勇者召喚!でも勇者じゃない…
「じゃあ、俺って何?」
ここが異世界と仮定して、すでに平和ならどうして俺がいるのだろうか。どうやって来たのだろうか。
この世界における俺という存在の意味が分からない。
「地下の部屋に落ちて来たろう」
疑問を口にするとシリエは脈絡なくそう言った。
つい、先程の事故としか思えない出来事を思い出してとっくに痛みの引いた肩を抑える。
「はい。痛かったです」
「男じゃろ、あれしき我慢せい。それで、お主が触れた絵画は地下へ下りる仕掛けの一つじゃ。たまたまスイッチに触れ、仕掛けが作動したのだろう」
仕掛けと言われて腑に落ちない。
壁に引きずり込まれるのは割と怖かったし、その後落ちたし、何であんな仕様にしたのか分からない。
完全に落とし穴だったよね。下りてないもん。落ちたもん。
何より自然法則を無視している。“壁に引きずり込まれる”なんか有り得ない。少なくとも科学で同じ事をやってのけるのは難しいのではないかと思う。
「あれは作り途中で放置していた通路でな、壁の裏が空洞になっておるのだ。頭上からいきなりお主が落ちてきた時はたまげたわい。いや、すまんかったのう」
未完成だったらしい。だったらもう少しくらいちゃんと管理しててほしかった。
まさか他にもあんな感じのあったりしないよね?
……気をつけよう。
屋敷に対する危機感と警戒心を募らせながら話を続ける。
「じゃあ、落ちた時一度弾かれたのは?」
「ワシの障壁じゃな」
「しょうへき?」
「ほれ」
軽い声と同時に目の前の視界に違和感を感じる。しかし、さして変わった様子はない。
訝しみつつ絵画の時と同じように手を伸ばすとグニッとした感触がして驚いて手を引っ込める。
凝視してみてもやはり何もないのにそこには先程までなかった何かが確かにあった。
不思議な現象に今度は両手を伸ばしてそれに触れる。
押してみると弾力があって力を緩めると押した分元に戻る。例えるなら透明で厚いゴムみたいな壁だった。
これに当たったならバウンドしたのも頷ける。衝撃も幾分吸収してくれたことだろう。体制を崩したまま落下して肩を打った程度で済んでよかった。
傍から見ると不審なユキの行動を見ていたシリエは感嘆の声を漏らす。
「絵画もそうじゃが自分で気づくとは…やはり、感知能力に優れておるようじゃのう」
「感知能力?」
「いや、今は関係のないことじゃ」
「ふーん?」
押したり叩いたり、不思議壁で遊んでいたユキは首を傾げただけで関係ないというなら頭の隅に置いておいた。
それより俺についてだ。
「それで、あの部屋がどうしたんですか?」
「中央に彫られていたものを覚えとるか」
中央、というと円形に並んだ柱の中心。
そこにあったのは、
「…魔方陣?」
意味不明な図形や古代文字みたいなのが彫られたあれは、やはり魔方陣と呼ぶに相応しいものだった。
むしろそれ以外の何に見えるといわれたらただのラクガキだ。
ユキの答えを聞いて満足気に頷いたシリエは次の瞬間、とんでもない事を言い出した。
「あれは古代から伝わる勇者召喚の魔方陣。そして、お主を喚び出した魔方陣じゃ」
「は?」
いや、さらっと言われても…。
賢者の屋敷ならそんな魔方陣があってもまあ、不思議ではないのかもしれない。でも、俺はそれで召喚されたらしいが勇者じゃない。
何せ目の前にいるのは『救世の賢者』だ。
世界はすでに救われている。
…今さら俺に何をしろと?
「混乱しておるじゃろうがお主にしてもらいたいのは唯一つ…」
混乱はしていないが困惑している俺に賢者は言い放った。
「ワシを楽しませろ。小僧」
ますます意味が分からなくなった。