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アゲハ  作者: 鬼京雅
百年老人編
6/67

黒百合への試練

 般若の面の敵が京子であった事、そして京子を殺すべき対象である事にアゲハは動揺を隠しきれない。 それと対照的に、京子は感情の起伏が無い。

 アゲハが館の周囲に放った火は、すでに館内部にも侵食を始めていた。

 そんな事にすら気が付かないアゲハは震える唇で話し出す。

「……同じ釜の飯を食った仲間すら殺さないとならねーなんてな。だからオレ達は暗殺を繰り返しながらも人間らしい感情を持つように仲間を与えられ、同じ釜の飯を食った。仲間意識を植え付けさせられ、戦士になる為に自分の手で仲間を殺す。思えば、あれだけいた仲間の中にもオレが殺したヤツがいた……全てはこうゆー事かよ」

 その溜め息と共に、炎により熱くなり始めた空気が蜃気楼のように揺れる。

 酸素が減り始め、エントランス部分が大きな音を立てて崩れ去り、炎の勢いは増す。京子の瞳は相変わらず無機質だが、その瞳が微かな感情を見せる。

「光葉に言われて試練者になれと言われたけど、相手がアゲハとはうまくハメられたわ。この為に私を欲したのかしら? 貴方を狂わせる為に」

「まさか……光葉がそんな事でこんな事をするとは……」

「あの男はそういう男。決着をつけるわよアゲハ」

 全てを諦め、任務を遂行する京子の両手が動き、小太刀を逆手に持った。

 これはアゲハも知る、京子の必殺である五風十雨ごふうじゅううである。

 一瞬、十斬で相手を十の部品に解体し、血の雨を降らせる悪鬼の技。

 これはアゲハの乱れ揚羽蝶の原型になった技である。

 この構えになった場合、相手は死が訪れるのみである――しかし、しかしアゲハは刀を納め京子を諭すように言う。

「……京子逃げるぞ。京雅院きょうがいんなんかに加担する必要はねぇ。こんな形でどちらかが生き残ってどうする? 今まで殺した仲間には悪ぃが、ここは逃げるしか……」

「逃げ場は無い。この周囲は京雅の柊の精鋭部隊に取り囲まれている。生き残った者にしか未来は無い。つまり、私の未来があるという事」

「道は……道はあるはずだ! こんな殺し合いの無い世界が!」

「無いわよ。これはあの男が課した試練だから」

「あの男? だから、光葉がこんな事をするわけ――」

「貴方は光葉に引かれ過ぎない物を、変わる事の無い普遍性を持っていた。だから、常人に興味をしめさない光葉が興味をしめした。貴方は光葉にとっては狂無き雅なのよアゲハ」

 館を覆う炎のうねりのように、京子の感情が露になり始める。

 苦悩、焦燥、絶望――。

 その全てが入り乱れるような京子の表情に、アゲハは恐ろしさすら感じた。

 京子の話は続く。

「……」

 アゲハは全てを知った――。

 光葉は狂に至れぬ京子を自分を更なる高みへ上げる為の一人として必要としていたのでは無く、自分自身を狂に至らせる為の存在として必要としていた。

 そして、京子は暗殺をしながら普通でいられるアゲハを兄として以上に好いていた。

 故に、普通の感覚でいられるアゲハを狂の道に誘い込む光葉を憎んだ。

 その積もり積もった病魔の如き黒い染みのような全てが発病し、今の現状に至っていた。

「貴方は狂にいくら引かれても手に入る事は無い。臆病者の貴方は、その体質がまるで無いから」

「オレは狂っている! だからオレは光葉を……」

「どんなに恋い焦がれても、手に入らないものはあるわ……」

 にべもなく、京子は言う。

 殺人者は殺人者としてしか生きられないという強い感情をその瞳に炎のように纏わせていた。

 鬼神の如き強き意思に圧倒されたアゲハは言葉を失う。

 嗤いながらひたひたと足音を立て、京子はアゲハに迫る。

 全身から嫌な汗が流れ、炎から発する煙が肺に入るがまるで気にならぬようにただ、目の前の京子を見据えた。

 瞬間、激しい旋回と共に死の躍動がアゲハを包み込む。

 しかし、アゲハは動く事が出来ない。

(オレには、斬れねぇ……オレには……!)

 その刹那、アゲハの口がゆっくりと開き、意識が拡散して行く。

 棒立ちのまま、ゆっくりと瞳孔が開いて行く。

 心の絶望が、相手の動きをスローモーションに見せ、ありありと見えた隙に身体が動いた。

 そして、一つの答えが出た。

(死にたくねぇ――)

 右手に力がこもる瞬間――目の前を黒い影がよぎった。

「……っ!」

 ビシャ! とアゲハの全身は赤い血で染まり、視線は目の前の京子を離れない。

 赤い鮮血の温かさが口の中に入り、そのしょっぱい味で目覚めるように少しずつ視野が広がり意識が覚醒して行くと、その男の正体がわかった。

「光葉……? 京子!」

 光葉の身体を貫き、アゲハの刃は京子の心臓の寸前で止まっていた。

 アゲハと京子の間に入る光葉は貫かれた身体の痛みに耐えつつ、輪廻道を使用し致命傷を再生させ傷口を無かった事にしようとする。

(これでアゲハが狂に覚醒する……京子が何やら企んでいたようですが、私の計画通りですよ。全ての犠牲の糧に、アゲハは日本の未来の為に進まねばならない……)

