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異世界なう―No freedom,not a human―  作者: 逢神天景
第十章 それぞれの始まりなう
269/396

240話 緊張なう

前回までのあらすじ!

京助「やっとシリウスに戻って来たね。……なんというか、ここまで長かったねぇ」

冬子「それ以外にも、私たちの家計について美沙に説明したな」

美沙「キアラさんがダメダメってことは分かったよ!」

キアラ「妾は別にダメではないんぢゃが」

リャン「ダメダメでしょう、どう見ても」

マリル「後は私が少しお説教しましたねー」

シュリー「それでは本編をどうぞデス」

 シリウスのギルドは……相変わらずデカい。どう見ても高層ビルだ。


「日本橋にでも来た気分だよ」


「ニホンバシって何ですか? キョウ君」


「俺の故郷にあった地名。こういう大きなビルが乱舞してたのさ」


 魔物が闊歩する世界でこういう大きなビルは本当に驚く。……しかもこういうビルを建てられる理由が『腕利きのAGがたくさんいるから』っていうのが凄いよ。

 普通の街であれば、万が一魔物が襲い掛かってきた際に壊されてもいいように平屋の建物しか建てない。しかしこの街であればどんな魔物が来ても被害を出させない自信がある、だからどんだけ高い(高さが)建物でも、高い(値段が)建物でも建てまくる。

 シリウスという街はAGの実力の高さを見せつけるためのデモンストレーションも兼ねているわけだ。

 スーツ姿の人もいるが、俺のように鎧姿の人間もいる。ブルーカラーとホワイトカラーが半々いるような感じだね。


「俺もブルーカラー側だけど。……あそこかな」


 受付までたどり着き、俺は自分のAGライセンスを見せる。


「ジョエル会長に呼ばれてる……AランクAG、『魔石狩り』のキョースケだ」


「ああ、会長から伺っております。申し訳ありませんが、あちらのスペースでお待ちいただいてよろしいでしょうか」


 受付のお姉さんに示されたのは簡易的な応接スペース。衝立みたいなもので区切られており、膝くらいの高さのテーブルと、椅子がある。


「行こうか、マリル」


「はいー」


 マリルと二人でそこに座っていると、お茶を持ってきてくれた。……なんかAGギルドじゃないみたいな厚遇だ。


「いえ、アンタレスでも流石にアポのあるお客さん相手ならこんな風にしますよ」


「嘘だぁ」


「なんでそこで嘘をつく必要があるんですか……まあキョウ君の場合は初回が初回だったし、ギルマスとも仲が良かったのでテキトーにしてましたが」


 やっぱりテキトーにするんじゃないか。

 俺は出された飲み物を口につけようとして……マリルがそっと止めた。


「どうしたの」


「いえー……まあ私は必要無いと思うんですけどねー。ピアさんから釘を刺されているのでー」


 と言って俺のお茶を一口飲むマリル。飲んだところについた口紅を拭き、そっと俺の前に戻した。


「ピアさんが言っていた通り、全部飲み切らないでくださいねー」


「置き毒だっけね」


 そこまで警戒する必要は無い……とは言い難いか。いくらAGギルドとはいえこれだけの人だ。王都のギルドに魔族が入っていた例もある。警戒し過ぎて悪いことは無い。

 無い、が……。


「リャンもマリルも、俺の大切な人なんだから毒見なんてしちゃダメだよ。……そうだな、銀のスプーンでも持ち歩こうか。こっちの世界の毒に銀が通用するか分からないけど」


「キョウ君……大切な人ってところを『マイスウィートハニー』に変えてもう一回お願いします。あと、毒見用ならそういう魔道具があるんで今度買いに行きましょう」


 へぇ、そんな便利な道具が。っていうか何だよ『マイスウィートハニー』って。


「あの、キョースケ様。ここは女性とイチャイチャする場ではございませんので自重していただけないでしょうか。あと、シリウスのギルドに潜入出来る生物なんていませんのでご安心を」


