ギルド
シリエに続いて建物へ入ると中は意外と広々としていた。
左の壁はほぼ全面掲示板みたいになっていて紙が沢山貼られている。反対は飲食をしながら話している冒険者っぽい人達がいて、その間をエプロンを着たウェイターさんが忙しそうに行き来しているから多分酒場兼食堂って感じ。
ほとんどの人が鎧を身に着けてるから見た目は物々しいが酔って騒いでたり、喧嘩してるのを見て賭けを始める冒険者達は皆笑顔で楽しそうだ。
「冒険者なんぞ信頼で成り立つ組織じゃからの。偶に本物の馬鹿者もおるが気の良い奴が大半じゃな」
俺の視線に気づいたシリエが教えてくれた。
確かに威圧感のある集団だけどガサツさがいなめないだけで見ている限り根は良さそうな人達だ。
「皆さん屈強で何か場違いな気がしてくるね」
「ユキの魔法一発でギルドごと吹き飛ぶ連中じゃ」
「しないよ!?」
恐ろしい事言わないでほしい。
まだ、力を持て余してる状態なのは分かってるんだよ。フラグ立つ様な事は言わないで。
でも、身分証替わりとはいえ俺も冒険者になるんだし、仲良くなれるかな。屈強な戦士ってカッコいいし、シリエのはまだ聞いてないけど冒険者の人達の武勇伝も面白そう。
そうやって冒険者達を観察していると向こうもこちらを見ているのに気づいた。小声で話してるから何を言ってるのかは分からないけど陰口やテンプレみたいな舐めた感じじゃなくて、好奇とか尊敬の眼差しを向けてくる。
ああ、俺にじゃないよ。シリエにだよ。
カレアは巧みに気配を消してるのかすぐ後ろにいるはずなのに意識していないと俺でさえ存在を感じられない。プロの技だけどメイドに必要なのかは微妙。
俺はなんか空気っぽい。数人だけ気づいた人が訝し気な目を向けてくる程度。他の人はシリエに釘付けみたいだ。
見目は確かに麗しいので気持ちは分かる。
何人か確実に胸元を凝視して傍にいる女の人(恋人か奥さんかな?)に射殺されそうな視線を受けてる人もいるけど、気づいてないね。後で地獄だ。自業自得かな。
そんな視線を一身に受けながらも何ら気にした風もなく奥に幾つか設けられてる受付に辿り着いたシリエは振り返って俺をその前に立たせた。
「ほれ、お主の登録じゃろ」
「あ、うん」
そこで初めて俺に気づいたのか視線が一気に集まる。針の筵なんて体験したの初めてだよ。何でシリエは平然としてられるの?賢者だから慣れてるとか?
居心地の悪さに耐えながらカウンター越しに男の人と向き合う。
優しそうな笑みを浮かべてて、見るからに人が良さそうな青年。彼は若干緊張気味の俺を見ると柔和な笑みを深めて話しかけてきた。
あ、この人モテるな。
「冒険者ギルド『ノール』支部へようこそ。ご登録でしょうか?」
「えと、はい」
ノール支部という事はここはクレスティン王国のノールという都市なのだろうか。そういえば国は聞いたけど、この街の事は聞いていなかった。まあ、追々学んで行けばいいだろう。
ここでシリエに質問するのは拙い気がする。俺は今記憶喪失という事だがどこまで知っていればいいのかが分からない。
なので、スルーして目的の登録だけ済ませる事にした。記憶云々は全面的にシリエに任せよう。
「では、こちらに必要事項をご記入下さい」
そう言って渡された紙には『名前』『年齢』『出身地』『特技』を書く欄が並んでいる。
ペンを渡されて名前を書こうとするとシリエに小声で注意された。
「ユキ・『ベール』と書け」
「なんで?俺、井原だけど…」
「勇者の特徴に黒髪黒目とここより遥か東の島に住む閉鎖的な小国の者と似た様な音の名だというものがある。色は隠せんから彼の国を連想させるのは仕方ないとはいえ、せめて記憶喪失という事も加味して名は忘れておけ。ユキというのもワシが付けた事にする」
「うん、分かった」
その小国の事を言われて反応を見られても困るという事だろうか?中途半端に過去を覚えている様な感じにすると確かにボロが出るかもしれない。
知らない国の事なんて思い出しようがないし…。
言われた通り名前の欄に”ユキ・ベール”と書―――こうとしたところで重大な事実に気づいた。
紙面と向き合ってピタリと動きを止めた俺に受付のお兄さんとシリエ達が不思議そうな顔をする。
しかし、そんな顔をされてもどうしようもないので俺は困ってシリエを見た。
「どうした?」
当然、疑問を投げかけられたので俺は素直に申告した。
「…文字、分からない」
そう。
魔紙の文字は読めたので失念していたのだが、ここは異世界。
勿論、使われているのは日本語ではない。
普通に自分で書くつもりでいたが、危うく召喚隠蔽計画(そんな仰々しい命名はしてないけど)が即おじゃんになるところだった。
セーフ?