井川の決心と拳①
前回までのあらすじ!
京助「今回から番外編だよ」
冬子「まさかの井川編だな」
美沙「それでは本編をどうぞー」
井川信也と木原真奈美は幼馴染である。
お互いの母親が親友で、しかも真奈美の母親がシングルマザーということもあり――何かと二人で遊んでおり、幼稚園から高校までずっと同じ学校だった。
とはいえ、異世界まで一緒に来るとは思っていなかったが。
明確に恋愛感情を持ったのは――井川では無く、真奈美が先なのだろう。小学校高学年ごろから、何となくよそよそしくなった。
井川はそれに何となく気づいていたが、だからと言って自分から行動することはしなかった。彼女はどちらかというと派手なグループに所属することを好んでいたし――井川はどちらかというとオタク趣味というか、日陰趣味の方と付き合っていたからだ。
だから主に遊ぶのは休日か、放課後。放課後ならどちらかの家が多かったし、休日なら遠出して二人で会っていた。
ハッキリ言って――付き合ってない、というのが不自然なレベルだったと言ってもいいだろう。何せ毎週末二人で遊びに行ったり、二日に一回は家で会っているのだから。
でも、何となくお互いに言い出せなかった。相手との関係性もあったし――何となく、気恥ずかしかったのもある。どうせ一緒になるだろう、どうせずっと一緒にいるのだろう。お互いそう思っていたから――言わなくても、ずっと一緒にいられると思っていたから。
だから、異世界に来た時。まずは――告白した。
環境が変わったから、とかではない。ただ、よりリアルに『終わり』が見えたからだ。人生の終わり、即ち『死』が。
恐らく天川たちは覚えていないだろうが、最初に大怪我を負ったのは真奈美だった。即座に空美が回復させたから誰も覚えていないかもしれないが。
死ぬかもしれない――そう思った、そう感じた日。真奈美と井川は肌を重ねた。想いを伝えあって。
そこからはとにかく、真奈美を死なせないように。それだけを考えて動いていた。死なないように、死なないように。
死なない、死なずに、元の世界に戻る。
それが目的で、目標で。
だから……別に後ろ指をさされようが、ピエロと嘲笑われようが、構わない。他の奴らがどうなろうともまた、構わない。元の世界にさえ戻れば、すべて元通りなのだから。
一刻も早く、脱出する。
この地獄から。
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あの子たちは助かっていた。それだけはひとまず良かった。真奈美も喜び、安堵し……何とか、自分でご飯を食べてくれるようにはなった。衰弱死するかと思っていたから、一安心だ。
それでも、部屋からは一歩も出られていない。当然と言えば当然だろう。あの傷は何も癒えていないのだから。
「殺した、ものな」
清田の方が落ち着くまでは王都で待機だが……さっさと引っ越させてあげたい。王都にいれば思い出す。あの出来事を。
「……恐怖、か」
思い返せば、井川とて芯から震える。思い出したくも無い悪夢。真奈美に至っては……話の節々から聞くに、どうも記憶が曖昧になっているらしい。
そっちの方がいいだろう。
「…………」
王城の屋上からは、かなり遠くまで見える。王都は広い――測ったことは無いが、東京都くらいの広さはあるんじゃなかろうか。
ほんの数日前までは人々の往来が盛んだった王都、しかし今は見る影もない。それも全て魔族のせいなのだが。
「……美しい夜景は、そこで働く企業戦士がいるから。親父が良く言ってたな」
あの子たちの生存は、他ならぬ自分の目で確認していた。というか、彼らと偶然出くわしたのだ。
『あ、どっか行っちゃったお兄ちゃん!』
第一声が、遠くから放たれた。
そこにはあの時助けられなかった――と思い込んでいた子たちがいた。流石に安堵したものの……あの時、どうやったら助かるのか。それが分からなかった。
『あのな、あの後勇者様が助けてくれたんだ!』
『たまやーって応援したよ!』
『お姉ちゃんはどこ行ったんだ?』
『怪我、大丈夫だったか? もうちょっと一緒にいれば、勇者様に助けてもらえたのに』
『でも無事でよかったな!』
彼らは口々にそう言って笑顔を見せてくれた。見た人をホッとさせる無邪気な笑顔だ。
しかし、その無邪気さが――井川の心臓を貫いた。
井川は、どう思われようと構わない。所詮、妻の命を優先して子どもを見殺しにした人間だ。しかし、真奈美は。
