277話 呼び名なう
前回までのあらすじ!
冬子「美沙の言葉を発端に、今後、京助をどう扱うかの会議が始まったぞ」
美沙「いや京助君ってモノじゃないんだから……」
リュー「でも、ハーレムの主人って本来は女性に奉仕する存在ではデス?」
ピア「そんな気はしますね。それでは本編をどうぞ」
――ドン!
冬子はアイテムボックスから瓶を取り出し、そのまま地面にあぐらをかいた。内容量はおよそ二リットル。四人で飲んでも十二分に足りるだろう。
「え。えっと……トーコさん?」
「取りあえず飲もう」
「いやトーコさん、何言ってるんデスか。ここダンジョンの中デスよ」
「キアラさんみたいになってるよ、冬子ちゃん」
最大級の罵倒を受けた。
「……いや、な」
別にいいのだ、ハーレムだろうと何だろうと。幸せに過ごせるなら、それで。
京助のことは好きだし愛しているが――まぁ、もう慣れた。
だから、そっちではなく。
「私は――皆『と』幸せになりたい」
とくとくと、野営用のコップに瓶から注ぐ。
「だから、ちゃんと話がしたいんだ」
京助と付き合って、京助と結婚して。
そして皆で家族になると言うのなら――モヤモヤを無くしてから、そうしたいんだ。
京助を自分だけのものにしたい。
京助と二人きりで過ごしたい。
それは偽らざる本心だ。
だが、それ以上に――皆と幸せに過ごしたい。
冬子は、そう思っている。
「皆は、京助を独り占めしたくないのか? あいつと二人きりで過ごしたいとか、あいつの笑顔を自分だけのものにしたいとか、無いのか?」
もしもそう思っている人がいて。
でも――言い出せないとか、そう思って我慢しているのなら。それはダメだ。
「ハッキリと、全員が幸せになれる話がしたいんだ」
皆、何か、どこか我慢した状態で――ハーレム、なんていつか瓦解する。
それは、ダメだろう。幸せになれるからとハーレムを選んだのに、最終的に喧嘩別れになるなんて。
「……冬子ちゃん、あのさ――まず、ダンジョン内でお酒はマズくない? 冬子ちゃん、お酒弱かったよね」
「安心しろ、ジュースだ!」
それもラノベあるあるの、実はお酒でしたのパターンも無い。冬子が好きでたまに買っている、ぶどうジュースだ。
「……失礼」
ピアはそう言ってコップを取ると、クンクンと香りをかいだ。
「アルコールではない……ぶどう、ですか。良い香りですね。つまりトーコさんは、腹を割って話せと?」
全員分にコップが行きわたったところで、冬子は何も言わずにコップを顔の高さに掲げる。そして、同時に口をつけて飲み干した。
「美味しいね、これ」
「だろう、お気に入りなんだ」
冬子がちょっとだけ自慢気に笑うと――美沙がにやーっと笑った。
「でも、なんで腹を割って話すのー? 今のままなら、負け戦をしなくていいんだよ?」
「ふんっ。『本気で取り合いになったらトーコさんが負けて泣いちゃう』とか思ってるのか?」
「おや、勝てるおつもりで?」
「ああ。京助は私の足にメロメロらしいからな」
言って、頬がカッと熱くなるが……取りあえずドヤ顔は崩さない。しかし恥ずかしいモンは恥ずかしいのでもう一杯注いで飲み干した。
『でもたぶん、この中で一番胃袋を掴んでるの私なんですけどねー』
「ヨホホ、ワタシは弟への挨拶も済ませているデスし、ファーストキスもあげたデスし、ベッドの上でも押し倒したことがあるデスし……ヒロインレースはブッチギリで一番だと思うんデスよね」
「押し倒したことに関しては後で詳しく聞くとして、ふふ、皆さん甘いですね。私はもう既に一緒にお風呂に入るまでの仲! 今から全員で愛を伝えれば、マスターは私を選んでくださること間違いなし!」
「所詮男の子はおっぱいには勝てないんだよ、大は小を兼ねる――昔からの真理! なによりNGプレイ無しだし! もうイチコロだね!」
