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アゲハ  作者: 鬼京雅
百年老人編
8/67

比叡山の激闘

 比叡山の山頂中腹の雪が残る森の中で京雅院きょうがいん源空会げんくうかいの激突があちこちでおきている。

 六道の社にほど近い所まで攻めて来てはいるが、あまり霊的なものは感じられなかった。

 そんな事を頭の片隅で思いながら混迷する戦況をアゲハは見た。

 戦闘は拮抗しておりアゲハと京子は自身の判断で京雅院の圧されている場所へ駆けつける遊撃部隊になった。京子と別れたアゲハは黒百合を八つ裂きにする狼のような殺気を生み出す白い法衣の男を見た。一瞬にして三人の黒百合を屠る男にアゲハは刀を握り締め近づいていくと男の顔に見覚えがあった。

十座じゅうざに似てる……」

「そりゃ似てるさ。兄弟だからな。お前か十座を殺ったのは?」

「そうだ。復讐するかい?」

「そんな事はしないぞ。戦いは殺し殺されるもの。十座のようにこだわっていては得られるものも得られんからな。ピョンとかいうこだわりも無駄なんだよ」

「弟に厳しい兄貴だな。お前は是空ぜくうとの相性も悪そうだ」

 ハハハッ! と狼庵ろうあんは笑い、

「源空会の行動理念にうるせぇ是空よりも、この柊の力を思う存分楽しみてぇのよ!」

 両手を爪を尖らせるように構え狼のような早さと野獣の嗅覚で相手を追跡し、獲物を屠る戦闘スタイルを持つ狼庵は一度敵と認識した相手を見逃す事は無い。

「早いな――くっ!」

 あまりにものスピードにアゲハは対応が出来ない。頼みの超直感も相手が早すぎて脳から発する信号が身体を動かすまでに次の攻撃をされてただのサンドバッグとしか言えない状況になる。

「はははっ! 血が盆踊りを踊ってやがるぜ! おら! おら! おらぁ!」

「ギャーギャーうるせぇぞ獣野郎っ!」

 前にいたと思えば後ろ、後ろにいたと思えば横に現れる狼庵にアゲハの刀は空振りをし続ける。

 身体は鋭利な爪で刻まれ続け、舞った血が狼庵の顔について動きが鈍りアゲハは刀を振り抜くが胸元をかすっただけで回避される。顔を腕で拭い返り血を服にこすりつける狼庵は、

「是空がお前を評価していたが、それほどでもないな。柊としての能力も超直感という未来予知のような力のようだが、身体も頭もついていけてないようだな。そろそろ終わるぞ」

「終わるのはこっちの台詞だぜ?この時間がオレの超直感が生きる時間ってのもわかんねーのか?」

「これは余裕だよ。超直感で反応神経が早くなっても身体は正直だからなぁ」

 あくまでも戦闘を楽しむのは余裕があるからと言う狼庵は狼の牙のような鋭い歯を剥き出しにして言いながら血の付いた両手を衣服で拭う。それを見たアゲハは、

「お前、潔癖症だろ?」

「……だから何だ? 顔に他人の血がつくのは誰でも嫌だろう? 綺麗好きなのが何がいけない?」

「戦闘狂を名乗るなら顔に血がついただけで動きが鈍るなんざ、ただのオシャレ戦闘好きだぜ?」

「ほざけっ!」

 次で殺す! という殺気に満ちた狼は高速で迫る――。

 腰を沈めたアゲハは地面の土を蹴り上げ、狼庵の顔にかけた。

「ぬうっ!?」

 首筋を狙った狼庵の爪はギリギリでアゲハの首筋の皮を一枚切るだけで首を飛ばす予定は後送りになる。そして、刀で手の平を切った血を浴びせ袈裟斬りに刀を振るう。受ける狼庵は呻き声を上げつつアゲハの腹を蹴り飛ばし、よろめくアゲハの背後から隙だらけの首筋を狙う。

(もらったぞ――)

 完全に狼庵の存在を見失うアゲハに回避の手だては無い。

 源空会に対する反撃もままらぬまま死を迎える――。

「……?」

 いつものように宙空に敵の絶望ではなく唖然という顔の生首は舞っておらず、自分の右手を見た。その手はアゲハの肉に人差し指が食い込んだだけで、他の四本指は肉厚の刀の物打ちで防がれていた。神経の高ぶりから充血する瞳を半身になり振り返り様アゲハは恫喝するように言う。