真奈美は……真に、命をかけて彼らを救おうとしていたのだ。そんなの、長く付き合っていたから分かる。
ヤンキーだギャルだ、そう言われる格好をしているし、実際にそんな連中との付き合いがある。だが、真奈美は井川に比べて情に厚い。目の前の死を無視出来ない。
井川と違い、本気で子どもたちを助けようとしたのだ。
それなのに。
「何のために……真奈美は」
真奈美だけじゃない、自分も。
仕方がないことだった、真奈美を救うためだから。嫌われても構わない、それが自分の望みだから。
そう言いながら、見殺しにした――言うなれば、人を殺した。その事実から目を背けていたというのに。
誰も死んでいない、ハッピーエンドです。
全部全部、勇者様がやってくれました。
「まさにピエロだな」
だから、と言うわけじゃないが――井川は、少し遠い街に来ていた。
傷心旅行、と自分を偽って、カッコつけてもいいが……ただ、向き合うことから逃げただけ。
「ここがアルタイルか……」
アルタイルの街。この国の大多数の流派が道場を構えるという、武道の街だ。
名所と呼べるような場所は無いが、道場がたくさんあるだけあって武道会がよく開かれるんだそうだ。興行として有名になっており、観光の目玉になっているとか。
「久しぶりに格闘技観戦でもするか」
井川がいくつか持つ趣味のうちの一つが格闘技観戦だ。殺し合いは何度も見たし、自分も端っこで経験しているが――それとこれとはまた違う。
自身の持つ技術を、力を、精神力を駆使して相手から勝利をもぎ取る。それは単なる殺し合いとは一線を画す戦いだ。
(それにしても……凄い人だな)
会場はいわゆる青空リングという奴で、ドームのようなものは一切無い。すり鉢のようになっている会場のど真ん中でファイターが戦うわけだ。
「はーい、そこのお兄さん。エールはいかが? キンキンに冷えてるよ」
チケットを買い、会場に入ると早速物販のお姉さんに捕まった。妻のいる身ではあるが、際どい谷間にはつい視線が吸い寄せられてしまう。
「……いや、アルコールはいい。その代わり、炭酸飲料は無いか?」
露骨に目を逸らすのもまた恥ずかしいので、自然な流れで彼女が持つ桶の方に目をやる。氷が敷き詰められており、その中に瓶がいくつも刺さったものだ。
これは確かにキンキンに冷えているだろう。会場の熱気で火照っていることもあり、思わずゴクリと唾を飲みこむ。
「んじゃほい、ソーダ。中銀貨一枚と小銀貨一枚だよ」
百五十円くらいか。こういう場所にしては良心的な値段だ。井川は懐から金を取り出し、飲み物売りのお姉さんに渡す。
「食べ物は別の子から買ってね~。あ、でもお兄さんイケメンだから……アフターの相談も乗っちゃうよ?」
にへっ、と人懐っこい笑みを浮かべる物販のお姉さん。井川は苦笑し、ひらひらと手を振った。
「これでも嫁がいるんだ。そういうのは間に合ってるよ」
「ありゃ、そっか残念。それじゃ仕方ないな。じゃあ飲み物が無くなるくらいのタイミングでまた回ってくるねー」
物販のお姉さんはそのまま歩き去っていく。ただ立っているだけで汗が噴き出てくるような熱気。すぐにあのお姉さんのお世話になりそうだ。
「っと、四の五二番……こっちか」
チケットを見ながら自分の座る席を探す。四列目という非常にいい席が取れたので今から楽しみだ。
人の間を縫って自分の席にたどり着くと、何故かそこには黒髪の美女が座っていた。薄着、というか殆どネグリジェみたいなスケスケの衣服を着ている。
しかも背が高い。座っているのに、井川の身長に迫るほどの高さだ。恐らく二メートル近く身長があるだろう。異世界に来てこれより高いのは魔物しか見たことが無い。
そして注目すべきはその黒髪。腰まで――どころではない。恐らく足まであるそれを高い位置で一つにくくり、一度折りたたんでもう一度括っている。
本人の顔立ちは彫が深く、西洋人風の顔が多い異世界でも……目立つほどの彫の深さ。まるで彫刻だ。
何というか、おおよそ格闘技の会場にいるのはミスマッチな格好の人だ。
「……なんだい、ジロジロ見て。この格好は少し恥ずかしいんだ、あんまり見るんじゃないよ」
ばつの悪そうな顔でこちらを睨む美女。恥ずかしいんならそんなスケスケの服装しなければいいのに。
「っと、すみません。そこがオレの席だったもので……」
「あん? 四の五一番だろここは」