「いやお前は無いな」
「ミサさんだけは無いですね」
「無いデスねぇ」
『ミサさんって、作戦が安易というかチープなんですよね』
「泣きますからね!?」
美沙が半泣きで冬子から瓶を奪い取り、コップに勢いよく注ぎ込んだ。なみなみと注がれたジュースを飲み干し、ぷはーっと長い息を吐いた。
「飲まずにやってられっかぁ!」
「酒じゃないんですけどね、私にもください」
『いいなー、私も秘蔵のお酒開けますかねー』
ケータイからキュポッとワインか何かの栓を抜く音が聞こえる。秘蔵のお酒か……
「お酒、私も飲めるようになりたいな」
「トーコさんの場合はアルコールに弱いですからね。ノンアルコールカクテルなんか出してるバーでも探してみますか」
『あー、それなら『ファイブ』のマスターの弟さんがやってる『フィフティーン』ってお店が、ノンアルも充実してますよー』
流石は男潰しのマリルさん。アンタレスのお酒事情には詳しい。
『ま、お酒のことは置いておいて――』
「腹を割って、でしたか。……そうですね、トーコさん。私は貴方のことを……マスターに仕える身ではありますが、友と思っています。ライバルだと言われたあの時から」
トン、コップを置いてこちらに真剣なまなざしを向けるピア。
冬子は頷き、笑みを返す。
「私だって、そう思っている」
誰もピアのことを奴隷だなんて思っちゃいない。
ピアは冬子のその顔を見て、真剣なまなざしのまま……笑みを作った。
「その上で、断言します。トーコは、私たちとマスターへ抱えている想いが違う。――トーコ以外、マスターのことを『あいつ』などと呼べる人はこの中にいません」
一瞬、何を言われているか分からなかった。
抱えている想いが、違う?
「と言っても、別に良し悪しの話ではありません。ただ、違うと言うだけです。マスターのことを『あいつ』などと言えないのは……仕える立場だから、というのもあります。ですが、本質的にはマスターへの愛情が『感謝』と『尊敬』から来るものだからです」
ますます、分からなくなる。
冬子とて、京助には感謝している。尊敬している。でも、それが何だと言うのか。
「愛している人を尊敬し、感謝するのは当然でしょう。しかし私たちは『恩』、『感謝』、『尊敬』が『愛情』に変化しました。だから、『友情』から『愛情』に変化したトーコでは、感じることが違うのでしょう」
「感じることって……なんだ」
「マスターが、私以外の人『も』愛したとして。それに否とは、言えませんし言いません。それで私のことも蔑ろにされるなら嫌ですが……」
うんうん、と頷く美沙とリューさん。
「ただ、私の感情以上に、マスターが『そうしたい』と言うことを叶えたくなるのです」
「……私は、京助のことを考えていないと?」
「いえ、幸せの基準が自分にある。それだけだと思います。そしてそれは悪いとは言えません。ただ、違うということです。それに、それがマスターにとっての幸せなのかは、断言できませんから」
しかし、と言葉を切るピア。
「私だけに愛を向けて欲しいのは確かです。……ですが、私はあの日、マスターの背中に惚れました」
あの日、だけでは分からないが……背中、と言われたら分かる。
覇王が襲ってきた、あの日だ。
「あの日は決定的でした。……私が獣人であろうと、一目見た時から一人の人間として接する器量、誠実な姿勢。日々、彼から感じるその在り方――いつの間にか、絆されていたんでしょうね」
ピアの言葉に熱がこもる。
「それ故に、想ってしまうのです。自分が満たされることよりも、相手が満たされることが私にとっての最大の幸福であると」
自分にとっての幸福は、相手の幸福。ピアのその言葉はどこか誇らしげだった。
「京助が幸せなら、それでいいと?」
