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アゲハ  作者: 鬼京雅
百年老人編
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京雅院・三家楼の老人

 清水城天守閣・三家楼さんかろう聖櫃せいひつ

 その霊気が溜まる冷たい空気が流れる空間に袴の衣擦れの音すら立てない色白の優男が背中に赤く狂の文字がある羽織を揺らし歩いて行く。

 優男の両眼は時空間にも干渉しそうな強い怒りに満ち溢れており、腰にある刀・光一文字光雅こういちもんじこうがの柄を握った瞬間爆発するであろう。清水城の入口を駆け抜けた時から一人の兵もおらず、人の気配すら感じられない。そして、三家桜のいる聖櫃の扉までたどり着き、その重く重厚な扉をギイイッ……と開いた。

(……?)

 血の匂いが光葉の鼻をくすぐる。

 この空間に血の匂いなどするはずがない為に、源空会との開戦で嗅いだ血の匂いが鼻腔に焼き付いているのだろうと思い、ある程度の決着が見えたとは言え完全に勝つまで予断は許さない戦いである事を承知してる故に早く戦場に帰還したい考えもある。

(内部の警備がまるでなっていないのは賊にやられたから? いや、ここまで血の跡も残さずここまでたどり着くのは不可能……)

 少し歩みを進めると、血の匂いの正体がわかる。

 スッと視線をいつも三家楼が座る家楼席の白い机にやる。

 そこにはの左右で傀儡のようにしか言葉が出せない家楼の赤井と青田が居た。すでに首だけが白い机の上に据えられている為、鬼籍に入っているのは容易にわかる。一枚の薄いカーテンの奥からゆっくりと中年の小柄な男が現れる。

 髪は黒くオールバックでまとめられ赤い着物を着て悠々と中央の家楼席に座る。その着物姿の男は無論、宮古長十朗みやこちょうじゅうろうであった。歩みを進める聖光葉ひじりこうようは京雅院を束ねる老頭である三家楼の座る家楼祭壇を見上げる。薄いカーテンが引かれる奥にいる三家楼の筆頭は突然の光葉の来襲を読んでいたかのように動じていない。

「……三家楼の皆さんもお揃いではないようですが筆頭が健在で何よりです。私がここに来た理由なども全てわかっているようですね」

 三つある薄いカーテンのある中央にいる筆頭家楼の宮古長十朗が答える。

「すでに源空会との長きに渡る交渉は全て破談した。故に我々三家楼は源空会の壊滅に動き出したのだよ」

「破談? まだ彼等とは話し合いの途中だったのですよ? しかもアゲハの黒百合試練を源空会との会合場所で行わせ、義兄弟であるあの二人を殺し合わせた。これは仕込まれた戦争としか言いようが無い」

「すでに源空会は空前の灯火。我々京雅院に従わぬならここで終わらせてやるのが人の良心じゃて」

 同時に嗤う三家楼の筆頭に光葉は疑心と不快感がとめどなく溢れる。キリキリと痛む腹部の傷は霊気を集中させる事により出血を止め、包帯で固定しているがこの傷は早く治療せねば命に関わるものである。額に脂汗を浮かべる光葉は脈拍の上昇を感じながら言う。

「……それと、アゲハと京子の一騎打ちという試練を仕組んだのも貴方ですね?」

「そうじゃ。お主の見込んだ少年が黒百合になるならば、それ相応の試練が必要じゃろう? 果たしてあの二人のどちらが勝ったのだ?」

「源空会への総攻撃が始まった以上、辞めさせましたよ。あの二人は源空会総攻撃の一員として戦っています」

「確かにいい判断じゃ。戦争に紛れ混ませておけば試練中止の大義名分は立つ。そして、戦争が終わるまではあの二人が相手に殺されなければ命の保証はされる」

 なるほどのぅ……といった宮古の口元が緩む。完全に両者の間には戦争の真っ只中である京雅院と源空会のような二度と埋まらない溝が出来ていた。すでに京雅院の三家楼の在り方を肌で実感した光葉は自分の中で一つの答えを出す。

「どうした光葉? 主にしてはやけに口調に焦りがあり、涼やかな顔が歪んでおるぞぇ?」

 言いつつ、光葉の穴の空いている腹部を見透かすように見た。

「私をここに来るように仕向けたのも貴方でしたか」

「当然じゃ。主にここまで戻させたのは主と光葉村塾の連中を引き離す為じゃ」

「引き離す? 源空会に勝たなければいけない戦で引き離す事が最善の策とは思えません。それに、何故貴方の警護もこの城を守る兵もいないのです?」

「すでにこの清水城の兵は比叡山の主の仲間を始末する為に向かっているよ」

「……どういう事です?」

「いい顔をするのぅ光葉。主のそういう顔をワシはずっと見たかったのじゃ」

 光葉が自分の手の平で操られているのを真近で確認し、宮古は今までの苦悩の全てが終わったかのような開放された人間の柔らかな笑みを浮かべる。唇を強く噛み締める光葉は内部に溢れる怒りを濃縮していくように静かに言う。

