった。
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「こちらです」
あれから三十分ほど。ギルドの受付嬢から引き合わされた、第二騎士団の人に連れてこられたのは、とある灰色の石造りの建物だった。まるで縦長のごま豆腐のような建物だけど……異様な雰囲気を漂わせている。
それはまるで、魔獣がぽっかりと口を開けているかのような――
「ここが、牢獄か」
「はい、申し訳ございません。お忙しい中、ご足労をおかけしてしまい……」
俺の前を歩く騎士が、申し訳なさそうに頭を下げる。彼はリミトート・カデミアと言うらしい。四十代前半くらいだが、俺より大きい体躯と白いあごひげ、そして鋭い眼光のせいで年齢を感じさせない。腰に提げている剣も業物のようだし……素の実力も、Bランク以上は優にあるだろう。
彼は俺たちが役人と呼んでいる警察組織の武力部門担当、第二騎士団のベガ・ロベリー伯爵統治地区隊長をやっているらしく……今回、俺を案内するためにわざわざ書類仕事を放り投げて来てくれたらしい。
(むしろ忙しいのはそっちだろうに)
俺は心中で苦笑しつつ、そのセリフを飲み込む。代わりに首を振ってから、活力煙に火をつけた。
「別にいいよ。それにしても初めて来たね――」
紫煙を肺に思いっきり吸い込み……数秒、味を堪能してから吐き出した。
「――獣人族専用の牢獄なんて」
吐き出した煙が、ふわふわと天井に上る。薄暗い部屋の中、俺の持つ活力煙の火が妙に目立った。
「しかも死刑囚のみを収監していますからね。恐らく……ほとんどの方が存在すら知らず、亡くなってゆくと思います」
「ベガとシリウスにしかないんだっけ」
「いえ、他にも一応御座います。ただ、殆どの場合その場で殺されますので、いつもガラガラですが」
だろうね。
建物の中、職員室のような場所を通り、扉が三枚も連なっている入口の前に立った。
活力煙を吸いきったので、俺が二本目を吸おうと咥えたところで――
「あ、申し訳ございません。中は換気が非常に悪いので禁煙となっておりまして……」
「ん、了解」
――と、注意されたので活力煙を仕舞う。
「でも優しいんだね、死刑囚のお願いを聞くなんて」
一枚目の扉を潜りながら、俺は話しかける。
「いえ、普通はあり得ないのですが……そいつが模範囚であることと、それとグレイプ伯爵がお願いしてみてはと仰ってまして」
グレイプが?
理由が分からず首をかしげると、リミトートも少しだけ困ったような顔になる。
「『自分のやっていることを知ってもらった方が、今後の協力関係も良いものになる』らしいです」
ああ、なるほど。ルールの話か。
当たり前だけど、敵国の人間が暴れたら生死問わずだ。そして互いを憎んでいることが多いので、当然殺し合いになる。
その結果制圧出来たら――兵なら捕虜、そうで無いなら法に則って裁く必要がある。本来ならね。大概、その場で殺されるけど。
だけどグレイプはルールに則る。だから、ベガではちゃんと生きて捕まえたらこうして囚人として扱ってるよ、法に則って扱っているよ。
それを見せるために、敢えて死刑囚の頼みとやらを聞いたんだろう。
「そんなことしなくても、俺は何も疑っちゃいないのにね」
「はぁ……」
俺とグレイプの関係性を知らないからか、少しきょとんとした顔になるリミトート。俺はそんな彼から目を外し、少しだけ風で内部を調べる。
(へぇ、地下四階まであるんだ。そこそこの強さの奴も何人かいるね)
獣人族相手だから、普通の魔力探知じゃ相手の強さを測れない。……分かっちゃいるけど、これって不意打ちされたら結構しんどいね。
それにしても、ギルド経由でグレイプに報告はしてるけど――ベガにいるうちにもう一度会いに行った方がいいかな。
「こちらです。階層の浅い囚人は、比較的おとなしい模範囚となっています」
地下一階。カツーン、カツーンと足音が響き、松明の火が怪しく揺れる。
「キョースケさんに会いたいと言っている囚人番号七十二番は、とある貴族を暗殺した後、亜人族の奴隷を逃がし、さらにAGを四人殺した凶悪犯です」
「へぇ」
ランクは分からないけど……貴族を殺した獣人族の討伐に名乗りを上げるAGだ。それなり以上の実力者だっただろう。
それを四人も返り討ちか。なかなかやるね。
「ただ、四人目を倒したところで深手を負ったようで、かけつけた第二騎士団が確保することが出来ました。傷が深かったのか抵抗も殆ど無かったので、こうして牢に入れているわけです」
なるほど。
流れは理解したけど、それがなんで俺と会いたいと言い出したのか。
不思議に思いつつ、案内に沿って進んでいくと――そこでは、二畳くらいの空間に、首輪をつけられ鎖に繋がれている獣人族の男が入っていた。
年齢は二十代後半くらいだろうか。顔の真ん中に走る刀傷と、ギザギザに千切れた耳が痛々しい。腕はギプスが巻かれており……肩の包帯には血が滲んでいる。脚の包帯も変えた方が良いレベルだ。
しかしそんな重体でも、眼光は鋭い。流石にAGを四人も殺しただけあって、なかなか手練れの雰囲気を醸し出している。
「SランクAGであるキョースケさんならば問題ないでしょうが……一応、お気を付けください」
「ん、了解」
俺は牢獄に近づき、槍をいつでも抜けるように警戒しながら話しかける。
「やっはろー。俺はキョースケ・キヨタ。君は?」
「……本当に来るのか。獣人族との融和派であるっていうのは本当らしいな」
ニヤッと笑う囚人番号七十二番。何度も否定しているのに、とうとう獣人族からもそう言われてしまった。
「俺は融和派でも何でもないよ。ただ好きなように敵を倒して、助けたい人を助けてるだけ。まぁいいけど……俺が知ってる獣人族は、全員名前を大事にしてた。だから名前を聞いたんだけど、俺も七十二番って呼んだ方が良い?」
少しだけ口調を強めて問うと、囚人番号七十二番は目を丸くして……そして真剣な表情になってから頭を下げた。
「その通りだ。申し訳ない。オレはレレリージン。ジンと呼んでくれ。キョースケと呼んでも良いか?」
「OK、ジン。そうだね、キョースケって呼んでくれると嬉しい。それで……なんの用?」
俺がそう問うと、ジンは顔を上げて……グッと目に力を込めて、牢の鉄格子を掴んだ。懇願するように――否、藁どころか糸にすら縋りそうな目で俺に頭を下げてきた。
「……オレをここから逃がしてくれ」
冬子「獣人族、専用の牢屋があるということは……魔族用のもあるのか?」
マリル「一応、あるらしいですけど……魔族は捕まえるのが困難ですからねー」
美沙「なんていうか、魔族ってテロリストの集団みたいだよね」