「ええ。……でも同時に、その満たされているマスターをお側で見ていたいのです」
誇らしげに――少しだけ、気恥ずかしそうに笑うピア。恐らく冬子で無くとも、それが彼女の本心であると理解できただろう。
「それが私の、最大の幸福です。だから――そういう駆け引きというか、色々を抜きにして、私はマスターにハーレム状態でイチャイチャしたいです!」
断言するピア。
「……ハーレム状態で?」
「ええ。……複数の女性を従える男の人って、ちょっと憧れませんか?」
控えめに頷くリューさん。……獣人族の感性、だろうかそれは。
まぁ、でもちょっと分からないことも無いような、あるような。
しかし――自分よりも相手が満たされることが、幸福と。
それを言われてしまえば、何も言い返せない。
「ていうかさー」
コップに新しくジュースを注ぎながら美沙が口を開く。
「そもそもさ、普通にそっちの方が私たちも皆幸せじゃない? 少なくとも、自分だけが選ばれたいって言うよりも皆が幸せになれると思うけど。だって、一人だと京助君とその選ばれた人しか幸せになれないよ? でも、ハーレムなら皆幸せじゃん」
……ストレートに、オブラートに包まずそう言う美沙。人数の話で言えば、そうだろう。
「そうは言うがな」
「私はそっちの方が、皆が幸せになれると思う。何より、私は京助君だけじゃなくて……他の、冬子ちゃんにも、ピアさんにも、リューさんにも、マリルさんにも感謝してるもん」
胸に手を当てて、はにかんだように笑う美沙。
「出来上がったコミュニティに、こんな異物を受け入れてくれた。だから、私は皆が幸せになる方に賛成。……そもそも、二人きりがいいなら、ハーレムが完成した後に夜這いすればいいし? 最初に子どもを産んじゃえば……取りあえず妊婦さんの期間は私のことしか見ないだろうし? 実は既に穴あきゴムはこの通り用意してるんだ!」
じゃん! と避妊具を取り出す美沙。ニコニコの笑顔と、ドヤ顔でそれをててーんと見せびらかすように。
……取りあえずそれを粉微塵に切り裂く。
「な、何するの冬子ちゃん! 外から見た目が分からないように穴開けるの凄い大変だったんだよ!?」
「小賢しいものを用意するんじゃない!」
「うう……ま、まあいいし。コツは掴んだから」
『あー、なんか口出しするのもアレですけどー、ちょっと穴開けたくらいなら簡単に破けますよー?』
「え」
耳年増なだけで性体験の無い美沙。マリルさんの言葉にピタリと止まる。
『あれってこう、硬くなったところでクルクルーって降ろしてつけるんですけどー、その時に絶対に破れますよー。特にピッタリつけようといじったら、確実に』
「あう……ま、まあいいや。それなら別の方法考えるだけだし!」
前向きなことだ。
やや半泣きになった美沙はもう一度ジュースを飲み干し――そして、少しだけニヒルに笑った。
「……あと、別に私は京助君に選ばれたいだけで、私を見て欲しいだけなの」
美沙はジュースを注ぎ、その水面に自身の顔を映す。
「私を見て――そして人生のパートナーとして選んで欲しい。私だけを見て欲しいんじゃなくて、『私』を見て欲しいの。ちゃんと真っ直ぐ、ぶつかって欲しいの。……選ばれないくらいなら、京助君の唯一じゃなくていい」
氷のような、凍えた雰囲気を漂わせる美沙。彼女の過去に起因すること、なのは分かる。恐らく、とても悲しいことがあったのだろう。
……だからと言って、ゴムに穴を開けていいわけじゃないが。
『愛する人に好かれたい。ただ一人として好かれたいのか、ただ好かれたいのか。人によって別れるとは思いますけどー、私は……まぁ、今度こそ幸せになりたいのでー』
マリルさんはそう前置きしてから……恐らく、お酒を飲んだのだろう。やや艶めかしい吐息が聞こえてきた。
