暇で暇で…
「単刀直入に言おう」、みたいな感じで言われたけど当然理解できていなかった。
賢者に呼び出されて楽しませろって言われても大抵の人は何の事か分からないと思う。
頭に?を浮かべながら返す言葉が見つからず、ただ首を傾げる。
「魔王を倒した後、国中から感謝を受け、地位に名誉にと数多のものを手に入れた。この屋敷もその一つじゃな」
シリエは何も言わずにいるユキに平和と安寧が戻った後の話を滔々と語る。
「誰かが声をかけ、様々な店や宿が開き、一度は絶望を瞳に宿した人々が再び働き始めた姿はうれしく、子供たちが普通に街を駆け回るのを見るのは心を和ませた。悪夢は本当に終わったのだと思えた。いまだ各地で復興中ではあるが世界は元の活気ある姿を着実に取り戻している」
語るシリエの表情は穏やかで、だから話の終着点が見えない。
しかし、唐突に表情を曇らせ、俯いたシリエに不安が込み上げた。
「だが、この国に住み始めたワシはある重大な事に気づいた」
深刻そうな声音と雰囲気に呑まれて緊張感が体を強張らせる。
言い様のない空気が漂う中、シリエは静かに言葉を絞り出した。
「あまりにも退屈じゃと…」
「………?」
辛そうに言われて拍子抜けやらやっぱり頭が追い付かないやら複雑な表情になる。その一言に張り詰めた空気は何か微妙に緩んだのだか、絡まったのだか。
黙って控えていたダグラスが何か言いたそうにしているがシリエの言葉はまだ続く。
「金は腐るほどあるゆえ労働の必要はない。女王とは旧知の仲で借りを返す意味も含めて税金は払わんでも問題ない。元々隠居していた森に引っ込もうにも心に癒えぬ傷を抱えた者にはワシが目の届く場所に在住しているという事実こそ重要なのじゃからと引き止められて帰るに帰れん。そこらで売っている物は見慣れた物ばかりでつまらん。とにかく、とてつもなくっ、暇じゃ!」
気になる言葉もあったし、何か先が読めてきたような気もするが一応、人の話は最後まで静聴する。
「初めの頃はまだ我慢できた。これも賢者と呼ばれるワシの役目と…。じゃが、五年も経つと気を紛らわすのもさすがに限界にきてのう。読書中、たまたま勇者召喚の儀式について書かれた古書を見つけてふと、思い立ったのじゃ。今、世界の敵になり得るとすれば魔王を倒したワシ意外におらん」
そこでシリエは目を細め、口元に笑みをはき、捕食者の顔で俺を見据えた。
「ならば、退屈で世界を滅ぼさぬようワシを楽しませる者が必要じゃとな」
「…それで喚ばれたのが俺?」
「うむ」
つまり、シリエは目的を果たしちゃって暇で暇で仕方なかったわけか。
「あまりの退屈な日々に少々壊れかけとったようじゃのう…。冷静になるとここまでやった自分にびっくりじゃ」
「びっくりどころではすみません」
一区切りついたところでそれまでなんとか口を挟まずにいたダグラスがついに声を上げた。その表情は怒っているというより心配や呆れが見て取れる。
「あれを私欲に利用するなどいくらシリエ様といえど知られれば大問題になりますぞ。如何なされるおつもりなのですか?」
「そんな大事なんですか?」
「もちろんですとも。シリエ様が手を下さなければ人類の最後の希望となっていた大魔法ですから」
お、おぉ…。
軽く聞いたらなんかすごい答え帰ってきたんだけど。
人類の希望って、そりゃ勇者を召喚するんだからそうだろうけど、そんな魔法をただ「暇潰しに」って理由で使っちゃ確かにまずいよなぁ。
自分のした事の重大さは分かっているのかシリエも難しい顔で唸る。
「なんとか隠し通せんかのう…」
「まあ、珍しい黒髪黒目を除けば見た目はどこから見ても人間ですし、黒髪もいないわけではありません。こちらの服装をすれば違和感なく馴染む事はできるでしょう」
確かに窓の外やシリエ達を見る限り、ブレザー姿のまま外に出たら非常に浮きそうだ。というか、黒髪って珍しいんだな。
そんな事を考えていると、ただ、とダグラスは続ける。
「この方は…、ああ、お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「ユキじゃ!」
俺が口を開く前にシリエが何故か得意気に答える。
別に名前くらい教えてもいいけど胸を張る必要はあるのだろうか。
「では、ユキ様とお呼び致します。ユキ様は召喚されたばかりでこの世界の事をそれこそ常識を含めて何一つ知りません。田舎から出てきたと言い訳したところで平和になったとはいえそう簡単に身についた警戒心は解けません。その程度の嘘がはたして通用するかどうか。それにすでに街へ入国しているというのにユキ様は身分証をお持ちではございません。万一確認される事態にでもなれば事にございます」
「そうじゃな。後見人もなく、ここにいるという時点で問題じゃのう」
敬称を付けて呼ばれるのに気恥ずかしさを感じるがそんな事を気にしている場合でもなさそうな雰囲気になってきた。
かといって、ダグラスの言う通り右も左も分からないユキに言える事はなく、おろおろとするばかりだ。
「…主が後見人になればよろしいのでは?」
すると、今まで黙していたカレアが唐突にそんな案を提示してきた。