 俺がマリルとそんなやり取りをしていると、受付のお姉さんがため息をつきながら中に入ってきた。別にいちゃついてない。

 彼女は俺の前にあるお茶を取ると、グッと飲み干す。そしてもう一度、今度はティーポットから同じお茶を注いで、飲み干した。

 都合二杯飲んだ彼女は、飲み口をティッシュのようなもので拭いて……同じように、ティーポットからお茶を注いだ。


「どうぞ、毒は絶対に(・・・)入っておりません」


 プライドを傷つけたのだろうか。そしてさっきまで一切感じなかった『武』の気配を彼女から感じるようになった。Cランクくらいの実力はありそう。相当強いぞこのお姉さん。

 ……受付のお姉さんもそれなりに戦えるんだ、シリウスのギルドって。

俺は苦笑して彼女がついでくれたお茶を飲む。


「ありがとう」


「いえ」


「あ、ちなみにシリウスの受付嬢になるためには戦闘試験があるんですよー。アンタレスのギルドで受付嬢してた時に、そんな社報が回ってきました」


 ホントにあるんだ。っていうかギルドに社報とかあるんだ。

 マリルは何故か俺の腕に抱き着くと、受付のお姉さんに向かってドヤ顔を決める。何故。


「……くっ」


 悔し気な声を出して目を逸らす受付のお姉さん。そのまま「失礼します」と言って去って行ってしまった。


「なんのやり取りだったの、今の」


 マリルがお茶をついでくれたので、俺はそれを飲みながら彼女に問う。


「私が『社報』って言ったんで、あの人も私が受付嬢やってたの気づいたと思うんですよねー」


「そりゃ気づくだろうね」


「だから、キョウ君を自慢しちゃいました」


 どうしてそうなる。


「いやぁー……あはは、ちょっと見栄を張りたくなることもあるんですよねー」


 見栄。

 その言葉と、一昨日の空美のセリフが合致して……何となく、なるほどと思ってしまう。

 要するに、ギルドの受付嬢にとって強いAGを射止めることは一種のステータスなのだろう。客室乗務員になった女性がプロ野球選手と結婚することがステータスのように。……ちょっと古いか。


「……そうなんだ」


 現AランクAG、今日からSランクAGの男はそこそこステータスなのだろう。内容がどうあれ。

 灰皿があるので活力煙でも吸おうかと思ったが、マリルがいるので自重。腕時計をチラッと見ると、かれこれ十五分が経過していた。


「よく考えたら、来いとは言われてたけど詳しい時間とか伝えてないんだから……いきなり行ってマズかったかな」


「むしろ来た段階でそういう準備を始めるから、アポイント……というか諸々の調整のために一度呼んだって感じじゃないんですか?」


 ああ、そうなのかもしれない。冷静に考えたら俺の認定を行うわけだから、いくらか準備も必要だろうし。


「というかむしろ、だから私だけ連れてきたんだと思ってましたー。そういう調整とか、お金のこととかは私の分野ですしー」


 あんまり何も考えてなくて、ギルドに行くから連れて行こうくらいにしか思ってなかった。

 ……とは言えないので、何となくそれっぽい表情で頷いておく。


「私は二人きりになれていいんですけど、部屋に置いてきた皆はどうしてますかねー」


「子どもじゃないんだし、各々それなりに時間を過ごしてるでしょ」


 なんてやり取りをしていたら、案の定と言うべきか受付のお姉さんが言伝を持ってやってきた。


「申し訳ありません。会長が直接細かい調整を行うつもりだったそうなんですが……来客が重なってしまい。キョースケ様のご予定などお聞かせ願ってから、こちらで調整して再度ご連絡させていただくという形でよろしいでしょうか」