『ぷはぁ……。キョウ君が『どう』したら幸せになる何か分からないんですよねー。人によっては結婚しない方が幸せになれる人もいますからー。だから、キョウ君と付き合いたい、結婚したいっていうのは『私』が『幸せ』になる方法ですー』
その上で、と言葉を切るマリルさん。
『私は皆と一緒になる方が良いですー。皆で一緒に、ハーレムエンド。愛しい旦那様とー、可愛い妹分たちー。もう最高じゃないですかー』
どうやら、冬子たちは妹分の扱いならしい。
「最高って、何でですか?」
『いやぁ、だってキョウ君が私に飽きても他の女の子に走らないで、身内で完結するわけじゃないですかー。どこの馬の骨か分からない泥棒猫にキョウ君が取られるよりー、自分が信頼している、好きな家族で回してくれた方がいいかなーって』
何故浮気する前提……。
「きょ、京助が浮気なんてするわけ無いじゃないですか」
少し反論してみると、ケータイの向こうからやや淀んだ声が聞こえてくる。
『いやぁ、こう……男の人と女の人のそういうことの感覚ってズレてるのか、飽きるみたいなんですよね……。なんなんでしょうねー、飽きるって……。先輩が言うところによると、なんか妊娠期間中とか特にヤバいらしくってー……』
「いや分かりませんけど……」
「え、妊娠中も……!?」
何故か絶望顔になる美沙。確かにそこには驚いたが。
冬子が苦笑とも呆れともつかない、ちょっと困った声を出すと――マリルさんは、淀んだ声から諦観を感じる声音に変わった。
『そうじゃ無くてもー、自分だけを愛して欲しいなんて……言えないですよ。私は、皆さんと違ってもう……だいぶ、汚れてますから』
「そんなこと無いです」
「そんなことありません」
「ご自身のことをあまり卑下なさらないでくださいデス」
「京助君の前でそんなこと言ったら、物凄く怒られますよ。そして、私たちも怒ります」
流石に四人同時に、マリルさんの言葉を否定する。マリルさんは数秒間沈黙してから……クスクスと笑い出した。
『知らないって、怖いですねー。……でも、皆さんは全部話しても、そう言ってくれるんでしょうねー……。うん、やっぱり私はー……もしトーコさんがどうしてもというなら、愛人で我慢しますー』
「諦めはしないんですね」
『諦める必要は無いですからねー。恋も愛も、一番だけが正解じゃないんですよー』
切なくも、芯の通った声。マリルさんの思いが、よく伝わってくる。彼女の抱えた物は、恐らく冬子たちの経験では到底知り得ないものなのだろう。だからこそ、彼女は冬子たちに話さない。年長者故なのか、それともマリルさんだからなのか。
……妙な空気になったからか、リューさんが少しわざとらしく帽子を脱いでからおどけたように笑った。
「ヨホホ、まぁ……一番になりたいのはなりたいんデスけど、それ以上に……家族は、多い方がいいデスから。……助け合える人が、たくさんいることは、安心出来るデス」
帽子を胸の前で握り、ぴょこぴょこと耳を動かすリューさん。
「だから……どうしてもダメそうなら、トーコさんとキョースケさんのお姉さんとして家族入りするしかないデスね」
そんな可愛らしい仕草から、予想の斜め上を突っ走ったことを言うリューさん。どうしてそうなった。
「ヨホホ! 別に制度的には何も問題ないデスからね! トーコさんが子どもを産んだ時とか、サポート出来るデスよ! ……家族って、大事デス。だって、命懸けでお互いを守る、絶対の『チーム』デスから」
「……そう、ですね」
「ええ。最小単位の社会とも言うデスけど、ワタシは最後の砦だと思ってるデスよ。最後に帰れる場所。……命懸けで守ってくれる、守ろうと思える。安心できる場所。だから、信頼出来る皆さんで家族になりたい、デス」
リューさんの言葉を聞いて、皆の言葉を聞いて。
