人間道の先へ
暗闇――。
暗闇のみが周囲の空間を包んでいる。
渦――。
それが道のぶつかり合う暗闇そのものの渦の奈落だった。六道アゲハより生み出された修羅道の自然融合からの闇に、ズズズ……と光葉はゆっくりと足を引きずられた。
「呑まれる? 私が?」
修羅道対修羅道の戦いは自身の存在感と自然が認めた者に対分け与える力。
この二つで勝敗が決せられる。
互いの精神世界で、戦いは繰り広げられる。
「素晴らしい……私がアゲハに呑み込まれそうだ。これが私が他者に行っていた人を呑み込むという事……新世界への境地が開けそうです」
「ん? そう? んじゃーそろそろ勝たせてくれ。早く現世のマックフライドポテト食いてーからよ。来週からは月見バーガー出るし」
「それは輪廻道の次の道を開かなければならない」
「人間道か。輪廻道は人間道を示す場所でもある。故に世界の果てに人間道の場所は存在せず、世界の果ては輪廻道で終わる。およその検討はつくが、人間道の事をチクと教えてくれよ」
「……人間道とは人と人との繋がりの中で得るもの。だから、この世界の果てでは得られない」
「本当にそうか? オレは得たぜ。人間道をな」
どうにも変わり無い自信を漲らせるアゲハは修羅道を解除し、光葉にプレッシャーをかけるのを止めた。隙を突くように光葉はだらりと構える蛹に一撃を加える。鋭い金属音と共に刀身にヒビが入った。余裕をかましたアゲハを攻めるように光葉は言う。
「砕けましたね。これで武器は無い」
「砕けた? 蛹が羽化しただけだ。知っているか? 蛹はいつか蝶になるんだぜ。オレの場合は揚羽蝶だ」
「揚羽蝶?」
「オレが求めてるのは狂じゃねぇ……絆だ。他人と関わるうえで結ばれていく物……絆だ! 絆揚羽蝶」
ピキピキピキッ……と砕けた蛹は蝶が羽化するように新しい刀身が生まれた。それはアゲハの進化と共に生まれた刀、絆揚羽蝶である。揚羽蝶のような気品ある波紋が煌き、アゲハは正眼に構える。
「オレは、しがみつき、抱き締め、羽交い締めにしてでも守る……それがオレの絆の力。人間道だ」
それは奢りでもなく傲慢でもなく、アゲハの自信である。
その自信から言葉が大きくなる。
それに光葉は大きく頷く。
魂で弟子の成長に泣いた。
(成長しましたねアゲハ……生きていてこんなに嬉しいと思った事は無い。貴方と私は完全に対等な立場にある。一介の人間として私はアゲハに勝つ)
「オレはこの世の全てと天海変幻出来る。オメーはどうだ?」
「……この世の全てを受け入れるか。それが出来ると?」
「出来る出来ねーじゃねぇ。やるのさ。オメーだってやってただろ」
「私のは共存共栄ではなく支配。貴方とは違いますよ」
光葉は気がついている。
アゲハが修羅道の自然融合からの認識から天海道へ引きずり込んで自信の力に還元している事を。
激しい風と音を立てつつ、百合花や周囲の人々の力がアゲハに怒涛の激流のように流れ込む。
その気の流れに、光葉は狂気の笑みを見せる。
「いかなる大流であろうとも、本質を変える事の無い普遍なる人物。本物の狂とはアゲハの事かもしれない」
光葉はつぶやき、言った。
「んだか聞こえねーぞ? あー、砂がすげっ」
「……独り言ですよ」
そう言うと、いつもの微笑を見せ刀を構えた。
対するアゲハも微笑む。
「勝つぜ光葉。オレはオマエを越える……そして現世で鬼京雅を倒して世界に絆の輪を作り出す手助けをする。何年かかろうが、オレはやるぜ!」
そう言うアゲハは、今までの苦戦が無かったかのような明るい顔をし、刀の切っ先を光葉の眉間に向けて言う。
「今のまま現世に戻れば六道輪廻は全て失われる。貴方は世界の果ての空気を吸い過ぎている。現世に輪廻転生するエネルギーで全ては失われるのにやりますか?」
「たとえ六道輪廻を失ってもアイツ等と築いた絆が消えるわけじゃねぇ……やっぱりオレは普通だ。久々にアンタと話したがどうにもオレの本質は変わんねぇ」
「そう、人はそれぞれです」
全てを察するように優しい微笑を浮かべる光葉は、
「今の貴方なら現世に輪廻転生するだけの力はあります。後は貴方の信念の絆の力が奇跡を起こすかもしれません」