「ん、それならじゃあ時間の調整とかしようか。マリル任せてもいい?」


「はいー」


 というわけで時間の調整、それに加えて諸々の準備を終えて俺たちはシリウスのギルドを出た。


「じゃあキョウ君、お昼ご飯買ってから帰りましょうか」


「そうだね」


 不思議とマリルとは二人きりになる機会が多い。一緒に買い物をすることが多いんだけど。

 俺とマリルでギルドを出ると、冬子とリャン、シュリー、そして美沙が立っていた。


「お疲れ様です、マスター」


「あれ、皆なんで?」


「ヨホホ、部屋をざっと片付けて外に出ていたんデスよ。そろそろお昼デスし」


「京助から連絡が無ければお昼ご飯買っておこうかと思ってな」


 ああ、なるほど。


「皆揃ってるし、せっかくだから何か食べに行こうか。キアラは……呼べば来るか」


「アンタレスとはまた違う意味で、わたし達がいてもそんなに騒がれませんからね」


 確かにそういう雰囲気はある。……皆『俺は強い』と思ってるから、気にしてないのかもしれない。

 獣人族だろうが倒せばいい、的な。


「そんな戦闘民族の街だけど、美味しいお店は……ティアール曰く、あるみたいだし」


「その辺のレストランに入ってみるか。誰か何か食べたいものはあるか?」


 冬子の問いに、美沙が「あっさりしたのがいい」と言うので系統は決定。七人で入れる店なんてあるだろうか。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 その日の夜、俺たちが泊まったホテルにギルドの案内が来た。

 SランクAGの認定はギルドが、任命は国王がするらしい。認定と任命に違いってあるのか。

 というわけでジョエルから認定を受ける。その際に、俺とタローとオルランド、ティアールの三人で署名するんだそうだ。

 そして皆引っ込んだ後、改めて国王から任命される、と。


「必ず国王陛下から任命が必要だったんだね。知らなかった」


 それだけSランクの称号っていうのは重たいのか。国のトップが出てくるほどとは……


「念のため言っておきますが、SランクAGを名乗るからには相応の責任と覚悟が求められます。……まあ、こういうお話は本来会長から行われるべきなんですが」


「責任……ねぇ」


 大いなる力には大いなる責任が伴う、だったか。

 簡易的とはいえ、式典の内容を聞きながら少しだけ胃が重たくなってくる。この感覚、久しぶりだ。高校受験以来かな。肩に荷が乗るというか、息苦しくなるというか。


「聞いてますか?」


 ギロッと睨まれたため、俺は愛想笑いしてから軽く胃を抑える。


「うん。……じゃあ、OK。その時間に……正装とかすべき?」


「AGの皆さんは仕事着が正装です。AGとして参列するなら特に」


 それなら安心。いつも通りの格好で臨もう。

 その他、簡略的な式典の話をされて……案内の人は去っていった。俺は一つ息を吐き、部屋に戻る。


「どうでしたかー?」


「ん、まあ」


 何となく口数が少なくなった俺を怪訝に思ったか、マリルだけじゃなくて冬子もリャンもシュリーも美沙もわらわらと俺の方に寄ってきた。


「どうした、京助。緊張してるのか?」


「思ったよりちゃんとした式典っぽくて。あんま慣れないからね」


「ではマスター、緊張を解すためにマッサージをしましょうか。さ、全裸になってベッドに寝てください」


「全裸になる必要は無いよね」


「大丈夫ですかー? おっぱい揉みますかー?」


「揉まない」


「えっ……あーえっと……冬子ちゃんどうしよう。武器を取られた」


「そこで私に振るということは喧嘩を売ってるってことでいいんだな?」


「ヨホホ……お二人とも、キョースケさんが緊張しているかどうかのお話なんデスから。おっぱい揉んだりして緊張がほぐれたりは……えっと、一応揉んでおきますデスか?」


「だから揉まないってば。……まあマッサージはしてもらえると嬉しいかな」


「では服を脱いで――」


「脱がないってば」


 俺は苦笑を返し、ベッドに寝転ぶ。たまにリャンにマッサージしてもらうけど、彼女は上手なんだよね。

 向こうで冬子と美沙がどんぱち始めたけど、取り敢えずスルー。シュリーが止めてくれるだろう。


「しかしマスター、珍しいですね。緊張なんて」


「……そう? 俺、結構緊張しいだよ」


 と、言ってはみたものの。こっちの世界で『試験』というものもあまり受けたことが無いし、檀上に立って何かをしたことも無い。畏まった場所に行ったことも無い。


(いや、違うか)


