これは夢? ワシの名前を言ってみろ!
むくり!
上体を起こし、そのまま立ち上がり手前側を見る。
「すー・・・すー・・・」
ソレはヨダレを垂らしながら、幸せそうに眠っている。
窓の外は真っ暗、この部屋には時計が無いので時間はわからない。
まぁ夜なのだから、眠っているのは不自然ではないだろう。
しかし何であろう、その顔を見ていると怒りにも似た感情が湧き出てくる。
見た目は幼女で、かわいらしい顔をしていて無邪気に眠っている、が。
侮れないヤツ。
スズカ・ガブリエラ
ワシのクラスの副担任である。
まぁそれはいい、それはいいのだ。
コヤツは先ほどまで人に失礼な発言を繰り返し
散々小馬鹿にしたかと思えば
生徒であるワシにメシをせびり、たらふく食べた後
満足そうに眠っているのである!
その事実を考えれば、この感情は至極!当然である。
まったく、この先生はなんなのだ。
ワシは冷たいまなざしで見下ろすのだが
静かに寝息を立てているコヤツは気づくはずも無い。
・・・・・・
・・・・
まぁ悪気は無いのだろうし、いや寮の入り口の件は許さんが。
足で蹴飛ばして起こしてやろうかと思ったが、さすがにそれはカワイそうか。
そう考え、側にしゃがみ込み、手で肩を揺らす
「おーい、おきんかーい」
「んひ?」
ふあーあと、大きなアクビをし、上体を起こす先生。
「ふあー、あー天掴くん、ごちそーさまー・・」
ぼんやりとした目を擦りながら、そんな事を言っている。
「先生、礼はいい」
ワシは一息つき続けて
「さっさと帰れ」
と冷たく言い放った。
きょとんとした顔でこちらを見つめる先生。
・・・
・・・
「あ、あーそうですね!確かにそろそろ帰ったほうが・・・よさそうですね」
そして立ち上がる、のだが
ジーっとこちらを見ている。
・・・・・・・・・
すこしの沈黙の後、先生が口を開く。
「天掴くん!かよわい先生を送っていってはくれないのですか!」
まったく、なにを言っているんだこの人は。
だがココで断ればまた面倒な事になりかねん。
ワシは仕方がなく、先生を寮まで送り届ける事にした。
ニ分もかからないぐらい、すぐ近くなのに、だ。
寮を出たところで
ふと何かの気配を感じた気がしてあたりを見まわす。
・・・・・
「天掴くん?どーしました?」
「むう?いや、なんでもない」
人の気配かとも思ったが、あたりは木々が揺れているだけで
生き物の気配すらしない。
気のせいであったか。
さて、先生方の寮につき、戻ろうとすると名残惜しそうに
「先生の寮もさっきのカギで入り口が開きますよ!
勿論!部屋は開きませんけどね!
何かあったらすぐ来るんですよ!
先生の部屋は106ですからね!
寂しくなったらいつでも来ていいんですからねー?」
等とニコニコほざいて、手を振るスズカ先生を尻目に
軽く手をあげてそっけなく応える。
後方でピッと入り口が反応する音がした。
部屋に戻り食器を洗って、シャワーを浴び
特にする事もなくなったので、寝ることにした。
荷物には寝具は入っていなかったが
幸い備え付けの布団とマクラが押入れにあった。
先ほど使ったテーブルや食器も備え付けの物であった。
良い部屋だな・・と満足しつつ、明かりを消し
布団に倒れこむ。
すぐに眠りに落ち、こうして入学一日目はやっと終わりを告げたのだ。
―チュンチュンチュン ピーチクパーチクピロロピロロ―
目を覚ますと朝の日差しが窓から差していて、目をくらませる。
スッと立ち上がり、荷物を探る。
そして探り当てたのは腕時計。
時間を見れば早朝七時前。
軽く体操をし、台所に向かい朝食を作る。
ハムやチーズなんかが無いのがこれまた残念だが
フレッシュ野菜のサンドウィッチが出来上がった。
それをペロリとたいらげると、軽く部屋を整理した。
なにせ、昨日ダンボールをひっくり返してそのままなのだ。
一通り片付けると、登校時間になったので着替えて、部屋を出る。
澄んだ空気と春の優しい風がそよそよと吹き抜けていく。
今日は入学二日目
初日は色々あったが、今日は大人しくしていよう。
クールに!先ほど食べたサンドウィッチのようにフレッシュに!
そう心に決め、歩き出そうとするのだが・・・
またしても何かの気配を感じた!
・・・・・
あたりを見回すと木々の間に小さな花を見つける。
吸い込まれるようにその花を見つめる朱天。
花はポツンと一輪、こちらを向いて咲いている。
しばらく見詰め合う二人、いや一人と一輪か?
控えめに咲く小さな花はどこか寂しそうにも見えたが。
だからといってどーしようとすることもなく
学校に向かうため、歩み始めた。
かなり早い時間ではあるのだが、人がまったくいないという程でもない。
あたりを見回せば生徒や教員らしき人もチラホラいる。
さて、一学年の建物の入り口に到着した。
この学校は一・二・三と学年ごとに建物が分かれている。
渡り廊下で繋がっているので、中で行き来はできるが。
まぁ今のワシには関係ないだろう。
さてさて、建物内に入り一直線に自分のクラスの教室に来たわけだが。
案の定というか、他に人はいない。
いや、居ても気まずいかもしれん。
さてさて、何をしようか・・・
・・・・
特にやることも無いので、昨日渡された資料でも読むか。
・・・・・・
明日からはもう少し時間を潰して登校したほうが良さそうだ、な。
走りこみでもするか、うん、トレーニングは大事だ!