「いえ……四の五二番です」
そう言って席の背の部分を指さすと、黒髪の美女はそれを確認し……豪快に笑いだした。
「こりゃ失礼! あたしが間違えてたみたいだね! すぐにどくよ!」
何というか、見た目は令嬢のようなのに、豪快な人らしい。彼女が大笑いして席を譲ってくれたので、やっと自分の席に着くことが出来た。
「それにしてもあんた、ヒョロいね。格闘技好きなのかい?」
いきなり美女から話しかけられた。そのことに面食らうものの、格闘技の観戦をしていたらだいたいこんなものだ。
いつもなら汚いおっさんなのが、綺麗な女性に変わったというだけで。
「……ええ。こういうの見るの好きで。今日は別の町からわざわざ来たんですよ」
「なんだそうなのかい! 別の町ってどこだい?」
聞かれて、王都の名前は何だったかと一瞬考える。普段から王都としか言わないせいで正式な名前を忘れてしまった。
「えーっと……確か、ミラだったかな? 王都です」
井川が答えると、女性は目を丸くする。
「おやまあ、そんな遠いところから。王都なら地下にはなるけど、闘技場もいくらかあるだろうに。それはあれかい? ちょっと王都を離れたい理由でもあったのかい?」
ぐいぐい来る人だ。よく見れば、足元に氷の桶が置いてある。丸ごと買ったのか……。
旅の恥は掻き捨てとも言うし、少しくらい本当のことを言ってもいいだろう。相手は酔っ払いだし。
「傷心旅行……って言うと、カッコつけすぎですかね。少し考え事があって」
井川が答えると、女性は豪快に笑ってエールを煽った。グイッと一口で一瓶飲み干し、足元に置く。
そして桶からすぐに次を取り出す。よく見れば桶には十五本くらいエールの瓶が刺さっている。どれだけ飲むんだ。
「いやぁ、傷心旅行でこんなとこまで来るなんて豪気なこった。そんなに安くないだろう、旅費も」
転移を繰り返してきたから一円もかかって無い――とも言えず、曖昧な笑みを浮かべて誤魔化す。
「その……お姉さんこそ、あまりこういう世界に興味のある風に見えないんですが……」
話題転換のためにもそう言うと、女性はニヤッと笑って井川の腕にエールを押し付けてきた。
「そうかい? 今日は晴れの日なんだよ。あたしの弟子が初防衛戦をやるんだ!」
「弟子……?」
この人が武道をやっているようには見えないが……。
「そ、ここ最近とった弟子でね。二人ともうるさいんだ。今日だって普段通りの格好で行こうとしたら『その格好だと他の人に迷惑だろ! 何人分席占領するつもりだ!』って言われてね。仕方なくこんな恥ずかしい格好ってわけさ」
いや弟子たちは何故ネグリジェを着せたんだ。他にいくらでもまともな格好があっただろうに。
「お、始まったねぇ。さて、あいつらの出番はいつ頃かな、っと。ほれ、あんたも乾杯乾杯!」
「いや、オレは酒は……」
「普段ならあたしも若い子に飲ませたりしないんだけどね。今日は特別さ、祝いの日だからね! 一杯だけ付き合っておくれよ!」
「じゃあその……乾杯」
「乾杯! っかー! やっぱエールは冷えてるのに限るね!」
そう言って、謎の女性と二人で乾杯しながら武道大会を見る羽目になった。
(……大丈夫かな)
と、最初は思っていたものの、試合が進むにつれてそんな感想はどこへやらと吹っ飛んでしまった。
何故なら武道大会のクオリティが予想の何百倍も高かったことだけでなく、この女性の解説があまりにも的確だったからだ。
「ああ、今のはダメだね。一撃は手数で相殺しなくちゃいけないのに、カウンターを狙いにいった。あれは攻めてる気になってるだけで逃げてるんだ。あんな苦し紛れじゃ、あと四発が限界だね」
この手の格闘技の試合などで目の肥えているはずの井川すら唸らせる解説が続く。格闘技の師匠をやっているというのは伊達じゃないらしい。
「ああ、今のはいいパンチだ! 躱したようで、顎に一ミリ掠ってる。でもここで焦ると元も子もないからどう出るかな。あたしは恐らく赤がいったん距離を取ると思うけど……」
本来であればこの手の酔っ払いの戯言は聞き流すものだが……気づけば、周囲の人が聞き入るほどになっていた。ハッキリ言って、金を出して聞きたいレベルだ。
「かぁーっ、やっぱいい試合が続くねぇ。あんたもそう思うだろ!」
「はい。ここまでレベルが高いとは……」
「だろう? でもここで一位とらせるのは結構大変だったんだよ。なんてったってチャンピオンになりたいって言うからさ。そんならまずはこの大会だ、っつってね」
