スープ再び
それから召喚される時、鞄は落としてきたらしく、制服以外持ち物のないユキに服も含めて明日の為にいろいろ貸してくれることになった。
必要な物は明日買ってくれるそうなのであくまで借りるだけだ。
「子供服なんぞあったかのう」
「俺もう15なんだけど…」
「ワシにとっては子供じゃ」
シリエっていくつなんだろう、と女性に訊いてはいけない疑問を持ちながら移動するために立ち上がった時、椅子の足に引っかかって受け身も取れず、そのまま床にダイブした。
「何をしとる」
派手に転んだユキにシリエは呆れた声を漏し、意外にも素早く駆け寄って来てくれたカレアに助け起こされる。
自分でも何やってるんだと思うが椅子から立った瞬間、よろけたような気がした。
気のせいだろうか?
「どうした?どこか打ったのか」
「いや、大丈、夫…」
座り込んだままでいると心配されたので急いで立ち上がろうとしたら視界が歪んで足がもつれ、再び倒れ込んでしまう。
「おい、どうした!」
「ユキ様!」
「若様っ」
わかさま?
今誰かに変な呼び方された気がしたけど今はそれどころじゃない。世界が激しく揺れて捻じ曲がり、起き上がりたいのに身体の力が抜けていく。
そうして訳も分からないまま俺の意識は暗転した―――――。
意識がゆっくりと浮上していく。
体を包む柔らかな布の感触にベッドに寝ているんだと感じて最近同じ事を思ったようなデジャブ感に首を捻る。
すると、扉の開く軽い音がして誰かが入ってきたかと思うと急に瞼の裏に光が透けて眩しさに呻きつつ、目を開ける。
ベッド脇のカーテンを開けて手早くタッセルで束ねていたメイドさんが振り返って丁寧にお辞儀してきた。
「おはようございます、若様。お加減はいかがでしょうか」
「えっと…おはよう?」
ぼんやりカレアを見やってからざっと周囲を見回すと家具だけが置かれた部屋には見覚えがある。
間取り的に初め寝ていたのもこの客間で、初めて顔を合わせたのもカレアだった。
しかし、カレアの言葉に引っ掛かりを覚えて訊いてみる。
「あの、「若様」って何?」
「主の家族でしたらそうお呼びするのが適切かと思われましたが違いましたか?」
「違うっていうか…」
恥ずかしい。
でも心底不思議そうに聞かれるとそういうものかとも思えて結局許容する事にした。
「まあ、何でもいいですよ」
「そうですか。それと、私に敬語は不要ですのでそのように」
「うん、わかった。じゃあ、カレアって呼んでもいい?」
「はい。お好きにお呼び下さい」
「あのさ、俺にも敬語とかいらないよ?」
「いいえ。私は一使用人ですので」
「え、カレアも家族じゃないの?」
そう言うとカレアは俺と同じように驚いて、嬉しそうな、困ったような表情をした。
初めて見る微笑以外の表情に困らせたのかもしれないのに何か嬉しくて、矛盾した感情に戸惑う。
カレアは一人でわたわたしているユキの様子に気づいているのかいなのか、すぐいつもの微笑みを浮かべて答えた。
「そう言って下さるのは嬉しいですが、これが私の普通ですので」
「そっか。ならいいけど」
そこできゅるるるるぅ~と間抜けな音が鳴る。
カレアはすかさずサイドテーブルに置いてあったスープ皿とスプーンを差し出してきた。
「空腹かと思いまして僭越ながらご用意させていただきました」
「ありがとう」
なんだか初日の再現みたいだなとスープに視線を落として……本当に再現みたいだなと記憶に新しいモノクロスープを見つめた。
どれくらい寝てたのかは分からないけど、この何とも言い難いスープにはすでに懐かしさすら感じる。
というか、
「これ、カレアが作ったの?」
「はい。屋敷にコックはおりませんので」
「この前のも?」
「いつもはダグラスが作りますが丁度所用で屋敷を開けておりましたので私がお作り致しました」
カレアの手作り。そう聞くと微かに残っていた不信感も消えていくのはやっぱり家族の手料理だからだろうか?
家庭料理は無条件に美味しいものだ。すごく斬新だけど。
相変わらず有り得ない色味のスープと具材だけど二度目となるとそれほど強烈な印象は受けない。食べたら美味しいと知っているからか、慣れかは知らないが今回は躊躇する事なく、次々に口へ運んでいく。
例に漏れず、口に入れた大根もどきから細い触手的な何かが出てきたけど普通に食べると何かの踊り食いみたいで面白かった。
(こう、なんかクセになりそうだよなぁ)
そしてやっぱり美味しかったです。
いつもはダグラスが料理担当みたいだけど、たまに頼んで作ってもらおう。