「超直感でお前の早さに感覚が慣れて身体がついてきた。戦いを楽しんだのが仇になったな」

「楽しまない戦いが出来ないなら俺は戦いをやめる。プライドなくして戦いが出来るか!」

「プライドにこだわるお前の負けって事を認めろ」

「残念ながら俺はもう一段階スピードを上げられるんだよ! 鬼狼牙きろうが!」

 更に高速で動く狼庵の両手にアゲハは反応が出来ず両手がカマキリの鎌のようになる鬼狼牙でアゲハの首を落とす。

「――うおおおっ!」

 狼庵の必殺技が決まる瞬間、それを見透かしていたかのようなアゲハの必殺技である乱れ揚羽蝶が炸裂する。白兵にこだわる狼庵に正面から来させるように言動で促し、自分は動かず相手に技を繰り出すだけでいいように仕向けた。

「一段程度のギアチェンジじゃ、鼻くそほじるぐらいの違いでしかねーな」

 倒れる狼庵は自分の直情型の性格がこういうデメリットもあるのだと気付き意識を失った――はずだった。

「……」

 蒼い炎を全身に纏わせ狼庵は立ち上がった。

「フォフォフォ……この戦いの本質は見えたか? 光葉の愛弟子よ」

「何? お前は一体……」

 薄気味悪く狼庵は口元を歪め語る。

 この戦争は三家桜に対して反抗している源空会を一網打尽にしようとする作戦だった。それは同時に光葉派を一掃する計略であり、それを何故かこの様子がおかしい狼庵に教えられるアゲハはここは一度逃げるしかないと直感した。すると、狼庵はそのまま蒼い炎から解き放たれ倒れた。

 すると、京子が現れた。

「アゲハ!」

「京子……エリカ!」

 遊撃部隊として離れていた京子は光葉の妹であるエリカを助け出した。

 エリカの腰まである長い茶髪を京子はポニーテルにまとめ上げ、黒い忍装束の汚れを払う。

「久しぶりねーアゲハ。あーらだいぶ怪我をしてるわね。治してあげるですよー」

 相変わらず頭には小さい王冠があり、ゆるい感じで言葉を話している。そんなゆるい感じのまま白い両手をアゲハの腹部に当てて体力と傷を回復させた。

 光葉の妹のエリカは非常に稀である回復タイプの柊なのである。

 傷が癒えた事で頭は冷静になり現状を整理する。

 狼庵が言うにはこの戦争は三家楼に対して反抗している源空会を一網打尽にしようとする作戦だったらしい。そして同時に京雅院の核をなす光葉派を一掃する計略でもあるようだ。

 そうなると三家楼の存在がこの比叡山に大きな手をかけているのがありありと想像できた。しかし、身内を疑っていてはこの戦争には勝てない。未だ清水城から帰還しない光葉の存在を考えると信じる事が難しくなる。それに、この比叡山の中腹から下までを覆っている蒼い光が全ての疑問を際立たせる。

「……二人とも色々あるが、オレは光葉を信じたい。この比叡山は明らかに何かがおかしい。あそこに見える蒼い光は現世の光じゃねーし、戦争をしてるわりにはこの山は静かすぎる」

『……』

「二人の意見はどうだ?」

 柔らかく微笑むエリカは言う。

「それはもちろん光葉を信じるわよー。だって兄者だものー♪」

「確かにもう一時間近く経ってるのに戦場に光葉がいないのはおかしい。今は光葉を信じるわよ」

 冷たい瞳を輝かせる京子も答えた。

 すると、先の森で輝く蒼い光を見据えていた三人の前に赤い鈴蘭の柄が描かれた着物を着た日本人形のようなツインテールの少女が現れる。新たなる敵にアゲハは刀を抜いた。

「先に行け、あの女とは前に戦った事がある。エリカを頼んだぜ京子」

 頷いた京子は振り返る事無くエリカを連れて足元の雪に注意しながら先に下山していく。




 刀を肩に担ぐアゲハは汚れた白地に揚羽蝶が描かれた着流しの裾を揺らし赤い着物の赤い髪のツインテールの少女に言う。

「……暗器のワカナか。まさか暗殺請負人のお前まで比叡山にいるとはな。金で買われた傭兵か?」

わたくしは暗殺請負人ではないわ。和服探偵ワカナよ!」

 赤い鈴蘭が描かれた着物を翻し、ポーズを取るハルナは言った。

 ワカナは京子と同じ京都藩のテンプレ学園に通っているが、ほとんど出席していない為に顔を合わしてはいなかった。このワカナは過去に光葉村塾にいた事もあるが、個人の意思が強い為に一人で独立して行った少女だった。そして、着物袖からナイフを取りだし放った。すかさずアゲハは刀でそれを落とした。

