おわり
復讐の回。本当にお姉様方が容赦ないのでご注意くださいませ。
これにて本編完結。
あと一話おまけがつきます。
それぞれに思い思いの言葉を口にしながら、離宮に踏み入れた。
フランシス様はさすがに連れてこれないので、侍女に任せた。龍、獅子、そして大蛇が本性を現した姿はを彼に見せるのはあまりにも悪影響だと、乳母である私が判断したためである。
人影が離宮に姿を見せるや否や、腐っても騎士であるカール様とカシェル様がミスズを守るように前に進み出る。けれど現れた人物達があまりにも意外だったようで、そのまま動きが止まってしまった。
それは他の者達も一緒。
そんな彼らを訝しんだミスズは一瞬だけ眉間に皺を寄せた。もちろん、彼女に背中を見せている取り巻き達はその聖女らしからぬ表情に気づくことはない。
気づいたのは彼女らと正面から向き合っているこの国の本当の意味の実力者達のみ。
静かにお互いの様子を窺っていたが、その沈黙を破ったのはもちろん、この国の頂点に君臨する女帝、その人である。ぶっちゃけ、彼女に怖いものなんてなにもないと思う。
「さて」
冷静に口を開いたダニエラ様だったが、その声音は地面を這うような空恐ろしいもの。それを真正面から受けた聖女様とその取り巻き達は、一瞬その身を震わせてた。
私は心の中で彼らに弔いを意を唱えておく。これはまだ序の口なのだ。可哀想に。
ダニエラ様は言葉をつづける。
「我々は、もう十分お前たちの御ままごとやらに付きやってやった。そろそろ潮時だとは思わないか?」
「ま、ままごとだと申されるか!我々のこの幸せな時間を!」
すぐに食って掛かったのは、ダニエラ様のすぐ下の弟皇子、フレア様だ。ダニエラ様が王位を継承した際、大人しく彼女に従ったため、今まで無傷でいた彼も、もう、終わりだ。
「本当に、面白い事を言ってくださいますわね。わたくしもうお腹が張り裂けそうですわぁ」
リア様が言えば、彼女の兄であるリム様が一歩前に進み出た。
「リア、侍女長風情が王位継承第三位に当たる皇子を愚弄するか」
やばい、リア様の顔がもう般若以上のものになっている。どうしよう、夢に出てきそうだ。
「本当に、嘆かわしい」
カレン様はもう見ていられないという風情で片手で顔を覆ってします。いや、きっとリア様の顔を見るのが恐ろしくてわざと隠しただけだ。
「カレン、貴様!!」
カレン様の一番上の兄上であるカール様が額に青筋を浮かべてこちらに向かってくるのを、弟であるカシェル様が留める。意外に思ってよくよく見れば、顔を青くして震えていた。いつもと同じ反応である。
「アズール。もう、こちらに戻ってくるつもりはありませんか?」
やっぱり姉として、弟は可愛いのだろう。最後に、絞り出すような声でシャーリー様がアズール様に声をかけている。
「なぜ姉上がここにいらっしゃる?一所に留まりたくないと言っていたのはあなたでしょう」
穢れない瞳で首を傾げる彼に、ドン引きした。
そしてそれに被せるように、皆様が一斉に口開く。
「妹よ、何故侍女長であるオマエがダニエラ様と共にいる?まるで対等のように」
リム様が眉を寄せた。
「カレン、ただの女性騎士にしか過ぎんお前が随分とした恰好だな」
カール様が鼻で笑ってカレン様を見る。カシェル様は何も言わないけれど、その表情は青い。
「姉上、今まで姉上を立ててきたが、もういいだろう。王位を俺に渡せ。女帝など、この国は望んでいない」
私の血縁者はここには居ないので、誰も私には突っ込まない。ちょっぴり寂しくなった。けれど今自分の事はどうでもいい。
聖女の取り巻き達はそれぞれに取り返しのつかないことを言ってしまった。もうこれで彼らの道はすべて閉ざされたな。そしてそれをわかっていないのは本当に致命的だと思う。
横目でそっと女性陣を見れば、なるほど、もう人間の域を通り越してしまっておいでだ。あぁ、もう誰もこの人達を止められない。
私は密かに目元を拭い、そして心の中で合唱した。成仏してほしいという願いを込めた。
ダニエラ様の龍はすごい勢いで炎を吐き出していらっしゃる。心なしか地面が揺れている気がする。ほほぉ、口から炎、瞳からは冷凍ビームときたか。
リア様の大蛇の牙から滴り落ちる毒は地面に染みを作り、更にそこから邪悪な毒ガスを発している。なるほど、毒が回る前に確実にヤろうというわけですね。
