賢者だった
ここはシリエの屋敷で俺が寝てたのは客間だったらしい。どうりで生活感がないわけだ。そして、屋敷が建っているのはクレスティン王国という国の王都ノール。その貴族街と庶民街の境目辺り。
と、言われてもさっぱり分からない。授業でもクレスティンという国は聞いたことがない。
「さて、ユキ。お主の今の状況を教えてやる。質問は後にしろ」
「俺なんでここで寝てたんですか?」
「後じゃというに…」
俺はシリエが言った通り食堂にいた。
えらく長いテーブルの端に座るよう言われて対面で食事を終えたシリエと改めて向かい合っている。
「順に話すから聞け。まず、ワシの名は教えたな。ワシの右手にいる男は執事のダグラス。左がメイドのカレアじゃ」
カレアという人は客間で朝食を運んできてくれた少女だった。相変わらず口元には微笑を湛え、そつなく給仕をこなしている。
そしてもう一人は白髪をオールバックにした60代くらいの初めて見る男性。
燕尾服を着こなしていて物腰柔らかな様は紳士というか爺やという感じがする。
観察していたら微笑まれたので慌ててお辞儀した。
「ここに住んでいるのはワシらだけじゃ」
「そうなんですか」
「そうなのだ」
屋敷というからには沢山の使用人がいるのかと思っていたが違うらしい。はたして二人だけで手が回っているとも思えないが客間も謎の部屋も廊下も塵ひとつ積もっていなかった。通いの使用人さんとかがいるのかもしれない。
まあ、それは置いといて道中にも色々質問していたが後でと言われたので聞きたいことは山ほど残っている。
「あの、ここって日本じゃないんですよね?」
「この国はミッド大陸の東に位置する大国、クレスティン王国。ニホン、というのがお主の住んでいた国なら確かに違うのう。そもそもお主の暮らしてきた世界ですらないからの」
「……えっと?」
予想しなかった答えに意味を理解しかねてシリエの言葉を反復する。つまり?
「異世界…?」
「そうじゃ。この世界の名はレシエス。多種族が共存し合い、つい五年ほど前に脅威が去ったばかりの世界」
「驚異って?」
「魔王じゃ」
魔王。
よくゲームで勇者が倒しに行くあの魔王だろうか。しかし、この世界にはもう魔王はいないらしい。
ここが本当に異世界かは判断のしようがない。でも、最大の危険がないならそれでいいかとも思う。
「当時、魔王は魔物を従え、世界を蹂躙しておった。数多の村や国が消えていき、皆心身ともに疲弊し、それはひどい有様だったのう…」
平和に生きてきたユキにそれは想像することもできない。でも、きっと悲しいという言葉では表せないくらい悲惨な時代だったのだろう。
その悪夢が終わったとなれば魔王が手を引いたか、死んだと考えるのが妥当だ。
そこまでしておいて今更手を引くとは思えないし、魔王が病にかかるのかは不明。それなら一番可能性が高いのは。
「勇者が倒したの?」
「いや、討伐したのはワシじゃ」
これには目を見開いてシリエを凝視する。腕は細く、重い物なんて持てなさそうで細マッチョなんて事もなく、どう見ても前戦で戦えそうにはないシリエはどこか自慢げな表情だ。
嘘とも取れるがそもそも異世界というのもまだ曖昧で信じ難いし、確証もない。普通に考えればさっきの絵画は不思議だが十分妄想と一蹴できる。
ただ、彼女の言う事をすべて信じるなら素直に思う。
「かっこいいっ」
勇者や英雄は男のロマンというものだ。小さい頃は純粋にヒーローに憧れて、大人になるにつれて現実が見えてくるけど、本当に異世界に行けるならやっぱり冒険とかしてみたい。
彼女の語る一言一言が猜疑心を飛び越えて心を浮き立たせていた。
「そうか?まあ、悪い気はせんのう」
シリエも褒められて満更でもなさそうだ。
「じゃあ、シリエさんが勇者なの?」
「勇者ではないが賢者と呼ばれておる。些か持ち上げすぎじゃと思うがのう…」
そうか、賢者か。なら、腕っぷしが立つというより参謀?
でも、それだとシリエが倒したとは言えない。
疑問符を浮かべるがそこで一番重要な本題に入っていない事に気づいた。
「じゃあ、俺って何?」