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アゲハ  作者: 鬼京雅
世界の果て~六道輪廻編~
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全てを失う揚羽蝶

 修羅、餓鬼、畜生、天海、輪廻――。

 今まで得た全ての道が輪廻道である光葉には通じない。

 残る人間道には光葉を倒さなければたどり着けない。

 世界の果てに居られる時間も、呪怨じゅおんを乗り越えた今をもってしても後一日しか無い。

 、一秒、確実に時を刻むような心臓の鼓動が、確実に早くなるのを感じた。

 今までの全てが通じない状況に対して、思わず心の内が漏れた。


「どうする? どうすれば……」


「どうする? ではなくアゲハ。貴方自身がどうしたいのか、が重要」


(黙れよ光葉……オレは狂ってるんだ……黙れ……)


 言葉に出来ず、内心で拒絶した。

 しかし、次々に発せられる光葉の言葉にアゲハの精神は病んで行く。


「この世界の果てに人間道は存在しない。人間道とは、即ち自分自身」


「人間道が存在しない? 一体どうゆう事だ……」


「解らなければ、ここで死ぬ」


 みぞおちに強烈な拳をくらい、白州場に一文字を描きながら転がる。


「アゲハ。いつまで逃げるつもりです? 貴方はここまで逃げずに戦って来たのに」


「オレは逃げてねーよ」


「すでに心が逃げ始めている。現世から逃げた以上、もう逃げ場はありませんよ」


「……うあああああっ!」


 たった一人で刀を振り回しながら終わらないワルツを踊るアゲハは足元の白州場を闇雲に乱し、時折足をとられそうになっている。流れる水の如き捉えどころの無い流水の動きを越える光葉の今の動きは無流。感情の一切を陰の状態にし、相手の攻撃の全てを受け流し攻撃が終わる相手の死角から一撃を加える無から有への動き。アゲハも真似するが、アゲハは相手の先の動きを読んで動いている為に動きとして無流に至っていない。流水の動きでは感情が出る為に簡単に攻撃は流される。


「勢いはあるなアゲハ。自信にも満ち溢れている。しかし、それだけだ」


「戦いにはそれだけで十分だ! それが戦い!」


「目の前の敵以外、何も見えていないですね。情けない。それで、私を越えるか?」


「ああああっ!」


 畜生道を得たアゲハの太刀が光葉を襲うが、刃は空を斬るのみでかすりもしない。

 するりと背後に出た光葉はアゲハの首筋に首刀をくらわした。


「がっ……! ――隙有り!」


 よろけながらも、餓鬼道の瞬間移動で背後をとったアゲハは光葉に向けて刃を横一文字に一閃した。


「裏の裏をかいたつもりだろうが、甘い。攻撃した君が修羅道でなければ、次は餓鬼道を使う事は容易に想像出来る」


「くっ、何て奴だ!」


 しゃがんで刃を回避した光葉は立ち上がると同時にアゲハの眼前で言った。

 攻撃を読まれていたアゲハは後方に飛び下がる。

 羽織の汚れをはたいた光葉は、


「六道輪廻は人間を越える力を手にする事が出来る。しかし、基本の器は人間でしかない。故に、六道輪廻は普通の人間でも攻略出来る代物なんです」


「アンタは普通の人間じゃねーだろ。六道輪廻を無傷で会得した人間が言う台詞じゃねーよ」


「? 勘違いしているようですね。私は六道輪廻は会得してません。私が得たのは六道輪廻の世界だけですよ」


「なん……だと?」


「狂に至る事は六道を得る事と同じ。私は始めから六道輪廻を得ていたのです」


 その言葉にアゲハは硬直した。

 いつの間にか、刀を地面に落としていた。

 檻にいる百合花は唇を噛み締め、やがてその唇から血が流れた。

 白州場は光葉の独壇場となる。





 アゲハは、呆然と立ち尽くしていた。

 今まで自分が世界の果てで会得した六道輪廻は聖光葉を越え、現世にて光葉に似る鬼京雅を倒す為に会得した。

 しかし、聖光葉は六道輪廻を会得していなかった。

 なのにも関わらず、自身の刃は光葉には届かない。

 何故、光葉に六道輪廻が通用しないのか――。


「何故だ……光葉。何故オレの刃をいなせる?」


「単純な質問ですね。答えは貴方の人間道で出すしかない」


「!」


 眉を潜めたアゲハは、唾液を喉の奥に流し込み光葉のつむぐ言葉を待った。

 すでに、アゲハは光葉そのものに呑み込まれつつあった。

 しかし本人は、そんな事は感じていない。

 悪魔のようにも天使のようにも微笑む光葉は、


「そこの岩にかけて下さいアゲハ。久しぶりの私の話を聞かせてあげましょう」


 岩に座り、年相応の少年の瞳でアゲハは光葉の話を聞いた。

 すでに、アゲハには戦う闘気が失せている。


「……どうやらアゲハは私を追って、私を越える為という理由をつけてここに来たようですね。鬼京雅に勝つ事も含めて……よろしい。では、何故私が六道輪廻――つまりは、世界の果てを廻ろうとしたのか? 話はそこからにしましょう」





