初めての魔法
そりゃ、ありえないって言われるよね。チートもチートじゃん。
でもね、そんな事より分かってても聞きたい。
「俺、死なない?」
「死ぬのう」
「死にますね」
カレアまで…。
「一生魔法使えないって事?」
「いや、それだけの魔力だ。ただ持っているだけでも危険度は変わらん」
「えー…」
じゃあ、どうしろと?
困惑と、そして不安を抱く俺を前にシリエは数秒考えて嘆息した。
「…ワシが教えてやる」
「え?」
「お主がその馬鹿げた力を使いこなせるよう修行をつけてやるといっている」
「使い…こなせるの?」
疑問に思うところだ。
いつの間にか身についていたものを制御可能なのかと思う。しかし、シリエはきっぱりと言い切った。
「当たり前だ。仮にもお主の力じゃろう。魔力は勝てんが他はワシの方が強いしの」
自分以上の化け物に言われると説得力があった。
「それにうっかりで屋敷を壊されても堪ったものではないからの。拒否は許さん」
しかも、強制だった。
結局何事も努力次第なのだろう。……ただ、閉まったはずの不安が首をもたげる。
これはしていい事なんだろうか?これは手に入れていい力なんだろうか?今まで通り使わなければいいと思ったけどそれではダメらしい。
次第に表情が曇っていくのを自覚しながら俯くとカレアは心配そうに覗き込んでくる。
何か言っているけど耳に入らない。ただ、思い出したくもない光景がフラッシュバックして頭のどこかが冷めていく。
胸を締め付けられるたび、何度誓っただろう。動きそうになるたび、何度踏み止まっただろう。
…もう、何もしないと決めたのに―――――。
「―――若様!」
「ユキ!」
名前を呼ばれて意識を引き戻される。
頭が冴えて取り繕うように顔を上げるが、何か肌寒い。
不思議に思って周りに意識が向き――――目を見開いて固まった。
目に映る景色は一瞬にして白銀の世界へと変わっていた。
さっきまで普通だった部屋が床から天井まで真っ白な霜に覆われている。ベッドを中心とした範囲には氷まで張っていて濃い冷気が満ちていた。
吐く息は白く、埃が凍ってダイヤモンドダストが煌めく幻想的な光景に状況が掴めず戸惑う。
何が起きたのか分からなかった。ただ、これだけの氷の景色にもかからず肌寒さは感じてもそれだけで凍えるまでにはいかない。
体感としては初秋の少し涼しい風、くらいだろうか。
ふと思い至って傍らにいる二人を見上げる。
そこには心配するように俺を見るカレアが立っていた。しかし、シリエの姿がなく、首を傾げるとカレアは答える代わりに足元に顔を向ける。
何かと思って視線を下げると氷の景色に負けない真っ白な髪とつむじが見えて身を乗り出して覗き込むと縮こまって震えるシリエを発見した。
蹲ったシリエは大きく開いていた胸元をかき合せ、寒さに耐える猫の様に丸まっている。
「…何してるの?」
「お主のせいじゃろが!」
何か怒っているがさっぱり意味が分からない。というか、
「……寒い?」
「いいえ。まったく」
あまりにも震えているのでカレアに聞いてみたが首を振られた。しかし、どう見ても寒そうで耳も真っ赤になってしまっている。
極度に寒さに弱い体質、とか?
「お主は術者本人だからじゃろ!カレアも例外じゃ!」
例外ってなんだろうと思ったが本気で辛そうなシリエを放っておくのは鬼畜だと思ってやめた。代わりに別の質問をする。
「術者って何の事?というか、これどうなってるの?」
「これをしたのがお主という事じゃ。早う何とかせい!」
これを、俺が?
もう一度部屋を見渡す。どう見ても魔法以外の何ものでもないが俺は魔法の発動の仕方すら知らない。
本当に俺がやったのか判断できなかったが説明を求めてカレアを見ると一つ頷いて話し始めた。
要求を正確に察するカレアはメイドの鏡だと思う。
「若様の様子が変化なされたのと同時に若様から魔力が溢れるのを感じ、瞬く間に部屋を凍らせていきました。以上の事からこの現象は若様が成した事で間違いありません。さらに言いますと無意識化で氷を作り出した事から若様と相性の良い属性は氷属性だと判明致しました」
俺がやったのは確定として何か判明したらしい。
属性ってなんだろう?
とりあえずこの状況を打破しなければならない。さっきからシリエの視線が痛い。
「これどうすれば消えるの?」
「一度発動した魔法が生み出したものは消えません。自然に溶けるのを待つか火属性魔法で溶かすほかないかと」
「その火属性魔法ってどう使うの」
「魔法はすべて魔力変換と明確なイメージです」
続いたカレアの魔法講座を自分なりに解釈してとにかくやってみる。
まずは魔力を任意の場所、上向けた掌に集める。
体内に巡る魔力をゆっくりと移動させていくと右手が仄かに暖かくなってきてちゃんと集まったのが分かった。
次に集めた魔力を今回は”熱”に変換させる。
イメージは部屋を暖める暖炉と温風を循環させる柔らかな風。
雪の降る季節、寒さを押し退ける温もりのイメージに集中しているとすぐに変化は起きた。
手に集まった魔力が次第に温度を上げ、魔力が流れ出る感覚とともに掌の上に朝焼け色の光球が浮かび、さらにその熱を拡散させるように風が髪を撫で、室内を巡る。
その温もりに徐々に冷え切っていた空気がかき回され、初めに霜が水滴へ変わっていき、続いて氷も緩やかに溶けだす。
春の陽気に雪が溶け出す様に、氷雪の景色は魔力を乗せた暖風に吹かれて、薄手のカーテンを透かして差し込む麗らかな日差しに抱かれるように音も無く、静かに消えていった―――――。