絵画
ひとしきり休んでからベッドを抜け出し、改めて部屋を歩き回る。
引き出しを片っ端から開け、確認するが埃ひとつない割にやはり何もない。
それほど掛からずにすべて確認を終えて、薄いカーテンから光の漏れる窓を見る。
角部屋のようで窓は三つ。そのうちの一つに手をかけて覗き込む。
すぐ目の前にはそれなりの広さの庭園があり、二階らしく眺めもいい。ただ、見覚えのある景色はそこには何一つなかった。
木造と石造りの家が交ざり合う、なんというかゲームでよくある中世風な街並みで沢山の人が往来を行き来している。服装はまちまちで貴族のような身なりの良い人間もいれば普通の町人や商人の格好をした人など入り乱れている。その中を速度を緩めた馬車が走っていくのも見えた。
通りを向かって右に行くほど立派な建物が増え、少し遠くに白亜の城が聳え立っている。遠目でもその壮麗な様は目を引くものがあり、近くで仰げば言葉を失うことだろう。
興味は大いに引かれたがどこかはまったく分からなかった。少なくとも日本ではなさそうでいつの間に外国に来たのかと驚く。
ここがどこなのか、どう帰ればいいのか、驚きとともに不安も芽生える。しかし、誘拐されたのかといった恐怖はあまりなかった。後でどうなるのかは知らない。けど、少なくとも今のところはベッドに寝かされて何かよくわからないスープを飲まされただけだ。ちょっと心配だったけどしばらく休んで歩き回っても特に身体に不調はない。
さっきの少女は朝食と言っていたが太陽は中天に差し掛かっていて時間的にはちょうど昼頃だと思われた。
「う~ん。誰かに何か訊けないかな?」
こうして考えててもどうしようもない。誰かに訊いた方が早いだろう。
ただ、メイドの少女があれから戻ってくる気配はない。部屋にある唯一の扉に近寄りそっと取っ手を掴む。
カチャリと小さな音が静寂に響いてドキドキしながら薄く開いた扉の隙間から外を伺う。
奥まで廊下が続いていて左右に同じような扉が遠間隔にいくつか付いている。左右が部屋になっているため、窓はないが壁に吊り下げられたカンテラに光る球体が浮いていて結構明るい。
人の気配はないので廊下に出て反対側を振り返る。
「へぇ…」
瞬間、目に入った物に思わず感嘆の声を漏らした。
振り返った先は行き止まり。その壁には大きな額に収まった一枚の絵画が飾られていた。
木漏れ日の差す森。緑豊かで色とりどりの花が咲き乱れる楽園に金の長い髪を揺らし、弓や花束を片手に幸せを謳う森の民。巨木の枝上で、根の腰掛で、源流に近い小川の畔で。長く尖った耳に美しい顔立ちのエルフたちが小岩に置かれたハープを囲んで柔らかな笑顔を浮かべている。
それは森奥に光溢れる『幸福』だった。
よく見れば絵の具がはみ出していたり、素人感のある部分もあるが俺も素人なので細かいところは気にしない。それに、技巧とか画風とかそういうのとは関係なく、幻想的なその絵を俺は純粋に美しい、と思った。
芸術になんて興味なかったのに、この絵は好きだと思える。
でも、同時に既視感を覚えた。
違和感、というか………欠けている。
確かに足りないと思うのにエルフの絵を見て首を捻り、中心になっている物を注視する。
岩の上に安置されたハープ。
装飾や彫りが特別あるわけでもないのに、描かれたエルフは皆ハープを見て慈しむように微笑んでいる。
無意識に腕を上げ、平面に描かれたハープに手を伸ばす。
そうして指先が触れた瞬間、絵を中心に壁全体に燐光が走り、
ズブリ、と飲み込まれた。
「えっ、ちょっ!」
引き抜こうと足に力を込めて全力で踏ん張るがそれを嘲笑うように腕はどんどん壁に沈み、突っ張ろうと触れたもう片方の腕も難なく埋まって身動きを封じられる。
「このっ、誰かっ―――ッ!」
必死にもがくも抵抗むなしく、哀れな少年は助けを呼ぼうと上げた声もろとも トプンっ という音を最後に壁の中へと消えていった―――――。