なるほど、全員はこれを本心から言っている――そう、感じた。
じゃあ、それなら。
冬子の本心を言ってもいいだろう。
「……私は、京助を独り占めしたい」
でも。
「皆と一緒に過ごしたい」
だから。
「……いっそのこと、皆を抱いてしまえばいいんじゃなかろうかと思っていてだな」
『「「「……は?」」」』
キョトーンとした顔になる皆。
しかし、冬子もずっと考えていた。
京助を独り占めし、皆と楽しく過ごす方法。
そのためには――
「京助のハーレムを私が乗っとる!」
『「「「アホがいる!」」」』
全員のツッコミ。リューさんが言葉を荒げるのは珍しい。
「これでも私は前の世界で女の子から告白されたことがあるんだぞ」
「京助君の脳が破壊されそう」
広義ではNTRになるんだろうか。
「……だがまぁ、実際問題。京助が男らしく『全員と寝る! 俺の女にする!』って言ったら私も退こう」
なんか京助らしい台詞ではないが……でもまぁ、それが一番強引でも納得出来る皆で幸せになる方法だ。
「だが、そう言わなかった場合は……私が皆の夫となり、そして京助の妻となる。こうするつもりだったんだ」
「冬子ちゃん、男らしいんだか何なんだか……」
「でも、ふふ。それもいいかもしれませんね。……離れ離れにもなりませんし」
『楽しく過ごせそうですしねー』
「ヨホホ、トーコさんなら任せられるかもしれないデスね」
皆、まんざらでも無さそうに笑う。
「……私は、高校時代から京助が好きだ。あいつと一緒に行った放課後のカフェや、くだらなく過ごした日常は今でも宝物だ」
あの頃――日本にいて、戦いなんて何も知らなくて。
毎朝起きるのが面倒で。
抜き打ちテストが強敵で。
授業中、寝てる京助を起こして。
休み時間はラノベや漫画の話をして、たまに志村も交えてやいやい話して。
宿題や塾がかったるくて。
でも放課後、カフェに行ったり本屋さんに行ったりが楽しくて。
将来の不安を煽るテレビを気にしながら志望校、進路を決めて。
明日は放課後、何をしようか……なんて思いながら寝ていて。
毎日の教室は、刺激は少なくてもいつも輝いていて。
そんな日々、京助と過ごした高校生活。
……もう二度と、戻ってこない。
分かってる、だからこそ。
「だからこそ――もう、戻らないから。進まないといけないから」
その日々は冬子の中の宝物にして。
これからの幸せを探すために。
「悲しむ人が少なくて、幸せになれる人が多い方がいい。……絶対に選んだ道に後悔はある。それならば、一緒に乗り越える仲間は多い方が良いに決まってる」
悩むことは多いだろう。
壁にぶつかることは多いだろう。
でも、だったら。
それをぶち壊すための仲間は多い方が良い。
それを択べる世界なのだから。
「二人きりで得られる幸せ、一人を選んで手に入る幸せ。それ以上の幸せを私は掴むし、皆にも渡す! そのために必要なら、私が全員抱いてやる!」
清田京助が大好きだった佐野冬子を。
キョースケ・キヨタと、トーコ・サノで……幸せにしてやる。
そして、残りの全員も。
「だから、私もハーレムで――いや、ハーレムが良い」
そこまで言って――タァン、と周囲に響く音を立ててピアがコップを置いた。
「一つ、訂正してください。――幸せにするのは、トーコだけじゃないですよね?」
『私たち皆で、私たち全員を幸せにするんですー。……違いますか?』
ピアと、マリルさんの言葉に――冬子はこくんと頷く。
「ああ、そうだな」
どうせこれから先の人生、困難なんていくらでもやってくる。
それなら、皆で立ち向かった方が良い。せっかく、全員でいるんだから。
信頼出来て、好き合っている皆でいるんだから。
「そこは愛してるって言わないと、冬子ちゃん」
「うっ……て、照れが先に来てしまった」