 上下関係というか、失うものというか。

 そういうしがらみが少なかった、こっちの世界に来てから。組織に所属することもほとんどなかったしね。


「まあ……前の世界でも学校くらいしか無かったけど、そういう組織みたいな場所」


 部活も中学までしかやっていなかったしね。

 考えないようにしていただけかな。だって、緊張を感じるということはプレッシャーを感じるということ。つまり『責任』を『自覚』すること。

 俺は本当に『責任』についてしっかり考えていただろうか。いや、考えていなかった……目を逸らしていた。

 もう子どもではいられないというのに。


「夢見る少女じゃいられない、ってね」


 俺は男だが。


「なにか言いましたか? マスター」


「いいや」


 少なくとも――『力』に対する『責任』については『覚悟』を決めている。それ以外については……また今度考えよう。


「京助、勝ったぞ!」


「なんの戦いをしてたのさ」


 筋肉のほぐれた体をぐきぐきと回しながら、ベッドに座る。よく考えたらベッドの数足りるかな。


「もともと六人でとってましたもんねー。どうしますか? ベッド一個追加してもらいますか?」


「あ、私は京助君のベッドで寝るんで大丈夫ですよ」


「何も大丈夫じゃないから」


 マットレスとかそういうのもあるだろう。最悪、ティアールに口利きしてもらえばいい。そんなことを思いながら俺が階下に行こうとすると――何故か女性陣でジャンケンが始まった。


「何してんの」


「誰がお主と一緒に寝るか、ぢゃろう。妾も参加してみようかのぅ」


「いや参加しなくていいから」


 ……っていうか、付き合ってない男女が同じベッドで寝ちゃダメでしょ。ウェイ系サークルとかならアリなのかもしれないけど。

 ……うん、ダメだから俺はちゃんとマットレスを貰いに行ってくるよ。


「……なんで足が氷漬けになってるの」


「そこでジッとしててね! 京助君!」


 天真爛漫な笑みの美沙。なんでさ。


「ヨホホ! 勝ちましたデス!」


 ということで勝者はシュリーか。一番執念が薄そうなのに。


「じゃあワタシのベッドをミサさんは使ってくださいデス」


 ニマニマしているシュリーが美沙にそう言うと、美沙は「ふしゃー!」と言って威嚇しだした。猫かな?

 彼女らが何となく満足してるっぽいので諦めよう。


「明日も早いから晩御飯食べてさっさと寝ようか」


「いよいよ記念すべき日ですねー、キョウ君」


 記念すべき日、って言われるとやっぱり何となく胃が重くなる。辛い、とかそういうわけじゃないのだけど。

 やっぱり……大人にならないといけないのかな。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 翌朝。俺の隣で丸まって寝ているシュリーを起こさないように体を起こす。いつもより早い時間に目が覚めちゃったね。


「ん……やっぱりちょっと緊張してるのかな。ふぁふ」


 欠伸を一つ。活力煙でも吸おうとベッドから出ると……その手をガシッと掴む者が。


「おはよう、京助」


「……おはよう、冬子。起きてたんだ」


「ああ。京助、ちょっと話せるか?」


 彼女の手を掴み返し、よっと立たせてあげる。


「いいよー。……外行こうか」


 そう言って窓から冬子と共に屋上へ。


「ちょっと寒いな、この高度だと」


「んー、そうね。で、どうしたのさ」


 俺が問うと、冬子が少しだけ闘気を放つ。


「いや、まあ……何というか、ちょっと汗を流した方がいいだろうと思ってな。今日、やるだろ?」


 昨日受け取った内容によると、国王陛下からの任命を終えたらそのままジャックとの模擬戦に入るようだ。

 あんなことがあったし、国王陛下をこれ以上シリウスに置いておけないかららしい……が、短くなったのはありがたくも残念でもある。


「ジャックとかいうSランカー、異様に強そうだろう」


「ん、そうだね」


「……だからと言って、私はお前のあんな姿は見たく無い」


 あんな?

