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返事は明日

作者: 奏 夏樹

「返事は明日でいいです」と聞こえた。

また明日、というのは明日また会いましょうという意味である。

明日、トゥモロー、それは太陽が沈んでまた昇る日。そんなことは分かっている。

仮にだからといって「see yoy」などと外国かぶれに言われれば納得できるのかといえばそうではない。

大事なのは、それを言った相手が今私に告白したという事実だ。



「ちょっとまっっぇ」


とっさの台詞を噛んでしまったが、意味は伝わったらしく相手の足が止まった。

黒い学ランに包まれた上半身がふりかえる


「なに」


実に素っ気ない一言である。せめて疑問符ぐらいつけてほしい。

実に鋭いまなざしが、隠すもののない坊主頭のせいで自分に突き刺さる。

坊主なのはファッションではなく野球部であるからだと重々承知してはいるが、この場合は少しうらめしい。現代っ子として坊主スタイルにもの申す。


「いや、なに、ではなくですな…」


引き留めたはいいものの、一体何を言うべきなのか。

会話の糸口を求めて数分前を回想する。


坊主頭のこの男は上条。

幼い頃に、転がってきた野球ボールが縁で知り合った。

転がってきた野球ボールを「なげてなげて」と無邪気に飛び跳ねて叫んだ少年とは、今の姿はほど遠い。


「お、おっきくなったね。上条」


「はぁ?」


あきらかに会話の選択を誤ったらしい。疑問符はいただけたが、むきだしの眉間にしわが一本きざまれてしまった。


「あ、いやいや、その、出会ったばかりのころは小さかったじゃん! 野球ボールぐらい顔が小さかったじゃん!」


「……ああ、お前が投げて放った野球ボールが、顔いっぱいにのめりこむ程度には小さかったな」


「おぅふ…」


会話を先駆ける出会いのエピソードが、余計な情報まで引き出してしまった。

ここでボールと坊主という言葉がかぶってそんなエピソードがでてきたんだよあっはっは、と言えば笑いがとれるだろうかと3秒ほど考えたが、あきらかに機嫌を損ねたオーラが、言葉を口の中で意味不明なため息に変えた。

ちなみに、出会い頭にボールがめりこんな上条君は鼻血をだして泣きだし、あわててお家まで送り届けたところ、なんとマンションのお隣部屋であることが判明した。

気まずい。幼くして、ご近所つきあいは第一印象が大切であると学んだ。


「いや、その節はほんとにすんませんでした……」


「今更謝られても」


ですよねー、と明後日の方向を見つめることしかできない。

そうこうするうちに、相手は上半身を元に戻し帰路につこうとしてしまう。

 

「ちょっと! ちょっと! 待ってよ!」


「だから、なんなんですか」


眉間にしわが二本に増えている。

うっと一瞬ひるんだが、それでも私は食らいついた。


「いや、帰る方向一緒ではないかね…」


食らいついた、というわりには尻つぼみな言葉になってしまった。

上条はそんな私の様子を気に留めた風もなく、淡々と言い返した。


「だからって今この状況で一緒に帰るんですか?」


この状況……。

そう言われてまたはっとする。

何度もフリーズしては再起動するパソコン並みに、今の自分の脳みそはおぼつかない。

しかし、かといって何故か彼を一人で見送る気にはなれず、おずおずと彼の隣に並んだ。


上条は何も言わずに、そんな私を一瞬だけ見て歩き出した。

私もそれを追いかけ、隣の距離を保った。

冬の迫った秋風は冷たく、吐く息は白くなくとも、唇が乾いた。

ぺろりと唇をぬらすとひんやりする。

上条は喋らない。のぞき見るように目をやると、彼ものぞき見るようにこちらを見ていた。

ひゃぁ! 心臓が一際大きく鳴った。心の声のボリュームがあがった。

目をそらして地面をみて。顔を上げられなくて、ひたすら上条の足下をみながら歩調を合わせた。


「上条は、いつから、その」


恥ずかし紛れに出た言葉は、冷えた空気に思いのほか大きく響いて、また自分の心臓を跳ね上げた。

寒いはずなのに、頭はじんわりと汗をかくほど熱い。

その脳みそでぐるぐると「彼は何故、私をすきになったのか」と疑問がうずまく。


「上条、もてる、のに」


絞り出した言葉は、脳裏に野球の試合が浮かんだからだ。

あれは夏の甲子園。優勝こそしなかったものの、チームを引っ張り、もう負けが決まったとなった段階で、なけなしのホームランを打った彼を私は覚えていた。そして、それを格好いいと思ったのが自分だけではないことも。

決して諦めなかった彼の勇士が、応援にきていた女の子達のハートを射止めたのだろう。

学校での「夏の部活動写真」と題された写真注文で、彼のピン撮りに女子の注文が殺到したことや、教室でなんどか呼びだれていたのも知っている。

極めつけは、帰ってきた際にマンション前で告白されている現場に、偶然立ち会ってしまったこともある。

ちょうどマンションの入口をふさいで行われていたそれを、「ちょいとごめんよ!」等と言って通りすぎるオバちゃん根性はなく、かといって無視して通りすぎるにはあまりにも気まずい。

結局、彼が腰を九十度に折り曲げて何事かを言って、女の子が立ち去るまでそれを見ていた。

記憶はおぼろげだが可愛い子だった気がする。

長くて、きれいにアレンジされた髪型の、お洒落な子だった。すらりとしていて、彼の隣にいてお似合いだった気がする。

そうすると今の自分はどうだろう。

部活動も文化部で、特に目立った外見的長所もなくて、彼のように格好いい経歴や経験もまるでない。

人がふられて、傷ついて走り去る姿にほっとしているような女なのに。


「もてるかどうかとか、関係ない」


予期していなかった返答の声。


「俺が好きか、どうかなんです」


気がつけばもうマンション前。

彼はあの日と同じ位置にいる。

違うのは彼は、告白される側ではなく、した側だということだ。

視界の端で、彼の黒い学ランが逃げるように遠ざかる。


「ちょっとまっっぇ」


最初と同じように噛んだ。

違うのは、思わず上げた私の顔も、振り返った上条の顔も、同じくらい赤いということ。


「あたしもすひっで」


好きです。

心のボリュームは最大だったのに、もつれた舌の上で、明日まで待てない気持ちが踊った。

いきなりの告白のドキドキ感がでてればいいなぁと思います。

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