シャーリー様が背負っていたはずの獅子はすでにその背を離れ、いつでも飛び掛かれる万全の状態で彼女の隣に居られた。その瞳は獲物を捕らえて逃さない肉食の王者らしいものだ。
カレン様のハムスターは、進化していた。あの可愛らしい生き物がどこにもいない。そこにいるのは、体を膨脹させ、牙と瞳を光らせた、化け物だった。
「やはりお前も他の兄上と一緒か。情けをかけた私が甘かったか」
寂しそうな口調で話すダニエラ様だがその表情は汚うものを見るような冷たいもの。
「この反逆者を捕えろ!」
そう彼女が言えば、どこに居たのか、五人の兵が一直線にフレア様に向かっていき、そしてあっという間に彼を捕える。
「なっ貴様ら!!」
「フレア皇子!」
皇子を助けに行こうとカール様が動けば、カレン様がすぐに指を鳴らした。
騎士服を着た五人の人物が次にカール様を捕らえる。彼らは、五隊ある騎士団それぞれにつく隊長だった。
「お前ら!上司であるオレにこんな事をしていいと思っているのかっ」
しかしカール様の叫びに耳を傾けるものなどどこにも居ない。
「わたくしも、愚かなお兄様を捕まえて差し上げないと、ねぇ」
そう言ってリア様が手を叩けば、再び五人の兵がリム様に近づき、そして容赦なく彼を地面に叩きつける。
「う!」
「姉上!何をっ!」
そのすぐ近くでは、アズール様が宙に大の字に体を伸ばし浮いていた。一生懸命体を動かしてその術から逃れようとしているようだが、シャーリー様に敵うわけがない。
最後に残ったのは、ミスズを背中に庇うように立つカシェル様だが、彼を捕えないのにはわけがあった。
先ほどまで青かった彼の顔が、どんどん色を無くす。
カレン様は冷たい一瞥を二番目の兄に向けていた。
「少しは治ったかと思ったが、相変わらずのようだな」
「・・・え、な、なに?」
ミスズは訳が分からないというように辺りを見渡している。ここまで来ても何が起こっているのかわからないなんて、本当に可愛そうな娘だ。いや、ここまで来るともう拍手を送りたくなるな。
ダニエラ様はフレア様に近づく。
「お前から皇子の位を剥奪する。更に、反逆の意があるとして、北の果ての塔に幽閉する」
「なっ!ダニエラ姉上!」
北の果ての塔。それは絶対に逃れられない、この世界でも屈指の牢獄。その牢は、この国だけではない、この世界すべての監視下に置かれているため、一度入れば最後、二度と地上の地を踏むことはない。
それからダニエラ様はミスズ様を見た。ミスズ様は小さく悲鳴を上げた。
「フレアが俺様皇子だと?はっ笑わせるな、こいつはただの子供だ。自分の思い通りにならぬと癇癪を起すただの餓鬼だ」
リア様が自分の兄に近寄っていく。
「兄上、ご安心ください。わたくしがダニエラ様と対等に見えるのは一重にわたくしがきちんと仕事をしているのに他ならないからですわ」
あえて笑みを浮かべているリア様だが、その瞳は氷河のごとく冷たい。リム様もここまでのリア様を見たことがないのか、珍しく表情を凍らせていた。
「己に課せられた役目を忘れた人間を野放しにするほど、この国は優しくはあるませんわぁ。兄上様に成り代わりまして、わたくし、リア・ナルメージュが、この国の宰相及びナルメージュ侯爵家の当主です。どうぞ良しなに」
「な・・・・んだと」
「旦那様、残念でございます」
リム様を捕らえていた兵の一人が、振り絞るようにして言った言葉に、リム様は今度こそ声すらも失った。
リア様はミスズに視線を移して笑う。
「腹黒宰相、ですってねぇ。ふふふ、良い年した大人が、人を信じられない信じられるのは自分だけだなんて、ただの・・・・なんでしたっけ・・・・そうそう、ただの中二病こじらせた痛い人ですわよ」
その言葉にミスズは目を見張った。
「お前ら!いい加減にしろ、こんな事をしてただで済むと思ってんのか!?」
隣ではカール様が懸命に自分を羽交い絞めにする部下達を動かそうと怒鳴っている。それはすでにもう見苦しいものでしかない。
その様子を静かに見ていたカレン様は黙って兄上に近づくと、目にも留まらぬ早業でその顎にこれまでにつもりに積もった恨みを込めた右拳を打ち込んだ。
さすがは鍛え抜かれた騎士である。カール様を掴んでいた隊長様方は、拳が入った瞬間その手を離していた。そのおかげで、カール様の体は垂直に飛び上がり、そしてそのまま地面に落ちた。その勢いで、離宮の床が数センチ沈んだ。