「まぁ、ハーレムの王にはまだまだですかね……あ」
ピアがそこまで言いかけて、少し固まる。そして何かを思い出したように……ポツリと口を開いた。
「……そういえば、キアラさんのハーレムでもあると言われましたよね。逃がしてくれると思いますか?」
「「「「確かに」」」」
『っていうか、その状態だとキアラさんが新婚家庭にいることになるんですよねー?』
「「「「確かに!」」」」
そのことは失念していた。
つまり――二人きりなんて、絶対にありえないじゃ無いか。
そのことに思い至り、ついつい笑ってしまう。
「はは、最初から無理だったのか!」
「完全に忘れてたねー……いやまぁ、別に良いんだけどさ」
「ヨホホ、もうあの人は生活の一部デスからねぇ」
『ホント、洗濯物だけでもちゃんと出してくれてたら良いんですけどー』
マリルさんの文句だけ、何か妙に生活に根差している気がする。
(はぁ……)
本心から、ハーレム。
前の世界でハーレム物を読んだ時は「随分と男に都合の良い世界だ」くらいに思っていたが……こうして当事者になってみると、違う物が見えてくるのか。
「だいたい、冷静に考えたら私にも京助にも、もう親がいないからな……あの人間不信男が素直にベビーシッターなりなんなりを雇うとは思えん」
『っていうか、トーコさんだけじゃなくて……結構皆、親いないんですよねー。私の両親も頼るなんて無理ですしー……どのみち、二人きりだと障害は多いんですよねー』
「皆、肉体労働ですからね。もっと平和的な職業にでもついていれば生活の不安も無いのですが」
「単純に、京助君が本当に信頼してる人ってここにいる人たちだけだし……そりゃ、どっちがいいかって言われたら……ねぇ」
「まぁ、確かに現実的なことを考えるとどうしてもな」
なかなか難しいものだ。
しかしどんな世界でも――信頼できる人間がいるのといないのではえらく違う。
それが友を越え、家族になってくれるのだ。
これ以上のことは無いだろう。
「……あ、じゃあさ」
再びジュースをコップに注いだ美沙が、もじもじと指を合わせる。
「この話を始める前に言ってた件……なんです、けどー……」
何のことか……と一瞬思ったが、そうか、名前で呼び合う件か。
「私は構いませんよ」
「私もデス。その代わり、こちらももうちょっと砕けた感じで呼ぶデスよ」
『良いんじゃないですかねー。体面が大事な時以外は』
しっかり釘をさすマリルさん。
『あ、もちろんトーコちゃんもですよー』
「へ? あ、はい。……いや、うん。マリル」
『おー、なんか一気に気持ちが縮まった感じがありますねー』
なんかそう言い方をされると少し照れる。
「じゃあミサちゃん、デス」
「な、なにー? ……リューちゃん?」
「おお……ミサちゃんに初めて萌えを感じたデス。妹萌えデス」
なんで妹萌えなのか。しかし確かに少し頬を赤らめて上目がちに言う美沙は可愛かったかもしれない。
「ではトーコ。……今後ともよろしくお願いしますね」
「ああ」
ピアからも『さん』が外れている。
……やっと、ちゃんと友達になれた気がして……気恥ずかしくなり、でもちょっと嬉しくて。
なんだか、頬を赤らめてしまった。
「おやトーコ。照れているのですか?」
「そ、そんなわけ無いだろう。……さて、それじゃあもうひと踏ん張りだ!」
せっかく皆で一致団結出来たのに、このダンジョンから生還できなければ意味が無い。
ちゃんと京助に会うためにも、頑張らないといけない。
改めて一致団結――心機一転、やってやろう。
冬子はそう思いながら、背筋を伸ばすのであった。
美沙「冬子ちゃんが問う子ちゃんになってたね(笑)」
冬子「滑ってるぞ」
リュー「でも呼び名を変更ですかデス」
リャン「ちょうど良い機会だったかもしれませんね」




