柊の未来
「が……はっ!」
アゲハの最後の一撃は、雅に届く事は無かった。
雅の腹心である、毒と霊気感知の能力を持つ柊・鳳仙花が二人が戦っていた結界が解除され、柊大霊幕を成した事で最高の疲労を感じているこの瞬間を狙い、鳳仙花はアゲハを刺していた。
「……残念だったわね。もう、貴方達は普通の人間に近い。柊大霊幕の後の事を考えて無かったようね。だから死ぬ」
「テメェ雅……こんな伏兵を仕込んでやがったか……」
倒れるアゲハを無視し、鳳仙花は雅に近づく。
スッ……と助けを求めるように手を差し出す雅に、鳳仙花は少し顔を傾け怜悧に言う。
「言ったでしょう? 貴方達って」
「!」
鳳仙花は雅をも刺した。
アゲハは雅の腹心の少女が何をしているのかわからず、その緑色の髪を揺らす悪魔の女に叫ぶ。
「テメェ! 何しやがる!」
「何をって。貴方もこの男を殺す為に戦ってたんでしょう?」
圧倒的な霊気を持つ柊である自分達も、霊力が無ければこんなにも脆いのか……と笑いたくなった。
しかし、その笑いは鳳仙花の接近と共にかき消える。
ダラリ……と倒れ込んで来る鳳仙花を受け止めるアゲハは、その背後の悪鬼を見た。
「……雅。その霊気は?」
「死に際の狂気を霊気にした。早く傷の手当てをしないと、本当に死ぬな。お互い無様だなアゲハよ」
更なる狂気を引き出す雅は、鳳仙花に斬撃を浴びせ微笑んだ。
「雅様……まさか生きておられるとは。私の愛は受け止められなかったか……」
「そうだ、柊大霊幕を成し霊力が消えた状態では戦えない。その後の事を考え、鳳仙花は存在した」
その二人の言葉にアゲハは動揺する。
「なん……だと?」
鳳仙花には恋愛感情が有り、雅はただの駒として見ていた。
そして死にゆく駒などは忘れるように雅は言う。
「鳳仙花は霊気を数値として図る事が出来る柊。柊大霊幕を行う数値を図るのに大分役に立った」
「だから腹心にしてたのか。でもその女……!?」
無言のままアゲハのトドメにでる雅。
頚動脈に刀を入れるが、鳳仙花に背後から狙われる。
「邪魔をするな鳳仙花。俺は気分がいい。体力がある内に逃げれば生きられるものを死に急ぐか?」
「柊大霊幕を成しても人が変わらないなら、この男の怒りはやがて人間全てに襲いかかるわ。だから私は逃げられない!」
『……』
血まみれの鳳仙花は続ける。
「この男は人類史上かつてないほど愚かな知的生命体者を憎み、愛玩動物である犬畜生のみを愛してる。この男の理想は無限。この世の全てを手にいれたら、この世の全てを破壊するはず。敵、敵、敵……と外に向かってた激情の行き場がなくなれば今度は内に向く。今は良くてもあの男の見るもの全ては悪になる。つまり雅様は……」
アゲハと雅はその少女のか弱い意思を聞いた。
「存在してはいけない男なのよ」
しかし、アゲハは言う。
「でも愛してたんだろ」
「それでも、愛を答えてくれるわけじゃないなら、こうするしか支配出来ない。誰かがそばにいて監視しなければ彼は人類を消す。それなら私が殺してあげるしか雅様は救われないじゃない!」
「オメーはそんな犠牲者のような感情でいるのか!」
「そう、私は彼に強烈に惹かれ、そして猛烈に憎んでいる。愛の業という奴よ……」
「じゃあ、今までの雅の全ての行いは……お前が許したのか?」
「許す、許さないもない。すでに彼はもう止まらない。彼を止めるにはその目を、その行動を、その大義を変えさせなければならない」
「……」
「貴方、雅様を愛してるのね。私と一緒じゃない」
鳳仙花はアゲハを抱きしめた。
「くっ! 一体何を……」
「鳳仙花。そのまま動くなよ――」
「がっ! はっ……!」
そして雅は容赦無くその刃を鳳仙花ごとアゲハを始末する為に貫く。
死の匂いが立ち込め、アゲハと鳳仙花は崩れ去る。
刀を二つの死体から引き抜く雅は呟く。
「輪廻道は霊気が足らず出来まい。今生の別れだアゲハ」
「……おい、雅。オレはまだ生きてるぜ!」
「何!?」
「お前、鳳仙花を刺すのには多少の躊躇いがあったようだな。一年の期間を過ごして情が湧いたか?」
「馬鹿言え。俺に情など無い」
「ま、その辺は知らん。でも鳳仙花はお前思いの結構いい女じゃねーかよ!」
「まだ霊気がある? 狂気を霊気にしたのか!?」
立ち上がるアゲハは絆揚羽蝶を構え叫んだ。
「違うぜ! さっきの最後の一撃は霊気を発光させただけ。あんな事が起こりうると考えて斬る時にだけ、全ての霊気を注ぎ込む事にしてた。切り札って勝手に判断したのはオメーだぜ!」
「フン、けったいな事をする。しかし、それでこそアゲハだ!」
雅は残る霊力を左腕に収束させ、草莽崛起からの最速の一撃に賭けた。
そしてアゲハは自身の名前を冠した必殺技を繰り出す。
「狂なる雅!」
「乱れ揚羽蝶!」
スパッ! と両者は交差し、その必殺技の勝負はアゲハに軍配が上がる。
そして雅の心臓に刀を刺すアゲハは言う。
「雅、好きだぜ」
「……俺は男色ではない。気が触れたか?」
「一人の人間として、だよ」
「俺を好く奴など、どこにもいない」
スウゥ……と白い霊気が立ち込め、雅は死に向かう。