「貴方だけではなく、他の家楼にも意見を聞きたいですね。この半年ほど筆頭家楼の貴方以外の声を聞いていない」

 死んでいる事は明白だが、この状況を進める為に光葉は言った。

「わかっておるじゃろう? すでに左右の二人はワシの傀儡よ。このワシの極楽浄土ごくらくじょうどによってのぅ……」

 瞬間、家楼祭壇の薄いカーテンが炎によって燃えた。

 左右の家楼はあおあかの炎になり、宮古の背後にはその煉獄の炎を司る千手観音が現れる。現世において手に出来る力では無い力に瞠目する光葉は言う。

「極楽……浄土? これは地獄の炎ですね……現実と地獄の狭間にある世界の果てでは手に入らない地獄の炎。これを手にするには六道輪廻に向かう時の仮死状態ではなく、実際に死ぬしか方法が……」

 地獄へは自分の死によってしか辿りつけず、地獄で意思を持って動くには柊として圧倒的な強さがなければいけない。

 故に地獄世界のみで扱える技でしかない極楽浄土を持つ宮古に対して光葉は驚きを隠せないと同時に溢れ出る知的好奇心を抑えられない。

「貴方は一体……どうやってそんな力を? 貴方に柊としての能力は一時的な若返りだけのず……」

 目の前の老人は一時的な若返りしか能力が無いにも関わらず背後に千手観音像が現れ極楽浄土という力が発動していた。千手観音像の左右半分は蒼と紅の炎が展開している。

「これこそが極楽浄土。主を冥府へいざなう蒼と紅の千手観音像である」

 ブオオオッ! と光葉を囲うように蒼と紅の炎が走り前後左右に逃げ場が無くなる。未だに腰にある純白の鞘に金象嵌の拵えの鍔が美しい光一文字光雅を抜かない光葉は驚きながらも新しい興奮で胸を膨らませていた。

 地獄でしか使えない能力の六道輪廻に関連する力をこうも現世の人間が使える事にまだまだ柊には先があると瞳を微笑ませた。

 光葉のまるで極楽浄土を観察し、楽しんでいるような感じの姿を見て宮古は説明を始める。この男にはまず説明をして、自分には出来ない力だと絶望に叩き込んでやってから殺すのが一番だと思ったからであった。

「……若返りの能力を更に高める為に研究をした。初めは若い人間の死体を食う事で若さを保つ時間が長くなる事を知った。そして、その興味対象は柊の若者に移り源空会の柊を生け捕りにしてワシの元へ届けさせた。生きたまま食らう事でワシは能力を使わなくても力を維持する事が出来るようになり、やがてこの極楽浄土の力を得た」

「非道な真似を……人の道を捨てましたね。今までの争いは貴方の生贄となる柊を生み出す為だけのもの……」

「全ては主の存在がいけない。県を廃し藩をなし、その鬱屈した世界を破る奇士を待つ……そんな思想を行動とされたらこの日本どころか世界は聖光葉を中心に動く事になる。それをこの宮古長十朗が許せるとでも思うたか!」

 激昂する宮古を光葉は初めて見る。

 おそらくこの老人がこの三年の間、自分に対しての感情をこの日の為だけを思い生きて来た事を思い知る。権力も、個人の力も、そして硬い絆で結ばれる仲間も手に入れても尚前へ、前へ進むこの若者をは許せない存在だった。

 金と暴力でしか他者との関係を作れない自分の矮小さを否応無く思い知らされ、柊という存在の全てを消し去りたかった。背後の千手観音像の手が無数に動き、宮古は狂喜の笑みを浮かべ黄色い歯を剥き出しにして言う。

「主はここで消えるのだ聖光葉」

 その言葉にもう今までの宮古は完全に存在しない事を核心し、言葉による説得を一時中止した。悦に浸りながら語るは瞬き一つせず光葉の顔の変化の一瞬も逃さないように見据えている。この老人がひたすらに光葉の全てに嫉妬していたのがよくわかる姿である。