 と言われて思い出す。確かに昨日……天川との決闘の際はちょっと無様だったかもしれない。


「お前が無様だなんて思ってない。心配しているだけだ」


「……だから模擬戦の更に練習相手になってくれるの?」


「準備運動くらいしておいた方がいいからな」


 冬子はそう言って笑う。可愛らしく、凛々しい。俺の信頼できる女性。


「型稽古でも、普通に模擬戦でもいいぞ」


「ありがと。じゃあ、柔軟してから模擬戦で」


 そう言って笑いながら、冬子と軽く柔軟する。ぐいーっと手と手を繋いで伸ばしたり、背中を押して貰ったり。


「朝ご飯の前にこうして柔軟したり走ったりするのも久しぶりな気がするねー」


「基本いつもやってたからなー。ここ二、三日が変だっただけで」


 二人で喋りながら体を伸ばす。ほぐれてきたところでいつもは走るのだが……今日はもうすぐに模擬戦に入る。


「どうする、ルール」


「軽く動くだけだ。寸止めでやろう」


「ん」


 しかしこうして二人きりで喋るのも……久々な気がするね。


「ねぇ冬子」


「ん?」


 首を狙ってきた冬子の剣を屈んで躱し、バク転してその顎をつま先で狙う。スウェーバックで躱した冬子はバレエのように回転して俺から距離を取った。俺は低く構えなおし、下段突きで冬子の脚を狙う。


「なんかだいぶ遠くまで来た気がするね」


「そうだな。……お前ももうSランクだもんな」


 ジャンプして躱した冬子、そのまま唐竹割に俺の脳天を狙ってくるので木槍で木剣の腹を叩いて回避。回転させて石突きで冬子の目を狙うと、冬子は首を傾けてそれを躱した。


「チームメイトも増えたし……お前を慕う子も増えたな」


「慕う子って……まあそうなんだけど」


 苦笑して、冬子のボディを狙うように木槍を横に薙ぐ。剣で防がれるが、筋力で冬子を一メートルほど吹っ飛ばした。


「……お前が私を連れて行ってくれた時は……独り占め出来るって思ってたんだがな」


 寂しそうな顔で呟く冬子。風が吹いて聞こえない――なんてことは無い。だってこの近さで戦ってるんだから。


(独り占め……独り占め、か……)


「ああ、そうだ京助」


 そんな寂しげな表情を一瞬で消すと、冬子はほとんど消えるようなスピードで踏み込んできた。これ……前冬子が言ってた、『縮地』?


「実はな、面白い本を見つけたんだ。今度読むか?」


「ああ、いいね」


 斬り上げられた木剣と切り結び、顔と顔が密着しそうな距離でつばぜり合いになる。


「俺、こっちの世界に来てからあんま本読んでないしなぁ」


「面白いぞ、ファンタジーものだが」


「……ファンタジー世界のファンタジーって凄い気になるな」


 くんっ、と力が抜ける。冬子のフェイント――俺は強引に槍を引き戻し、彼女の足の甲を突く。冬子はその場で両足ジャンプして――


「うおっ」


 ――剣を手放し、俺に思いっきり抱き着いてきた。思わず抱き留めると、冬子はにやーっと楽しそうに笑う。


「おっと」


「身体は温まったか?」


 俺に体重を預ける冬子。彼女の顔は見えないが、俺と同じく笑みを浮かべていることだろう。


「油断し過ぎじゃないか? 京助。お前避けようともしないどころか――受け止めたじゃないか」


「そりゃね」


 苦笑する。全体重を俺に預けてきてるんだから――避けられるわけないじゃないか。


「全く……今日は油断するなよ?」


 こん、と頭で頭を軽く小突く冬子。俺は自信満々な口調でニヤッと笑って見せる。


「むしろぶっ倒すよ」


 向こうは先輩だが、この世界に年齢は関係ないだろう。


「かっこいいとこ、見せてあげる」


 自分の口からこんな単語が出てくるなんて。

 俺はその事実に思わず笑ってから――空を仰ぐ。

 青く晴れた、いい天気だ。


「引き分けだったね」


「何を言う、私の勝ちだぞ」


 そう言って首筋にチクッとしたものが。へ? と思って振り返ると――冬子の手にはナイフが握られている。


「油断し過ぎだぞ、京助」


「……肝に銘じるよ」


 今日は油断しない。俺は改めて心に誓った。

京助「何か久々に冬子と二人きりで喋った気がする」

冬子「そうか? ……そう言われてみればそうだな。もっと私に構え、京助」

京助「善処するよ」

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