アゲハは左手を冷たくなる雅の額に当て、
「オメーは死なせねー。自分がやった事の顛末まで見てもらうぜ。それが力がある者の責務だ」
アゲハはこのまま魂だけは再生できるようにしようとしていた。
柊大霊幕を成したならば、その先を見届けるのが成した者の責務と考えるからである。
「肉体は死んでも六道輪廻全てで魂は残す。どんな手段を使ってもオメーは復活させるぜ」
「全てを得てまた失ってどうする……無駄な事をするなアゲハ。お前が柊の先を見届けろ……俺は今度こそ閻魔に消滅させられて終わりだ」
「ならオレが閻魔を消してやる。だからこそ、魂が閻魔に渡らねーようにするのさ。六道輪廻がオレから消えても、六道輪廻達との絆は消えねーからな」
「絆……か。俺は知らん」
「知ってるさ。オレとお前は互いに殺し合い、引かれ合い、絆があったからこそここにいる」
フッ……という溜息と共に、雅の瞳から涙がこぼれた。
それは悲しみなのか喜びなのかはわからない。
柊大霊幕が完成しても涙など流さなかった鬼の少年の最後をアゲハは見届け、六道輪廻全てを開放し自身の左手に魂を引き入れた。
「……またな雅」
そして鬼京雅は消える。
満天の星空を見上げるアゲハは大きく息を吐き、いつの間にか隣に現れる京子に支えられた。
「よく耐えたな京子。オレに助太刀してくれなくて感謝する」
「この戦いは宿命の戦い……女の出る幕じゃないわ。勝利おめでとう。お兄ちゃん」
「おう。だが、本当の勝者は、雅かも知れねぇし、柊大霊幕によって覚醒した狂なる者……かも知れねーよ」
地面に座るアゲハはそのまま寝転んだ。
京子は地面に座り、アゲハの頭を膝枕にする。
星が落ちてくるような夜空を見上げ、アゲハは呟く。
「めでてぇな雅。柊大霊幕はなった。だからお前も生きてもらうぜ。その先を見ないとつまんねーだろ? オレの六道輪廻の全てでお前を輪廻転生させる。少し、待ってやがれ……」
「お兄ちゃん? 寝てる……」
そして、六道アゲハと鬼京雅の宿命の対決は柊大霊幕の成功と共に幕を閉じた。
※
それから一月後。
雅が死んだ以降は京雅院である十条が日本の実権を担う事になった。
エリカが死んだ十条清文の後釜としてトップに立ち、世界を巡りその力で癒しを与え、菩薩のようだと慕われ世界は再びの安定を取り戻した。
鬼京雅によって荒んだ世界は、過去の清算を終え柊大霊幕を受け入れながら新しい時代へと動く。
その間、日本の人口の十分の一が消え、世界の人口の二割が消失した。
これが鬼京雅の所業だった。
アゲハは五年の歳月を待つように霊気を調整したが、五年という歳月を待てないほど鬼京雅が悪とする志の無い者は多すぎたらしい。
柊大霊幕による恐怖により金や権力に溺れた愚物が多数消え、若い世代が台等して行くが仕事が出来る者を集めたら集めたで、その仕事の早さと能力が自分達の精神的・肉体的疲労を蓄積させている事に気付かず自滅する会社などもあった。
人と言うのは難しいものである。
しかし、人類の変革はなった。
紫の自由揚羽蝶・アゲハはまた旅に出る。
世界を巡り、摩訶不思議な人間と出会、鬼京雅を復活させる為に――。
「雅の柊大霊幕の烙印は霊気がある限り存在する。このまま霊気を崇め、世界平和や戦争に利用するか? それとも霊気を捨ててもう戻れない元の世界に戻すのか? ま、前者でしかねーな。これは柊とか霊気とかが人間に課した業だ。腐った生き方しなけりゃ長生きは出来るぜ。ようは生き様よ」
崩壊しかけていた日本経済は再生し、競争に負けても前向きになった人間が多くなった。廃人のようになっていた人間も減り、犯罪や失業率も減る。人間の根本的な精神が強くなった。それは雅の目指した世界なのかはわからないが、光葉が目指した世界ではあった。
「知的生命体の住まない世界。そんなもんありもしないが、雅の目指した世界は光葉先生と同じなのかもしれない」
かつて雅のやけに澄んだ笑みを見た事を思い出す。
アゲハは本当の勝者とは散りゆく者ではないか? 戦いの勝者が願いを叶えられず、敗者が願いを叶える現実にそう思わざるを得なかった。
志の無い者は後、五年以内に確実に死ぬ。
それを受け入れる人類は確実に精神的にも、肉体的にも努力し成長しようとしていた。
他者を出し抜く為では無く、自分らしく強くある為に――。
「いいじゃねぇか柊大霊幕。あんまりマイナスに考えるなよ。要は堕落しなけりゃいいんだ。堕落した奴がいつまでも生きてられるとまた宮古みてーな老人野郎が生まれるぜ。なぁ雅?」
左手に宿る雅の魂を見つめた。
「……オレは自由揚羽蝶として世界を巡る。無益な争いが起こらねぇよう見守る自由揚羽蝶だ」
そして、紫のダンダラ羽織の背中に絆と書かれた羽織を羽織り、紫の無骨な鞘が存在を主張する絆揚羽蝶を袴の帯に差す。そして、眩しい朝陽に手をかざし太陽を見上げた。
「さーて、世界へと新しい絆を作りに行くか。お天とさんも上機嫌だぜ」
カラリと下駄を鳴らしアゲハは歩き出す。
目映い朝陽に照らされるアゲハの瞳に映る未来は明るく輝いていた。