 比叡山六道の社――。

 比叡山の霊脈が開放され、光葉の探索により御伽噺であった世界の果ての扉から、人間を超える業の技。六道輪廻を得られる事が判明した。そこで光葉は剥き出しになる扉を社を作る事で隠し、誰でも侵入出来ない聖域とした。そして、今まで闇で活動していた連中を最近異能に目覚めた連中と組み合わせ『柊』と命名した。

 そしてその柊は自身の団体、狂陰の中核にし十条を呑み込む為の第一段階とする。社が完成すると、世界の果てへの開闢者として光葉は世界の果てへ向かい、六道輪廻を巡った。今までの道の話通り、光葉は戦闘よりも相手の話を聞き相手を理解する事に勤めた。たとえ相手が戦闘を仕掛け怪我を負おうとも相手を責める事はせず、ひたすらに相手を理解し自分に還元する事に勤めた。

 その中で試練の本質を見抜き、六道輪廻とは何かを知る。しかし、輪廻道までの道はすでに光葉が得ているものだった。つまり、聖光葉にとって六道輪廻は見た事の無い世界を見たいと言う好奇心を満たす為のものであり、乗り越える試練などは無かった。いや、それはただ一つあったが、それを今のアゲハに伝える事はしない。

 ゆったりとした歩みを止めた光葉は白州の岩に座るアゲハの正面に立ち見据える。光葉は決して話す相手の目を離さない。常に相手と同じ目線に立ち、何をされても笑みを絶やさずゆっくりと、じっくりと相手を理解していく。そんな事をいつまでもされたら、いかな心の壁を持つ人間とて光葉の事を受け入れてしまう。


「ほう……ではサヤカとの戦いでアゲハは恋心が芽生えたのですね――」


 と数多の質問を浴びせ自分の意見も言う。

 今までの道で得た経験の全てをいつの間にか話していたアゲハは、元々光葉の話を聞いていたという事すら忘れ、自分の話に酔いしれ光葉のいつもの話術に呑まれた。そして、今までの戦闘と話で心が折れたアゲハは、やはり自分は光葉に勝てない事を悟ってしまった。他人に呑み込まれ、普通でありすぎる自分は狂人の男には勝てない――と。


「……流石光葉。狂ってるな。だが、オレもこの六道の試練を乗り越えて来た身。オマエ並みに狂ってるぜ」


 そう、言葉で強勢を張るしかアゲハには出来ない。

 戦闘は再開され、白州場には道化のパントマイムが無様に披露されている。

 そのパントマイムを真空の檻から見守る事しか出来ない百合花は、悲壮感に包まれながらもただ視線の先の道化たるアゲハを信じた。この試練の幕はもうすぐ下ろされようとしていた――。


「ぐっ! がああっ!」


 ひたすらに白州場を血で染め上げるアゲハはすでに今までの道では勝てないと思い込み、自分自身の力のみで勝とうと刃を振るうが、その全ては道化の粋を出ずに白州場に転がり続ける。いささか飽きが生じたのか、光葉は大きな溜息をつきながら言う。


「今まで修羅道から天海道までの道のりで得た物は全て捨てるつもりですか? もうわかってるはずだアゲハ。貴方には狂に至る物を何一つ携えていない事を」


「……な、何を言ってやがる。オレは狂ってる。だからここまでの道のりを乗り越えてこれた。オマエだってそうだったはずだぜ光葉」


「狂の有無で六道輪廻は巡る事は出来ない。私はアゲハでないし、アゲハは私ではない」


「じゃあ何だってんだ? オレの今までの道のりは……」


「それはもう貴方の中で解決しているはずだ。私もアゲハと戦えるのを楽しみにしていた。がっかりさせないで下さい。もう貴方は殺す価値も無いようだ」


 怒りと悲しみの乱れた心のまま実体と有幻影を組み合わせた、一瞬三十斬の乱れ揚羽蝶を繰り出すが台風のような乱撃も涼しい顔で回避される。ただ仕方なく立ち上がり心の行くまま諦めのような攻撃を繰り返すアゲハに光葉は――。


「今一度言う。それをすれば六道輪廻を全て失う」


 それでもアゲハは無様に動き続ける。

 瞳の色が変わる光葉は蛹の切っ先をスッと受け止め、


「イイデショウ。では、まず修羅道から奪う」


 トンッと額を突いた。


「……?」


 痴呆のように中空を眺めたアゲハは、何か自分の感覚に違和感を感じ、それから光葉の言葉が脳髄に甦る。


「修羅道の幻だ!」


 シュワアアアッとアゲハの幻影が流れるように増えて行く――はずだったが、一つの幻影も現れず白州場には再び静寂が訪れる。失われた修羅道に呆然とする間も無く、無流の動きで近づく光葉の右手が視界を埋め――。


「次に餓鬼道――」


 ストンッと額を叩かれる。


「そして、畜生道――」


 ストンッと額を押される。


「天海道――」


 ピッ、と指先で額を弾かれ白州に尻餅をついた。


「最後に輪廻道――」


 優しく頭を撫でられ、そして――アゲハは今までに得た道を全て失った。


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