 目の前のアゲハを押し出し、自分に刺さる刀を引き抜いた。

 唖然としたままのアゲハは力無く床に尻餅をつく。

 傷口を抑え、輪廻道による死の淵からの再生が進まない事に疑問を持った。

 その背後の京子は勝った……と言ったように口元を笑わせる。

 そして傷口を抑える光葉は思考の渦の中にいた。

(何故、輪廻道が働かない? ……いや、これはアゲハが信念の刃である人の本質・狂へと覚醒したという事――そうか、そんな事すら私は失念していた! やはりアゲハ……あなたこそが――)


 輪廻道が働く事も無く、絶望と喜びで狂気する顔の光葉は修羅道を発動させる。

 笑う京子は、まるでこの光葉に関わる人間は駒にしかなりきれない自分に絶望した。そして本音が漏れる。

「狂である事が全てじゃないわ……。狂は自分だけでなく他人の全てを壊す……私は、アゲハのように普通の人になりたかっ……」

「オ……オレは狂っている……オレは普通の人じゃ……」

 瞬間――炎に巻かれた熱風が吹きぬけ、アゲハは右の耳を抑える。

 視界に火の粉が散り、全ての景色と音は消える。

 それを振り払うと、聞こえたのは京子の言葉だった。

「……光葉のようになったら絶対に許さない……」

「――」

 その強い眼差しをそらすと、輪廻道が発動しない光葉の青白い顔が目に映る。

「これでアゲハも自分の信念である狂を持った一撃を放てた。輪廻道の死の淵からの再生が発動しないのがいい証拠です」

 修羅道の幻影にて一時的に腹部の傷を再生させる光葉はアゲハと京子にこれから行われる比叡山に篭城する源空会への総攻撃の作戦を下知した。

「只今から三年もの長い間、柊の根源である霊脈を独占し比叡山に篭城している源空会を取り潰します。二人は黒百合試練を中断し私の指揮下で動いてもらいます」

 唖然とするアゲハと京子は光葉の言葉に聞き入る。

 その光葉に自分が与えた深手にアゲハは動揺し話がろくに耳に入って来ない。

 細菌兵器や放射能。大都市の一つを消す核ですら倒せないとされる光葉にここまでの深手を与えたのは今まででアゲハしかいない。偶然のような出来事とはいえ、偶然では倒せない相手を傷付けたのはアゲハの心が狂に至った証拠である。

 信念のある一撃は全ての柊に平等に通じる絶対的な力だった。

 そして光葉の決意ある言葉が耳に響く。

「この会談を破壊された以上、やられる前にやるというのが三家楼からの判断です。私はこのまま黒百合を率いて比叡山に対して陣を敷きます。命をかけてこの戦争への礎になり明日を勝ち取りましょう。この可能性の満ちた世界を羽ばたく為に」

 光葉の可能性の満ちた世界を羽ばたくという言葉がアゲハの心を揺るがす。

(この世界を生きる方法……学者を目指さないオレは世界の果てで六道輪廻を目指すしかねぇ……今のオレなら……)

 深手を受けた光葉はこの全てを仕組んだ京雅院の大本へ行く事を胸に秘めつつ、比叡山突入組の黒百合と京雅院最大派閥の十条家を選抜した。そして自身の同士とする狂陰を配置する。光葉村塾の面々はまだ若い為に戦場へは出ず、比叡山の入口付近で戦闘支援をする事になっていた。

 天はやけに早く雲が流れ夜の闇がいつもより早く空を満たして行く。

 生ぬるい嫌な風が流れる大阪の山中から急いで比叡山の登頂口に三人は向かう。





 三家楼の決定により源空会の比叡山に奇襲をかけ、京雅院は比叡山の霊脈を手にいれようという結論に至った。

 京都政界だけでなく関西の全てを司る京雅院は幾度と無く源空会の長老と話し合いの機会を持ったが全て聖光葉が京雅院を代表して行った廃県置藩により拒絶された。

 京雅院の三家楼は一年の月日を持って説得に当たったが、これ以上は無駄と悟り三家楼の最終合議の末、強行手段に出る事にした。三家楼の頂点にいる宮古長十朗の独断に傀儡である残る二人が乗っかったのは言うまでも無い。

 作戦行動が京雅院の暗部全員に伝わり、ツーマンセルを組む京子と共に比叡山が見える市街地の京雅院が契約するマンションの室内にいた。すでに夜の11時をまわっており、比叡山はいつも通り霊脈による青白い霊力でぼんやりと発光している。ハンバーガーを食べ、塩の効いたポテトをケチャップソースに付けて食べるアゲハは、

「作戦行動はわかった。で、光葉はどこにいるんだ?」

「おそらく本隊でしょう。私達はあくまでも陽動の為の部隊。中腹まで駆け抜けて爆破工作をしたら一気に中央道を駆け上がる本隊とスイッチして後方支援に当たる。この作戦は長い比叡山の歴史を潰す作戦……失敗は許されないわよ」

「わーってるさ。俺の名を京雅院に轟かせるいいチャンスだぜ」

「その意気込みを忘れたら死ぬわよ。忘れないでね」

 京子はチキンナゲットを食べ尽くしチューッとオレンジジュースをストローで飲み干す。ズズッ……というカップの中の飲み物が無くなる音が室内にこだまし、二人は自分の刀の目釘を湿らせ日付けが変わる瞬間を待つ。

 京雅院による比叡山攻めは光葉の意思だと京雅院は宣誓文で宣言している。

 それを知っている光葉はこれを良しとした。

 意図的に鬱屈した世界から新たなる奇士を生み出す事はこの戦争により教訓として現れるだろう。

 光葉は後に比叡山・京源の変と呼ばれる開戦を見届け、三家楼のいる清水城に向かった。



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