資料をひたすら読み続けていると後ろに人の気配を感じた。
他の生徒達も登校してきているのだ。
まぁワシは資料を読むのに忙しいので!
決して後ろは振り向かないがな!
思えば今まで、同世代の知り合いなんていなかったな。
ううーむ、どう接すればいいのだろうか。
こちらから積極的に声をかけて、「こみゅにけーしょん」を
とったほうがいいのであろうか?
いやいや、都会の人間は「こみゅにけーしょん能力」が高いと
じいちゃんが言ってたような・・・
そう考えると待ちに徹するのもアリかもしれぬな。
いや!しかし、そんな他人任せで良いのだろうか?
いや、ダメだ!先手必勝、やはりこちらから・・・
・・・・・
考えても答えが出ないので、強引に結論付ける。
別に「こみゅにけーしょん」を取る必要は無い!
ドンと構えていよう!ガハハハハハ!
そんな事を考えていると、いつのまにか周囲はにぎやかになっていた。
ワシはそっと目を閉じ、周囲の話し声を盗み聞き
いや、情報収集を始める。
「おはよー」「桜がすっげー綺麗」「入試試験でさー」
「えースゴいね!」「朝ごはん食べてなくて」「それでそれで?」
有益な情報などないな、うむ・・・・ん?
「よお!アンタ、昨日校庭でケンカしてたヤツだろ?」
一瞬、ワシの事かと思ったが違った。
チラリと声の方、そう教室窓側最後列を見る。
座っている金髪ロンゲのリュウ・ロードライトと
リュウに話しかけている、茶髪で耳にピアスをした男。
「いやー、アンタすごかったよ!あ、俺っちは
葛城仁義!ヨロシク!」
おおう、あれが都会の「こみゅにけーしょん能力」!
早速仲良く話し始めたようだぞ!ワシも見習って修行しよう。
「でさー、リュウっちはどんな女の子がタイプなん!」
・・・・・
見習うのはやめよう、オナゴにうつつをぬかしてはいけない。
ばあちゃんがよく言っていたではないか。
むううう!
苦虫を嚙んだような顔をし、片手で頭を抱える朱天であった!
―ガラガラガラッ―
前方の入り口が開き、白山先生が入室する。
・・・・
そのうしろから「ヤツ」がトコトコくっついて行くのだが
気にする必要はないだろう。
「みなさん、おはようございます!昨日はよく眠れましたか?」
白山先生が軽く挨拶し、朝礼を行う。
その間、隣の「チビッコ」は口を真一文字に閉ざしたままであったのだが
チラチラこちらに視線を送ってきている気がする。
もちろん気にする必要は無いので、絶対にそちらを見ないが。
「ではでは、皆さん!同じクラスになった事ですし、自己紹介を
してもらいましょうか!」
そう白山先生が言い放つと周囲の生徒達がざわざわと騒ぎ出す。
自己紹介?自己紹介ねぇ・・・
「名前と~なんでもいいので自己アピールをしてくださいね♪」
ふむふむふむ、なぁるほど!
いや、しかしコレは難題かもしれぬな。
自分の紹介をするのだ!クールにキメねばなるまいて!
それがモダンボーイのたしなみというヤツだ!
さて、どうしたものか
まずは他のヤツらのお手並み拝見と行こうか!
「はーい、では一番前の君!天掴くんからおねがいしまーす!」
・・・・・は?
な
ななな
なぁぁぁんんでぇぇぇだああああああああ!!!
白山先生!黒髪の似合う優しそうな雰囲気の白山先生!
なぜワシを最初に選んだのですか!
ワシガ、ワシガ ナニヲシタト!
これは・・夢か?悪い夢・・・
ハッと気づき、ついつい「例のちびっこ」を見てしまう。
相変わらず口は閉じたままであるが
こちらを見て笑いを堪えているようにも見える!
あやつか!あやつのせいなのかー!?
「さ、天掴くーん?立って皆のほう向いて!自己紹介
お願いしまーす!」
瞬間、ワシはクールになり言われるがまま立ち上がった。
そして、他の生徒達のほうを向いて口を開く。
(やるしかない、やるしかないのだ朱天!これは試練なのだ!うおおおおお)
「我が名は天掴 朱天!好物は肉!コンゴトモヨロシク!」
・・・・・・
場が凍りついたようにしーーーーーんとしている。
ワシはやり遂げたように席に座り正面のを向く。
二、三秒の間の後
「は、はーい、じゃあ次は後ろの――」
これでよかった、これでよかったのだ!
クールに!簡潔に!これぞ男の自己紹介よ!
・・・・
その後他の者達が一人一人紹介していくのだが
ワシは正面をただただ見つめ
思考を停止させていた。
ちなみにこの時スズカ先生は、笑いを堪えすぎて
苦しくなり、違う意味で思考を停止させかけていたという
が、朱天がそれを知ることは無かったのであった。