壁に喰われたら謎の部屋
遅れてすみません。
壁に飲まれたと思ったら暗闇に放り込まれて浮遊感が襲う。
ろくに悲鳴も上げられず重力に身を任せているとそれほど経たず、閉じた瞼の裏が急に明るくなった。
「ッ!?」
「っ、どわっ!」
何か人の声が聞こえたような気がした瞬間、何かに激突して妙な感触の後バウンドするように弾かれ、そのまま床に叩きつけられる。
強かに打った肩を抑えて悶えていると頭上から声をかけられた。
「大丈夫か、小僧」
そう言いながら棒のようなもので突いてくる人物を見上げる。
白く長い髪に透き通るような肌。見下ろしてくる瞳は妖しげな光を湛える真紅で、シャツもズボンも黒ずくめ。手には白木の杖のような物を持っている。
胸元を大きく開け、豊満な胸を見せつけているその女性は俺の顔を見て妖艶に微笑んだ。
「おや、やっと起きたのか。まあ、それは良いが小僧、どこから落ちてきた」
「どこって…」
…どこだろう。
説明の仕方が分からなくて困惑するがとりあえずその場に座り直し、どこから話したものかと悩んであの絵を見つける直前、部屋を出たところから体験した事を包み隠さず話した。
「ハープ……」
話し終えると何か呟いた女性の表情に影が過ったがそれはすぐ笑みの奥に隠れる。気にはなったがそれより周りに興味を引かれて先程からきょろきょろと辺りを見回していた。
今いるのは全体的に白い正方形の部屋で中央を円形に囲むように遠間隔に柱が立っている。そして、その中央には大きく、複雑な魔方陣が床に直接彫り込まれていた。
廊下と同じ灯りに照らされたそこは若干の薄暗さはあるものの、神聖な空気さえ感じる用途の分からない場所で扉はなく、端に上へ続く階段が一か所ある。
「大体分かった。して、小僧。名は何という」
「井原 由貴…」
意識は反れたままほぼ無意識に答える。
その上の空な様子に気づかなかったのか女性は満足げに頷いて自らの名を告げた。
「ふむ、ユキか。ワシはシリエ・ベールという」
地下のような部屋に彫られた魔方陣に興味津々で意識を持って行かれていたユキは女性の声に一拍遅れて我に返る。
しまった。聞いていなかった。
名前だったよな。なんて言った?ええっと、
「しり…?」
何とか。
「シリエじゃ!誰が臀部の話をしとるか!」
怒られた。
そして、はたかれた。
痛い。
頭をさすりながらシリエというらしい独特な喋り方をする女性を見上げる。
「まったく。人の話はきちんと聞かんか。礼儀というものは役立つ事も多いのじゃぞ」
なんか説教が始まったけど俺が悪いので今度は自主正座して言われた通りきちんと耳を傾ける。年上の言う事は素直に聞いておいた方がいい。子供の頃の教訓だ。
しかし、なんで俺は謎の部屋で見知らぬ女性に説教を受けているんだろうか?
それから正座すること数分。
「分かったな」
「はい」
締め括りの確認にすっかり痺れた足を気にしつつ、こっくり頷く。
終始素直なその態度にシリエの気分は幾分良くなり、落ちてきてから座りっぱなしのユキに手を差し出してきた。
ユキはありがたくその手を取って立ち上がる。
途端、視界が揺れてふらついた。
「む?どうした」
「いえ。何でも…」
目敏くそれに気づいたシリエにゆるく首を振って何でもないと告げる。
一応、さり気なく身体を確かめてみてもなんともないし、打った肩ももう痛みは引いているのでただの立ち眩みだと結論付けて流した。
「お主に説明せねばならん事があるのだが話をするのにここは向かん。とりあえず戻るとするかのう」
そう言って階段へ向かうシリエに促されて後をついていく。
「さっきの場所って何する所だったんですか?」
「それを含めて後で説明してやる」
「じゃあ、ここってどこですか?」
「ワシの屋敷だ」
「俺って誘拐されたんですか?」
「あながち間違ってはおらんが…それも後じゃ」
「どこ行くんですか?」
「昼を食べておらんからな。食堂に行く」
「その話し方って昔から?」
「お主、うるさいのう…」
メイドの少女とはほとんど会話という会話をできなかったので頭に浮かんだことを片っ端から投げる。
煙たがられると思ったが呆れながらも無視される事はなく、一つ一つ答えてくれた。ほとんど後で、だったけど。