事情
床の上で伸びてしまった悠人を一瞥して、詩織はぼそりと呟く。
「あの子の顔なんて見たくないし…今さら合わせる顔なんて無いのよ」
階段へとつながる扉を開いた詩織の前に、目を見開いた綾乃の姿があった。
「し、詩織…」
「……っ」
しばし呆然と立ちつくしていた彼女は、苦しげに目を逸らして歩きさっていった。
音のしない屋上に、綾乃と悠人だけが残される。
詩織を追いかけたい衝動に駆られたが、結局綾乃は悠人を介抱するほうを選んだ。
「悠人、おい悠人、大丈夫か!」
綺麗に投げられていたとはいえ、とっさの判断で受け身がとれたとも思えない。どこかを怪我している可能性もある。
「……ぅ」
痛みに顔をゆがめつつ、悠人はゆっくりと体を起こした。
「どっか怪我したりしてないか?病院にいかなくて大丈夫か⁈」
「大丈夫だ、背中を少し打ちつけただけだから。もう自分で立てるよ」
心配そうにのぞき込む綾乃に、悠人は苦笑する。
「しっかし、あそこで投げられるとは思わなかったな…今だに何をされたのか分かんねえや」
「詩織は、オレと同じ道場に通ってた有段者だから。怒らせると、本当に怖い」
「最初からそう言っといてくれ…それなら指一本触れたりしなかったのに」
「ごめん。わがまま言って、迷惑かけた」
「謝るなよ。ってかそんな顔するな。綾乃も、どうしたらいいか分からなかったんだろ」
今の状況を打開するには、やはりそもそもの原因を知る必要があるのだろう。
話すのが辛いことかもしれないが、聞いておかなければならない。
「教えてくれ、綾乃。二人の間に、一体何があったのかを」




