席替え
三限、化学の授業。
悠人は初歩の初歩である構造式の時点でつまづいていた。
(うわ、やっべえ。なんか化学式から棒生えてきちゃったよ…あっちはなんか周りに点がいっぱいついてるし)
ちらちらと周りの横顔を伺ってみるが、悠人とは違う意味で眠たそうだ。
意味のわからない説明を聞き流すことにした悠人が、頬杖をついてペン回しをしていると。
肩を叩かれ、脇から紙切れが差し出された。
「なんだ…?」
『この授業が終わったら席替えをするので、少し教室に残っておいて下さい』
切り取られたメモ帳には、女子の字でそう記してあった。
(席替え?あぁ、そういえばもう一ヶ月くらい経つか)
次の席は、どの辺りがいいだろうか。
そんなことをぼんやりと考えているうちに、授業は終わっていた。
黒板にチョークで大きく見取り図が書かれ、一つ一つの机に番号がふられていく。
別に席替え係がいるわけでもないのに、放っておいても不思議と誰かがやり始めているものだ。
「好きだなぁ、みんな。まぁやりたいやつにやらせといたらいいんだろうけど」
「悠人はどこ狙ってんの?」
「別に。教卓前じゃなきゃどこだって変わんねえ」
「おいおい、やる気ないなエリカ様」
「誰がエリカ様だ」
女子生徒が黒板の数字に対応する番号が書かれた紙片をシャッフルし、窓側の席から順に配って行く。
自分の番がくると、悠人は彼女の手から適当に一つ拾い上げた。
「うお、俺『9』番!」
聞いてもいないのに和也が報告してくる。
「残念、俺は『23』だから離れ離れだ」
「これで俺たち、しばらく遠距離恋愛だな!」
「ゴメンまじでやめて」
手元の番号と黒板の数字を照らし合わせる。黒板を正面にして一列目、窓際から二つ目の席だ。
内職は不可能な位置だが、この辺りは意外と死角になる。そうやってポジティブシンキングをしていた時。
「ねぇ、ウチと席変わってくんない」
男でもすくみ上がってしまいそうな低い声が響いた。一瞬喧騒が途切れ、実際に呼びかけられた男子は引きつった笑みを浮かべている。
「いや、でも窓際だし、こんないい席なかなか回ってこないって…」
「…あ?」
綾乃がメンチを切ると、その男子は黙って紙を差し出す。綾乃はにらみを効かせたまま、その手からひったくるように紙片を奪うと、自分のそれを彼の机に叩きつけた。
そして、こちらに歩いてくるではないか。
「よォ」
「…はい?」
「ヨロシク」
凄絶な笑みを浮かべると、彼女は悠人の左隣の席に腰を下ろした。
「えぇえええええ⁉︎」