カール様は茫然として妹を見上げる。そりゃあそうだ。今のは「妹」の拳ではなかった。
「彼らはもう兄上の部下ではない。私の部下だ」
カレン様は吐き捨てるようにそう言って兄を見下ろす。
「どこかの愚兄共が揃いも揃って職務を放棄してくれたおかげで、今や私が騎士団団長及び近衛騎士だ。加えて、ダルバート家も私が継いだ。父上も母上も大層お嘆きだったぞ」
カール様は呆然としている。
「カシェル!?」
ミスズの声がした。見ればカシェル様も地面に倒れている。きっと気絶されたのだ。昔からそうだから。知らないのはミスズだけ。
「カール兄上は頭の弱い、剣を振るうしか脳の男だ。決して頼りになる年上の男などではないぞ。カシェル兄上はそれ以前の問題だ。・・・寡黙な男とは笑わせる。ただの対人恐怖症だ。近衛騎士なのも、ただ単にそれしかできる職がない故」
カレン様のミスズを見つめる視線に何色をも見いだせなかった。
「あね、うえ」
アズール様の弱った声がシャーリー様を呼ぶが、姉の弟を見る視線はただただ冷たい。
「お前には絶望しましたよ、アズール。お前の魔術師の資格は剥奪されました。それは国も納得しています。アズール、サイモン様と共に永遠の森の中で生きていきなさい」
「い、いやだぁぁぁ」
永遠の森とは、入れば最後二度と出ては来れないという森。サイモン様というのは、シャーリー様とアズール様の師匠である。
涙を流す弟を無視して、シャーリー様はミスズ様を見る。
「年下ワンコなんてという可愛らしいものではありませんよ、これは。 ただ自分に酔っている・・・ナル、シストといいましたっけ。甘えてる自分は可愛いなどと、気持ちが悪い」
こうして、ミスズを守る騎士達が居なくなった。
いや、まだ居た。
ミスズは縋るような瞳を目の前に立つアランに向けた。その瞳は他の人達に向けるのものとは少し違っていると、女の第六感が告げてくる。
少しいじけてやろうか。
すると私のことはほぼすべて分かってると言っても過言ではないアランが苦笑しながら私の肩に腕を回して、そのまま彼の胸の中に抱え込んでくれた。
ミスズの表情が凍る。
「アラン、様?」
ちらりと見た彼女の顔は泣きそうだ。
少し罪悪感を感じたが、けれど私とて彼女の被害者だ。
アランに頬を寄せて、そしてミスズを見据えて言った。
「夫は返していただきます」
「え?」
ミスズが、今日何度目になるかわからない驚きの声を上げた。そしてそれと同時に初めて私を認識したようだ。その瞳が驚きに染まる。
「なん、で、その、色」
黒髪に黒い瞳はミスズと一緒。けれど、その色は、この国ではあり得ないものだ。
しかし、彼女に説明するつもりなどまったく、これっぽっちもない。
アランもミスズの疑問に気付きながら別の回答を口にする。
「俺は一番最初に伝えたはずだ。妻子がいる身だと。彼女は、妻だ」
報告によれば、彼女は自分に不利になる情報は一切を排除するとあった。きっと、彼の言葉も忘れていたのだろう。
「俺が愛するのは彼女一人。愛しても居ない人間に、愛は囁けない。・・・・すまない」
律儀に謝る彼は本当になんというか。苦笑してしまった。
「シャーリー、聖女様、を、返して差し上げろ」
ダニエラ様が言った。
「この世界を救ってくれたことは感謝をしております。けれど、その後の行動は流石に目に余るものがありましたわ」
リア様が苦々しく言う。
「もうこれ以上貴殿の我儘を押し付けるのは、止めてくれ」
カレン様の声音は懇願にも似ている。
「さようなら、異世界の、聖女」
そう言ってシャーリー様が腕を振ると、ミスズの体が少しずつ薄くなっていった。
「え、なんで、いや、いやよ!!」
ミスズの表情が醜く歪む。これが本性か。
「この国はワタシの物語りの舞台よ!なんで主人公のワタシが消えなくちゃいけないのっ。あんた達は名前も出てこない脇役なんなのに、なんなのよ!なんなのよ、ふざけるな!フザケルナっふざけ・・・」
怨みの籠る言葉を残して、ミスズの姿は消えた。
「脇役・・・で、よかったのですよ、わたくしは」
ミスズの消えた後を見つめたリア様の表情は沈んだまま。
「わたし達にも、自分の人生があったというのに」
シャーリー様も空虚を睨んだまま。
「貴殿のおかげで、すべてめちゃくちゃだ」
カレン様の背中は、いつも以上に小さく見えた。
一人の少女の我儘にしては、その代償はあまりにも大きかった。