通常の人間はこの道で絶え間無く精神が疲弊し人格が変わるが、今までアゲハは一度もそんな事は無い。それは光葉にとって喜びであり、自分にとってのライバルが生まれた事に本当に感謝した。自分の弟子が自分を越えて行く様を見る瞬間が訪れる瞬間が待ち遠しかった。しかし、道としての本懐は忘れない。
「光葉。オレはアンタを目指さない。オレは、アンタのようには生きれない。オレはアンタとは違う……オレは、オレの意思でオレの道を進む。アンタの影を追うのはもう、ここいらで止めだ」
清んだ表情の光葉はつぶやく。
「そう、それでいいのですアゲハ」
心を無にしたアゲハはそのまま精神統一する。
「私が他人を呑み込んでいたが、私はいつの間にかアゲハに呑まれていた……。だから私はどうしても欲しかった……そうか、私にとってアゲハはそれほどまでの存在! 真の狂!」
ズドン! と足場を踏みつけ、
「六道アゲハ! 貴方の人間道しかと見た!」
その言葉と共に狂を全開にし、脳と身体が活性化させ黄色いオーラが周囲に発する。
「狂なるは死! 死なるは狂! 貴方は死の試練を乗り越えてきたが未だ狂に至る術を知らん! そんな脆弱な存在がこの私を越えられると思うなぁ!」
背中に狂と描かれた羽織を脱ぎ捨てもろ肌脱ぎになると、色白の筋肉が更に肥大化し全ての狂を心臓の底から抉り出すように全身のオーラを活性化させ爆発させる。対するアゲハは静かにこの一ヶ月に及ぶ日々を振り返る。その始まりは敗北からの始まりだったが、修羅道・ダンダラとの試練で真実の目を見出し、餓鬼道・スズメで時代の荒波に揉まれても冷静でいる判断力を得、畜生道・サヤカにおいてどんな力にも屈する事の無い力を身につけ、天海道・イズモとの戦いで天と海とて越える仲間との絆を見出し、輪廻道・光葉で輪廻転生するような受け継がれる意思を確固たる信念として持った。その中で得た人々に共通するものは絆で、アゲハの求める大切なものは人と人との絆だった。故にアゲハの人間の道は絆となる――。
「オレは今まで経験したこの世界の全てをこの刀に込める。それがオレの中の信念。オマエで言う所の狂だ。オレの中では絆――」
一気に強き刃のような心を持ったまま世界の果ての全てが一気に青白い光亡の刃に流れて行く。
光葉もそれに応じるように全ての力を自分の刃に込めた。
自然が鼓動を高め、白州の砂は揺れ、空気はピンと張りつめる。
永遠に続くかのような長い時間も終わりを迎えた。
アゲハの刀には絆、光葉の刀には狂――。
どちらも揺るぎないものを持った二人の男の決着の刻が来た。
修羅、餓鬼、畜生、天海――全ての道はその光景をただ見守る。
百合花は祈りように両手をグッと握り締めている。
アゲハは光葉を見た。光葉は、昔のままの微笑を浮かべ、自分を見ている。
『自分を信じ、進みなさい』
そう言われ続けた過去を思いだし、アゲハは動いた。
世界の果ての全てを得たアゲハの刀が、降りおろされた――。
全ては終わった――。
光葉は白州場の上で仰向けになり、アゲハは絆揚羽蝶を鞘に収めていた。
百合花は全てが終わった安堵感で白州にへたりこんでいる。
歩みを進めるアゲハは光葉に手を差し伸べる。
「勝利の余韻に浸りてぇーが、早急に現世へ戻るぜ。方法を教えてくれ」
「……その方法は丸一日かけて六道を開放し、現世へ還る扉を生み出す事。でなければ今までに得た六道は全て現世では使用出来なくなる。今のアゲハに一日という時間は無い」
「ほー、つまり方法はあるって事だな。それでいいさ」
やれやれと言った顔で笑う光葉は、
「この世界の果てで流れた一月は鬼京雅による六道輪廻破壊により、現世では一年経過してしまっています。現世で行われている柊大霊幕を巡る騒乱には間に合います。どちらが勝利するにせよ、貴方は確実に私の世継ぎとして象徴的な存在として扱われる。廃県置藩を成した私のように」
「県を廃し、藩をなす。そこで抑鬱された人間達の中から新たな柊を生み出し、世界に対抗する新たな世代として、柊が本当の先見の明というのを世界に証明し人類を進化させる。大層な思想だ。それを雅は強制的に柊大霊幕で人類全てを柊に引き上げようとしてる……」