チャンピオンになりたい。
はて、どこかで聞いたような……
『さぁー! 本日のメインイベントだ! まずは青コーナーのチャレンジャー、長髪の戦士として高名な彼が、今日はついに王者へ挑戦だ! 寝技、投げ技、蹴り、殴り! なんでもありのトータルファイターが今日はベールを脱ぐ! さらに今試合まで十連続KO勝ちを達成しており、試合前からKOを予告するなどまさに大胆不敵! 今日も彼の必殺の蹴りは炸裂するのか! 青コーナー、240パウンド、アルタイル第一闘技大会チャレンジャー……マンスケェェェェェェ・ノーランドォォォォォォ!』
実況がそう叫ぶや否や、青コーナーにプシューと勢いよくスモークがたかれる。その煙の中から一人の男が走って現れた。不敵に笑い、軽やかにリングの上に着地する。
長髪の戦士、と言われるだけあって髪は長いが……鍛え上げられた、いい体をしている。手足が長く、ウエイトもかなりありそうだ。この武道大会は三段階の階級に分けられていると言われていたが、流石最重量階級なだけある。
「マンスケー! あんなチビ助やっちまえー!」
「今日こそお前がナンバーワンだ!」
声援が飛ぶ。青コーナーはお祭り騒ぎだ。
蹴りのデモンストレーションを行うマンスケ。変な名前だが、実力は相当だ。特にあの長い足を活かした蹴りが得意なのだろう。
「結構強そうですね」
「ああ。今日出て来た奴の中じゃ一番強いだろうね」
そう言って楽しそうに笑う。眼には不安も何も浮かんでおらず、チャンピオンであるお弟子さんを相当信頼しているのだろう。
マンスケは実況から拡声魔法のマイクを借りると、ビッと天を指さした。
『オレの蹴りに三ラウンドもいらねえ! 予告KOだ! 一ラウンドでKOしてやる!』
「「「「「「「わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」」」」」」
マンスケの言葉に沸く会場。こういうノリは格闘技ならではだ。
『さぁ! それでは赤コーナー、チャンピオンの入場だ! 何と今大会最軽量且つ最低身長! 歴史上類を見ない、軽量級の人間が、並み居る大男をなぎ倒し最重量階級でチャンピオンとなった!』
ざわ、と会場が熱気だつ。それはさっきのマンスケが入って来た時のそれとは全然違う。
例えるならば――処刑を見る前の空気のような。マンスケの入ってきた熱気は全て食い荒らされ、チャンピオンの入場にだけ全員の神経が注がれる。
ごくり、と思わず生唾を飲む。一体どんな男が――
『俺に出来ることは殴るだけ! しかし俺はこの武術が最強だと示すために戦っているのだ! 体重は関係ない、どんな大男だろうが急所を殴れば一撃でKOしてみせる! 赤コーナー、123パウンド……』
123パウンド? ってことは……
「ご、56キロしかないじゃないか! 倍近い差があるぞ……!?」
「そんなの関係無いね、ほら入ってくるよ。注目しな!」
女性がそう叫ぶと、赤コーナーにスモークがたかれる。プシュー……という音の後……ゆっくりとそのチャンピオンが姿を現した。
『アルタイル第一闘技大会チャンッッッッッッピオンッッッッッッッ!!!! ツネキィィィィィィィィ・シラサギィィィィィィィィィ!!!!!!』
「「「「「「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!」」」」」」」」」」
マンスケの時の比ではない、圧倒的な声援。塗りつぶされた空気が、更に変わる。彼への声援、応援――会場が彼を見ている。
今大会の誰よりも小さく軽い。そんな彼がガウンを背負いながら、悠々と歩いてくる。ロープをひらりと飛び越え、リングに立つ姿は……威風堂々、まさに王者の風格。
「……は?」
しかし、井川は別の理由で驚いていた。
だってそうだろう、この女性の弟子であり、今大会最強にして最軽量のチャンピオンの名前が。
自分たちのチームを抜け、武者修行に出かけた……白鷺常気なのだから。
「しら……さぎ? あいつ、何でこんなところに!?」
「お、なんだ。あんたツネキの知り合いなのかい! そいつはちょうどいい、後で会いに行くかい?」
「というかセコンドは……加藤? あいつまで……一体、何がどうなってるんだ」
「なんだい、サトシとも知り合いなのかい。んじゃやっぱ後で連れて行った方がいいだろうね。それよりいいのかい? そんなボーっとして。一番いいところを見逃すよ!」
