プロローグ
七月下旬。
学校から解放されて無邪気に歩道をかけていく小学生を横目に見送りながら、とある男子高校生がやる気のない足取りで学校へと向かっていた。
彼の名は、行橋悠人。
日も完全に登りきったこの時刻に、彼以外の高校生の姿は皆無である。
要するに、悠人はサボりだった。
「学校行くのダリィなぁ……」
伸びをすると、大口を開けてあくび。
もう校舎は視界に入っているのだが、歩幅は逆らうように小さくなっていく。
たっぷりと必要以上の時間をかけて、悠人は校門をくぐった。
廊下を進んでいくと、机について真剣にノートをとっている生徒達の姿が目に入ってくる。
それを前に、悠人は方向転換。まっすぐ男子便所へと向かう。
このまま、授業終了までトイレの個室で携帯をいじる算段だ。
悠人は、遅刻するくせに遅れて入っていく勇気もないチキン野郎だった。
二限終了のチャイムが鳴り響く。
廊下が生徒のざわめきに満ち始めたのを確認して、悠人はトイレの個室を後にした。
まだ先生は教室に残っているのだろうか。
遠目から教壇の様子を伺っていると、こちらに気がついた短髪の男子生徒が歩み寄ってきた。
「おい悠人。二限もさぼるなんてどんなヤンキーだよ」
「なんで授業さぼっただけでヤンキー扱いされなきゃなんねえんだ。それよりノートとってくれてるんだよな?」
「まぁな!俺は、お前と違ってぇ?真面目な優等生だし!」
『お前と違って』の部分をやたらに強調してくる短髪。
この見るからにモテそうなルックスの男子生徒は、悠人の級友である香椎和也だ。
優等生というのは彼に虚言癖がある訳ではなく、正真正銘の事実だ。
「教えてやろう。お前の欠点は非の打ち所がないというところだ」
「俺はエーミールかよ」
軽口を交わしつつ、ロッカーから三限に必要な教科書類を取り出して行く。
ニ、三限の合間に昼休みを挟むため、教室には弁当やパンを机に広げたクラスメイト達が談笑している姿がある。
クラス四十人中、四十位。
それが悠人の成績だった。
学年全体でも、下から数えたほうが速いはずだ。
しかし、これは悠人が漢字も書けないようなおバカという訳ではない。
そう、彼らの通う高校ーー駒草高校は、県下随一の進学校なのだ。
トップ校とはいえ、生徒のレベルはピンからキリまで。悠人はそのキリだという、それだけの話である。
中学では一桁しか見たことのない順位が、突然三桁に下落するのを目の当たりにしてすれてしまった悠人を誰が責められようかーーいや、確実に両親は責めるだろうが。
そういう訳で。一学期終了後いっきに気が抜けてしまった悠人は、朝早くから始まる夏季課外に社長出勤をしてきたのだった。
「そういや和也は期末何位だったんだよ?」
「学年は8位。クラスは2位だったかな」
「俺は時々お前の事が分からなくなるよ…。んで、1位はやっぱーーあいつか」
「白石さんにはどうやっても勝てる気がせんねぇ。一年中で有名人だ」
クラスの後方、窓際の席に彼女の姿はあった。
「あっはははは‼︎マジ受け!マジ受けるんですけど!」
三人の女子グループの中心でバカ笑いしている人物。それが白石綾乃だった。
「俺としては納得できねえんだよ。ガリ勉丸メガネならまだいいんだ。だが、よりによってだぜ?あのギャルが学年1位って世の中どうなってんだ」
「一時期はミス駒草とか言われてた時期もあったけど…まぁ一気にグレちまったねえ」
「高校デビューってのはこうも悲惨なものなんだな」
と、綾乃がこちらを振り向いた拍子に視線が合い、悠人はすぐさま目をそらす。
「うっはーッ…!ギャル怖え」
雑談に戻った悠人は気づきようもなかったーーその後しばらく、綾乃が自分を値踏みするような視線を送り続けていたことには。