「探偵さん、目的はなんだよ?」

「探偵はクライアントからの依頼は秘密よ。貴方と目的が被るかどうかは知らないけど、邪魔するなら殺しますわ」

「やっぱお前は自称探偵だな。この戦争の本質を知ってんのかよ?」

 雨のように降り注ぐナイフとアゲハの乱れ揚羽蝶が激突する。しかし、ナイフの本数に刃の速度が追い付かない。ドドドド! と地面にナイフが突き刺さる。

「くっ!」

 一本のナイフが左肩をかすめ、血が飛んだ。黒く滑らかなツインテールの髪をくるくると触るハルナは手の上でナイフを遊ばせながら、

「刀でナイフを壊さずに軌道だけをそらして他のナイフに当ててナイフの勢いを削ぐとは凄いですわね。流石は光葉の愛弟子」

 その言葉にピクン! と反応したアゲハは、

「別に愛弟子ってほどずっと一緒にいた覚えはねーよ……」

「そうなの? 別にどうでもいいけど」

 すると、風の通るはずもない木に囲まれた森に風が流れた。黒く、不吉な風が――。

(私の探偵としての勘が言っている。ここからがお楽しみ。とうとうお目覚めのようね、蛹の揚羽蝶が……)

 動きの質が変わるアゲハの猛攻にワカナは何度か肌を斬られ、顔面を蹴られた。無尽蔵にあるとしか思えないナイフをひたすらに繰り出し、アゲハの足を狙い機動力を確実にそいで行く。精神が肉体の痛みすら凌駕する二人は絶頂を感じたまま互いに吹っ飛んだ。

『……』

 身に受ける痛みをようやく感じながら二人は周囲の蒼い光が近づいて来ているのを感じた。アゲハは篝火のような蒼い炎の光を確認し、あれは狼庵が最後に纏っていた炎だと直感した。

「おい、ワカナ。あの蒼い炎は何だ? 明らかに現世の炎じゃねーぞ?」

「あの蒼い炎は私も知らないわよ。確実にヤバイものではあるのは確かね」

「じゃあ、光葉の行方は知ってるか?」

「現世六道が現世の京都藩を包囲する結界として機能し、外敵から身を守れるようにしているのは知ってるでしょ? おそらく光葉は奴等の合体技の輪廻封印式に閉じ込めらてるんじゃないかしら?」

「輪廻封印式? 現世六道は三家楼でも扱えない存在だぞ……それにここに霊脈の巨大な霊気を感じないのは何でだ?」

「すでに霊脈は山頂に移動させてあるのよ。戦争を前にして中腹には置いておけないでしょう?」

「勢いのまま話してたけどよく答えてくれたな。オレに惚れたか?」

「それは無いわ。どうやら依頼主の源空会は京雅院と通じていたフシを感じていたようだったけど、それは本当のようね」

「何を言ってやがる?」

「貴方が死ぬという事よ」

 口元に笑みを浮かばせ、生ぬるい風を払った。神がかり的な速さでワカナは左右に残像を浮かべながら動いた。

「エクセレントスカート!」

 カチカチッと着物の裾が機械的に変形し、蟹ハサミのような長い腕が十本現れる。

 あまりにものエクセレントスカートの応酬の早さに上半身に無数のダメージをくらう。

「乱れ揚羽蝶はどうしたの? あれとエクセレントスカートを戦わせましょう?」

「お楽しみのデザートは後でだぜ!」

「なら貴方は死ぬ――!?」

 ボンッ! と一基のエクセレントスカートが破壊された。それを見たワカナは自身に迫る刃を見極め、スカートを動かした。流れる水のような柔らかさから急激に石を打つ滝のような激しさを見せるアゲハの姿が目に映ると同時に二つの爆発が起こり、ワカナは後退した。

「あららっ! それは流水の動きね? まさかあの男と同じ明鏡止水に至ったとでも言うの?」

 破壊されたスカート一基をへし折り、背後に崖があるのを肌で感じてからアゲハを見て微笑む――刹那。地面に乱れ揚羽蝶が炸裂し、ワカナがいる崖の先端が崩れ落ちる。

「逃げるの?」

「お前だけならまだしも、この比叡山には危険な事ばかり集まっている。オレはお前と戦う事を目的としていない」

「目的の物が一緒なら最終的にはぶつかるじゃないの。ならば、邪魔者は早めに始末するのが一番。これが探偵の鉄則だわ!」

「オレとお前の目的が一緒じゃねーだろ? 崖の下で生き埋めになりな。そこで頭を冷やして京都の情勢と大局を見ろ。それがオレからの鉄則だ」

 崩れ落ちる崖の落下にのまれるワカナの薄い微笑はアゲハを認める微笑だった。

 同時にアゲハの足が雪に呑まれた。

「!? な、雪崩だと?」

 小規模ながら比叡山に残る雪がアゲハに向かって流れて来ていた。

 その発端の場所には源空会のリーダー・是空が存在する。

 蒼い炎に満たされる是空は白い歯をむき出しにし、ニイイッ……と笑いながら言う。

「すでに霊脈は山頂にまで移動させてある。この戦いはその為の時間稼ぎでもあったのだよ! この戦いで狂陰も源空も全ては終わる! フォフォフォ!」

「テメー! そりゃ一体どういう――うおおおおおおおおっ!」

 返答も出来ぬままアゲハは小規模な雪崩に流された。



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