「このままでは強制的に柊になった人々は暴走から迷走を始め、世界を衰退させる……京雅院が勝利しても行き着く先は同じ。それを収拾させる人物は――」
「このオレ、六道アゲハだろ」
不敵に笑うアゲハは、
「オレは現世を絆の力で結び、全ての人間と協力し、戦う。武力、論争、あらゆる争いの中心地でオレは自由揚羽蝶として問題解決に取り組む。人と人の固い絆を結んでやるさ」
その宣言に光葉は頷き、
「イイデショウ。現世に戻る体力を回復させないといけませんね」
「それなら、あの跳ねっ返り共にチクと力借りるぜ」
スッ……とアゲハが屋敷がある百合花の方向に向くと、その周囲が一瞬ざわつき白州の砂が揺れる。
ふーんと鼻で息を大きく吐き、そこの自然に対して思う事を言う。
「おいそこの赤い岩! 明らかにダンダラだろ? さっきまでそんなんなかったからな。微妙に褌が見えてんぞ」
先ほどまで無かった不自然に置かれる赤い岩に言う。
そして、赤いパンツスーツのショートカットの女は、両手を変な風に曲げて止まっていた。
「……サヤカ! 堂々と見すぎだ! 何だそのフォー! 見てーなポーズは。もう流行ってねーぞ」
「私は木です」
「……ド阿呆が」
溜息をつくアゲハは、閃光のように飛び立つ何かを見た。
「――っと逃がさないぜスズメ」
雀に変化し逃げようとするスズメを瞬間移動で捕まえる。
そして、足元の老人に呟く。
「砂に首だけ出して寝るなイズモ」
アゲハは今までの道を捕まえ、懐かしさと嬉しさを感じた。
「丁度いい、オメー等の力貸してもらうぜ」
道の五人は頷き、アゲハの元に寄る。
しかし、アゲハの胸には柔らかい感触と香りを感じた。
その温もりに、愛おしさを感じる。
「百合花……」
そっと無言のままの妹を抱きしめた。
いつまでもこうしていてやりたいが、アゲハにはアゲハの道がある。
迷うアゲハの心を察するかのように、その温もりは離れる。
「じゃあね兄貴。現世でも自分を信じて、生きてね」
「あぁ、また戻ってくるさ。そんときゃ、マックの全メニュー抱えてくるさ。つーか、店舗作ってやれ。サヤカの畜生城を店舗にすりゃいいのさ」
「何馬鹿な事言ってるの、早く行きなさいよ」
背後を振り返る百合花を見て、自分の胸元が濡れているのを感じた。
そして、その胸元を握り締め現世へ戻る決心を固める。
「オレの全身全霊で、現世にオレの存在を表現してやる」
大きく息を吸い、この場の全員を見渡した。
ふと、光葉の視線がアゲハを捉える。
『自分を信じ、進みなさい』
視線でその言葉を察したアゲハは微笑み、
「世話になったな皆。ちょっくら現世の跳ねっ返り共をおとなしくさせてくるわ。またな――」
微笑みながら手を振るアゲハは刀を抜き精神統一する。
そしてカッ! と迷いなき両眼を見開き――。
「修羅道――!」
その場の全員は戦慄した。
修羅道の自然融合が空間に拡がり、周囲の自然を一気に自分の認識化に起き現世へ最も近い亀裂を探す。 研ぎ澄まされた鋭利な感覚は最短の時空の切れ目を見つけ――。
「天海道――!」
ダンダラ、スズメ、サヤカ、イズモ、光葉の身体が紫の粒子を放ち発光した。
天海変幻の応用で全員の体力を少しずつ分けてもらい、一気にアゲハの体力は全快になり――。
「――畜生道」
鬼のような形相と共に異常な蒸気とオーラがアゲハを包む。
前方に向かって駆け、バッと五メートル以上飛び上がり堂々たる大上段に構えた絆揚羽蝶を振り抜いた。ピキキッ……! と空間に亀裂が入り、その傷は一気に広がり無限に螺旋を描く虹色の時空の切れ目が剥き出しになり――振り向いた百合花の声が響いた。
「行っけーーーーーーーっ! 兄貴ーーーーーっ!」
「おう! 餓鬼道――」
シュン! と百合花の思いと共に瞬間移動したアゲハは空間の切れ目から時空を飛び越え現世に現れる。 灰色の空が眼下を見下し、京雅院と鬼瓦ファミリーが激突する大阪上空に出た。
ついに、六道アゲハは現世に帰還したのである。