女性に言われ、慌ててリング上に注目する。諸々の紹介を終え、白鷺がリングパフォーマンスをする段になっていた。
白鷺はさっきマンスケがしたように、指を一本上げて天を指す。
『おーっと!? チャンピオンも一ラウンドKO宣言か!?』
実況がそう叫ぶと、白鷺は無言で首を振った。
『俺のパンチに二分も必要ねぇ』
『何と――ということはまさか!』
『一分KOだ! ボクシングの神髄って奴を見せてやるよ!』
「「「「「「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!」」」」」」」」」」
会場が割れるかと思うほどの声援。いや、この声援だけで物理的に会場が揺れている。地響きがするほどの声援。
もはや『どっちが勝つか』ではない。『どうやって白鷺が一分でKOする』のか。会場がそれにしか興味が無い。
『それでは今日のメインイベント! そのゴングが今……鳴ったぁ!』
カーン! とゴングが鳴る。同時にマンスケは駆けだした。これだけのアウェイ感の中、初動で硬くならないのは非常に素晴らしいと言える。
だが――
「うおおおおおおおおお!」
――交錯は一瞬だった。
悲鳴にも似た声を上げながら放たれた、一撃目のハイキック。大振りだが大振りだからこそカウンター何て狙えない。だってそうだろう、あの手足の長さだ。白鷺の腕が届くわけもない。
なんていう井川の「甘い」想定はあっさりと吹き飛んだ。一歩でマンスケとの間合いを潰し、そして十二分に力の込められた拳が――カウンターとして、顎に突き刺さった。
ゴッッッッッ!
蒸気機関車のボイラーよりも熱くなっている会場が静まり返るほどの一撃。重く、鈍い音が周囲に響き渡る。
空中で二回転し、そのままマットに顔面を突き刺すマンスケ。手足からはだらんと力が抜け、潰されたカエルのように倒れこんだ。
ピクリとも動かない。というか、首が変な方向に曲がっている。アレは……ちょっとマズい曲がり方じゃなかろうか。
「っしゃぁ!」
「「「「「「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!」」」」」」」」」」
拳を天に掲げる白鷺。次の瞬間、先ほどまでの地響きとは比べ物にならない――空間そのものが震えるような声援が辺りを覆いつくす。
「た、担架だ! それと回復魔法師! マズい、首の骨が折れているかもしれん!」
レフェリーが駆け寄り、必死にそう叫ぶ。確かにあれはマズい――と思っていると、それを無視して、隣の席に座っていた女性が立ち上がった。
「うーし、まあ褒めてやろうかねぇ。マイクパフォーマンスはもっと盛り上げられた気もするが、それはあたしらの仕事の範疇じゃないしね。あんたも来るだろ?」
そう言って笑う美女。井川は慌てて立ち上がり、その長身を見上げた。
「……あ、ありがとうございます。えっと……」
名前が分からず首を捻ると、女性は豪快に笑った。
「ああ、そう言えば名乗って無かったね。……ふむ、もうちょいこっち」
女性に連れられ、廊下というか席を上り下りする少し広い通路に出る。彼女は周囲に余裕があることを確認すると、グッとポーズを取った。
ボディビルで言うところの――モストマスキュラー、だったか。
「ふぅ、やっとこのかたっくるしい格好から解放されるねぇ」
そう言って笑うと、いきなり全身から異音が聞こえる。ミシミシミシィッ! とまるで骨格がバラバラになるような音が響いたかと思うと……美女、の……肉体、というか、全身が、筋肉で……覆われて……
「ひ、あ、ああ……」
「あー、スッキリした。改めて名乗ろうかねぇ」
ごき、ごき。
首を鳴らし、ニィィィ……と獰猛な笑みを浮かべた。
さっき、まで、美女、だった……人、が。
アマゾネス、以上のゴリゴリマッチョナウーマンに――
「あたしの名前は枝神ゴリガル! ツネキとサトシの師匠で――ツネキに神器を渡した女さ! って、あんた。おい、ちょっ、何で気絶してるんだい!」
――薄れゆく意識の中。
温かくも分厚い手に支えられた感触だけが井川の背に残った。
白鷺「久々に俺の出番来たぁぁぁぁぁああああ!!!」
加藤「誰も待ってなかったと思うけどね」
井川「というか、何かオレのキャラがブレているような……」
ゴリガル「別に脇役だしいいんじゃないかい?」