「源空会の長老はすでにワシの力で取り込んで傀儡にしていた。奴らの頭はワシの意思になり、奴らの手足は自我を持ちながらもワシの傀儡として働いていたんじゃ」

「何の為に……今までの苦労が」

「主を殺す為じゃて」

「……」

「この力は千の柊の命を代価にして地獄の力を現世に呼び起こしたのじゃ。京雅院と源空会の柊の命はワシの糧としてこの極楽浄土として動いておるわい」

「そういう事でしたか。京雅院と源空会の争いは新たな柊を生み出し、競わせて貴方の糧となるためだけのものだった」

 宮古の言う通り、これまでの京雅院と源空会の争いの全ては悪魔の老人である宮古長十郎の謀略だった。霊脈が突如解放された三年前こそ宮古はただの息も絶え絶えの老人でしかなかったが、柊というものに人間の一部が覚醒してからはそれを私財を投げ打ち徹底的に研究させ、自分が柊に覚醒する為の努力を惜しまなかった。

 比叡山中腹の霊脈が柊覚醒を後押しする要の一つだという事を知り、霊脈の洗礼で柊へと覚醒した。その力は若返りの力であり、更なる力を手にする為の欲がその若さにより無垢な少年のように湧き出た。

 そして宮古はこの三年の期間で千の柊を生きたまま捕食し、相手の意思が死を感じ取る地獄へ進む感覚を利用して地獄の炎を徐々に自分の身体に馴染ませていった。

「……実に下らない力の得方ではあるが、極楽浄土が生で見れたのは幸福に値します。若さという異能が貴方をそうさせたのですか?」

「何を言うておる……ワシをこうさせたのはお主じゃ、聖光葉っ!」

 突然の宮古の叫びに光葉は更なる驚きを隠し得ない。

 自分がこうなったのが自分が原因といのが完全に理解出来ないからである。

 憧れや嫉妬の念が薄い光葉には矮小な宮古の心などはわからない。

 それが光葉の存在の大きさを生み出すものであると同時に、大きな欠点でもあった。

「フォッフォッフォッ。主を驚かせたのは始めてじゃのう。でも余興は始まったばかり。主はこれから死ぬまで驚きに満ち溢れるのじゃ」

 下卑た声色と歪んだ口で宮古は言う。

「現世六道達よ、輪廻封印式りんねふういんしきにてこの聖光葉を次元の狭間に封印せよ」

「……!」

 すると、ササササッ! と六人の赤い法衣を着た男女が現れ極楽浄土の蒼と紅の炎の周囲を取り囲み、念仏を唱えそうな手の構えをしていた。

 その六人は光葉も見知った現世六道。この京都の外周部を取り囲むように点在する六つの塔の門番である六道輪廻の一つ、一つの力を司る者達だった。その者達は一様に口を揃えて言う。

『輪廻封印式!』

 スパアアアッ! と目映い光が発して空間を呑み込んで行く。光の檻に囚われる光葉は何も抵抗せず宮古の偽りの若さにしがみつく顔に見入る。

「六道輪廻は完全には発動させられまい。この六人は六道の一つ、一つの現世における守護者であるからな」

「現世六道を私兵として使うとは……確かにそうですね。この清水城に入ってから六道輪廻の力が上手く引き出せなかったので、腹部の傷のせいかと思いきやこんな伏兵達の罠だったとは。ですが、世界の果ての本物の六道輪廻達から試練を受けている私なら輪廻封印式とて二日もあれば突破できますよ?」

「せめてこの戦争が終わるまでお主がいなければいいのじゃ。お主一人がいなければ光葉村塾系の柊達も精神的支柱がおらず何も出来まいて」

 この源空会との戦争の中で光葉村塾の連中を皆殺しにしたい宮古は封印式に囚われる光葉に激情をゆっくりと、冷たい地面に這わせるように言った。そして輪廻封印式に囚われる光葉は、

「地獄の力だけでは無く、地獄と現世の狭間にいるとされる六道輪廻にも手を出していましたか……確かに私の力では貴方には勝てない」

「そうじゃ! その言葉を今までワシは聞きたかった! 命乞いをすれば封印式の異空間で生かしてやってもよいぞ! ワシは慈悲深い男じゃからなぁ……フォフォフォ!」

 悦に浸りながら語る宮古は嗤う。

 次元の狭間に消えゆく光葉は最後に呟く。

「私の同士達を甘く見ないでもらいたい。アゲハならば貴方を倒すでしょう。狂気に染まらぬ純朴な精神を持った真の狂気を持った少年の蛹が孵化した瞬間、貴方は柊の真髄を見る事になる」

 そして、愉悦に浸っていたの顔に怒気が走ると同時に、六道輪廻を司る法衣を着た六人の男女により光葉は輪廻封印式により異空間に封印された。

 光葉の同士である光葉村塾は比叡山内部にて味方無き決死の戦いをしなければいけない事になる。全ては自分の手の平で動いている事を実感する宮古は、これから世界が自分に平伏す様を想像して黄色い爪を黄ばんだ歯で噛んだ。


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